11 連鎖 悪意のトラフィック

文字数 2,722文字

「おやあ! またどうしましたかあ?」
「いえ……やはり先程のお礼を省略するには、私の気が咎めまして……」
 静子が再び街金融の相澤のもとを訪れると、接客を行う従業員の後ろから相澤は大きな声をあげて静子を迎えた。
「失礼します」
 接客中のカウンターの脇を抜けて静子は窓側の相澤のデスクへと進む。
「いやいや、あの物件どないでしたかな? 何か、分かりましたかな?」
「はい。やっぱり幽霊物件らしく、相澤さんのお力無くしては騙されるところでした……」
 静子は大きなデスクでふんぞり返る相澤へ深々と頭を下げながら、客と従業員へ視線を向けた。
「それで、あの……」
「お礼? ですかな?」
「はい……出来れば人がはけてから、と」
「ああ、そういう事なら構わんですわ。おーい! 今日はもう終わりにしてくれへんかー!」
 相澤が従業員へ声を飛ばすと客は渋々と立ち去っていく。
「どうせ多重債務者ばかりの常連商売やさかいに、気にすることあらしまへん」
 従業員も待ってましたとばかりに制服を着替え、相澤に声をかける事なくオフィスを後にする。
「それで? なんですかな?」
 相澤がそう言うと静子はジャケットを脱ぎ、その膝へ足を開いて跨った。
「おっほほ。これはまた」
「気に入って頂けるか、どうか……」
「いやいや榊原さん、あんたさんぐらいの器量良しなら、断るのは野暮ってもんや」
「現役退いてからしばらくですが、前の店でとった杵柄、お気に召して頂ければと……」
 静子は相澤の膝に跨ったまま向かい合い、両手を取って拘束のポーズをとらせた。
「わかります。わかりますとも榊原さんっ。あと数年早く東京に来てれば、あんたの店の常連になってたもんやと後悔してましてなあ」
 相澤は満面の笑みで、そのまま静子のシャツのボタンを外しにかかった。
「あら、意外です。相澤さんはてっきりこういうのは苦手かと」
「この歳になりますとな、しのご好みなぞ言ってられまへん。ほ~っ。あんたさん、失礼やけど若い子の肌してまんなっ!」
 相澤にシャツをはだけさせられ、静子の上半身は下着姿を晒した。背中の蒼い龍の刺青は蛍光灯の光に鮮やかな艶を返す。
「それでは、こうですかな?」
 両手を再び拘束のポーズに構え、相澤は息を荒くしながら静子の胸元を見つめた。
「あまりお時間は取らせませんから……」
 スカートのポケットに右手を入れて静子は甘い言葉を返した。
「そんな事言わへんで、ほな、何ならこっちからお礼も出しても、ぐぅ!!
 下卑た言葉を遮り、静子は樹脂製のワイヤーで相澤の両手首と首をまとめて拘束した。相澤の赤ら顔は更にその色を染めていく。
「北神から聞いたよっ! あんた、あの物件の元締めらしいじゃないか? 佐々木って医者の嫁のケツ持ちで、旦那ともつるんでるってね!」
「き、北神から、なのか?」
「私個人の出入りだよっ! あんたの事は好きにしていいって北神のお墨付きだけどね! 佐々木って医者夫婦と、今TVでやってる失踪事件と、あんたが絡んでるんだろ!」
「絡んで……ぐっ、失踪したのは奴らの勝手や……俺は国外に飛ばすんを、手伝っただけや……」
「タダでそんな事やらないだろ、あんた。見返りは!?
「患者の、保険金だ……よくある話、じゃないか……」
「ああっ! めんどくさいっ!」
 辿々しい相澤の声に苛立ち、静子は首のワイヤーを緩めた。
「うおっほ! げほっ! お礼参りとはっ、これだから紋しょってる輩は……」
「その患者っての、木野っていう医者じゃないのかい?」
「その通りや……佐々木の嫁が北神の若いツバメと国外飛ぶって話、そっからや」
「それがなんで、うちの子の失踪になった?」
「それやがな、げほっ。佐々木の嫁が旦那の金も持って国外飛んで、旦那がそれはうちのせいやと金を無心しやがって、ダメなら警察行くとかほざきやがったんや」
「うちの子と、あの物件の話は!?
「そりゃ、佐々木の嫁があそこのフロント、ああ、フローラルの店長と一緒にやってて、誰でもええから物件に出入りする人間探してたんや。そうしとかんと、ほれ、幽霊物件の値段吊り上げてんの、同業にチクられちまうさかいに……」
「それじゃなにかい? 嫁に金を持ち逃げされた医者の旦那も保険金目当てに殺しやって、患者の娘はついでに幽霊物件のカモフラージュに利用されったってことかい!?
「せやで榊原さん……佐々木ってスケベ医者、その娘っ子も気に入ってたさかいに、手術で殺した父親の保険金取って一緒に逃げてるんや。酷い話やで?」
「その保険金は誰が食うんだい?」
「折半や榊原さん。こっちは空委任で保険の手続きして、佐々木に国外逃亡の書類とセットで売っただけや。残りはあの男のもんやろ」
「そうかい。じゃあ書類はあんたが握ってるんだね?」
「そ、それは榊原さん、商売の話やから……んぐっ!!
「まあいいよ。あんたを締めてからゆっくり家探しさせてもらうよ」
 静子は再び相澤の首をワイヤーで締めにかかる。
「ま、待て……わかった、待ってくれ……んはっ! げっほ!」
「最初から全部ここにあるって言えばいいんだよっ! さっさとよこしな!」
「こ、こっちの引き出し開けるんや……な、中に金庫の暗証番号入れるカードが」
 静子が相澤の言う通りに右上の引き出しを開けると、そこには数字入力のボタンが付いたカードが入っていた。
「4、3、そうや。あっちの金庫がそれで開く……」
 相澤の両手首にワイヤーを結んで拘束すると、静子はショルダーバッグを持って左奥の金庫を開いた。そこには多くの書類が入っており、一番上に置かれた封筒には佐々木と書かれていた。
「適当な委任状と病院の手術同意書……こんなんでよく保険が下りるもんだね」
 !!
 金庫の前で屈んで書類を確認していた静子はそのまま床を両足で蹴って後ろへ飛んだ。
 相澤は拘束された姿勢のまま、カードの入っていた引き出し上側に隠していた小さなハンドガンを両手で掴んで静子へ向けていた。
 ——同時に二発の銃声が室内に響く。

「……」
 尻もちを付いた姿勢で放った静子の弾丸は相澤の額を撃ち抜いた。そして、静子もまた右側腹部に銃弾を受けた。
「一日で四人撃って一発お返しもらうだけなら……まあ上々っ、なのかねっ」
 静子はよろめきながらシャツと上着を着直し、バッグへ封筒をしまうとハンカチを取り出して銃槍を押さえた。アポローが渡したブレスレットのランプは青から赤の点滅に変化している。
「あ、こりゃダメだわ……」
 オフィスの外に出た静子はよろめいて壁にもたれ、そのまま隣の給湯室で座り込んだ。バッグからタバコを取り出して火をつけると、ブレスレットを眺めながら大きく煙を吸い込んだ。
「頼むからね、天才先生様……」
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登場人物紹介

アポロー

 かつてアポロンと呼ばれた神々の一人

 生命の設計者として蓄積情報を収集するため再び地球に訪れた

 事故で命を落とした人間の身体を借り、名をアポローとして製薬会社を創業

 アキバのメイド居酒屋三階を居場所とし、随伴者であるパラスと共に人の営みを続けている


 身長180cm やや細身 日米ハーフの三十路男性

 日本のアニメや漫画文化を好み、その独創性に共感している

 少年のような表情を見せながらも他者に対して不思議な独特の空気を持ち、時にそれは人と神々の交錯へと自身を巻き込んでいく 

パラス

 カオス、ガイア……その起源は他の神々と同じく、一つの光から多様に分裂した存在

 アポローの随伴者として目的遂行をサポートしている

 ハイテクシステムに身を宿し、自身はフクロウのマークをアバターとして扱っている


 かつて神であったトリトンの庇護下から脱し、ミネルヴァ(アテナ)の妹としてオリュンポスファミリーから愛された

 世間知らず、かつ奔放な性格を見せるものの、彼女自身はアポローを強く敬愛している

カサンドラ

 アポローとパラスが自室を置くメイド居酒屋に、ある日ふらりと現れた茶虎の猫

 不在となった前任者の占いブースを引き継ぎ、類まれな能力を発揮することに


 中身は二十歳の女の子

 占い百発百中のカサンドラとして人気の看板猫なのだが……

榊原静子

 アキバのメイド居酒屋【メイド海賊オロチ】の店主

 江戸っ子気質な性格は常連客から人気があり、料理の腕も評価が高い

 古くから街の顔として知られた一家の一人娘であり、彼女自身もまた人脈は広い

 ひょんなきっかけからアポローを店の三階に住まわせることになり、現在は食事を提供しながら付き合いを続けている


 年齢非公開 アポローよりは年上 吊り目がチャームポイントでスタイルが良い(客評価)

 和服を好み、自身はメイド服を着たことが無い、絶対に着ないと声明している

 いささか古風な性格だが実はお嬢様育ち。いわゆるメカ音痴で、最近はスマホに頭を悩ませている 

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