9 手段 目的を得るための
文字数 2,540文字
「脚はどこかに……」
そうぼやいて薄暗い室内を足早にうろつくと、奥のカウンターテーブル裏に無造作に放置されている脚立が目に入った。それを手にしようとしたとき、テーブルの上に置かれていた一枚の紙が床に落ちた。
「こんな話、あるわけないでしょうに……」
そのA4用紙には室内のレイアウトが描かれており、そこかしこにマークされた猫のイラストや売上目標などが可愛らしい丸文字でびっしりと埋め尽くされていた。そしてそれは由紀子が描いた店の未来図であることを静子の目に強く映した。
「バカ」
静子はそうつぶやいたが笑みを浮かべてそれを眺め、元の場所へ用紙を置くと脚立を立ち上げてブレーカーボックスへ手をかけた。しばらく作業に時間を費やし、最後に入り口のシャッターを閉めた。二つの窓は日があまりささなく、室内は再び薄暗く静かな空間へと時間を戻していった。
「よっこらせっと」
カウンターテーブルの裏側へ身を隠すように腰を落ち着けて一息つくと、静子はショルダーバッグの中を確認し、そこから小さな置き鏡を取り出してキッチンへ置いた。
——タバコを一箱吸いきる頃、入り口のシャッターを上げる音が静子の耳に響く。
入ってきたのは男が三人。一人はフローラルの織田。あとの二人は若い男だった。一人がスポーツバッグからバットとビニールテープを取り出して織田へ声を投げる。
「織田さんも使いますか?」
「いや、いらないから。それより照明つけろ」
織田がそう言うと、もう一人の男が壁のスイッチに手をかけた。
「つかないっすよ?」
男はとぼけたような声で言いながら、パチパチとマグネット式の古い照明スイッチを連打する。
バタンッ!!
ブレーカーボックスからレバーが落ちる大きな音が室内に響き、男たちは入り口天井側へと身を向けた。
その様子をキッチンに置いた小さな鏡越しに見ていた静子は、機をとらえたかのように低い姿勢でカウンターから上半身を躍らせた。
パン! パン! パン!
静子のハンドガンは男たちへ一発ずつ、尻や側腹部へと弾丸を撃ち込んだ。
男たちはとっさに身を反転させて静子へ向かおうとしたが、数歩進んだところで膝から崩れて一斉に倒れた。
「動くんじゃないよ? 死ぬからね?」
静子は慣れたようにそう言い放ち、床に伏せた一人の男の手からバットを蹴飛ばした。
「う、撃たないでください。俺、関係ないっすから……」
もう一人の男が呻くのをよそに、静子はハンドガンを構えたまま織田の上半身を掴んで仰向けにした。
「いらっしゃいませ織田店長。あんたが開店第一号のお客さんだよ。死んじゃう前に聞くけどね? 佐々木佳子ってのがここのオーナーなのかい?」
「ち、違うっ。ぐっ、痛くなってきたっ。救急車呼んでくれ……」
パン!
静子は仰向けの織田の右肩へ銃口を押し付け、更に一発弾丸を叩き込んだ。
「やっ、やめてくれっ! 何を答えたらいいっ!?」
「佐々木佳子ってのが本当のここのオーナーなのかって聞いてるでしょ? すぐにまた痛くなってくるよ? ここも……」
銃口を織田の右肩へ押し付けたまま静子は返答を促す。
「ち、違う。ここの元締めは北神だ。く、組の」
「あんた、北神のヤクザなのかい?」
「違うっ。コンサル、フロントみたいなもんだよっ。地価の釣り上げに便乗して幽霊不動産みたいなのを管理してるだけっ。ぐっ……」
「じゃあ、佐々木佳子ってのは何者なの?」
「北神の若い奴の愛人だ。先週、アジアのどっかに店出したとかで、もう日本に居ないっ」
静子はそれを聞いて一瞬顔をしかめたが、すぐに織田のシャツのポケットからスマホを取り出して口をきった。
「北神に連絡するからダイヤル回しなさい!」
「ダイヤル? わ、分かった……顔認証でロック解除して、最後の発信履歴に……」
「顔認証?」
静子はスマホを見ながら訝しげな表情で聞き返す。
「俺の顔に向けて、そう、それでロック外れるから……」
「お、織田さん、俺、尻が痛くなってきた……足に力入らねえっす」
男の一人が苦しげに嗚咽を漏らすが、静子は構う様子もなく発信履歴から通話を行った。
「——織田の携帯からかけてるよ。私は榊原静子。北神敏夫に繋いでくれないかい?」
電話先の男はしばらく無言だったが、すぐにスマホから転送電話のメッセージ音が流れた。
「もしもし? ご無沙汰してます北神さん。ぶしつけな連絡何卒ご容赦頂いた上で聞きたい事がありまして」
織田の肩へハンドガンを突きつけたまま、静子は冷静かつ力強い口調で通話を続けた。
「はい……ええ、そうですか。では私事にて全て綺麗に致します。こちらの男は三人です。はい、対応はそちらに。ええ。では失礼致します」
通話を終えた静子は織田の胸元へスマホを置き、銃口を外してハンドガンをショルダーバッグに戻した。
「回収しに来てくれるから、それまで動くんじゃないよ? 血が止まらなくなるからね」
「わ、わかった、も。もういいのか?」
「もういいよ。別にあんたらはどうでもいいからね」
静子はそう言うとキッチンから鏡を回収して前髪を整え、クリエイト666を後にした。
***
「
雑居ビルの一室。大きな神棚と古びた事務机やロッカーが目につくその場所で、受話器を置いた男はそう呼びかけられた。
「榊原の娘からだよ。クリエイト666にTVでやってる失踪事件の医者、あれが絡んでるんだと」
「左様でございますか。たしか、あれは相澤の持ち分だったと」
「んだよ。だから教えてやった。後は知らん」
「となると榊原が介入を?」
「いや、娘一人の話しだ。どっちにしろ榊原はもう組じゃねえ。おお、それと例の医者の嫁、あれと飛んだ若い奴の口座と身柄縛っておけ。事件に巻かれるのは面倒だからな」
「了解しました」
「おう、それとな? 相澤んとこに掃除屋向かわせろ、あそこは閉める。何が残ってようがチリ一つ残さず、綺麗にな?」
「相澤ぁ……勝手しやがったな?」