11 アメリカ合衆国

文字数 2,216文字

 大統領を乗せた車両は夜のロサンゼルスを走行し、パーティー会場から数キロ離れた地点のアンダーバスで静かに停車した。
 マクレーンはそこで足早に車外へ身を躍らせると単身で歩道脇の非常ドアを開けて中へと進む。
「お待ちしておりました。こちらへ」
 スーツ姿の男と共に薄暗い連絡通路を抜けて辿り着いたのは廃棄されたオフィスのフロアだった。
「いかにも安全保障局が好みそうな物件だ。パーティーから一転して天国から地獄に戻った気分にさせる」
 フロア中央で椅子にかけている男へマクレーンは皮肉めいた言葉を投げた。パーティーで見せていた笑顔は既に消え失せている。
「急を申した事は承知の上です大統領。国防省と中央局の件で至急お伝えしたい事があります」
「ホワイトハウスにも伝えたく無い話ということだな?」
「はい」
 ガタついたパイプ椅子を男の正面に置き、マクレーンは案内役の男に席を外すよう命じた。
「話を聞こう局長。簡潔に頼む」
「今夜開催のパーティと同時進行に国防省のサーバーへハッキングが確認されました。使用された暗号通信は量子テクノロジーによるものとされ、匿名の情報提供者が暗号解読ツールを中央局へ提示した模様。加えて発信源はミュケナイからであるとも」
「君たち安全保障局は何をしていた?」
「こちらは介入しておりません大統領。国防省は逆探知チームを派遣、サーバーへのアクセスをダミーへ誘導したようです」
「ふん。相変わらず我が国のセキュリティは相互監視にだけは長けている。状況から推察するに、例のアーティファクト探索にミュケナイ側が探りを入れているのだろう?」
「それは現段階で判断できません。但し中央局は今夜の対応についてもルナ・コリンズへ指揮を任せている。と」
「何を私に言いたい、局長?」
「こちらをご覧ください」
 アポローとルナ・コリンズの写真が留められたペーパーファイルを男から受け取ると、マクレーンは目をこらして報告書の内容を追った。
「アポローとルナ・コリンズの家に血縁上の繋がりは存在しません。しかしながら採取分析したDNA情報には確かに姉弟としての結果が存在します。これを可能にするのはミュケナイのテクノロジーより他はありえなく、ルナ・コリンズとアポローの接触は現在進むプロジェクトエルピスに関連づいたものであると安全保障局は考えております。国防省と中央局は既にそれを黙認して動いているのではないかとも推察します」
「私を通さずにプロジェクトが独り歩きしていると?」
「はい。プロジェクト費用も既に当初分を超過しています。上院は追加予算承認を認めていますが、ミュケナイが我が国へ本格調査を介入した場合は外交問題として下院が取り上げるのも時間の問題でしょう。そうなればプロジェクト自体の茶番も明るみとなり、次期大統領選へのネガティブな火種になるのではないかと」
「我が国が求める神の遺産、か……」
 マクレーンはファイルを男に放り戻すと椅子から立ち上がって窓のブラインドを開いた。隣接ビルの外壁だけを風景に映す窓からは、透き通った月明かりが僅かに届いていた。
「ルナ・コリンズがどこから来たのかはどうでも良い話だ局長。事実として彼女が我々に示した最初のアーティファクトに疑いの余地は無い。私も君も我が国も立ち止まることを認めてはならない。進むことだけを信条にすべきだ」
「しかしミュケナイが我が国の脅威になれば状況は一転します。日本政府はともかく第三国がミュケナイの支援に回れば……」
「アポローが人類にとって神の才を示してきたのは事実だ局長。人間の進化には常にそうした人材が不可欠であり、我々もまたそうあらなくてはならない。プロジェクトエルピスによってもたらされる物が何であるにせよ私はそれが希望であることを信じている——話はここまでだ局長。プロジェクトは続行、私からこの件について連邦に指示すべき事は何も無い。以上だ」
 開いたブラインドをそのままにしてマクレーンはフロアを後にした。残された男は席を立つこともなくライターでファイルに火をつけると、上着からスマホを取り出して通話アプリを起動した。

 ***

 パーティー会場のビルから二〇〇メートルほど離れた場所にある高層ホテル。アルテミスは四十階のスーペリアルームでドレス姿のままワインを片手にしていた。
 月の女神の名は満月の光を浴びてなおも美しく、出窓にもたれて大胆にかけた右足はドレスから艶やかなラインを覗かせていた。トップモデルである彼女の姿はそこに絶好の被写体だったが、大きく違和感を生じさせていたのはサイドテーブルに置かれた対物ライフルの存在だった。
「——はい私。どうだった? 上手く話はまとまった?」
 佐竹の乗るワンボックス車両へ一発だけ銃弾を放ったアルテミスはその着信を待っていた。彼女以外にスマホの着信音を聞いたのは夜のビル風に羽を任せるカラスだけだったかもしれない。
「そうなの……彼はミュケナイに介入しないのね。じゃあ予定通りそっちにお願いするわ。国防省と中央局の動向は引き続き報告する。私からのリークは絶対に漏らさないで——それと、ミュケナイに介入したら設備には手を付けないことを約束して。メインフレームへのアクセスは事実上不可能だから。以上よ」
 通話を終えたアルテミスはワイングラスに口をつけて再び夜空を見上げた。
 時折強く吹き込む夜風は彼女の髪と頬を悪戯に撫でたが、それは少しだけ冷たかった。
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登場人物紹介

アポロー

 かつてアポロンと呼ばれた神々の一人

 生命の設計者として蓄積情報を収集するため再び地球に訪れた

 事故で命を落とした人間の身体を借り、名をアポローとして製薬会社を創業

 アキバのメイド居酒屋三階を居場所とし、随伴者であるパラスと共に人の営みを続けている


 身長180cm やや細身 日米ハーフの三十路男性

 日本のアニメや漫画文化を好み、その独創性に共感している

 少年のような表情を見せながらも他者に対して不思議な独特の空気を持ち、時にそれは人と神々の交錯へと自身を巻き込んでいく 

パラス

 カオス、ガイア……その起源は他の神々と同じく、一つの光から多様に分裂した存在

 アポローの随伴者として目的遂行をサポートしている

 ハイテクシステムに身を宿し、自身はフクロウのマークをアバターとして扱っている


 かつて神であったトリトンの庇護下から脱し、ミネルヴァ(アテナ)の妹としてオリュンポスファミリーから愛された

 世間知らず、かつ奔放な性格を見せるものの、彼女自身はアポローを強く敬愛している

カサンドラ

 アポローとパラスが自室を置くメイド居酒屋に、ある日ふらりと現れた茶虎の猫

 不在となった前任者の占いブースを引き継ぎ、類まれな能力を発揮することに


 中身は二十歳の女の子

 占い百発百中のカサンドラとして人気の看板猫なのだが……

榊原静子

 アキバのメイド居酒屋【メイド海賊オロチ】の店主

 江戸っ子気質な性格は常連客から人気があり、料理の腕も評価が高い

 古くから街の顔として知られた一家の一人娘であり、彼女自身もまた人脈は広い

 ひょんなきっかけからアポローを店の三階に住まわせることになり、現在は食事を提供しながら付き合いを続けている


 年齢非公開 アポローよりは年上 吊り目がチャームポイントでスタイルが良い(客評価)

 和服を好み、自身はメイド服を着たことが無い、絶対に着ないと声明している

 いささか古風な性格だが実はお嬢様育ち。いわゆるメカ音痴で、最近はスマホに頭を悩ませている 

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