第4話

文字数 3,880文字

「おい…。何だ…これ…」
 目の前には背や腕に傷を負った男達。
 雇い主の男が蒼褪めて言った言葉に私は何も答えなかった。
 何かの遠吠えがした直後、ウェレットを捕まえて来た男達の後ろから黒い影が飛び出して来た、男達を後ろから鋭く、大きな爪で切ったのだ。
 飛び出して来た黒い影が、焚火の微かな光に照らされる。
 狐のような姿だが毛は漆黒のようで、黄金のような双眸が怪しく浮かび上がっている。
 5メートルは有る体を低くしているのは飛び掛かろうとしているからだ。
 けれどそうしないのは、私が子供を抱き抱えているから。
 ウェレットの子供はそっと降ろしてあげると、一鳴きして親の許へと駆けて行った。
 親が子に鼻を寄せ、こちらを一瞥するとそのまま森の中へと姿を消た。
 気配が消え、溜息を吐いて倒れている男達に歩み寄る。
「ウェレットは何か正当な理由が無い限り捉えてはならない。それは、各国共通の決まり事なのに…。子供の命を奪っていたら、間違い無く殺されてたよ」
 見下ろす私を、男達が怯えた目で見上げる。
「酷い傷だ…。どうにかならないのか?」
 倒れた男達に駆け寄った人物が救いを求める目で私を見て問う。
「バカにつける薬は無いし、腹いせに小さな動物を痛めつける人間を助けてあげるほどお人よしじゃないって言いたいけど、しょうが無いからこれをあげる」
 言ってポーチから小箱を取り出し、問い掛けて来た男に放る。
「それを塗れば血は止まる。あと少ししか無いし、使い終わったらそこら辺に捨てて。勝手に土へ還るから」
 それだけ告げて焚火の近くへと戻ると、倒れた男達の周りに他の者達が駆け寄って行った。
 薬を怪我に塗っていくのを眺める。
 あんな人間、放っておけば良いのにと思うが、同じ炭鉱で働いている者としては助けたいのだろう。
 同じ炭鉱で働いている〝仲間〟
「悪いな」
 雇い主が言って私の隣に座った。
「悪いのは彼等であって貴方ではないでしょう」
「そうだが、あいつ等は俺の部下だからな」
 この男は何も解っていない。
「上の人間として謝っているのなら、尚の事貴方が謝る事では無いと思うんですけど」
 どうして全て上の責任と考えるのか。
「仕事場での問題なら確かに指導不足として貴方に責任が有るかもしれない。でも、今起きた事に関しては、彼等が勝手に起こした事で、仕事には何の関係も無い。それなら、貴方が謝る事では無いでしょ?今起きた事に関して彼等が反省して謝るべき所で、貴方が謝ってどうするんですか?だから〝貴方が謝る事では無い〟と言ったんです」
 言って沸騰している鍋の蓋を少し開ける。
 今日は野菜や肉、米を一緒に入れて調味料で煮込んだ物だ。
 怪我した男達が仲間の手を借りて立ち上がる。
 どうやら薬は間に合ったらしい。
 足りなくて1人はそのままなのを期待したのだけれど。
「これ…」
 歩み寄って来た人物が言って差し出したのは、先程渡した小箱だった。
 何も言わずに受け取り、取り敢えずポーチに仕舞う。
「飯にするぞ」
 雇い主が言って、木製の器を用意し、取り分けて皆に渡していく。
 最後に私が受け取り、皆が会話も無く食べ始める。
「この匂い…。セーロヴェですね!」
 子供のような声がし、驚いて見ると、怪我をした男達の周りを飛んでいる何かがいた。
 蝶の羽を見て、宿に来た子かと思ったけれど色が違う。
 男達は妖精が見えていないうえ声も聞こえていないらしく、全く気にせず夕食を食べている。
 ふと妖精が私の方を見た。
「これを作ったのは貴女ですか?」
 目を輝かせて妖精が私の方にやって来て顔の前で止まる。
「私が見えているという事は、貴女がリユムの言っていた旅の方ですよね?」
 どう答えれば良いだろう。
 困っていると、妖精が不思議そうに首を傾げ、私の顔の前で両手を振って「見えてますよね?」と訊いて来た。
 周りの人達にはこの子が見えていない。
 そこで話を始めたら、周りからすれば私が突然独り言を言い始めたようにしか見えない。
 申し訳なく思いながらも、早く夕飯を食べ、立ち上がって男達から離れる。
「待って下さーい!」
 言って妖精が追って来る。
 並んで停めている場所まで行くと、男達とは離れたので、一息吐いてから妖精に「前、宿に来た子では無いよね?」と問い掛けた。
「はい!私はリマです!」
 やっと話をしてくれたのが嬉しいのか、リマと名乗った妖精が嬉しそうに飛び回る。
「精霊様にお会いしに行くんですよね?」
 頼み事をして来た妖精に聞いたのか。
「仕事のついでになるけど」
「構いません!」
 言ってリマが肩に乗る。
「こうして人と話すのは久し振りです」
「そうなの?あの図書館にいる人は?」
「あの人に見えるのはリユムだけなんです」
「リユム?」
「貴女にお願いをした子です」
「そうなんだ」
 大抵の人間は精霊や妖精が見えるというと、全ての精霊と妖精が見えると思いがちだが、全ての精霊と妖精を見る事は出来ない。
 幽霊が良い例だ。
 幽霊は波長の合った者にしか見えない。
 精霊と妖精もそれと同じで、自分と波長の合う者しか見えないのだ。
 全ての人間が全ての精霊、妖精が見えるという訳ではない。
 それを理解せず、見える者は全て見えると思い込む。
「それで、精霊様の場所は解るの?」
 問うとリマが胸を張って「任せて下さい!」と答えた。
 妖精は精霊の子供と言っても過言では無いから、精霊が今何処にいるのか解るだろう。
 けれど、宿に来た子の話だと力が弱まっているのか、声が聞こえない時が有ると言っていた。
「此処から位置は解る?」
「…すみません。此処からでは解らなくて…。でも!近くへ行けば解りますから!」
 リマは笑顔で言うけれど、その表情はぎこちなくて、無理しているのが解ってしまった。
 気付いていないフリをして「それじゃあ、気配を感じたら教えてね」とだけ伝える。
「そろそろ寝るぞ!」
 雇い主の声に男達が返事をして荷台へ向かって来る。
「あんたは向こうな」
 歩いて来た男が言って先頭の荷馬車を指差す。
「そいつだけ1人かよ」
 文句を言った誰かに、男が「俺達と一緒に寝かせられないだろ!女の子だぞ!」と言い返す。
「そんな厭味ったらしい奴、女として見る奴なんていないだろ。手を出す物好きもいないさ」
 先程怪我をした男が言って荷台に乗る。
「もう!何ですかそれ!何があったか解りませんけど、女性に向かって!」
 怒って男の方へ向かおうとしたリマを捕まえて後ろに隠す。
「どうした?」
 男に訊かれ「何でもないです」と誤魔化す。
 男達が荷台に乗り、私も1人の荷台に乗った。
「もう!どうして止めたんですか!」
 自由になったリマが怒りながら飛び回る。
「今からでも仕返しを「やめなさい」
 何かしに行こうとするリマを止めると「どうしてですか!」と訊かれた。
 優しい妖精だからこそ、先程の言動を赦せないのだろう。
「慣れているから平気。そんな事より、少しでも寝ておいた方が良いよ」
 言って端に座り目を閉じる。
「慣れてるって…」
 寂しそうな声が聞こえたけれど、聞こえなかったフリをした…。

 目が覚め、辺りを見る。
 宿のベッドではなく、荷台の中だと理解するのと同時に、仕事中だという事を思い出す。
 気を抜いていた訳ではない。
 何か怪しい気配がすれば起きてしまうのは習性となってしまっている。
 まだ外は暗い。
 懐かしく、哀しい夢を見た。
 内容は想い出したくない。
 ふと足元を見ると、リマが毛布の端でくるまっていた。
 余っている部分を使って寝れば良かったのに。
 起こさないようにそっと毛布を取り、リマを毛布で包んであげて離れ、荷台から降りた。
 他の者達は眠っていて静かだ。
 足音を立てないように近くの川へと向かう。
 今日は天気が良い。
 月明りが辺りを照らしてくれる。
 川が月明りを反射して輝いている。
 近くの岩に腰を下ろす。
 見上げた空に星が輝く。
 あの日からすっかり眠りが浅くなってしまった。
 水面の上で何か動き、見ると、幾つもの光が飛んでいた。
 飛んで来た光に手を伸ばして掴む。
 それは、水面に咲く花の種だった。
 立ち上がって川辺に立ち、種を落とす。
 もう少し涼しくなると、此処に花が咲くだろう。
 それを見るなら夜が一番綺麗だ。
 前に一度見た事が有るけれど、本当に綺麗だった。
 あの時はまだ仲間がいて、楽しくて、こうして一人で旅をするなど想像もしていなかった。
「どうかしましたか?」
 眠そうな声に振り返ると、リマが眠そうな目をこすり、フラフラと飛びながら私の方へと向かっていた。
「ごめん。起こした?」
 言いながら差し出した私の手にリマが乗り、座り込んで「いいえ。起きたらいなかったので」と言って欠伸をした。
「私は眠りが浅いから」
「そう…なんですね」
 そう言って横になる小さな妖精を抱き抱ええる。
 まるで子猫のようだ。
 そっと頭を撫でる。
「今更ですが」
 眠そうな声でリマが言う。
「何?」
「貴女のお名前を聞いていませんでした」
 そういえば名乗っていなかった。
 旅をしていると、どうも名乗る機会も無いから忘れてしまう。
「…アメリア」
「アメリア…様」
「様はちょっと」
 そう呼ばれるのは慣れていない。
「…と……る」
 とても小さな声でリマが何か言い「何?」と訊き返すも、リマは既に眠ってしまっていた。
 無理して起きて、捜しに来てくれたのだ。
「…おやすみ」
 呟き、ポーチから小さな布を取り出してリマに掛けて歩き出す。
 小さいのにとても暖かい…。
 馬車へ戻り、座って膝にリマを乗せて目を閉じる。
 今度は穏やかな夢が見れそうだ。

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