05 アンドロメダとメドゥーサと
文字数 3,278文字
「なんだって孝子!? 私はこれでも町内会じゃ知れた歌手なんだよ?」
オロチから徒歩数分のカラオケ店。静子と店のメイドたち、そしてアポローとアルテミスは深夜の歌会に興じていた。
「町内会って言ってもお年寄りばっかり……」
「なんだい優子まで! ほらさっさと次の曲入れとくれ! 私はそういう機械よく分からないんだからっ」
ポニーテールの大きなリボンをぴょこっと揺らす優子はすっかり曲の予約係になっていた。酒が入った静子はマイクを離さないタイプらしく、その素晴らしくリサイタルな歌声を余す所無く披露していた。
「あははっ! 楽しいならおっけーっしょー」
アルテミスの隣には高校の制服姿でタンバリンを叩く女の子がやや訛りのあるトーンで場を盛り上げていた。日サロ焼けに茶髪のサイドポニー、一昔前に流行したマンバスタイルまでとはいかない蛍光メイク、着崩した制服姿で手にしたタピオカドリンクの相性はバッチリと見映えしており、アルテミスも幾度となく彼女の姿をスマホでフラッシュさせていた。
「翔子ちゃんって面白い。私にも撮らせて? お店のブログにアップしたい」
「でしょでしょ優子ちゃん? ウチってよく映えるって言われるー♪」
そう言いながらポーズを決める
「あははーっ、マスター、どんどん行くっしょー ウチは音痴でも気にしないしー」
「——で? 敬愛する我が姉さまよ。なんでわざわざ女性キャラを増やすんだ?」
「あらあら弟ちゃん、ミュケナイにペルセウスが居てメデューサまで現存するのよ? アンドロメダが居なくちゃ舞台はつまらないでしょ?」
「それでクロトーに医療データをサーチさせて、わざわざアンドロメダの遺伝子情報を持つ子を連れてきたのか」
静子がリサイタルを繰り広げる中、アポローとアルテミスはひそひそと会話を続けていた。
「弟ちゃんだってクロトーに頼んでペルセウスの末裔を探させたんでしょ? ミュケナイにペルセウスだなんて弟ちゃんこそ悪趣味よ?」
「だからってさ……」
そのアポローの隣では形容しがたき美少女が、これまた形容しがたい大きなチョコパフェを美味しそうに頬張っていた。
「メデューサはどうするんだよ。俺の部屋じゃ面倒見られないぞ?」
「それは大丈夫よ? アンドロメダがルームメイトにしてくれるっていう事で話がついてるの」
アルテミスは興味本位でクロトーへアンドロメダの遺伝子情報を持つ人間をサーチさせ、それからアポローの手で身体を復元したメデューサを引き会わせた。アパートで一人暮らしの翔子はメデューサをルームメイトにすることをあっさり快諾し、メデューサもまたそれについては深く考えなかった。モイライ社の地下で鉢植えの生首生活を続けていた彼女にとって、そんなことは気にするまでもない事だった。
「メデューサちゃーん。私も一緒に食べたーい」
メイド長の深雪がふわっとした声をかけながらメデューサの隣にこれまたふんわりと座った。いつもふんわり、ふわふわの深雪だった。
「うん。食べて食べて」
「あ、私も」
椅子を引きずりながら明子も巨大パフェへの参戦を宣言する。深雪とは対称的にボーイッシュなスタイルでどしっと腰を落ち着けた明子は、シャツの腕をまくって既に臨戦態勢万全だった。
「メデューサって、その呼び名でいいのかよ?」
「気にしないの弟ちゃん。住民IDなんて必要無いわ不死なんだから。ひっそりとどこかで暮らしていればそれが彼女の幸せなの。永遠の十七歳ってことでいいじゃない」
「おいおい……」
アポローはやや心配そうにメデューサを見つめた。女子三人で攻略されていく巨大なチョコパフェはしばらく時間がかかりそうだ。
「明子ちゃん? ダイエットやめちゃったのー? また太っちゃうよー?」
「や、やめたわけじゃないしっ。メイド長だって制服のサイズアップしたばかりだろ?」
ふんわり体型の深雪と引き締まった腕の明子を交互に見つめ、メデューサは自身の身体に目を落とした。
「ど、どうしたのかなメデューサさん?」
——アポローはクロトーの研究室でメデューサの血液を採取し、ミュケナイ製薬のラボで身体の復元にとりかかった。星々全ての生命の設計者であるアポローにとってその仕事は頭を悩ませるものでは無かったが、異常な速度で組織の復元を見せるメデューサの身体に、アポローは久しく忘れていた自身の本質に感情の高揚を止められなかった。
かつての神々はゼウスやポセイドンのように半有機体としての姿を悪戯にしていた存在と、器として超人的な肉体を持って生まれる者が存在した。肉体の不死を見せた神々はテティスがアキレウスにそうしたように後から与えられた特性であることも多い。
現初神ガイアの直系であるゴルゴン姉妹は不死であったがメデューサにその特性は無いはずであった。アポローはラボでみるみるうちに復元していくその身体を確認すると、すぐに自身の研究成果である全ての生命のデータベースを端末に走らせ、まる数日ラボにこもりきりで分析に没頭していった。そして、ラボのカプセルで復元したメデューサの身体に不死の結論を導くと、その身体からモンスターとしての要素を取り除き、原初の女神としてあるべき姿へと形を整えた。
クロトーの研究室でメデューサは数千年ぶりの身体を得て歓喜した。リハビリの必要も無く彼女は身体の自由を取り戻し、それからしばらくの間クロトーと共に過ごした。
「私の身体……もうちょっと胸があった」
「い、いや、少女体型でとお願いされたから、俺はその通りに……」
「変態。ロリ」
「ならほら、胸部だけでも再構築することは可能だから。でも美少女一転ロリ巨乳っていうのはさすがにキャラがあざといと言いますか……」
「いい。感謝はしてるから」
真顔でロリ巨乳とか言うアポローに対し、メデューサはジト目を返すことでそれに答えた。
「ねえねえルナさん! 歌ってよ♪ 本場仕込みなんでしょ?」
「ふふーん。私の歌はお金を頂けるレベルよ?」
孝子のリクエストを受けアルテミスはマイクを手に取った。
神々とその忘れ形見、そしてかしましい女子たちが奏でる宴は幾星霜の時を忘れるかのような、そんなひとときだった。
***
「先生たちずるーい! 私もカラオケ行きたかったー!」
オロチの三階、部屋に戻ったアポローたちにカサンドラは毛を逆立ててそう言った。正しくは首輪からの音声だ。
「はえー? この猫しゃべるん? びっくりでしょー」
アンドロメダ改め内海翔子は驚きながらカサンドラを抱き上げた。
「え? え? 女の子二人増えたの? そっちの子すっごく美人なんだけど!」
翔子の肩から顔を出し、カサンドラは後ろのメドゥーサに目を奪われた。メデューサはそんなカサンドラの頭を優しく撫でると、どこか納得したようにアポローを見つめた。
「この子は私と反対なのね? 自ら身体を放棄した」
「いや、放棄したって訳じゃないんだ。色々あってね」
やっとメデューサと普通に会話できるようになったアポローは苦笑ぎみにそう応じた。
「ごめんなさいねカサンドラ、お菓子いっぱい買ってきたから許してね?」
ソファーの前のガラステーブルにスナックとお菓子をいっぱいに広げ、アルテミスはカサンドラに笑顔を見せた。アポローもまた溜息をつきながらも棚からグラスを取り出してテーブルに並べた。
「それじゃあカサンドラも一緒に三次会といきますか」
「あはは、ありがと先生ー♪」
アポローの音頭で乾杯すると、ほんの少し前までパラスと二人だけだった部屋は華を見せた。室内にはいつの間にかパラスが気の利いたBGMを流し、彼女自身もその変化に心を大きく和ませていた。