第40話

文字数 5,283文字

「あからさまだなぁ…」
 後ろを歩いていたアルドが呆れたよう溜息混じりに言う。
「殺気を隠す事も出来ないみたいね」
 ミゼラも呆れて言う。
 前を歩く私とレオンも前方で待ち構えている気配には気付いている。
 ただ子供2人を家に帰す為だけなら接触を避けて迂回するが、今回は状況が違う。
 迂回する意味など無い。
 それはミゼラ達も解っているらしく、真っ直ぐ進むのを止めない。
「リマ。もうそろそろお願いしても良い?」
「はい!」
 返事をしたリマが私達の間を歩くアトラとエデルの肩に触れ、触れた所から光が広がり、ゆっくりと消える。
 妖精の守護魔法だ。
 精霊よりは弱いが、エルフの魔法攻撃くらいなら耐えられる。
 気配を感じつつも進んでいると「アトラ!」と女の声がした。
 それとほぼ同時に、私の足元に矢が刺さった。
 立ち止まった私達の頭上から「まだそんな異端児と一緒に」とまた女の声がする。
「お母さん…」
 アトラが小さな声で言う。
 威圧感のある女の声に怖くなってしまっているのか、体が震えてしまっている。
「そんな子と遊ぶのは止めなさいと何度言えば解るの!それに、どうして人間‥‥が…」
 女の言葉が不自然に止む。
 ボソボソと上で何か話しているが聞こえない。
「上から言わないで、降りて来て話してくれない?」
 言ってポーチから小さな紙を取り出し、空に掲げて円を描く。
 空に光の円が描かれ、辺りに稲妻が走る。
「降りて来ないなら撃ち落と―」
 私が言い終える前に、上からガサガサと動く音がし、数名のエルフが上から降りて来た。
 それを見て生成した魔方陣を消す。
「どうして…貴女が此処に…」
 先頭に立つ女が蒼褪めた顔で私に問う。
「ちょっと旅の途中で此処を通る事になって。そうしたら、この子が怪我をしていてね」
 言って後ろのエデルを見る。
「貴女達がこの子に何をしたのかは知ってる」
 言いながら女に視線を戻すと、女は体を震わせていた。
 周りの弓を持った男達も怯えた表情をしている。
「あの時…彼が言った言葉を忘れたの?」
「わ…忘れていないわ」
 問い掛けに女が震える声で答える。
「そう…。それならどうしてこんな事を?」
 訊き返し、ゆっくりと歩き出す。
「それ…は」
「ティルス様!あの女は1人だ!一緒にいる奴等は、あの時の奴等じゃない!」
 怯える女に、傍らの男が言って弓を構える。
「あの時の仲間と一緒じゃないから勝てるって?」
 私の言葉も無視し、男達が弓を構えて一斉に放つ。
「容赦無いな」
「エルフ族は短気なのか?」
 レオンとアルドの声がし、私に向かって飛んで来た矢は、2人の剣によって払われた。
 それと同時に、後方から光の矢がエルフ達に向かって飛来し、少し手前で地面に着弾し、爆音と共に土煙を上げた。
「ティルス様!お下がり下さい!」
「貴様等!エルフ族を敵に回す気か!」
 土煙の向こうからエルフの男達が怒鳴る。
「あのさぁ…。私ね…。こう見えて結構怒っているんだよ?」
 此処に来るまでは平気だった。
 明るく話す事だって出来たし、少し説教をするつもりだった。
 けれど、どうも抑えられそうにない。
「ねぇ…。彼の…アーレンの言葉を覚えているって言ったよね?」
 土煙が晴れ、女達の姿が現れる。
 私の問いに、女は震えたまま何も言わない。
「あの時アーレンは〝エルフと人間は共に生きていける〟って言ったんだよ。種族は違っても、同じ世界で生きていて、血が通っていて、命を持っていて、愛する気持ちを持っているから解り合っていけるって…。信じていたんだよ。それなのに…」
 拳を握り、ナイフを取り出す。
「この子達を見て解らない?人間とエルフはこんなにも仲良くなれる。友達になって、笑って、一緒に成長する事が出来る。それに、種族が違っても愛し合ったから混血児が生まれたの。それは異端な事なんかじゃない」
「綺麗事を!」
 1人が剣を抜いて向かって来る。
 それを見てアルドが前に出た。
 振り下ろされた剣を躱し、蹴り飛ばして剣先を向ける。
「僕は…どんな理由であれ女と子供を傷付ける奴が大嫌いなんだ。まぁ、女でもこういう事をする女はむかつくんだよねぇ」
 アルドが言って一歩進むと、蹴り飛ばされた男は蒼褪めた顔で後退った。
 私の方からアルドの表情は見えないけれど、相当怖い顔をしているのだろう。
「エルフ族は高貴な種族だ!下等な人間と共存などする訳がない!」
 別のエルフが叫び、炎の球を放つが、それはミゼラの放った水の球によって相殺された。
「手加減をしていれば調子に乗って!」
 また別のエルフが叫び、今度は一斉に剣を抜いて向かって来た。
 だが、女だけは蒼褪めたまま動かない。
 レオンがミゼラと子供達の所まで下がり、アルドが私の隣へやって来る。
 目の前で剣を振り上げた男を蹴り飛ばし、身動き1つしていない私に「これで人間とは違うって言ってるとはね」と声を掛ける。
「笑えるでしょ?」
 呆れて言った私の言葉に、アルドが「全くだ」と言い、次の相手を蹴り飛ばす。
 その瞬間、水球が向かって来ていた。
「お任せ下さい!」
 私が動くよりも先に、リマが言って風と稲妻を合わせて放ち、水球を相手に押し返した。
「もしかして、私がやらなくても良さげ?」
 問い掛けにアルドが「えぇ?」と苦笑する。
 後ろのレオン達の方を見ても、余裕で相手の攻撃を凌いでいた。
「下等な人間共が調子に乗るな!」
 そう声がした瞬間、大気が震えた。
 少し離れた男の足元から稲妻が迸り、天に掲げた右手へと集まる。
 辺りの木々が稲妻によって砕け、風が巻き起こり周囲を飛び交う。
 流石はエルフ族といったところだ。
 凄まじい魔力で作り出された稲妻の球体が段々と大きさを増していく。
「下等って…。その言葉しか知らないのか?」
 言ってアルドが身構える。
「レオン達の所まで下がるよ」
 私の言葉にアルドとリマが頷き、三人でレオン達の所まで下がると、私は皆の前に立ち、ナイフを構えた。
「そんな小さなナイフで何が出来る!」
 男が言い、他のエルフ達まで様々な属性の球体を作り始める。
「ふぅ…」
 息を吐き、ナイフを握り締める。
 これをやったらレオン達に嫌われる。若しくは、恐れられてしまうだろう。
 それでも、相手はこっちの話を全く聞かない。
 昔も同じ事があったというのに何も変わらない。
 人間よりも高貴だと言うのなら、周りとの共存を考えられるようになったらどうなのか。
『やるよ…』
 全身から熱が溢れる感覚。
 足元から光が現れ、体を包み込み、その光がナイフへと集まる。
「全員止めなさい!」
 今まで黙っていた女が叫ぶも、男達はその声を無視した。
「その異端児共と一緒に消え去れ!」
 1人が言い、エルフ達が一斉に魔法弾を放った。
 女が何か叫んだが、轟音がそれを掻き消す。
 四方八方から魔法弾が迫る。
「目覚めろウルファンド!」
 私の声と共に手にしていたナイフが光となって消え、私達を白銀の光が覆った。
 飛来した魔法弾がそれに触れた瞬間吸い込まれる。
 風が止み、飛んでいた木片が地面に落ちる。
 一瞬にして静寂が漂う。
 消されるとは思っていなかったのだろう。
 魔法弾を放ったエルフ達は呆然としていた。
「さて…」
 私の呟きに反応したのは、座り込んでしまっていた女だった。
「逃げるわよ!」
 言ってふらつきながら女が立ち上がる。
「まさか…。あの時…あれをやったのは‥」
 誰かが震える声で言う。
「早く!」
「頼む!止めてくれ!」
「くそ!あの時やっておけば良かったんだ!」
「黙って走れ!」
 男達が慌てて逃げ出す。
 好き勝手言えば良い。
 もう止めるつもりはないのだから。
「放て」
 私が言ったのと同時に、私達を囲う光から無数の光弾が放たれた。
 エルフ達に当てないようにしていても、砕けた木やらが降り注ぐ。
 爆音が轟く。
 恐らくこの音は他の国々にも届いているだろう。
 音が止み、光が消え、ウルファンドがナイフの形へ戻った時、辺りは荒野と化していた。
「これは…流石にやり過ぎだろ」
 アルドが呟く。
「あれを相殺する程の魔法を使っても同じ事になっていたけど」
 言って振り返るとレオン達は驚愕していた。
「今のも…あの力なのか?」
 レオンが言って私を見ると、驚いた顔をした。
 それもそうだ。
 彼は私がドラゴンの力を使ったと思ったのだから。
「…今のは私自身の力」
 だから苦しくも無いし、どこも痛くなっていない。
「どうして…こんな」
 アトラが震える声で言い、立ち上がって私に掴み掛った。
「こんな事をしてくれなんて頼んでない!」
 泣きながらアトラが叫ぶ。
「ただ…俺達が一緒にいるのを認めて欲しかっただけだ!人間にだって良い人がいるって知って欲しかっただけだ!血なんて関係無いって言いたかっただけだ!それなのに…どうしてこんな事をしたんだよ!」
「アトラ…」
 泣き叫ぶアトラをミゼラが抱き締める。
 皆の恐怖の混じった目から視線を逸らす。
「此処から離れた方が良いよ。多分、今の音で他のエルフ達が向かって来てると思うから」
 言って木片の下敷きになっているエルフ達の方へと歩き出す。
「あ…」
 後ろでアルドが何か言いかけたけれど、結局は何も言われなかった。
 上に乗った物を退かし、1人目の負傷したエルフを助け出す。
 怪我を負っているが、命に別状は無い。
 治療すれば助かる。
 ポーチから回復魔法用の紙を取り出し、力を送って傷を治す。
 あのような目で見られたのは久し振りだ。
「フッ」
 自業自得だというのに少し傷付いている自分を鼻で笑う。
 1人が終わり、もう1人の治療を始める。
「…?」
 前方の森から馬の嘶きが聞こえた気がする。
 その少し後、気配が近付いて来ているのが伝わって来た。
 知っている気配だ。
「君は一体…何者なんだ?」
 声に振り返ると、アルドが真剣な面持ちで立っていた。
「さぁ…。普通の人間ではないかも」
 言って治療をしているエルフへと目を戻す。
「あいつ…。レオンは君が何者なのか知っているのか?」
 隣に立ち、屈んだアルドが話を続ける。
「解らない?森から気配が近付いて来てる。1人じゃなく、結構な人数。早く移動しないと、また厄介な事になるかもしれないよ?」
 私の忠告にアルドが「お前は?」と訊いて来た。
 呼び方が変わった事に少し驚いたけれど、顔には出さず「私は大丈夫」と答える。
「大丈夫…か」
 哀しそうな声で言われても困る。
「なら…。私が化物だったとしても一緒にいるの?」
 そう言ってアルドを見ると、アルドは真剣な面持ちで私を見ていた。
「確かにさっきのを見て驚いたけれど、化物なんて思わない。ただ、その力について色々と話して欲しいとは思う」
「ばけ…ものさ」
 アルドの言葉を掠れた声が否定した。
 傷を負った男のエルフが腕を押さえながら立ち上がる。
「その女は只の人間だった頃から化物だ。我等の国を壊滅させた。それなのに、今では生きた英雄と呼ばれ崇められている。魔のモノと契約をした存在を何故英雄と称える」
 男が私を指差して言う。
「その力を使えば、あの戦いの時…我等の仲間だけではない。全員が生き残る事が出来た。それなのに、何故あの時その力を使わなかった」
 男の言葉に私は何も言い返せなかった。
 どんな言葉も良い訳でしかない。
 護れなかった事に変わりは無いのだ。
「その女はワザとあの力を使わなかったのだ!本気で世界を救おうとなどしていなかった!それが真実だ!」
 男が叫び、勝ち誇ったように笑う。
 その声が荒野と化した地に響き渡る。
 他の気を失っていたエルフ達が目を覚まし、ゆっくりと立ち上がった。
「一体…何の話だ?」
 意味が解らないというようにアルドが私を見るけれど、私はアルドの顔を見られなかった。
「その女は約200年前に起きた大戦で、仲間のドラゴン族の生き残りだった男の心臓を奪って生き延びたのよ。そして、今では英雄と呼ばれている。とはいえ、それを知っているのは極僅か。貴女達が知らないのも当然よ」
 立ち上がった女が言って私を見る。
「本当…なのか?」
 アルドが驚きと不安の混じった声で問う。
「本当よ」
「お前には訊いてない!」
 答えた女にアルドが言い返し、私の肩を掴んで自分の方に向かせる。
「本当なのか?」
 その問いに私は答えなかった。けれど、アルドはまた「本当なのか?」と問う。
 黙ったままの私に、アルドは溜息を吐くと、そっと私の頬に触れた。
「俺はお前から聞きたいんだ。お前が…自分が生きる為に誰かを…仲間を殺すような奴だとは思えない。だから、アイツ等からではなく…お前から聞きたいんだ。本当に200年前の大戦で生き残ったのか‥‥色々」
 真っ直ぐ見据えるアルドから目を逸らせない。
 本当の事なら大体はレオンに話した。
 確かにアルドとミゼラには話していない。けれど、今此処で話している時間は無いと思う。
「話すけど…此処じゃない場所で…」
 私の言葉にアルドが「解った」と頷いた時、空から稲妻が降り注ぎ、それと同時に馬の嘶きが轟いた。
 稲光が止み、光の中から白馬が数頭現れ、背にはエルフを乗せていた。

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