第60話 grimm darkness
文字数 2,792文字
男は顔の右側だけに仮面を付けていた。
その仮面は間違いなくピルメクスの仮面。
仮面側の目が不気味な赤い光を纏い輝いている。
ピルメクスに取り憑かれた人間と遭遇した事は有るが、あのような状態の人間に遭遇したのは初めての事で、アメリアは動揺が隠せなかった。
「あぁ。君はこの仮面を知っているんだっけ」
まるでアメリアの心を読んだかのように男が笑いながら言う。
「その仮面…」
アメリアの言葉に男が笑って「そう。ピルメクスのだよ」と答える。
「この仮面はピルメクス。けど俺はピルメクスではない」
男から感じる只ならぬ異様な気配に体が震え、ナイフを持つ手も震えている。
歩きながら男が右手を軽く振ると、陣も描かれる事無く短剣が現れた。
陣を描かず武器を出す事は出来る。しかし、それには特殊な方法を知っていなければならない。
「まさか…フィストで禁忌の結界法を教えたのは…」
アメリアの言葉に男が「これを見ただけで察するなんて凄いなぁ」と言い、短剣を器用に回して見せる。
「リマ!アルド!今すぐ逃げ―」
アメリアが漸く声を振り絞って叫んだのと同時に、男が前方に構えた短剣の切っ先から蒼黒い光が放たれた。
その攻撃に二人が身構えるより先に、二人の周囲に淡い光が現れて蒼黒い光を弾いた。
弾かれた蒼黒い光が空に打ち上げられ爆散する。
リマとアルドを囲う光は、まるで鳥籠のような形へと変化していた。
「わぁお」
男が驚いたように言うが、口元は笑っている。
マントを翻し、2人を閉じ込めている檻を蹴るがびくともせず、檻から稲妻が放たれ男を弾き飛ばした。
「いててぇ…。今のでもダメかぁ」
場の空気に合わない呑気な声。
ロードが二人を閉じ込めた籠の前に立ち、背を向けて男と対峙する。
「兄さん!これを解いてくれ!」
アルドの声が聞こえているだろうがロードは何も答えない。
「これは…。様子見なんてしている余裕が無いみたいだね」
言ってアメリアは手にしていたナイフを地面に向かって投げた。
勢いよく地面に刺さったナイフが地に溶けて消え、その場所から白い光が湧き出してアメリアの周囲に大きな円を描いた。
溢れ出た光が形を成していく。
「レオン。貴方の剣を貸して」
アメリアの言葉にレオンが理由を聞かずに腰の剣をアメリアに差し出す。
理由を聞いている時間も無いと彼も判断したのだ。
「おっと。それは不味そうだ」
男が笑いながら言って再び短剣を構える。
それと同時にロードも剣を構えた。
男の短剣が再び蒼黒い光を纏う。
ロードの構えた剣が微かに光を放つ。
「早くしろ」
急かすロードに「解ってる!」と返し、アメリアは意識を手にした剣に集中した。
「これはどうかな?」
男がそう言うと、短剣が消え、四方から蒼黒い矢が飛んで来た。
「子供騙しだな」
ロードが言い返し、剣で一閃を放つと飛来した矢が音も無く消えた。
「子供騙しとか酷いなぁ。普通の人間は今ので殺せるのに」
そう言いながら男がロードに向かって駆け出し、ロードも男に向かって駆け出した。
振り下ろされた短剣と、振り上げられた剣が衝突し爆風が辺りに広がる。
風に耐えるアメリアをレオンが後ろから支えてくれた。
レオンの剣に力を付与する為には、一度精霊の加護を解かなくてはならないが時間を掛けていられない。
そうなると強制的に加護を解除する事になり、間違えれば剣を折る、もしくは消滅させてしまうかもしれない。
「ウルファンド」
名を呼んだ瞬間、白い光が大きな白銀の狼へと姿を変えた。
それこそウルファンドの本来の姿だ。
『成功するかはこの子次第…』
綺麗な白銀の毛を風に靡かせながら、普通の犬よりも長い尾を揺らす。
それはまるで〝大丈夫。任せて〟と言っているかのようで、アメリアは強く頷いた。
ウルファンドが口を開き、折らないよう器用に剣を咥えた。
「戦う力を」
―オォオオオオ!
アメリアの言葉にウルファンドが吠えた。
それと同時に口から離れた剣に紋様が浮かび、そのままレオンの手へと落ちた。
ウルファンドの姿が一度消え、レオンの傍らに現れた姿は犬並みの大きさとなっていた。
戻って来た剣を手にしたレオンの体を白銀の光が囲う。
レオンが不思議そうな顔をしてアメリアを見る。
「こいつはお前の使い魔ではないのか?」
レオンの問いにアメリアは「良いの」と答え、右手を前に出すと円を描き純白の杖を出した。
「私にはメルセアが有る」
言って石突を地に打ち付けたのと同時に、大地が揺れ、男の足元の地面が針のように突き出すも、男はそれを軽々と躱した。
「あっぶないなぁ」
飛退いた男が笑いながらぼやく。
その時、背後には既にロードが回り込んでいた。
振り下ろされた刃が首元を狙うも≪キィイン!≫という甲高い音と共に止まり、何かによって弾き飛ばされた。
そこに白銀の狼が飛び込み、男の右腕に喰らい付くも、効いていないのか男は腕を振ってウルファンドを払う。
それと同時に反対側に回り込んでいたレオンが男の左腕を切り落とした。
切られた腕が舞って地に落ち、落ちた腕に光の蔦が巻き付く。
「あ~。そういえば…君はそんな事が出来るんだっけ」
言って男がアメリアを見る。
失われた腕の切り口から黒い煙のような物が流れ出ているのは異様でしかない。
男がピルメクスと同じ、もしくは似た力を持っているなら、いくら切ろうと本体である仮面を消滅させない限り回復、復元してしまう。
それを知っているからこそアメリアは切り落とされた男の腕を蔦で縛ったのだ。
「けど残念♪」
男がそう言った瞬間、光の蔦で縛っていた腕が消えた。
「嘘…」
驚くアメリアを見て男が「ははは」と楽し気に笑う。
漂っていた黒い煙が切り口に集まり、腕の形へと変わっていく。
そこにロードとレオンが切り掛かるが、黒い煙によって阻まれる。
「もっと本気で掛かって来ないと俺は殺せないよ?」
飄々とした態度が男の底知れなさを際立たせる。
「今日はこの辺にしておこうかな。もうそろそろ朝が来るし」
言って男が空を見上げる。
言われてみれば微かに地平が明るくなっていた。
「それじゃあまたね~♪」
男が言って手を振ると、男の姿がまるで霧が晴れるように静かに消えた。
先程までの事がまるで夢だったかのように静まり返り、穏やかな風が戻って来た。
「何だったんだ一体…」
レオンが言って剣を鞘に納め、それと同時にウルファンドの姿が消える。
「奴の事は気になるが」
ロードが言ってアルドとリマを見てからアメリアに「この状況をどう思う」と問う。
さすがにアメリアでも何が起きたのか解らない。
「話をするにせよ中に戻ってからにしないか?」
レオンの言葉にロードが「解った」と溜息混じりに答えて二人を閉じ込めていた檻を解き、それぞれ色々と言いたい事は有ったが、レオンの言った通り屋敷へと向かって歩き出した。
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その仮面は間違いなくピルメクスの仮面。
仮面側の目が不気味な赤い光を纏い輝いている。
ピルメクスに取り憑かれた人間と遭遇した事は有るが、あのような状態の人間に遭遇したのは初めての事で、アメリアは動揺が隠せなかった。
「あぁ。君はこの仮面を知っているんだっけ」
まるでアメリアの心を読んだかのように男が笑いながら言う。
「その仮面…」
アメリアの言葉に男が笑って「そう。ピルメクスのだよ」と答える。
「この仮面はピルメクス。けど俺はピルメクスではない」
男から感じる只ならぬ異様な気配に体が震え、ナイフを持つ手も震えている。
歩きながら男が右手を軽く振ると、陣も描かれる事無く短剣が現れた。
陣を描かず武器を出す事は出来る。しかし、それには特殊な方法を知っていなければならない。
「まさか…フィストで禁忌の結界法を教えたのは…」
アメリアの言葉に男が「これを見ただけで察するなんて凄いなぁ」と言い、短剣を器用に回して見せる。
「リマ!アルド!今すぐ逃げ―」
アメリアが漸く声を振り絞って叫んだのと同時に、男が前方に構えた短剣の切っ先から蒼黒い光が放たれた。
その攻撃に二人が身構えるより先に、二人の周囲に淡い光が現れて蒼黒い光を弾いた。
弾かれた蒼黒い光が空に打ち上げられ爆散する。
リマとアルドを囲う光は、まるで鳥籠のような形へと変化していた。
「わぁお」
男が驚いたように言うが、口元は笑っている。
マントを翻し、2人を閉じ込めている檻を蹴るがびくともせず、檻から稲妻が放たれ男を弾き飛ばした。
「いててぇ…。今のでもダメかぁ」
場の空気に合わない呑気な声。
ロードが二人を閉じ込めた籠の前に立ち、背を向けて男と対峙する。
「兄さん!これを解いてくれ!」
アルドの声が聞こえているだろうがロードは何も答えない。
「これは…。様子見なんてしている余裕が無いみたいだね」
言ってアメリアは手にしていたナイフを地面に向かって投げた。
勢いよく地面に刺さったナイフが地に溶けて消え、その場所から白い光が湧き出してアメリアの周囲に大きな円を描いた。
溢れ出た光が形を成していく。
「レオン。貴方の剣を貸して」
アメリアの言葉にレオンが理由を聞かずに腰の剣をアメリアに差し出す。
理由を聞いている時間も無いと彼も判断したのだ。
「おっと。それは不味そうだ」
男が笑いながら言って再び短剣を構える。
それと同時にロードも剣を構えた。
男の短剣が再び蒼黒い光を纏う。
ロードの構えた剣が微かに光を放つ。
「早くしろ」
急かすロードに「解ってる!」と返し、アメリアは意識を手にした剣に集中した。
「これはどうかな?」
男がそう言うと、短剣が消え、四方から蒼黒い矢が飛んで来た。
「子供騙しだな」
ロードが言い返し、剣で一閃を放つと飛来した矢が音も無く消えた。
「子供騙しとか酷いなぁ。普通の人間は今ので殺せるのに」
そう言いながら男がロードに向かって駆け出し、ロードも男に向かって駆け出した。
振り下ろされた短剣と、振り上げられた剣が衝突し爆風が辺りに広がる。
風に耐えるアメリアをレオンが後ろから支えてくれた。
レオンの剣に力を付与する為には、一度精霊の加護を解かなくてはならないが時間を掛けていられない。
そうなると強制的に加護を解除する事になり、間違えれば剣を折る、もしくは消滅させてしまうかもしれない。
「ウルファンド」
名を呼んだ瞬間、白い光が大きな白銀の狼へと姿を変えた。
それこそウルファンドの本来の姿だ。
『成功するかはこの子次第…』
綺麗な白銀の毛を風に靡かせながら、普通の犬よりも長い尾を揺らす。
それはまるで〝大丈夫。任せて〟と言っているかのようで、アメリアは強く頷いた。
ウルファンドが口を開き、折らないよう器用に剣を咥えた。
「戦う力を」
―オォオオオオ!
アメリアの言葉にウルファンドが吠えた。
それと同時に口から離れた剣に紋様が浮かび、そのままレオンの手へと落ちた。
ウルファンドの姿が一度消え、レオンの傍らに現れた姿は犬並みの大きさとなっていた。
戻って来た剣を手にしたレオンの体を白銀の光が囲う。
レオンが不思議そうな顔をしてアメリアを見る。
「こいつはお前の使い魔ではないのか?」
レオンの問いにアメリアは「良いの」と答え、右手を前に出すと円を描き純白の杖を出した。
「私にはメルセアが有る」
言って石突を地に打ち付けたのと同時に、大地が揺れ、男の足元の地面が針のように突き出すも、男はそれを軽々と躱した。
「あっぶないなぁ」
飛退いた男が笑いながらぼやく。
その時、背後には既にロードが回り込んでいた。
振り下ろされた刃が首元を狙うも≪キィイン!≫という甲高い音と共に止まり、何かによって弾き飛ばされた。
そこに白銀の狼が飛び込み、男の右腕に喰らい付くも、効いていないのか男は腕を振ってウルファンドを払う。
それと同時に反対側に回り込んでいたレオンが男の左腕を切り落とした。
切られた腕が舞って地に落ち、落ちた腕に光の蔦が巻き付く。
「あ~。そういえば…君はそんな事が出来るんだっけ」
言って男がアメリアを見る。
失われた腕の切り口から黒い煙のような物が流れ出ているのは異様でしかない。
男がピルメクスと同じ、もしくは似た力を持っているなら、いくら切ろうと本体である仮面を消滅させない限り回復、復元してしまう。
それを知っているからこそアメリアは切り落とされた男の腕を蔦で縛ったのだ。
「けど残念♪」
男がそう言った瞬間、光の蔦で縛っていた腕が消えた。
「嘘…」
驚くアメリアを見て男が「ははは」と楽し気に笑う。
漂っていた黒い煙が切り口に集まり、腕の形へと変わっていく。
そこにロードとレオンが切り掛かるが、黒い煙によって阻まれる。
「もっと本気で掛かって来ないと俺は殺せないよ?」
飄々とした態度が男の底知れなさを際立たせる。
「今日はこの辺にしておこうかな。もうそろそろ朝が来るし」
言って男が空を見上げる。
言われてみれば微かに地平が明るくなっていた。
「それじゃあまたね~♪」
男が言って手を振ると、男の姿がまるで霧が晴れるように静かに消えた。
先程までの事がまるで夢だったかのように静まり返り、穏やかな風が戻って来た。
「何だったんだ一体…」
レオンが言って剣を鞘に納め、それと同時にウルファンドの姿が消える。
「奴の事は気になるが」
ロードが言ってアルドとリマを見てからアメリアに「この状況をどう思う」と問う。
さすがにアメリアでも何が起きたのか解らない。
「話をするにせよ中に戻ってからにしないか?」
レオンの言葉にロードが「解った」と溜息混じりに答えて二人を閉じ込めていた檻を解き、それぞれ色々と言いたい事は有ったが、レオンの言った通り屋敷へと向かって歩き出した。
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