14 ニオベーの子 金の銃弾

文字数 2,353文字

 危なっかしいパラスの自動運転と交互にハンドルを握り、アポローは新宿にあるネオス社へと辿り着いた。
「アポロー? くれぐれも注意を怠らないようにしてください」
「分かってる」
 ビルの地下駐車場に車を入れ、アポローはネオス社のオフィスがある二十階へと向かった。

 目的のフロアへ到着するとすぐに制服姿の女性がアポローを見つけて深く頭を下げた。
「お待ちしておりました。代表より応接室へご案内するよう指示を受けております」
 女性の白いダブルスーツのデザインはどこか近未来的なイメージを漂わせていた。社名が大きく描かれた自動ドアを抜けると、夜の20時を過ぎているにも関わらずオフィスは従業員たちがひしめいていた。女性と同じ制服姿の社員たちは皆ヘッドセットを装着しており、それぞれがどこかと対応しながら忙しく仕事を続けていた。
 オフィスを横目に進むと大きな木製の両開きドアがアポローの目の前に存在感を醸し出した。一見して重厚に見えるそのドアは音もなく左右に開き、案内役の女性は中に進むようアポローを促した。
「——お待ちしていましたアポローさん。いえ、アポロン様と呼ぶべきでしょうかね?」
 その応接室に椅子やソファーは無く、窓側の一面は曇り一つ無いガラス貼りだった。そこから目に飛び込む夜景の中心であるアイランドタワーは美しく光を返し、夜の新宿の喧騒をひとときの間だけ忘れてしまうかのような展望をパノラマにしていた。
「遅れて申し訳有りません。ミュケナイ製薬のアポローです。失礼ですがお名前など?」
「私はゲルス・シュタイン。ニオベーの最後の血を受け継ぐ人間です」
 アポローより少し背格好は見劣りするものの、白いダブルのスーツに角の整ったシャツの襟元、そこに見え隠れする引き締まった首元と精悍な顔だちは、逞しい一企業のトップである風格を十分に感じさせていた。
「ニオベー……ですか? よく存じませんがネオス社は半導体関連の企業であるとお聞きしています。シュタインさんは日本語が堪能ですね」
「もう十五年こちらで仕事をさせてもらっています。あなたに関心すら抱かせていない企業なんて恥ずかしい限りですがね」
 シュタインはそう言いながらアポローを窓側へ案内して自らの立ち位置をその横へと並べた。
「事故を起こしたとかで?」
「え? あ、いや、お恥ずかしい限りです。ガレージの横で木にぶつけてしまって」
 アポローは本気で照れくさそうにそう言うと、上着から件の矢の先端を取り出してシュタインへ渡した。
「率直にお聞きしたいのですが、そちらはこれの解析データをリバーサンド社に置き、意図的な訴訟を誘導しました。その意図は何でしょうか?」
「思っていたよりも調査は早かったようですねアポロン」
 シュタインは矢をアポローに返すと身体を向けてそう答えた。
「シュタインさん? あなたは何か思い違いをしているのでは? 私は確かに神話をモチーフにしてミュケナイ製薬を創業しましたが私自身はただの人間です。この矢もリバーサンド社から入手したものです」
「ふん。確かにそうです。私は神話にもアポロンにも、そしてミュケナイにもアンチテーゼを抱いています」
「それではなぜこんな手段を? 直接ミュケナイにでも私にでも対話を選択することは可能だったはず」
「私が手段を選択したと? それこそ思い違いですよ。あなたたちが悩んで手間暇かけることに私の意図はあったのですがね。手段ではなく単なる嫌がらせですよ」
 シュタインは不機嫌な顔をアポローに見せると窓の反対側へとゆっくり進んだ。大きな金色の屏風がディスプレイされている壁側には二振りの模造刀が間接照明に照らされており、更にその上には大きな木製の弓が飾られていた。
「アポロンの矢……あなたはこれの解析をと言いましたね? これが何であるか分かっているでしょう? 作った本人なのだから」
「リバーサンド社のサーバーから改ざんされたデータを確認しました。そこにはこの矢の質量とサイズを示すものがあります。実行犯の男もこちらで身柄を押さえました。状況的に繋がっているのはネオス社とあなたなんです、シュタインさん」
「ほう? そのデータにわざわざ残したのは矢の寸法だけじゃないはずですがね?」
 大きく背伸びをして壁から弓を取ると、シュタインは先程アポローがそうしたように上着から矢の先端を取り出した。それは窓から差し込む新宿の明かりと室内の照明を大きく黄金の光で上書いた。
「懐かしく思いませんかアポロン? これは正真正銘オリジナルの金の矢です。なぜ今ここでこれが残っているのか……」
 シュタインは矢にその黄金をねじこむと、そのまま弓をつがえてアポローへと照準を合わせた。
「これであなたを射ればどうなるでしょうかね? だがこれは銀の矢ではない。せいぜい身体に穴が開くだけでしょう」
「シュタインさん、私はあなたが何を言いたいのか、何の目的を私に向けているのか全く理解できません」
 アポローは弓をつがえたシュタインへ向き直ってそう言った。その視線は矢に興味を一切示さず、あくまでシュタイン本人の目だけを見つめた。
「あくまで知らぬ存ぜぬを貫くおつもりか。ふん。それでは復讐したところで私はただの人殺しになってしまう」
「復讐? 矢で私を射ることがあなたの復讐であると?」
「ははっ。別にもう矢でなくとも構わないのですがね」
 シュタインはそう言って弓を捨てると上着の中からハンドガンを引き抜いてアポローへ銃口を向けた。
 そしてそのまま、ためらうことなくトリガーを引いた。

「——私だ。予定通り男の身体を船に運べ。そうだ。二時間ほど遅れているから急げ」
 声もなく仰向けに倒れたアポローの胸元は大きく穴が開き、その最悪の状況にも関わらず床に血は一滴もこぼれなかった。
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登場人物紹介

アポロー

 かつてアポロンと呼ばれた神々の一人

 生命の設計者として蓄積情報を収集するため再び地球に訪れた

 事故で命を落とした人間の身体を借り、名をアポローとして製薬会社を創業

 アキバのメイド居酒屋三階を居場所とし、随伴者であるパラスと共に人の営みを続けている


 身長180cm やや細身 日米ハーフの三十路男性

 日本のアニメや漫画文化を好み、その独創性に共感している

 少年のような表情を見せながらも他者に対して不思議な独特の空気を持ち、時にそれは人と神々の交錯へと自身を巻き込んでいく 

パラス

 カオス、ガイア……その起源は他の神々と同じく、一つの光から多様に分裂した存在

 アポローの随伴者として目的遂行をサポートしている

 ハイテクシステムに身を宿し、自身はフクロウのマークをアバターとして扱っている


 かつて神であったトリトンの庇護下から脱し、ミネルヴァ(アテナ)の妹としてオリュンポスファミリーから愛された

 世間知らず、かつ奔放な性格を見せるものの、彼女自身はアポローを強く敬愛している

カサンドラ

 アポローとパラスが自室を置くメイド居酒屋に、ある日ふらりと現れた茶虎の猫

 不在となった前任者の占いブースを引き継ぎ、類まれな能力を発揮することに


 中身は二十歳の女の子

 占い百発百中のカサンドラとして人気の看板猫なのだが……

榊原静子

 アキバのメイド居酒屋【メイド海賊オロチ】の店主

 江戸っ子気質な性格は常連客から人気があり、料理の腕も評価が高い

 古くから街の顔として知られた一家の一人娘であり、彼女自身もまた人脈は広い

 ひょんなきっかけからアポローを店の三階に住まわせることになり、現在は食事を提供しながら付き合いを続けている


 年齢非公開 アポローよりは年上 吊り目がチャームポイントでスタイルが良い(客評価)

 和服を好み、自身はメイド服を着たことが無い、絶対に着ないと声明している

 いささか古風な性格だが実はお嬢様育ち。いわゆるメカ音痴で、最近はスマホに頭を悩ませている 

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