第35話

文字数 4,312文字

 皆がそれぞれの部屋に行き、リマも眠った事を確認してから部屋を出る。
 足場として進めそうな枝を渡ってエレジアへと向かう。
 村の者達が神聖な場所としているのは大神殿だけではない。
 エレジアもその1つだ。
 前方に青く光る場所が見えて来る。
 淡く優しい青い光を放つ大木の麓に、数人のエルフが集まり、円を描いて立っていた。
 枝から飛び降り、風を使って着地をする。
「久しいな」
 前方の奥、一番大木に近い場所に立っていた女が真顔で言う。
「何が起きているのか解っているでしょ?」
 言いながら集まった者達の中心へ向かい歩き出す。
「ああ。各地の精霊達が闇に呑まれ始めている」
 男のエルフが言う。
 集まった8人は全員他人事のような顔をしている。
 あの時も同じ顔をしていた。
「幸いにも我々の精霊は無事だ」
 別のエルフが言ってエレジアを見上げる。
「自分達の精霊が無事だから何もしないと?」
「今回起きている事は我々に直接害は無い。それなら、人間が何とかすれば良いだけだ」
「あの時も最初そう言ったよね」
 私の言葉にエルフ達の顔色が僅かに変わった。
 苛立ちではない。
 私が昔の話を出すとは思っていなかったのだろう。
「あの時も、初めは自分達には関係無いと言って手を貸そうとしなかった。それなのに、女神の遺産が関係していると知ると掌を返して共闘を承諾した。あの時、本当は腹が立ったよ。女神の遺産目的で協力するのかって。それでも、状況を打開して、あの男を止める事が出来るならと思って我慢した。あれから約200年も経っているから少しは変わっているかと思ったらこれは何?」
 私の言葉に誰かが溜息を吐いたのが聞こえたけれど無視をする。
「変わったのはララムのエルフだけ。貴方達は人間を受け入れているフリをしながらまだ毛嫌いしてる。私がまた此処に来た事は歓迎するのに、どうしてそれ以外は拒絶するの?」
「そなたは我らに勝ったからだ」
「勝ち負けで関係を決めるのも間違ってる」
 自分よりも強い人間しか認めないというのはエルフ族としての誇りを守るためだろう。
 誇りを大切にするのは構わない。けれど、それで他種族を嫌うのは間違っている。
「まだこの世界が自分達の物だって思っているの?人間よりも長く生きているのに、どうしてそんな傲慢な考えが出来るわけ?世界は誰の物でもない。貴方達と同じように人間だってこの世界で生きていて、あの大戦も…今回の件も無関係じゃないんだよ」
 言って集まっているエルフ達の顔を見るが、誰もが呆れた顔をしていた。
 何を言っても彼等は考えを改めない。
 少しは変わってくれていると思ったが期待外れだ。
「そんな事より、何用で此処に来た」
 正面の女が問う。
 私の話を〝そんな事〟で流すくらい、此処のエルフ達にとって外界の事はどうでも良い事なのだ。
 この性格も私達を苛立たせた事で昔この村が半壊したというのに。
「ふぅ…」
 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
 また争ってしまったらレオン達に迷惑が掛かる。
 今は怒りを堪えて話を進めよう。
「闇に呑まれた精霊に心臓を与えた存在がいる」
 私がそう告げると、女が怪訝な顔をした。
「精霊に心臓を与える事など不可能だ」
「けれど、先日戦った精霊には確かに心臓が存在した。それを核にして負の力を集めたと考えるとあの異常なまでに増幅していた事が納得できる」
 女と同じ事を私も思った。けれど、心臓が存在したのは事実だ。
 女が他のエルフ達を見る。
「我々の歴史でも精霊に心臓を与えたなどという記述は無い。見間違いだろう」
 そう来ると思った。
「信じられないなら別にそれで構わない。私はただ、エレジアの力を借りたいだけ」
「なに?」
 女が訊き返し、護衛として付いて来ていたらしいエルフ数人が現れて私に弓を構える。
 それでも私は女から目を放さなかった。
「地中を負の力が這っている。それはとても細くて、辿るのも困難だった。解ったのは、その細い糸がウィゼットまで続いていた事だけ。そこからまた別の所に繋がっていたはず。だから、その痕跡を調べたい」
「そんな事をすればエレジア様にまで影響が出るかもしれない!」
 後ろの方で男のエルフが言う。
 女は私を見据えたまま何も言わない。
「人間が精霊の力を求めるなど愚かな事だ」
「だが…彼女は大戦の生き残りだ」
「あの大戦では他にも生き残った人間がいただろう」
「しかし、我々が認めた者達は彼等。彼女達だけだ」
 ボソボソとエルフ達が話し合う。
 黙り込んでいた女が溜息を吐き「あの男と同じ目をする」と呟いた。
「え?」
 あの男とは誰なのか。
「アーレンと言ったか?あの男も、今のお前と同じ目をしていた」
 女が言って私に手を差し伸べる。
「良いだろう。こちらへ来い」
 言われ女の許に歩み寄ると、女はエレジアの方を向いた。
「エレジア!聞いていた通りだ!この者に力を貸す気が有るのなら、姿を現してやってくれ!」
 女がそう言うと、それに応えるように大気が震え、大樹の光が集まり、人の姿へと変化した。
「我等は下がって待つ」
 言って女が後ろに下がり、私は現れたエレジアへと目を向けた。
 エレジアが微笑む。
「彼女達の無礼をお許し下さい我等が英雄よ」
「その呼び方は止めて。好きじゃない。それに、もしあの戦いで英雄がいるとしたら、それは死んだ人達だよ」
 私の言葉を聞いたエレジアの表情が暗くなる。
 あの戦いで生き残った私や騎士、魔法使い達は〝英雄〟と呼ばれた。
 それが本当に大嫌いだ。
「何が英雄…。あの戦いで沢山の人が…私の仲間達だって…大切な人も死んだ。英雄なんて言葉大っ嫌いなの。私の前では二度と英雄なんて言わないで」
「貴様!エレジア様に何という―」
 後ろで声がしたけれど途切れた。
 誰かが止めたのだろう。
「すみません…。貴女が再び此処を訪れてくれたという事は、乗り越えたからだとばかり…」
「…ごめん。言い過ぎた…。あの戦いで…エルフ族の人達だって死んだのに」
 八つ当たりだ。
 傷に少しでも触れられると感情が溢れてしまって酷い事を言ってしまう。
 エレジアは悪く無い。
 あの時、大切な存在を失ったのは私だけではない。
 エレジアが頭を横に振る。
「それで…どうやって痕跡を調べるのですか?」
 エレジアの問いに、私は右手を差し伸べ「本当に力を貸して貰えれば良い」と言う。
「1人でやるおつもりですか?」
「その方が気を同調させる手間が省けるから楽でしょ」
「ですが―」
「ほら。早く」
 私はエレジアの言葉を遮った。
 ここのエルフ達と接しているとは思えないほどエレジアは大人しくて優しい性格だ。
 私だけに負担が掛かる事を心配してくれている。
 それは有難いけれど、もしエレジアに何かしらの悪影響が出たらエルフ達に殺され兼ねない。
 それだけは避けたいのだ。
「……」
 不安げな表情でエレジアが私の手に自分の手を乗せる。
 その手を握り、目を閉じる。
 重なった手から伝わって来る温もりを感じながら、エレジアの力を受け入れ、自分の力に変えて左手から地面の中へと流す。
 流石は精霊の力というべきか。
 閉じた目にこの村だけではなく、国全体を見渡せるほど上空からの風景が見れる。
 その景色を元に、左手から地面へと流した力を周囲へ流し気配を探る。
 この国にはあの黒い糸は無い。
 ミレニウス大神殿も侵食されていない。
 流石はミレニウス大神殿だ。
 ララム国から少し先に移った時、それを見付けた。
「有った」
 思わず口から出た。
「こんなに細いなんて」
 意識を通して同じ物を見ていたエレジアが言う。
「そう。こんなに細くて、ほぼ感知もしないくらい弱いから、最初は私も気付かなかった」
 言いながらその糸の元を辿る。
「待って下さい。これ以上意識を外に向けるのは危険です」
 エレジアが止めようとするのも当然。
 精霊の力を借りたとしても見られる距離には限界が有る。
 それを無視して先を見ようとしているからエレジアは止めているのだ。
「もう少し…」
 糸はララムの北から伸びて来ている。
 それだけ解れば良い。
 それともう一つ。
 意識をクレジスタ神殿へと戻す。
 この力に助けられている。
 クレジスタ神殿の中心から辺りを見渡す。
『地に眠る刻まれたモノ。集まり吾が目に真実を見せよ』
 集まった光が弾け、映像が脳裏に流れ込んで来る。
『この視点はあの精霊か』
 黒い霧が足元から現れ、目の前で人の形へと変わるが、ピルメクスとは気配が違う。
―1人残された可哀相な精霊よ。人間が憎いのだろう。
 その声は、聞き覚えの有る男の声だった。
「そんな…まさか」
 思わず意識を切ってしまいそうになったけれど、堪えて映像を見続ける。
―今まで女神と崇めていたにも関わらず、簡単にこの地を離れて行った人間が憎いのだろう。
 男の声が言って手を伸ばし頬に触れる。
―憎くんでいません。
 私ではない女が言う。
 クレジスタ神殿の精霊だ。
―哀しいのか?その哀しみを与えたのはお前に従えていた者達だ。金や地位、名誉に目が眩みお前を国王に売ったのだ。
 黒い影が抱き締める。
―皆が居なくなった事で神殿も…全てが傷み、繁栄していた頃の面影など無い。誰の声もしない。夜になっても明りは灯らず、お前の声を聞く者はいない。その孤独はこれからも続く。
―そんな事は無い!
 男の言葉を精霊は否定し、稲妻を放って影を払おうとしたが、影は少し怯んだだけで、傷を負う事は無かった。
―また帰って来ると思っているのか?そんな日は来ない。その目で見てみるが良い。今、此処でお前に仕えていた者達がどう生きているのか。
 その言葉の後、見えたのは楽し気に笑って酒を酌み交わしている男女達の姿。
―誰もお前の事を考えていない。忘れて夜を明かしている。
 不安を煽り、哀しみと怒りを誘う。
 心の中ではそんな事は無い。
 嘘だと思っていても不安は増す。
―お前を利用するだけして捨てたのだ。
 男の声が頭に響く。
 涙が溢れて止まらない。
 否定したいのに言葉が出ない。
―その哀しみと憎しみを消してやろう。
 そう声がした瞬間、胸に激痛が走った。
 影の腕が胸に刺さっている。
 何をされているのか解らない。
「…リア!」
 声がし、意識が現実に引き戻された。
「…っ!はっ!‥‥はぁ…はぁ…」
 体が酸素を求め、息が上がり、意識が朦朧とする。
「無茶をして…」
 エレジアが言って屈んだ私の背中を摩る。
 同調し過ぎて半分意識が持って行かれていた。
 けれど、何があったのか解った。
「今の…見えてた?」
 私の問いにエレジアが頷く。
 息を整え、ゆっくりと立ち上がる。
「あの声は…」
 エレジアの呟きに「うん」と頷く。
「あれは…ヴェクトル」

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