09 パーティー

文字数 5,882文字

 その日、ロサンゼルスのパーティー会場周辺は賑わっていた。
 キャピタルグループが所有するビル周辺は厳戒態勢が敷かれており、その合間を縫うように世界中のメディアが続々と流れ込んでいた。上空からはヘリの音とライトの光が会場の注目をより強くしている。
「うっはー、すっごー。ウチらこんなトコ場違いじゃーん」
「翔子ちゃん、それ会場に入ったら絶対言うんじゃないぞ? 恥ずかしいからな?」
 アポローらを乗せた車は降車の順を待っていた。車内の液晶モニターには現地のTV中継が流れているが、同乗しているアンドロメダ改め内海翔子とメデューサ、そしてカサンドラはTVそっちのけで車窓から顔を出し、初めての海外の夜に目をキラキラさせていた。
「ねえねえ、先生はこういうパーティーとか何度も出たりしてるの?」
「ああ、たまに——カサンドラ? 喋るなら俺のピアスに音声を飛ばしてくれ、外で絶対に首輪から声を出すなよ?」
「なんでウチだけ制服なん? メデちゃんだけずるいっしょー。先生もビシッとキメてるしー」
「お前たちまで同行させる予定じゃ無かったんだよ! メドゥーサは招待状に名前があるゲストなんだし、ちゃんとしてないと恥ずかしいだろ?」
 ルナ・コリンズの名前でアルテミスが招待したのはアポローとメデューサだった。曰く弟と絶世の美少女であるメデューサを自慢したいというのがその理由だったのだが、どうしても動向させろと言って聞かない翔子とカサンドラに根負けし、アポローはミュケナイ製薬のファミリープログラムの一環であるとゴニョゴニョして上手く同行を調整した。
「メ、メデューサさん? さっきから静かだけど大丈夫かな? 緊張してる?」
「緊張なんかしてるわけ無いでしょアポロン? に、人間のパーティーなんかに……」
「メデちゃんすっごく楽しみにしてたっしょー? 図書館でアメリカの本とか借りて調べてたしー」
「し、翔子? 現地の情報ぐらい知っておかないと失礼でしょ!? これでも私は淑女なんだから!」
「あ、楽しみにしておられたと」
 頬を赤らめて翔子を黙らせようとするメデューサは赤で統一されたパーティードレスに身を包んでいた。背中が大きく開いたそのスタイルと胸元に輝きを放つ銀の刺繍は彼女の美しさを更に異世界の住人のように見せている。
「あー。私も残念……思いっきりコスして日本文化をPRしたかったのにー」
「お? カサンドラ、今からでも良かったら衣装調達するか? セーラー服を着て二足立ちすれば、誰もが知る日本の猫文化をPRできるぞ?」
「なめんじゃないわよ先生っ! そんなの誰もが知らないっ。古過ぎだからっ!」

 ***

 レッドカーペットが敷かれた階段を抜けて進むと、そこは既に熱気漂うパーティー会場の様相を華々しく見せていた。セキュリティーテープの向こうには数え切れないほどの報道陣と撮影機器がところ狭しとひしめいており、インタビューを受ける政府要人やハリウッドスターらの声すらも喧騒の中ではノイズのようだった。
「アポロー。こちらです」
 受付でチェックを済ませたアポローらを迎えたのは常城だった。ひと目でセキュティと分かる姿の常城は、薄茶色のサングラスの奥でやや驚きの視線をアポローらに向けていた。
「こちらの方々は……」
「同行者ってことで参加をねじこんである。ドレスの子はアルテミスが招待した子だ」
「おおっ! なんかカッコいい! ウチ、この人すっごくタイプかもっ!」
 常城を見上げた翔子は腕をワキワキさせながら目を輝かせた。
「ねえねえメデちゃん! やばくねこの人? カッコよくない?」
「……なんか怖い。おっきいし」
「ペルセウスに好感するアンドロメダと怖がるメドゥーサか……俺は今、神話の片鱗を見ているのかもしれない」
 ぼやくアポローに事情が飲み込めない様子の常城だったが、すぐに表情を元のように険しくすると手にしていた参加者用のオーディエンスとイヤーモニターを差し出した。
「こちらを着用してください。イヤホンからは同時翻訳が流れますので」
「佐竹はどうしてる?」
「はい。別動です。現地のミュケナイから五名がサポートしています」
「分かった。静かに頼む」
 アポローはそう言うと常城と何やらハンドサインを交わした。

「ハーイ! 弟ちゃんっ! こっちよーっ!」
 二人の少女と一匹の猫を伴ってパーティーフロアへ進むと、手を振ってアポローに呼びかるアルテミスがそこに見えた。白のドレスに銀の装飾、誰もが認めるトップモデルであるその姿は多くの参加者の目を既に惹きつけており、その一声から振り返った視線もまたアポローたちへ集中した。
「ちょ! こっ恥ずかしいから大きい声で呼ぶんじゃないっ」
「あらあら! 翔子ちゃんも来てくれたのね? カサンドラも♪」
 制服姿の翔子はアルテミスを見上げてからペコリとお辞儀をした。アポローの肩でおとなしく猫の立ち位置を演じているカサンドラも『にゃもにゃも』と声を返した。
「こちらの方はルナ殿のお知り合いですかな? いやはや、なんとも見目麗しい……」
 ルナ・コリンズ改めアルテミスをエスコートしていた長身の白人男性はメドゥーサに目を奪われ、やや引き気味ながらも感嘆を声にした。
「すっごく綺麗な子でしょう? 彼女はメドゥーサ、神話の女神なのよ? ドレスは私のブランドからお気に入りをチョイスしたの」
「ハハっ! 確かに! アルテミスブランドのオーナーである貴女が言うのであればその通り。本当に女神なのでしょうな」
「……」
 アルテミスの紹介を受けたメドゥーサは右手を胸に当てて静かにお辞儀を返した。豊かなブロンドヘアーに留められている銀の弓を模した髪飾りは、それに合わせて鮮やかな光の模様をも男の目に返した。
「お久しぶりですマクレーン大統領。ミュケナイ製薬のアポローです」
「ほえ? このおじさんってばアメリカの大統領なん!?
 アポローとマクレーンが握手を交わす様子に翔子は素っ頓狂な声をあげた。
「そうよ翔子ちゃん。彼は現合衆国の大統領さんなの。あなたTVとか見てないの?」
「ほえ……見たことあるような、そうじゃないようなカンジ?」
 恰幅の良い印象を受けるマクレーンはアポローよりも長身大柄で、大統領の名にふさわしい存在感をそこに醸し出していた。オールバックの金髪と引き締まった顔立ち、若き日にはフットボールで多くの栄誉賞を獲得してきた実績は五十代後半の今でも姿に衰えを見せていない。
 金融と軍事、政局闘争に加えての国際競争、更には超大国としての国内問題という奇々怪々な情勢の渦中に立つマクレーンは、その経歴と国民政党のトップである立ち位置からこれまで高い信頼を得てきた。くだけだトークと表情にも親しみがあり、自身もまたパーティーやイベントを多く展開することで、そこから財界や国内資源のPRを強く広める自らのドクトリンを見せてもいる。
「お久しぶりですなアポロー。可能であれば貴殿には是非とも我が国で活躍して欲しかった」
「我が家は今でもサンフランシスコですよマクレーン大統領。私が日本に社を置いたのはビジネス視点から、というだけです」
 マクレーンの目はやや厳しい色を示していたが、アポローはそれを正面から見据えることなくボサボサの髪を掻いて笑顔で応じた。
「こちらのレディにも挨拶をしなくては。その、メドゥーサ? でよろしいのかな?」
「は、はい。メドゥーサです」
 うやうやしく跪くマクレーンはメドゥーサの手を取って甲にキスをした。既に周囲の群衆もメドゥーサの美しさに目を奪われており、大統領のその姿はユーモアであれ、そこを通り越して真に女神へ謁見しているかのような光景だった。
「恥ずかしいことしないの。ほらっ」
 アルテミスはそんなマクレーンの襟を後ろから掴み上げて無理やり姿勢を正させる。
「し、失礼ですがマクレーン大統領、アル……姉とはどういった関係で?」
「ハハっ! 彼女は良きビジネスパートナーですよアポロー。何というかこう、日本で言うところのノリと映えについて甚くシンパシーがありましてな。痛く、と言った方が正しいのかもしれないですがね?」
 屈託の無い笑顔でそう言うマクレーンはアルテミスを抱き寄せると、その手を腰から下へと回した。
「あら大統領、こんなところでセクハラ? いつものあれを誘ってるのかしら?」
「いつものあれか? ルナ・コリンズ?」

 ビッターン!

「ちょっ!」「おおっ!」「ほえ!?
 アルテミスは優しくマクレーンの両肩を抱き寄せると、大外刈のモーションでその大柄な身体を張り倒した。張り倒すという表現を世界に説明するのであれば、この光景こそ何より神話として記録されるべきものであるのかもしれない。
「ハハっ! いつもながら良い動きだルナ・コリンズ!」
「きゃははっ! だいとーりょーって受け上手だねっ!」
 マクレーンの姿に翔子は手を叩いて歓喜した。代々柔道の道場を営む家柄の彼女にとって、一国のトップが受け身をとる姿は初めて目にするサプライズだったのかもしれない——国のトップがパーティーで大外刈を決められる姿を見るのは通常誰にとってもありえない事なのだが。
「彼とはこういう関係なのよ弟ちゃん。たまにこうして見せてるから大丈夫♪」
「森羅万象を張り倒すっていうのがキミの本質なんだろうが、本当に相手を選ばないんだな……」
 アポローが引き起こすとマクレーンはすぐさま襟元を正し、参加者に向けて両手を挙げて笑顔を振りまいた。沸き起こる拍手と歓声に驚きの様相は無く、それはいつものTVショーの光景のように会場を笑いで染め上げていった。
「えっと、おバカさんなのかな?」
「こらカサンドラ、首輪から声を出すんじゃない」

 ***

——マクレーン大統領の長い長いトークの後、パーティー会場は社交とロビー活動の場へと流れた。各国の首脳陣は関係国同士のグループで立食を楽しみ、ゲストであるハリウッドスターや著名人たちは忙しそうにテーブルを往来している。
「このハンバーガー、ちょー美味しいっしょ! ウチがいつも食べてるパサパサの惣菜バーガーと全然違うし!」
「翔子ちゃん、こっちのバナナのチョコソースもすっごく美味しいよ? あとフォンダンショコラも……」
 翔子とメドゥーサは同席のトップスターらをそっちのけでテーブルを駆け回って料理を楽しんでいた。メドゥーサはその美しさから時折各国の要人らから声をかけられたが、そのあたりは上手くスルーして相手にしない様子だった。

「お疲れ様、弟ちゃん♪ たまには悪くないでしょ? こういうのも」
「まあね。それこそ大統領が言うようにビジネス視点でなら、だよ」
 曇り一つ無いワイングラスを互いに掲げて姉弟は乾杯した。アポローはそれを一口飲むと周囲を見渡してアルテミスに問いかける。
「俺が弟だって話、いつこっちにカミングアウトしたんだ?」
「弟ちゃんに会ってからよ?」
「ルナ・コリンズと俺はファミリーが違うし血縁じゃないだろ、疑われてないのか?」
「大丈夫。そのあたりはどうとでもなるの。私は中央局の人間よ? 住民IDやデータなんてどうにでもなるわ」
「本当かよ……」
 興味の無いトーンで答えながら、アルテミスはアポローの肩に乗っているカサンドラの口へフライドポテトを運んだ。
「私そっちのフライがいいー。美味しそうなオリーブの匂いするやつー」
「はいはいカサンドラ♪ これすっごくジューシーなのよ? 私も大好き♪」
 香草と豆でじっくり蒸された白身魚フライのオリーブソース和えをアルテミスが小皿に取り分けると、カサンドラはひょこっとその膝に飛び移って料理にパクついた。
「——失礼よ弟ちゃん? ここで合衆国を探るのは上策じゃないわよ」
 カサンドラを撫でながら、首輪に点滅するLEDランプを見つめてアルテミスは目を細めた。
「まあな……それでも合衆国の動きは気になる部分がある。キミの復讐劇とは別に。だ」
「ミュケナイのセキュリティを使って探ってるなら止めた方がいいわよ? 素人じゃすぐに足がつくわ」
「パラスの支援もある。ミュケナイの秘匿中継は合衆国ですらサーチ不可能だ」
「そうだといいのだけど?」
 アルテミスは会場の入り口横に立っている常城へ視線を投げた。するとタイミングを同じくしてオーケストラの演奏が壮大な響きを場内に埋める。
「わ。すごい! 先生の好きな格ゲーステージのBGMみたい!」
「いやいやカサンドラ、俺はここで飢えた狼と戦わないぞ?」
 先程までマクレーンがトークしていた壇上で幕が上がると、そこにはオーケストラがステージがライトを浴びていた。場内からは歓声と拍手が湧き起こり、一組、そしてもう一組と場内の中央へ足を進める参加者らが流れを作っていった。
「弟ちゃん? まだ踊れるかしら?」
「は? ここでか? 俺はそういうキャラじゃないぞ?」
「何がキャラなんだかっ。ほら、私と一緒に踊るのよっ、お仕事だと思って!」
 嫌がるアポローを無理やり引っ張ってアルテミスは参加者の流れの波に乗った。やがて演奏が静かな階調を奏でると、綺羅びやかなドレスに身を包んだカップルらは互いに手を取り合い、身体を音符に合わせて揺らしていった。
「あら弟ちゃん、全然踊れるじゃない♪ うふふっ。ヘスティアのキッチンパーティーを思い出すわね?」
「キミと踊るのはあれ以来だよ。まったく……」
 演奏に合わせて場内の照明はダンスを繰り広げるカップルたちへとスポットを向けた。
「覚えてる弟ちゃん? あのときママが私たちにダンスを教えてくれたこと……」
「あはは、覚えてるよ。ミノアの収穫祭を創作ダンス風味にしたんだっけな」
「そうそう♪ みんなびっくりしてた。思い出せる?」
 アポローとアルテミスはいつしか会場の中心で演奏に身を任せていた。それはダンスというよりは古風な舞のようでもあり、そのシルエットはライトの光を受ける度に鮮やかな軌跡を描いていった。
「アポロンの名を冠する男とアルテミスを名乗る女か……我々はここで神々の祝福を目の当たりにしているのかもしれないな」
 マクレーンは初めて目にするダンスにそうつぶやいた。いつしか会場の中心はアポローとアルテミスだけとなり、華を添える演奏と光も二人だけを色鮮やかに祝福した。幾星霜の時を超えて姉弟の姿はそこに神々として美しく、どこかしら物悲しさすら感じさせていた。

「——私の自慢の弟ちゃんなのっ!」
 ダンスを終えるとアルテミスはアポローに身を寄せて声をあげた。二人への拍手喝采はしばらく鳴り止まなかった。
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登場人物紹介

アポロー

 かつてアポロンと呼ばれた神々の一人

 生命の設計者として蓄積情報を収集するため再び地球に訪れた

 事故で命を落とした人間の身体を借り、名をアポローとして製薬会社を創業

 アキバのメイド居酒屋三階を居場所とし、随伴者であるパラスと共に人の営みを続けている


 身長180cm やや細身 日米ハーフの三十路男性

 日本のアニメや漫画文化を好み、その独創性に共感している

 少年のような表情を見せながらも他者に対して不思議な独特の空気を持ち、時にそれは人と神々の交錯へと自身を巻き込んでいく 

パラス

 カオス、ガイア……その起源は他の神々と同じく、一つの光から多様に分裂した存在

 アポローの随伴者として目的遂行をサポートしている

 ハイテクシステムに身を宿し、自身はフクロウのマークをアバターとして扱っている


 かつて神であったトリトンの庇護下から脱し、ミネルヴァ(アテナ)の妹としてオリュンポスファミリーから愛された

 世間知らず、かつ奔放な性格を見せるものの、彼女自身はアポローを強く敬愛している

カサンドラ

 アポローとパラスが自室を置くメイド居酒屋に、ある日ふらりと現れた茶虎の猫

 不在となった前任者の占いブースを引き継ぎ、類まれな能力を発揮することに


 中身は二十歳の女の子

 占い百発百中のカサンドラとして人気の看板猫なのだが……

榊原静子

 アキバのメイド居酒屋【メイド海賊オロチ】の店主

 江戸っ子気質な性格は常連客から人気があり、料理の腕も評価が高い

 古くから街の顔として知られた一家の一人娘であり、彼女自身もまた人脈は広い

 ひょんなきっかけからアポローを店の三階に住まわせることになり、現在は食事を提供しながら付き合いを続けている


 年齢非公開 アポローよりは年上 吊り目がチャームポイントでスタイルが良い(客評価)

 和服を好み、自身はメイド服を着たことが無い、絶対に着ないと声明している

 いささか古風な性格だが実はお嬢様育ち。いわゆるメカ音痴で、最近はスマホに頭を悩ませている 

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