第77話
文字数 2,991文字
「貴方はどうして此処に詳しいんですか?」
リマが問うと、男は少し間を空けてから小さく息を吐き「子供の頃、俺は騎士になりたかった」と言い階段を降り始め、アメリア達はその後に続いた。
「17になった時に騎士団の入団試験を受けたんだが、魔法が使えないってだけで落とされた」
「まさか、それだけで騎士団を恨んだとか?」
男の話にアルドが訊き返すと、男は「はははは」と笑い「そんな訳あるかよ」と言った。
「俺は騎士団ってだけで恨んだりはしない。確かに嫌いな奴もいるが、それはソイツが嫌いなだけであって、騎士団が憎い訳じゃない」
「つまり?」
男の言葉の意味が解らずリマが首を傾げる。
男は後ろを見ていないが、リマの声音で察したのか、笑って「騎士団の奴だからって全員が嫌いな訳じゃないって事だ」と返した。
「話を戻すが、騎士団の入団試験を落ちた後、俺は騎士団ではなくても戦えるようになりたくて、誰にも見られない此処で特訓をするようになった。それで此処に詳しいって訳だ」
話ながら前を歩く男にアメリアが何も訊かずとも怪訝な目を向けている事に気付いたレオンはそっと手に触れると、アメリアは一瞬驚いたものの、直ぐに理由を察したのか小さく頭を横に振った。
地下という事も有り、空気はだいぶ冷え込んでいる。
「誘拐されたんじゃないかって話が出てから、何度か此処を見たが、誰もいないし何も無かったんだけどな」
「それならどうして案内を?」
男の言葉にアメリアが訊き返す。
「俺は魔法に関して詳しくない。魔法の使えない俺には解らなくても、魔法に詳しくて、魔法を使えるあんた等だったら何か解るんじゃないかと思ったんだよ」
言って男が立ち止まり振り返ったのでアメリア達も立ち止まると、男がアメリアを見て「どうして騎士団の奴等じゃなくてお前達なのかは、町の事を知った今なら解るだろ?」と問う。
アメリアは何も言わなかったが頷き返した。
それを見て男がまた歩き出す。
まるで思考を読んだかのような男の言葉にアメリアは顔には出さなかったが驚いていた。
言われてみれば、騎士団の者達に此処を見て貰ったとしても、騎士団を嫌う者達が報告を信じる訳がない。
共謀して真実を隠していると考えてもおかしくは無いのだ。
「さてと…。少し休もう」
歩き始めてどれくらい経ったのか解らないが、男が言って立ち止まると、丁度そこは少し広くなっていて、崩れてしまっているけれど、元々地上へ出る為の階段入口だったらしい物も見えた。
「少し疲れました…」
言ってリマがアルドにもたれ掛かり、そんなリマを抱きとめてアルドが苦笑しつつ優しく頭を撫でる。
リマは人と変わらない姿になっているが、元々は妖精で飛び回っていた。
この姿になってから歩いてはいるが、まだ体力はそれほど続かないだろう。
「ちょっと待ってね」
言ってアメリアはポーチから陣の描かれた小さな紙を取り出し、それを地面に置くと、紙が淡く光り、木製の椅子へと形を変えた。
それを人数分出して「どうぞ」と笑顔で言う。
「有難う御座います」
お礼を言ってリマが座り、その左隣にアルドが腰を下ろす。
アメリアはリマの右隣に座り、レオンが横に座る。
茫然としていた男にアメリアが「貴方もどうぞ」と空いた椅子を指す。
「あ…あぁ」
男がゆっくりと空いていた椅子に腰を下ろし、アメリアは他に飲み物と果物を出した。
静かな空間に光が舞う光景は神秘的だが僅かに不気味でもある。
それは、此処に哀しい歴史が有るからかもしれない。
多くの犠牲によって作られたこの場所に、どれだけの想いが残っているのか。
「あんた達はどうして旅をしているんだ?」
ふと男がアメリア達に訊いた。
理由を知ったからと言って何かある訳では無いが、ふと疑問に思ったのだ。
問い掛けにアメリアは何も言わず視線を逸らした。
「あんた等2人は騎士団の人間だろ?けど、どう見ても2人は違う」
男がレオンとアルドに言った後アメリアとリマを見る。
「格好からして護衛ではない。けど、一緒に旅をしているのが気になってな」
男の問いにアメリアが「それは…」と口籠ると、男は苦笑し手を叩いた。
「悪かった。この話はよそう…。さて!進むぞ!」
言って男が立ち上がる。
俯いたアメリアの肩にレオンがそっと触れる。
アメリアは小声で「大丈夫」と返して立ち上がり、出した物を仕舞い、また男の後に続いて歩き出した。
男に訊かれてアメリアは想い出したのだ。
気付けば忘れてしまっていた。
これはただ世界の異常を終わらせるための旅ではない。
忘れてしまっていたという罪悪感で胸が痛んだ。
それと同時に頭まで少し痛み、眩暈なのか体が少しふらつき、思わず目を閉じて顳顬の当たりを抑えた。
「そうやって、いつまで自分を呪い続けるんだい?」
突然聞こえた声にアメリアは驚いて立ち止まり辺りを見渡した。
先程まで辺りを照らしていた光が消え、暗闇となった空間が広がる。
光球を出すも、一瞬で闇に飲み込まれてしまう。
明らかにただの暗闇ではない。
「忘れたくない、忘れてはならないと自身に呪いを掛けている。その呪いで心が壊れてしまいそうなのに。新しい道を歩み始めたというのに、その呪いが君をまた過去に縛り付けている」
暗闇の中に誰かの声が響き渡る。
どこかで聞いた事があるはずなのに想い出せない。
「ねぇ…。そんなに辛いのならどちらかを捨てなよ。そうすれば楽になれるよ?」
今度は耳元で声がして咄嗟に飛退いた。
この感覚をアメリアは知っている気がした。
つい最近の事だ。
「私は…」
「どっちも捨てたくないって?強欲…とでもいうのかな?あれもこれもなんて、留めておく事なんて出来ないのに」
心を読んだのだろう。
その声にアメリアは何も言い返す事が出来なかった。
「良いかい?人間は忘れる生き物だ。楽しかった事さえ忘れていく。そして、逆に辛かった、苦しんだ記憶は忘れないっていう変な生き物…。ホント…何でだろうねぇ…」
最後の方はまるで独り言だった。
アメリアが問い掛けようと口を開いた時、それを遮るように「ねぇ」とまた声がした。
「君の闇を頂戴?そうしたら君はもう苦しむ事は無い。忘れていた事の罪悪感さえ無くなる。辛い想いをせず、新しい人生を歩めるんだ」
その通りかもしれない。
覚えているから、抱えているから辛い。
忘れてしまえば今を真っ直ぐ生きられる。
『それでも…』
揺らぐ気持ちを払い、ポーチから短剣を取り出し、全力で短剣に力を込める。
「苦しくても…哀しくても…私は忘れたくない!抱えたまま生きる事を選ぶ!あの日々があったから私がいるの!私の命は彼等に護られた。生きて欲しいと願われたから…。だから…私はどんなに辛くても生きなきゃいけないの!」
限界まで力を込めた光を放つ短剣を足元へ投げ突き立てる。
そこから強烈な閃光が放たれ、闇の中に広がり始めた。
時間からしてほんの数秒だろう。
その僅かな時間の中で、アメリアは闇に隠れていた者の姿をハッキリと見た。
あの男だ。
ウォーラ家の別荘で襲って来た、割れて半分となったピルメクスの仮面を付けた男。
目深に被ったフードから出ている口元だけが怪しく笑っている。
視界が光によって白く染まる。
「君は…」
最後に男が何か言っていたが、意識が遠退き、最後まで聞こえはしなかった…。
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リマが問うと、男は少し間を空けてから小さく息を吐き「子供の頃、俺は騎士になりたかった」と言い階段を降り始め、アメリア達はその後に続いた。
「17になった時に騎士団の入団試験を受けたんだが、魔法が使えないってだけで落とされた」
「まさか、それだけで騎士団を恨んだとか?」
男の話にアルドが訊き返すと、男は「はははは」と笑い「そんな訳あるかよ」と言った。
「俺は騎士団ってだけで恨んだりはしない。確かに嫌いな奴もいるが、それはソイツが嫌いなだけであって、騎士団が憎い訳じゃない」
「つまり?」
男の言葉の意味が解らずリマが首を傾げる。
男は後ろを見ていないが、リマの声音で察したのか、笑って「騎士団の奴だからって全員が嫌いな訳じゃないって事だ」と返した。
「話を戻すが、騎士団の入団試験を落ちた後、俺は騎士団ではなくても戦えるようになりたくて、誰にも見られない此処で特訓をするようになった。それで此処に詳しいって訳だ」
話ながら前を歩く男にアメリアが何も訊かずとも怪訝な目を向けている事に気付いたレオンはそっと手に触れると、アメリアは一瞬驚いたものの、直ぐに理由を察したのか小さく頭を横に振った。
地下という事も有り、空気はだいぶ冷え込んでいる。
「誘拐されたんじゃないかって話が出てから、何度か此処を見たが、誰もいないし何も無かったんだけどな」
「それならどうして案内を?」
男の言葉にアメリアが訊き返す。
「俺は魔法に関して詳しくない。魔法の使えない俺には解らなくても、魔法に詳しくて、魔法を使えるあんた等だったら何か解るんじゃないかと思ったんだよ」
言って男が立ち止まり振り返ったのでアメリア達も立ち止まると、男がアメリアを見て「どうして騎士団の奴等じゃなくてお前達なのかは、町の事を知った今なら解るだろ?」と問う。
アメリアは何も言わなかったが頷き返した。
それを見て男がまた歩き出す。
まるで思考を読んだかのような男の言葉にアメリアは顔には出さなかったが驚いていた。
言われてみれば、騎士団の者達に此処を見て貰ったとしても、騎士団を嫌う者達が報告を信じる訳がない。
共謀して真実を隠していると考えてもおかしくは無いのだ。
「さてと…。少し休もう」
歩き始めてどれくらい経ったのか解らないが、男が言って立ち止まると、丁度そこは少し広くなっていて、崩れてしまっているけれど、元々地上へ出る為の階段入口だったらしい物も見えた。
「少し疲れました…」
言ってリマがアルドにもたれ掛かり、そんなリマを抱きとめてアルドが苦笑しつつ優しく頭を撫でる。
リマは人と変わらない姿になっているが、元々は妖精で飛び回っていた。
この姿になってから歩いてはいるが、まだ体力はそれほど続かないだろう。
「ちょっと待ってね」
言ってアメリアはポーチから陣の描かれた小さな紙を取り出し、それを地面に置くと、紙が淡く光り、木製の椅子へと形を変えた。
それを人数分出して「どうぞ」と笑顔で言う。
「有難う御座います」
お礼を言ってリマが座り、その左隣にアルドが腰を下ろす。
アメリアはリマの右隣に座り、レオンが横に座る。
茫然としていた男にアメリアが「貴方もどうぞ」と空いた椅子を指す。
「あ…あぁ」
男がゆっくりと空いていた椅子に腰を下ろし、アメリアは他に飲み物と果物を出した。
静かな空間に光が舞う光景は神秘的だが僅かに不気味でもある。
それは、此処に哀しい歴史が有るからかもしれない。
多くの犠牲によって作られたこの場所に、どれだけの想いが残っているのか。
「あんた達はどうして旅をしているんだ?」
ふと男がアメリア達に訊いた。
理由を知ったからと言って何かある訳では無いが、ふと疑問に思ったのだ。
問い掛けにアメリアは何も言わず視線を逸らした。
「あんた等2人は騎士団の人間だろ?けど、どう見ても2人は違う」
男がレオンとアルドに言った後アメリアとリマを見る。
「格好からして護衛ではない。けど、一緒に旅をしているのが気になってな」
男の問いにアメリアが「それは…」と口籠ると、男は苦笑し手を叩いた。
「悪かった。この話はよそう…。さて!進むぞ!」
言って男が立ち上がる。
俯いたアメリアの肩にレオンがそっと触れる。
アメリアは小声で「大丈夫」と返して立ち上がり、出した物を仕舞い、また男の後に続いて歩き出した。
男に訊かれてアメリアは想い出したのだ。
気付けば忘れてしまっていた。
これはただ世界の異常を終わらせるための旅ではない。
忘れてしまっていたという罪悪感で胸が痛んだ。
それと同時に頭まで少し痛み、眩暈なのか体が少しふらつき、思わず目を閉じて顳顬の当たりを抑えた。
「そうやって、いつまで自分を呪い続けるんだい?」
突然聞こえた声にアメリアは驚いて立ち止まり辺りを見渡した。
先程まで辺りを照らしていた光が消え、暗闇となった空間が広がる。
光球を出すも、一瞬で闇に飲み込まれてしまう。
明らかにただの暗闇ではない。
「忘れたくない、忘れてはならないと自身に呪いを掛けている。その呪いで心が壊れてしまいそうなのに。新しい道を歩み始めたというのに、その呪いが君をまた過去に縛り付けている」
暗闇の中に誰かの声が響き渡る。
どこかで聞いた事があるはずなのに想い出せない。
「ねぇ…。そんなに辛いのならどちらかを捨てなよ。そうすれば楽になれるよ?」
今度は耳元で声がして咄嗟に飛退いた。
この感覚をアメリアは知っている気がした。
つい最近の事だ。
「私は…」
「どっちも捨てたくないって?強欲…とでもいうのかな?あれもこれもなんて、留めておく事なんて出来ないのに」
心を読んだのだろう。
その声にアメリアは何も言い返す事が出来なかった。
「良いかい?人間は忘れる生き物だ。楽しかった事さえ忘れていく。そして、逆に辛かった、苦しんだ記憶は忘れないっていう変な生き物…。ホント…何でだろうねぇ…」
最後の方はまるで独り言だった。
アメリアが問い掛けようと口を開いた時、それを遮るように「ねぇ」とまた声がした。
「君の闇を頂戴?そうしたら君はもう苦しむ事は無い。忘れていた事の罪悪感さえ無くなる。辛い想いをせず、新しい人生を歩めるんだ」
その通りかもしれない。
覚えているから、抱えているから辛い。
忘れてしまえば今を真っ直ぐ生きられる。
『それでも…』
揺らぐ気持ちを払い、ポーチから短剣を取り出し、全力で短剣に力を込める。
「苦しくても…哀しくても…私は忘れたくない!抱えたまま生きる事を選ぶ!あの日々があったから私がいるの!私の命は彼等に護られた。生きて欲しいと願われたから…。だから…私はどんなに辛くても生きなきゃいけないの!」
限界まで力を込めた光を放つ短剣を足元へ投げ突き立てる。
そこから強烈な閃光が放たれ、闇の中に広がり始めた。
時間からしてほんの数秒だろう。
その僅かな時間の中で、アメリアは闇に隠れていた者の姿をハッキリと見た。
あの男だ。
ウォーラ家の別荘で襲って来た、割れて半分となったピルメクスの仮面を付けた男。
目深に被ったフードから出ている口元だけが怪しく笑っている。
視界が光によって白く染まる。
「君は…」
最後に男が何か言っていたが、意識が遠退き、最後まで聞こえはしなかった…。
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