第10話

文字数 2,870文字

 翌朝、レオンは多くの店が開店する少し前に外へ出た。
 何となく昨日女を案内した宿へと向かう。
 あの女、アメリアの事が何故か気になってしまったのだ。
 宿の近くまで行った時、宿の扉が開き「晴れましたね~♪」と声が聞こえ、小さな妖精と、アメリアが出て来た。
 まだ少し眠たそうに欠伸をする。
 本当に猫のようだ。
 妖精はリマといったか。
「まだ早いと思うよ?」
 言いながら歩き出したアメリアがレオンに気付いて立ち止まる。
「あ!レオンさん♪」
 人懐っこいのか、リマが嬉しそうに言って寄って来る。
「お早う御座います♪」
 笑顔で挨拶するリマに「あぁ」と返すと、リマが不貞腐れて「ちゃんと挨拶して下さい!」と言った。
 溜息を吐き「おはよう」とレオンが言い直すと、リマは満足そうに頷いて「はい!」と頷いた。
 後から来たアメリアが「どうも」と呟く。
「眠れたか?」
 レオンの問いに、アメリアが「まぁ」と言って視線を逸らす。
 ふと、彼女の瞳の色が昨夜と違う事に気付いた。
 昨日見た時は綺麗な黄金色に見えたが、今は琥珀色に見える。
『見間違いだったのか?』
 そう思ったけれど、見間違ったとは思えない。
「これから何処に?」
 問い掛けにアメリアが「買い物」と短く答える。
「そうか。俺もだ。新調したくて」
 言ってレオンは腰に下げた剣に触れた。
 それをアメリアが横目で見る。そして、僅かに目を細め「そう」と言って歩き出した。
〝来るな〟と言われていないので、レオンは2人の後に付いて行った。

『最悪』
 そう思ったけれど口には出さなかった。
 男は何故付いて来ているのか。
 目的がまだ解らない。
 何となく一般人ではない気がしていたけれど、まさか騎士団の人間だとは思っていなかった。
 腰に下げた剣の鞘の上部に小さいが騎士団のマークが刻まれていた。
『騎士団ならバッチくらい付けてなさいよ』
 心中で文句を言いながら目的の店へと向かう。
 多くの店が開店したばかりだからか、通りを歩く人の数も少ない。
 最初に立ち寄ったのは薬草屋。
 一階入り口上の屋根が少し張り出し、そこで薬草を下げて乾燥させている。
 中に入ると、薬草独特の匂いがした。
「いらっしゃいませ」
 行って猫背の老婆が顔を覗かせる。
「ディティックとリーフ、それと…メイディが欲しいんですけど」
 私の言葉に老婆が「ははは」と笑う。
「お若いの。よくそんな薬草を知っているね?」
 老婆がそういうのは当然だ。
 今はそれらよりも良い物が有る。
「あんたの師匠はかなり薬に詳しい人だったらしいね」
 確かに師匠は色んな事に詳しかった。
 それ以外にも色々と叩き込まれたけれど、あまりあの時の事は想い出したくない。
「リーフは根だけで良いのかい?」
 老婆の問いに私が「はい」と答えると、老婆は「少し待っていなさい」と言って店の奥へと戻って行った。
 それを見送り、店内に並ぶ薬草を眺める。
「魔道具の材料か」
 男が呟く。
 私の事を魔導師と思っているならそう考えるだろう。
「老婆に頼んだ薬草は何に使うんだ?」
 質問に「知ってどうするの?」と質問し返す。
「ディティックは麻痺薬になるが、小型の魔物にしか効かない。リーフは解毒薬。メイディはただの草だ。気になるだろ」
 確かに基礎知識しか知らないと何に使うのか全く解らない組み合わせだろう。
「ディティックは確かに麻痺薬としては弱いよ」
 老婆が言いながら麻の小袋を手に戻って来る。
「けどね、リーフと合わせれば大きな魔物まで痺れさせる薬になる」
 言って私に麻袋を差し出す。
「メイディは?」
 男が老婆に問う。
「メイディは妖精用の物さ。その子の為だろ?」
 老婆が笑みを浮かべて私を見る。
 確かにそうだけれど、はっきり言われると気恥しい。
 視線を逸らし、ポーチからお金を出して老婆に渡すと、老婆が腰の小袋からお釣りを出した。
「私に見える妖精が来たのは久し振りだよ」
「そうなんですか」
 波長が合わなければ見えない妖精の方が多いだろう。
「お嬢さん。良い人と会えたね」
 老婆の言葉に、リマが笑顔で「はい」と頷き返す。
「それじゃあ、有難う御座いました」
 言って外へ出る。
「気を付けてね」
 中から聞こえた声に「はい」と返してドアを閉める。
『次は…』
 考えながら周りの店を見る。
 ふとリマが止まった。
 食事を出しているお店だ。
 そういえばまだ何も食べていない。
「朝食にしようか」
 私の言葉にリマが目を輝かせ「はい!」と頷く。
 嫌だけれど、男に「貴方も?」と問う。
 男が「あぁ」と頷き返し、私は小さく溜息を吐いて「ですよね~」とぼやき、店の扉を開けた。
 店はとてもシンプルな内装だった。
 床は木で、壁は白く、窓辺に小鉢が置かれ、花が咲いている。
 8つほど有るテーブルも木製の円形で、備え付けの椅子も木だ。
 正面の奥にはカウンターがあり、後ろの棚には酒が並んでいる。
 どうやら酒場も兼ねているらしい。
 カウンター右には階段、左には通路が在り、奥に厨房が見えた。
 カウンターには4人。
 通りに面していない、奥の窓辺の席に座る。
 リマが肩から降りて窓辺に座り、男は私の右斜めに座る。
 テーブルに置かれたメニューをリマに見せ「どれにする?」と問う。
 リマが覗き込み「これで」と指差す。
 私はその間に決めたので、男にメニュー表を渡す。
 男も直ぐに決めて手を上げた。
 やって来た店員に男が「これとこれ」と、私とリマの分も一緒に注文する。
「有難うございます」
 リマがお礼を言う。
「気にするな」
 言って男が足を組んで窓の方を見る。
「レオンさんは騎士団の方なんですよね?」
「あぁ」
「騎士団のお仕事って、結構大変なんですか?」
 リマが男に色々と質問をするのを聞き流しながら、私は料理が早く来ないかと思っていた。
 私は騎士団の人間と仲良くするつもりは無い。
 もし男が一般人でも仲良くはしないだろうが。
 楽し気に話しているリマを一瞥する。
 私も前はあんな風に、仲良くなった相手には自分から声を掛けていた。
 あの頃は全員が妖精が見える人達ばかりで、契約をした妖精以外にも、契約をしていない妖精もいて、騒がしかったけれど、本当に楽しかった。
「アメリア様は凄いんです!」
 リマの言葉に「凄くなんてないよ」と返す。
「凄いですよ!あの時だって、一瞬で黒いのを払ったじゃないですか!」
「あの時?」
 男の問いにリマが「私の精霊様なんですけど」と話し出す。
 それだけで何を話そうとしているのか察し、止めるために仕方なく「リマ」と呼んだけれど、リマは「取り巻いていた黒いのを払ったんです」と言ってしまった。
 それを聞いた男が目を細め、探るように私を見る。
 目を逸らした私と男を交互に見てリマが「どうかしましたか?」と問うと、男は「何でもない」と少し声音を優しくして言った。
 男は何も訊いて来ないけれど、訊いて来ない方が気になってしまう。
 店の中だから訊いて来ないのかもしれない。
 それからリマは森でどういう風に過ごしていたのか楽しそうに男に話していたけれど、私は料理が届くまで黙っていた。

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