第21話

文字数 4,507文字

「誰に言われたの?」
 私の問いに1人が「え?」と訊き返す。
「この方法しか無いって、誰に言われたの?」
 言いながら男達に詰め寄る。
 数歩後退り、1人が「まだ若そうな男だ」と言った。
「数か月前、畑が獣か何かに荒らされて、それから何日も被害に遭うから、柵を作ったりして対策をしたが、どれも効果が無くて困っていたら、旅人だっていうその男がこの方法を教えてくれたんだ。言われた通りにやってみたら、本当に畑が襲われなくなって…。だが、暫くするとまた畑がやられて、それでずっとこの方法をやっていたんだ」
 別の男が言う。
「騙されたね。暫く何も起きなかったのは、その男が何かしらの方法で獣や魔物を近付けさせなかったから。被害がまた出始めたのは、その男が居なくなってからじゃない?」
 私の問いに男達が〝そういえば〟という顔をして顔を見合わせる。
「貴方達がした事は赦せない。護る為だとか言って妖精を痛めつけれるとか…。相手は妖精で人間じゃないとか言って…。妖精だって生きてるし、傷付けば血を流す。心が痛まないの?」
「仕方なかったんだ!」
「仕方なくで傷付けて、哀しくなったり、辛くは無かったのかって言ってるの!」
 怒鳴った男に怒鳴り返す。
 冷めた筈の怒りがまた戻って来た。
「もし本当に心が痛んだなら、どうしてその時に間違っているかもしれないって考えなかったの!こんな方法はやりたくないって、教えて来た男に言わなかったの!自分達の事しか考えないで、妖精を傷付けて、殺して…。それで自分達が不味い状況になったと解った途端、救いを求めるなんて馬鹿でしょ。悪いけど、私は何もしない。自業自得なんだから」
 言って歩き出す。
「このままだと村がやばいんだろ?どうにかしてくれよ!」
 男達が追って来て私に手を伸ばしたけれど、その手をレオンが払った。
「死者を出したくないなら、他の町か村に逃げる事だね。それでも、直接手を下した貴方達に赦しなんて無いけど」
 そう言い残してまた歩き出す。
 騎士団であるレオンに何か言われるかもと思ったけれど黙っている。
 暫く歩き、男達から離れた所で「騎士として何かしないの?」と訊いてみた。
「本来なら捕まえて牢獄に入れる」
「捕まえないの?」
「精霊が裁きを下すなら任せるさ」
 騎士らしからぬ発言に笑ってしまった。
 どうやらレオンの思考は私と同じ所が有るらしい。
「どうした?」
「何でもない」
 馬と共に待っていたリマが手を振っているので振り返す。
「昔はどうだったんだ?」
 レオンの唐突な問いに「え?」と訊き返す。
「仲間と旅をしていた頃にも、ああいう事が有ったんだろ?その時は…」
「あぁ…。そうだね…。昔は、正義感の強い人が居て、困っているなら助けようって話になった。勿論、精霊と妖精の怒りを治めるのは簡単ではなかった。何とか赦して貰えたけれど、死者は何人か出たよ」
 私の話に、レオンは「そうか」と呟いただけで、それ以上は訊かなかった。
 精霊と妖精の怒りは簡単に消えない。
 人の恨みや憎しみが消えないのと同じだ。
 人だって大切なモノを失えば哀しい。
 奪った存在を憎み、復讐しようとする。
 あの男達にも言ったけれど、精霊と妖精も生きているのだ。
「あの…何が…」
 不安げに問うリマに「人間が悪さをしていたから怒って来ただけ」と伝え、馬に乗ったレオンに手を差し伸べされて手を取り、乗せられてから気が付く。
『何で普通に手を取ってるの!』
 恥ずかしくて馬の首に抱き付こうとしたけれど、レオンに「危ないぞ」と止められた。
「次の町で私も馬に乗るから!」
「このままでも良いだろ」
「うぅ…」
〝ずっとこのままとか心臓に悪いから無理!〟と言いたかったけれど、それも恥ずかしいので言えない。
「変な奴だな」
『あんたには解らないでしょうね!』
 平然と言うレオンを睨んで前を向く。
「早く行きましょう。私…この臭い嫌です」
 リマの言葉にレオンが馬を出す。
 魔物が狂暴化しているのは旅をしているから解っていた。けれど、昔に比べれば少ない方だ。
 そう思って深く考えてはいなかったが、最近はおかしな事ばかり起きている。
 精霊を侵食していた黒い物。
 男達に禁忌を教えたという男。
 精霊と妖精の怒りは強ければ魔物と呼ばれる生き物達にも影響を及ぼし、それこそ狂暴化させる。
 なら最近増えている魔物の狂暴化は、何処かで精霊や妖精が怒り、力の暴走を引き起こしているからなのではないだろうか。
 その原因となっているのがあの黒い何かだとするなら、各地に存在している精霊達が黒い物に侵食されている可能性が高い。
 けれど、あの黒い物は地中を幾重にも枝分かれをしていて、大本なのか解らない。
『兎に角、手掛かりはこの国に有る』
 見る事が出来たのはこの国まで。
 それなら、この国でまた手掛かりを探せば良い。
 ふと、皆の前を歩いていたあの人の背中を想い出した。
 昔は彼が私達に〝行こう〟と言っていた。
 行く先々で色んな事に巻き込まれて、その度に皆〝お前と一緒にいると問題に巻き込まれる〟とか嫌味を言っていたけれど、本当に嫌ってはいなくて、笑っていた。
 何故か今、私が彼のように厄介事を追ってしまっている。
『アーレン…。今の私は…まるで貴方みたいな事をしているよ』
 心中で呟き、そっと胸に手を当てた。

「王都までもう少しだが、今日はこの辺で休もう」
 そう言ってレオンが馬を止めたのは森の中の泉だった。
 あの妖精達が逃げて行ったのは北の方の森なので、何の問題も無さそうだ。
 空気も澄んでいる。
 馬から降り、ポーチから何枚か紙を取り出し、泉の近くに見付けた開けた場所に立つ。
「ふぅ」
 右手に持った数枚の紙に息を吹き掛ける。
 紙が光り、自分を中心として地面に円を描き、両腕を広げて円の大きさを変え、適当な大きさになった所で円から出て、中心らへんに向かって紙を放り指を鳴らす。
 光っていた紙が散り、集まって形を変え、一瞬にして三角屋根のテントに変わった。
「魔法というのは本当に便利だな」
 言ってレオンがテント近くの木に馬を繋ぐ。
「魔法で作ったと思っているの?」
 一般的な考えに思わず笑いながら訊き返してしまった。
 何も無い所に何かを生み出す事が出来ると考えている人間が多過ぎて笑える。
「違うのか?」
 訊き返したレオンは近くの林から枝を集め始める。
「いくら腕の良い魔法使いでも、何も無い所から何かを作る事は出来ない。想像力で魔法を使っていると思っている人間がいるけど、想像力で魔法は使えないよ。それらには全て理が存在していて、それを理解していないと魔法は発動しない」
 説明しながら私も枝を集める。
「テントに関して説明すると、あれは封印術と合わせてやっているだけ。買ったテントを紙の中に封印して持ち運んでいるの。直ぐ使う物じゃないのに持ち歩くのって邪魔でしょ?これなら荷物も軽くなって便利なんだよね~」
「通りで。荷物が無さ過ぎると思っていたんだ」
「確かに。旅をしているのに荷物はそれだけ?って訊かれる事が多い」
 笑う私にレオンは呆れたように溜息を吐いたけれど、表情はどこか楽しそうだ。
 集めた枝をテントから少し離れた前に積み、鍋を掛けるのも作る。
「リマ。出来る?」
 私の問いに、リマが目を輝かせ「火を点けるんですね!お任せ下さい!」と答え、積まれた枝の上を一回りすると、一瞬で火が付いた。
「さてと。この泉には…。うん。魚はいるね」
 泉の中に魚がいる事を確認し、再びポーチから紙を出し、それから釣竿を出す。
「釣るんですか?!
 驚くリマに「そうだよ~。魚捕るのに魔法なんて使ってたら疲れるし」と答えてレオンを見る。
「食べられる野草とお肉お願いしま~す♪」
「お前…意外と人使い荒いな」
 文句を言いながらもレオンが林の中へと入って行く。
 それを見送って泉に糸を垂らす。
「本当に釣るんですね」
 言ってリマが肩に座る。
「さ~て。主は釣れるかな?」
「ヌシ?」
「大きな魚の事を〝主〟って呼ぶ事が有るの。大きいのが釣れたら、それを分ければ良いだけになるから楽なんだよね~」
 此処で釣りをするのは初めてだ。
 どういった魚がいるのか解らないというのは少しワクワクする。
「本当にこれだけで釣れるんですか?」
 不思議そうにリマが問う。
「この釣糸は特製で、昔もこれで人数分の魚を釣ってた―」
 話している途中、何処からか気配を感じて言葉を止め、見渡しはしないが気配を探る。
 魔物ではないし、普通の人間とも違う。
 勿論レオンでもない。
 釣竿を地面に刺し、ポーチからナイフを取り出す。
「アメリア様」
 耳元でリマが囁く。
「捕まってて!」
 言って振り返りざまにナイフを気配のする方へ飛ばす。
 木の裏で人影が動く。
「逃がしません!」
 リマが言って人影の方へ飛んで行く。
 その後を追うように私も駆け出すも、リマに向かって何かが投げ付けられた。
 咄嗟にリマが放った風がそれを弾き、破れた事で中身が飛び出した。
 中から出たのは紺色の粉。
「うわっ!」
「…っ!」
 粉を被ったリマが叫び、地面に落ちそうになったのを受け止め「大丈夫?」と声を掛けてそっと体に着いた粉を払う。
「大丈夫…と…言いたいのですが…。体が重いですぅ~」
 泣きそうになっているリマに「洗えば直ぐに取れるから」と言って辺りを探る。
 気配はもう無くなってしまった。
 もう少し範囲を広げれば追えるが、この状態のリマを放ってはおけない。
「すみません…。私のせいで逃がしてしまいましたよね…」
「リマのせいじゃない」
 言って泉へ戻り、水でリマの体を洗う。
 精霊や妖精の服は着たまま洗っても直ぐに乾くので楽だ。
「それにしても先程の気配…」
 洗われながらリマが呟く。
「やっぱり気が付いた?」
 問い掛けにリマが「はい」と頷く。
 先程感じた気配に、私とリマは身に覚えが有った。
「髪は自分で洗える?」
「はい。ありがとうございます」
 地面に座って髪を洗うリマを見守る。
 少しして体が軽くなったリマが「ふぅ~♪」と背伸びをして飛び上がり肩に座った。
 それから魚を4匹ほど釣り上げ、鍋を出して泉の水を入れて火にかけて色々な調味料を出すと、リマに「まるで手品ですね」と驚かれた。
「良い匂いだな」
 レオンの声に振り返り、私とリマは同時に「え…」と呟いて固まった。
 左手に食べられる野草を持っている。
 それは良い。
 だが問題は右脇に抱えている物だ。
 食べられはする。
 食べられる物なのだが…。
「あの…レオンさん…それ」
 リマの問いにレオンが抱えていた物を私達の前に置いて「ディムル。鳥だ」と言う。
 確かにディムルはそこそこ大きな鳥だ。
 姿は150センチほどで、茶色の鶏といった感じだが、鶏よりも足の鉤爪は鋭く、気性も荒い。
 おまけに一鳴きされれば近くの仲間が寄って来る。
 ディムルの鳴き声はかなり遠くまで聞こえる筈だが、私達には何も聞こえなかった。
 つまりレオンは鳴く前に仕留めたという事になる。
「そこそこ…いや…かなりの腕前ですね…」
「うん…」
 リマと私の呟きなど聞こえていないレオンは、そのまま平然とディムルを捌き始めた。

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