13 区切り 続く繋がり【Ⅰ章END】
文字数 2,900文字
「すっごいでしょ!? なんでも当てちゃうんだよ!」
ソファーには店のメイドが三人、そしてテーブルの上では一匹の猫がタロットカードの一枚を前足でタシタシと叩いていた。
「それじゃあ次は……このカードね? えっと、このカードの意味は?」
ノリの良いメイドがカードを展開すると、その右隣で頭に大きなリボンをつけたメイドがタブレットでなにやら検索を始める。
「えっと。またソードです。前のカードと照らし合わせて……やっぱり試練とか、そういった意味を読み取れます」
すると二人組の女性客は顔を見合わせ、驚いた表情をテーブルの上の猫へと向けた。
「ほんとにすごいですね……相談する前に分かっちゃうものなんですか? 私達、来月の採用試験のことを占ってほしかったんです」
「すっごいでしょ! うちの子は百発百中なんですよ? ねっ? カサンドラっ!」
そう呼ばれた茶虎の猫はタブレットを検索しているリボン頭のメイドの肩に飛び乗ると、その頬に頭をこすりつけた。
「ほら、優子も頑張ってるって、カサンドラが褒めてるよ~」
「うん。最近チャットで、海外の占い師さんから色々教えてもらってるから……」
「孝子、ほら、これ」
ノリの良い孝子の左隣から、ややボーイッシュな風貌のメイドがラッピングされた箱を差し出した。
「あははっ。忘れるところだった。ここでカサンドラちゃんに私たちからプレゼントがありまーす! 皆さんもご注目~!」
孝子は声高らかに宣言して箱を開封し、その中から小さなオレンジ色のリュックを取り出して掲げた。
「ほら、カサンドラ?」
優子は突然の状況に目を丸くしているカサンドラを肩から降ろし、その前足を掴んでリュックを着せようとした。だが、カサンドラはそんな優子の手をするりと振り切って、その場から逃走の姿勢を見せる。
「ちょっと! 逃げたらダメーっ!」
嫌がるカサンドラを孝子が両手でふんじばり、結局半ば無理矢理に小さなリュックはカサンドラの背に落ち着いた。
「かわいい~!」
メイドと客たちは皆その姿に釘付けになり、スマホのフラッシュは占いブースをチカチカと照らした。
小さな猫用のリュックはピッタリで愛らしく、空気を読んだカサンドラも覚悟を決めてテーブルの上で香箱のポーズを決めた。
「良かったねっ、カサンドラっ。この前みんなとお泊りしたでしょ? その時に、サプライズでプレゼントしようって私たちで決めたのっ。またみんなで遊ぼうね~」
孝子が高いテンションのまま手を伸ばすと、カサンドラは店のカウンターへと一目散に駆け出した。猫は大声でとりかかろうとする生き物が苦手、だからかどうかは分からないが、もしかすると少しだけ照れくさかったのかもしれない。
カウンターではアポローと静子がTVの画面を見つめていた。
『それで、容疑者は二人とも意識が戻っていないと?』
『そうなんです。佐々木容疑者は船内で確保されてから意識がないままで、被害者の娘さんは……ちょっと説明できないんですよねえ』
『木野由紀子さんは、他人の名前と素性を語っているということですよね? そういうのは、ほら、ショックによる精神的な問題なんでしょうか? そこに詳しい方面からお越しいただいたゲストさんは、どうお考えですか?』
『はい。被害者が事件の後に混乱するケースとしては、まあ、あるのですが……木野由紀子さんの場合は、はっきり言って私も分かりません。何せ言語が日本語じゃありませんし、それも大昔のナントカ語だとかで、どちらかといえばオカルトの専門分野ではないかと……』
『そんな話しって現実にありえるんですか!? どっからどう見ても、被害者の娘さん本人で間違いないでしょう?』
『横からすみません、その子は例の、ほら、あのミュケナイ製薬の社長が身柄確保したんでしょ? 何かされたんじゃないですか?』
日曜お昼のバラエティ報道番組では、佐々木と由紀子の失踪事件についてコメンテーターらが好き勝手に意見を飛ばし合っていた。
「静子さん、身体の方は問題ない?」
「全然元気だよアポロー、あんたのところの腕のいい医者連中が来てくれたからね。退院日にはタバコもすっかり美味かったよ。もうちょっと早く来てほしかったけどねえ」
静子はそう言って、若干苦笑ぎみの顔をアポローに見せて答えた。
相澤の銃弾を静子が受けた直後、ブレスレットからリアルタイムに身体情報を受信していたパラスはミュケナイ製薬の医療チームへとアラートを送信した。静子はすぐに駆けつけた緊急車両で応急処置を受け、それから一週間を病院で過ごした。
「傷跡、残しておいて本当にいいのかい?」
「いいんだよアポロー、こういうのはね、戒めみたいなものなんだからさ」
「分かったよ。静子さんがそう言うのならね」
「そうそう、傷の話って言えば、病院の先生からも今の医療はすごいよって言われたんだけどね? どうせなら別のところ綺麗にしてくれない?」
二の腕をぷにぷにさせながら、静子は普段あまり見せない真剣な表情でアポローへ向き直った。
「そういうのは……やってない」
アポローもまた真剣な顔で考えるそぶりを見せたが、最後はニヤリと笑って静子に表情を返した。
「おっと」
遅めのランチを再び頬張るアポローの膝上にカサンドラが飛び乗り、何かを訴えかけた。
「にゃも、にゃもにゃも」
「相変わらずおかしな鳴き方するねえ? その子……」
静子はカウンターから身を乗り出してへカサンドラを見つめた。
「それにしても、由紀子ちゃんはどうしちまったんだい? あんたが身柄押さえたときから、あんな感じだったのかい?」
「いや、俺が船で二人を見つけた時には昏睡していた。今は専門家に任せるのが一番だ」
「あんた以上の専門家なんて他に誰かいるのかい? まあ。生きてさえいてくれれば、ねえ……」
「にゃも、にゃも」
カサンドラはアポローの右肩によじ登ると静子にも何かを訴えた。アポローの右耳にはいつかしらピアスが装着されており、それはカサンドラの鳴き声にリンクして青い点滅を放っていた。
「にゃも! にゃも!」
「あー! うっさい。今、昼飯食ってる最中だから、痛っ! お前っ、俺を踏み台にっ!?」
右耳に指を突っ込んで無視するアポローに機嫌を損ねたのか、カサンドラはそのまま頭を頭を踏み台にして静子の肩へ飛びついた。
「おやおや、カサンドラも私の方がいいわよね~ おっさんよりお姉さんの方がいいものね~」
『——お待ち下さい。たった今タイムリーな速報が入りました。製品開発の盗用疑惑で、リバーサンド社がミュケナイ製薬に対し訴訟を行ったとのことです。東京地検にも動きがあるようですが、情報が入り次第お伝えします』
TVから速報が流れると、静子とカサンドラは突然のニュースに目を奪われた。
「——あんたのとこってさ……本当に大丈夫なのかい?」
静子は気の抜けた口調で問いかけたが、アポローはTV画面に目もくれずランチを口に運んだ。