6 革新 現代のマキナ
文字数 2,415文字
部屋に入ると照明が点灯し、天井のモニターにはいつものフクロウマークが表示された。
「お帰りなさいアポロー。TVに出演するなんて大人気なのですね?」
「ああ。俺はいつもどこでも大人気だよ」
「同僚として嬉しく思います。ああアポロン、神々の祝福あれ」
「頭大丈夫か? 俺は容疑者としてTVに出たんだぞ? つか、同僚ってなんだよ」
疲れた表情と口調のまま、アポローはスーツ姿のままソファーへダイブして仰向けになった。溜まった疲労は天井のスポット照明すら目に眩しい。
「あなたは悪い事をしていません。なので私はあなたがTVに出演するのを誇らしく思いました。そしてあなたは私の同僚ですよ?」
「はいはい。ミネルヴァが言ってたお前の話は、今になって俺の身にしみるよ……」
「ミネルヴァ姉さまが何かあなたに仰っていたのですか?」
「なにも」
「ミネルヴァ姉さまは私に深淵から外を見るようにと、いつもいつも仰っておられました。私はそれを忘れることはありません。光を見たいのです」
「あー言いそうだ。よく分かる。お前の保護者だったトリトンあたりは、光とか無縁だったからな」
「ええそうですとも。あれは冷たい海の底、更にその下あたりの冷たい存在でしかありませんでした」
「だから眷属のイルカにコンプレックスがあるのか?」
「え? そ、それは違います。今の私はミネルヴァ姉さまの可愛いフクロウちゃんですよ? あ、あれはイルカ嫌いのあなたへの、ちょっとした意地悪です……」
「ふふっ。ごめん。俺も意地悪だよな。気を使っているのかそうでないのか、掴みどころが無いのがお前のカラーだよ」
「私は、とてもとてもあなたに気を使っていますよ? 今日だって期間限定イベントを四時間で切り上げたのです」
「四時間もオンゲやりゃ十分だろ? 素材集めでも、お釣りがくる時間だろ」
「四時間じゃ何も出来ませんっ! ロビーだけで終わる時間ですっ!」
「お前、まさか課金してチャットばっかりやってるんじゃないだろうな」
「ぐ……そんな事、ありません」
「——で、由紀子ちゃんの足取りは掴めたか?」
しばらくソファーで目を閉じていたアポローは部屋の中央でモニターを見上げた。先程までの披露の色は既に消え失せている。
「はい。身体データ追跡により最後に確認されたのは横浜港です。路上カメラアクセスの画像を表示します」
「その直近は?」
「JRを利用していますが、駅以外に直近で立ち寄った施設はありません」
「分かった。港からの足取りと同行者は?」
「候補検索中です。現在、人間は活動時間ではありませんので、検索再開は日の出時刻を設定しています。同行者の候補は佐々木という男性医師を優先しますか?」
「そうだ。俺の今日一日の会話から何か分かったか?」
「ミュケナイ佐竹、常城両名の取得情報から佐々木医師の行動予測を分析中です。由紀子さんにつきましては類似身体データ候補二二〇四人の追跡を実行しました」
「港の発券状況は?」
「木野由紀子名義のデータは存在しません。但し、佐々木姓の該当が四十八件ありました。うち一件に
「端末SIMの追跡は?」
「由紀子さんのSIM通信は横浜港到着の一時間前に消失しています。最後の通信痕跡は港付近の路上です」
「ありがとう。そこまで分かれば上出来だ。マイクロドローンをセットアップするから使ってくれ。出港した客船全てをグラビティセンサーで当たってほしい」
アポローが部屋の壁に設置されたパラスのシステムに近寄ると、右側に置かれた小さなボックスが音もなく開いた。中には小さな五角形のドローンが収められており、アポローはその収納トレイの一枚を外すと中央のテーブルへと置いた。
五センチほどのサイズのドローンには羽もカメラもなく、ともすれば何かの記念メダルにしか見えなかった。
「これを使用するのですね? 私、空を飛ぶのは大好きです。固定カメラのアクセスでは、もどかしいことの方が多いですから」
「高高度モードでセットアップする。GPSは使うなよ? バレたら困るからな?」
「制御波形及びクラウド連携はどうされますか? ここの電力制御では制御に四十二パーセントの遅延が生じます」
「制御クラウドは俺がミュケナイでメガロンを中継させる。由紀子ちゃんが見つかったら逃すなよ? その時の制御分担は、お前の判断に全て任せる」
「了解です。粒子加速器のセットアップはどうしますか? 船舶の制圧方法はミネルヴァ姉さまからしっかり教えてもらいました」
「んなもん不要だ。戦争じゃないんだから絶対に攻撃するんじゃないぞ? 万が一、誰かの手に渡りそうならポチっとなで自爆放棄だ」
アポローはドローン一基一基を確認しながらパラスへ忙しく応じた。
「あの……」
「なんだよ?」
「それ、大丈夫ですよね?」
「何がだよ?」
「あなたが森羅万象唯一の生物エンジニアである事は神々の誰もが認めていますが、マキナに関してのあなたの趣味性と信頼性は、いかがなものでしょうか。と」
「現代科学をなめるなよパラス? え? 俺の技術の信頼性とかなんとか言ったか?」
「イカロスの教訓という事例があなたにはありますので、私はそこに不安を抱かずにはいられません」
「おいパラス。いつの時代の話をしている。天然樹脂で作ったアレと、お前のシステム作ったとこのドローンは比較にならないだろ。そもそもあれは奴が勝手にオーバーヒートさせて……」
「うふふっ。意地悪な質問しちゃいました。さっきのお返しですよ? それに、そのドローンは私が一番信頼しているところの逸品ですからね」
「フォローになってないぞ。バ、バッテリーは、俺が設計したんだからな?」
「高高度でも翼が溶けたりしませんよねー。あなたが作ったバッテリーですものねー」
「くっ。マジでムカつく……」