4 事件 受け入れがたい死

文字数 2,141文字

 セントラル記念病院は早朝から報道陣が殺到していた。その人波を避け、アポローらは救急搬送入り口へと飛び込んだ。
「早朝にお呼び立てして申し訳ありませんっ。何せ状況がこれなもんですから」
「構いません院長。それより木野先生に会わせて下さい」
 アポローは自社のスタッフ二名を同行させ、院内の地下へと走っていった。
 
「木野先生……なぜ、どうしてこんな」
 遺体安置室には木野薫が静かに横たわっていた。その表情は安らかで、今にも大きな声で笑いかけてきそうだった。
「治験材の納入数に異常はありません。心臓弁膜症の外科手術中における心停止とのことです」
 佇むアポローの後ろで、同行の男が冷静な口調で声を発した。
「ありがとう。佐竹(さたけ)は医療スタッフに聞き取りを頼む。常城(つねき)は納入伝票の確認を」
 アポローは木野の顔を見つめたまま、静かに指示を告げた。
「はい」「はい」
 黒スーツの二人は無感情にそう応じ、足早に遺体安置室を後にしていった。

「——あなたは私に何度も言いました。人の命を救うこと、それは神が私に与えた才なのだと。私はね木野さん、本当の死は取り戻せないんですよ? そんな奇跡を起こせる神は、ここには居ないんです。木野さん、本当に、どうして……」
 アポローは木野へ手を合わせ、しばらくの間、その安らかな顔をただ静かに見つめていた。

 ***

【術中死亡の医師、執刀医は患者の娘と失踪か? 治験に関わった製薬企業との関係は!?
 院長室のTV画面にはテロップが流れ、階下で騒ぐ報道陣のリアルタイムを映していた。
「大変お待たせして申し訳ありませんっ、アポローさん!」
 息をきって頭を深く下げたのは院長の袴田浩一(はかまだこういち)だった。心臓血管医を務める六十歳の熟年医師の表情は、そこに披露と困憊の色がはっきりと見て取れた。
「少し落ち着いてからお話しましょう。私なら構いませんので」
 アポローがそう言うと袴田は向かい合ってソファーにどっかりと座り、ぬるくなったミネラルウォーターを手に取ると一気にあおった。
「まずお詫び差し上げたいのは、当院のトラブルに一切関係のないそちらへ多大なるご迷惑と損失をおかけしたことに……」
「いえいえ構いません。世論による損失はそこに該当しません。まずお聞きしたいのは、なぜ木野先生は手術を?」
 袴田はしばらく頭を垂れたままだったが、身を乗り出すと小声で口を開いた。
「その件ですが、同意書が無いのですよ。手術の」
「は? 勝手に手術が行われた? という話ではないでしょう?」
「そうなんです。もちろん術前に木野さんは納得されておりました。看護師や術前検査に関わった人間もですね、本人が手術を受けることを認識していたと確認しております」
「木野さんは理解して同意していたが、同意書は無いという事ですね」
「そうなんですよ」
 アポローは再び視線をTVの画面へと向けて質問を続けた。
「木野さんに心臓の疾患があったのは存じておりましたが、執刀医は佐々木医師と報道されています。これは正しいのですか?」
「そ、それも、なんですが……」
 袴田はアポローと同じく視線をTV画面へ移し、苦痛めいた表情を浮かべた。
「執刀は佐々木医師で間違いありません。しかしながら術中の容態急変があり、私ども心臓分野のチームが駆けつける事になりました。その時には既に心停止の状況で……申し訳ないっ。木野先生っ!」
 袴田はそう言いながら大粒の涙をこぼし、しばらくの間、嗚咽を室内に響かせた。
「木野先生とは、ここに医師が不足していた時からの間柄でしてね? 何かと助けてもらったのですよっ……」
「痛み入りますが、佐々木医師は循環器、内科医のはず。執刀経験は無いのでは? まして心臓の手術などは」
「その通りです……」
 顔をハンカチで拭い、表情を取り戻してから袴田は続ける。
「この手術、もともと私が執刀する扱いになっていたんですよ」
「それなのに当日、経験の無い佐々木医師が執刀するなどは、ありえることなんですか?」
「……ありえます。残念ながら。悪意があれば、ありえてしまうのですよ」

 ——アポローらは再び報道陣を避け、救急搬送入り口からセントラル記念病院を後にした。
「佐竹から報告致します」
 運転席から静かな声で佐竹は後部座席のアポローへ声をかけた。
「聞き取りでは、木野氏は確かに手術に同意していたとのことです。また、執刀は袴田院長が行うと本人も認知しており。誰もが佐々木医師の執刀については把握していなかったと述べています。時間内の聞き取りは以上です」
「常城より報告致します。当社治験材料の納入は対象期間以降確認されず、期間内の納入伝票とこちらの数字に相違ありませんでした。但し」
「但し?」
 アポローは右腕のスマートウォッチを操作しながら助手席の常城へ問いを投げた。
「佐々木医師担当の外来におきまして使用PCの四台全てを確認しましたところ、OSログより当社治験における電子カルテのデータがUSBへ複製出力されている痕跡を確認致しました」
「ありがとう」
 スマートウォッチから外の景色に視線を移し、アポローは言葉を続けた。
「報道対応は私が行う。引き続きセキュリティの維持を最優先に頼む」
「了解致しました」
 佐竹と常城は声を重ね、無機質な声をアポローへ返した。
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登場人物紹介

アポロー

 かつてアポロンと呼ばれた神々の一人

 生命の設計者として蓄積情報を収集するため再び地球に訪れた

 事故で命を落とした人間の身体を借り、名をアポローとして製薬会社を創業

 アキバのメイド居酒屋三階を居場所とし、随伴者であるパラスと共に人の営みを続けている


 身長180cm やや細身 日米ハーフの三十路男性

 日本のアニメや漫画文化を好み、その独創性に共感している

 少年のような表情を見せながらも他者に対して不思議な独特の空気を持ち、時にそれは人と神々の交錯へと自身を巻き込んでいく 

パラス

 カオス、ガイア……その起源は他の神々と同じく、一つの光から多様に分裂した存在

 アポローの随伴者として目的遂行をサポートしている

 ハイテクシステムに身を宿し、自身はフクロウのマークをアバターとして扱っている


 かつて神であったトリトンの庇護下から脱し、ミネルヴァ(アテナ)の妹としてオリュンポスファミリーから愛された

 世間知らず、かつ奔放な性格を見せるものの、彼女自身はアポローを強く敬愛している

カサンドラ

 アポローとパラスが自室を置くメイド居酒屋に、ある日ふらりと現れた茶虎の猫

 不在となった前任者の占いブースを引き継ぎ、類まれな能力を発揮することに


 中身は二十歳の女の子

 占い百発百中のカサンドラとして人気の看板猫なのだが……

榊原静子

 アキバのメイド居酒屋【メイド海賊オロチ】の店主

 江戸っ子気質な性格は常連客から人気があり、料理の腕も評価が高い

 古くから街の顔として知られた一家の一人娘であり、彼女自身もまた人脈は広い

 ひょんなきっかけからアポローを店の三階に住まわせることになり、現在は食事を提供しながら付き合いを続けている


 年齢非公開 アポローよりは年上 吊り目がチャームポイントでスタイルが良い(客評価)

 和服を好み、自身はメイド服を着たことが無い、絶対に着ないと声明している

 いささか古風な性格だが実はお嬢様育ち。いわゆるメカ音痴で、最近はスマホに頭を悩ませている 

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