第68話
文字数 3,409文字
一体何が起きたのか。
炎は確かに旅人へ向け放たれた。しかし、それが当たる事は無く、旅人に当たる直前で消え去ったのだ。
騎士団の者達が魔法を使う時、魔法陣が必ず現れる。
それは誰が魔法を使う時もそうなのだろう。しかし、旅人は右手を翳したまま。
魔法陣など現れていないにも拘わらず、放たれた炎が消え去ったのだ。
「随分荒っぽい挨拶だな」
旅人が溜息混じりに言って燃える家々を見る。
「鈍ったかな」
そう言うと旅人は空へ右手を翳し、何か呟くと手を振り下ろした。
その瞬間彼の足元から水が現れ、燃え盛る家々を飲み込み、一瞬にして炎を消し去った。
辺りが暗くなるも、数人の騎士が魔法で光源を作り辺りを照らす。
再び灯りに照らされた男は真っ直ぐ騎士達を見据えていた。
その目は暗く冷たく、魔物と対峙しているかのようで、何人かは鞘から剣を抜き構えた。
「さて…。アンタ等は此処で何をしてるのかな?」
声は明るくおどけているようだが、纏う雰囲気は異様なほどの殺気を放っている。
幼いセオさえ怖くて近くの大人の手を掴んでしまったくらいだ。
「我々は此処の治安維持のために来ている」
「何処の国から?」
騎士の言葉に男が冷めた声音で訊き返す。
「この紋章を見て解らないか?」
隊長らしき騎士が笑みを浮かべて答えるが、額に汗が滲んでいる。
騎士の言葉に男は何も言わないが、服装をジッと見据えた後、呆れたように溜息を吐いた。
「これは国王の命令か?」
「そうだ!我々は国王にこの町の調査と復興を命じられた!」
隊長ではない騎士が言う。
「へぇ~。まぁ、どうでも良い」
男がそう言って右手を振った瞬間「え?」という間の抜けた声がした。
隊長の騎士の後ろで、隊員の一人が首から血を流していたのだ。
隣の仲間が「おい。その血」と言った瞬間、首から血を流していた騎士の頭が不思議そうな顔のまま血の流れている部分から転げ落ちた。
「おい・・嘘だろ」
「一体何が・・どうやって」
騎士達が蒼褪め後退る。
「我々に手を出した事を後悔させてやろう!」
隊長の騎士が言って剣を天へと翳すと、周りの騎士達が慌てて駆け出した。
「逃げろ!俺達も巻き込まれるぞ!」
「あれをやるって・・本気か!」
逃げる騎士達を横目に、男は一歩も動かない。
「本来この技は魔物討伐、しかも大型種の時にしか使わない。女神の加護を受けている者にしか使う事の出来ない魔法だ」
自慢げに笑みを浮かべて1人になった騎士が言う。
「町の住民は避難させないんだな」
男の言葉に騎士は何も答えず、勝ち誇った笑みを浮かべる。
空から光が降り注ぎ、騎士の持つ剣にその光が宿る。
「女神の加護…ねぇ」
男が呟き笑みを浮かべる。
「何が可笑しい」
騎士の問いに男は「いやぁ…」と言って右手に持つ短剣を騎士へと向けた。
「女神の加護とやらは、罪を犯す者にも味方するのかと思ってね」
男の足元から風が巻き起こり短剣の切っ先へと収束する。
「なぁ、女神の加護が存在するなら、これさえも耐えられるだろ?」
「そんな風魔法でこれを防げると思っているのか?くたばれ小僧!」
それは一瞬のだった。
騎士が怒鳴り光の刃を振り下ろす。
男は一歩も動いていなかった。しかし、吹き飛んだのは町や男ではなく、騎士の剣を握っていた両腕だったのだ。
光の刃が男に衝突する寸前で消滅し、発生した爆風が男の持つ短剣に吸収された。
「おまけ付きで返してやるよ」
男が言うなり短剣から収束し、小さな球体となった風の弾が放たれ、両腕を失った騎士の腹部を貫いた。
球体が貫通した部分から破裂し、騎士の体が二つに引き裂かれた。
「あ…ア”ァアアアア!」
騎士の悲痛な叫び声が静まり返っていた町に響き渡る。
体が上下に引き裂かれながらもまだ生きていた。
「お…ま……た‥‥」
口から血を溢れさせながら騎士が仲間達の方へと手を伸ばすも、その手は近付いていた男によって踏み潰された。
「全く…執念深いな」
言って男が容赦無く騎士の頭部に短剣を突き立てた。
「女神の加護が存在すると思っているのか…馬鹿だなぁ」
短剣を引き抜き、男が残りの騎士達へと目を向ける。
「化け物だ…」
「どうやってあの攻撃を防いだ。最強とまで言われている技だぞ」
「そんな事より、今は撤退するぞ!」
騎士達が逃げようと男に背を向ける。
それが間違いだった。
足元から見えない何かが生え、騎士達の体に巻き付いたのだ。
「何だ!」
「拘束魔法か!」
「この!」
騎士達が何とか拘束魔法を解こうとするも全く効果が無い。
「なぁ、コイツ等どうする?」
男が言いながらセオ達の方を向く。
集まっていた住民達は誰一人として何も言わなかった。
いや、正しくは声も出なかったのだ。
騎士達への恐怖心は男の存在によって一瞬にして消え去ったが、今度は男の存在が恐怖となった。
自分達に対して敵意は無いにせよ、目の前で一瞬にして騎士がやられた光景は新たな脅威でしかない。
「ずっと苦しめられて来たんだろ?殺すのは簡単だけど、同じ思いを味わわせてから殺そうか」
笑いながら言って男が騎士達へと近付く。
「なぁ、どうして欲しい?」
男が再びセオ達に問う。
「…ろせ」
誰かがそう呟くと、別の誰かが「殺せ!」と叫んだ。
「そうだ…そんな奴等死んで当然だ!」
「私の夫も殺されたのよ!」
「殺せ!」
騎士を殺せと住民達が叫ぶ。
その光景はセオにとって異様なものだった。
確かにセオも騎士達を赦す事は出来ない。
死んでくれたらどれだけ嬉しいか。
それでも周りの住民達が狂気に満ちた声で「殺せ!」と叫ぶ姿が恐ろしかった。
「あははははは!」
男が急に笑い出し、その笑い声は〝殺せ〟と叫んでいた者達を一瞬にして黙らせた。
「あ~」
呟いて男が一息吐く。
「真っ当な奴はいないか」
小さな声だったが、セオには確かにそう聞こえた。
浮かべた笑みと声は寂しげで、まるで何かを期待していたかのような…。
「まぁ、良い。アンタ等がそれを望むのなら叶えよう」
言って男が右手を振ると持っていた短剣が消え、代わりに地面から赤黒い光が湧き出した。
それが線となって騎士達を取り囲む。
光が描いたのは見た事の無い模様、魔法陣だった。
「俺達が悪かった!」
「やめてくれ!もうこんな事はしない!」
「助けてくれ!」
騎士達が怪しい光の中に立つ男に懇願するも、男は冷めた表情のまま騎士達を見据えている。
慈悲など男は持っていないのだ。
「安心しな。殺しはしないさ」
男の言葉に騎士達は安堵の表情をし、住民達は怒りの表情を浮かべ男に「殺せ!」や「敵を討ってくれるんじゃないのか!」と怒鳴る。
「殺しはしない。けれど、死ぬのと同じだ」
全く意味が解らない。
男が右手を振り下ろし、赤黒い光が騎士達を包み込む。
騎士達を包んだ光が空へと放たれ、あの戦いは何だったのかと思う程の静寂。
太陽が昇り始め、空が明らみ始める。
「どうしてそいつ等を殺さない!」
「大丈夫だ。コイツ等はもうあんた達に手を出す事は無い」
怒声に男が落ち着いた声音で答えた時、騎士達が顔を上げ、不思議そうに辺りを見渡した。
「私達は一体…」
騎士の1人が呟いて立ち上がり、住民達の方を見ると笑みを浮かべた。
今まで見て来た表情とは違い、嫌な物ではなく、柔らかい笑みだ。
「初めまして。我々はこの町を守る為に来ました。何かあれば仰って下さい。出来る限りではありますがご協力いたします」
今まで聞いた事が無いほど丁寧に言って騎士がお辞儀をする。
「な…なんだ急に」
困惑する住民達を見て男が「ははは」と笑い「ちょっといじっただけさ」と言って自分の頭を指さした。
それだけで解った。
男は魔法で騎士達の思考を変えたのだ。
「どうかされましたか?」
騎士の問いに住民の一人が「何でもない」と答え「ちょっと前に魔物が襲って来て家が壊れたんだ。直してくれるか?」と言ってみた。
今までなら間違いなく[自分達で直せ]と言われる。しかし、騎士は壊れた家に気付くと哀し気な表情になり「これは酷い」と呟き「お任せ下さい」と言うと、他の騎士と共に魔法で家を直してくれた。
「これで良し。他には有りますか?」
騎士の対応に住民達は困惑した。
変わり過ぎていて気持ちが悪い。
「私達は皆様を守るのが仕事です。私達に出来る事が有ればなんなりとお申し付け下さい」
笑みを浮かべてそう言う騎士達の姿は異様だった…。
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炎は確かに旅人へ向け放たれた。しかし、それが当たる事は無く、旅人に当たる直前で消え去ったのだ。
騎士団の者達が魔法を使う時、魔法陣が必ず現れる。
それは誰が魔法を使う時もそうなのだろう。しかし、旅人は右手を翳したまま。
魔法陣など現れていないにも拘わらず、放たれた炎が消え去ったのだ。
「随分荒っぽい挨拶だな」
旅人が溜息混じりに言って燃える家々を見る。
「鈍ったかな」
そう言うと旅人は空へ右手を翳し、何か呟くと手を振り下ろした。
その瞬間彼の足元から水が現れ、燃え盛る家々を飲み込み、一瞬にして炎を消し去った。
辺りが暗くなるも、数人の騎士が魔法で光源を作り辺りを照らす。
再び灯りに照らされた男は真っ直ぐ騎士達を見据えていた。
その目は暗く冷たく、魔物と対峙しているかのようで、何人かは鞘から剣を抜き構えた。
「さて…。アンタ等は此処で何をしてるのかな?」
声は明るくおどけているようだが、纏う雰囲気は異様なほどの殺気を放っている。
幼いセオさえ怖くて近くの大人の手を掴んでしまったくらいだ。
「我々は此処の治安維持のために来ている」
「何処の国から?」
騎士の言葉に男が冷めた声音で訊き返す。
「この紋章を見て解らないか?」
隊長らしき騎士が笑みを浮かべて答えるが、額に汗が滲んでいる。
騎士の言葉に男は何も言わないが、服装をジッと見据えた後、呆れたように溜息を吐いた。
「これは国王の命令か?」
「そうだ!我々は国王にこの町の調査と復興を命じられた!」
隊長ではない騎士が言う。
「へぇ~。まぁ、どうでも良い」
男がそう言って右手を振った瞬間「え?」という間の抜けた声がした。
隊長の騎士の後ろで、隊員の一人が首から血を流していたのだ。
隣の仲間が「おい。その血」と言った瞬間、首から血を流していた騎士の頭が不思議そうな顔のまま血の流れている部分から転げ落ちた。
「おい・・嘘だろ」
「一体何が・・どうやって」
騎士達が蒼褪め後退る。
「我々に手を出した事を後悔させてやろう!」
隊長の騎士が言って剣を天へと翳すと、周りの騎士達が慌てて駆け出した。
「逃げろ!俺達も巻き込まれるぞ!」
「あれをやるって・・本気か!」
逃げる騎士達を横目に、男は一歩も動かない。
「本来この技は魔物討伐、しかも大型種の時にしか使わない。女神の加護を受けている者にしか使う事の出来ない魔法だ」
自慢げに笑みを浮かべて1人になった騎士が言う。
「町の住民は避難させないんだな」
男の言葉に騎士は何も答えず、勝ち誇った笑みを浮かべる。
空から光が降り注ぎ、騎士の持つ剣にその光が宿る。
「女神の加護…ねぇ」
男が呟き笑みを浮かべる。
「何が可笑しい」
騎士の問いに男は「いやぁ…」と言って右手に持つ短剣を騎士へと向けた。
「女神の加護とやらは、罪を犯す者にも味方するのかと思ってね」
男の足元から風が巻き起こり短剣の切っ先へと収束する。
「なぁ、女神の加護が存在するなら、これさえも耐えられるだろ?」
「そんな風魔法でこれを防げると思っているのか?くたばれ小僧!」
それは一瞬のだった。
騎士が怒鳴り光の刃を振り下ろす。
男は一歩も動いていなかった。しかし、吹き飛んだのは町や男ではなく、騎士の剣を握っていた両腕だったのだ。
光の刃が男に衝突する寸前で消滅し、発生した爆風が男の持つ短剣に吸収された。
「おまけ付きで返してやるよ」
男が言うなり短剣から収束し、小さな球体となった風の弾が放たれ、両腕を失った騎士の腹部を貫いた。
球体が貫通した部分から破裂し、騎士の体が二つに引き裂かれた。
「あ…ア”ァアアアア!」
騎士の悲痛な叫び声が静まり返っていた町に響き渡る。
体が上下に引き裂かれながらもまだ生きていた。
「お…ま……た‥‥」
口から血を溢れさせながら騎士が仲間達の方へと手を伸ばすも、その手は近付いていた男によって踏み潰された。
「全く…執念深いな」
言って男が容赦無く騎士の頭部に短剣を突き立てた。
「女神の加護が存在すると思っているのか…馬鹿だなぁ」
短剣を引き抜き、男が残りの騎士達へと目を向ける。
「化け物だ…」
「どうやってあの攻撃を防いだ。最強とまで言われている技だぞ」
「そんな事より、今は撤退するぞ!」
騎士達が逃げようと男に背を向ける。
それが間違いだった。
足元から見えない何かが生え、騎士達の体に巻き付いたのだ。
「何だ!」
「拘束魔法か!」
「この!」
騎士達が何とか拘束魔法を解こうとするも全く効果が無い。
「なぁ、コイツ等どうする?」
男が言いながらセオ達の方を向く。
集まっていた住民達は誰一人として何も言わなかった。
いや、正しくは声も出なかったのだ。
騎士達への恐怖心は男の存在によって一瞬にして消え去ったが、今度は男の存在が恐怖となった。
自分達に対して敵意は無いにせよ、目の前で一瞬にして騎士がやられた光景は新たな脅威でしかない。
「ずっと苦しめられて来たんだろ?殺すのは簡単だけど、同じ思いを味わわせてから殺そうか」
笑いながら言って男が騎士達へと近付く。
「なぁ、どうして欲しい?」
男が再びセオ達に問う。
「…ろせ」
誰かがそう呟くと、別の誰かが「殺せ!」と叫んだ。
「そうだ…そんな奴等死んで当然だ!」
「私の夫も殺されたのよ!」
「殺せ!」
騎士を殺せと住民達が叫ぶ。
その光景はセオにとって異様なものだった。
確かにセオも騎士達を赦す事は出来ない。
死んでくれたらどれだけ嬉しいか。
それでも周りの住民達が狂気に満ちた声で「殺せ!」と叫ぶ姿が恐ろしかった。
「あははははは!」
男が急に笑い出し、その笑い声は〝殺せ〟と叫んでいた者達を一瞬にして黙らせた。
「あ~」
呟いて男が一息吐く。
「真っ当な奴はいないか」
小さな声だったが、セオには確かにそう聞こえた。
浮かべた笑みと声は寂しげで、まるで何かを期待していたかのような…。
「まぁ、良い。アンタ等がそれを望むのなら叶えよう」
言って男が右手を振ると持っていた短剣が消え、代わりに地面から赤黒い光が湧き出した。
それが線となって騎士達を取り囲む。
光が描いたのは見た事の無い模様、魔法陣だった。
「俺達が悪かった!」
「やめてくれ!もうこんな事はしない!」
「助けてくれ!」
騎士達が怪しい光の中に立つ男に懇願するも、男は冷めた表情のまま騎士達を見据えている。
慈悲など男は持っていないのだ。
「安心しな。殺しはしないさ」
男の言葉に騎士達は安堵の表情をし、住民達は怒りの表情を浮かべ男に「殺せ!」や「敵を討ってくれるんじゃないのか!」と怒鳴る。
「殺しはしない。けれど、死ぬのと同じだ」
全く意味が解らない。
男が右手を振り下ろし、赤黒い光が騎士達を包み込む。
騎士達を包んだ光が空へと放たれ、あの戦いは何だったのかと思う程の静寂。
太陽が昇り始め、空が明らみ始める。
「どうしてそいつ等を殺さない!」
「大丈夫だ。コイツ等はもうあんた達に手を出す事は無い」
怒声に男が落ち着いた声音で答えた時、騎士達が顔を上げ、不思議そうに辺りを見渡した。
「私達は一体…」
騎士の1人が呟いて立ち上がり、住民達の方を見ると笑みを浮かべた。
今まで見て来た表情とは違い、嫌な物ではなく、柔らかい笑みだ。
「初めまして。我々はこの町を守る為に来ました。何かあれば仰って下さい。出来る限りではありますがご協力いたします」
今まで聞いた事が無いほど丁寧に言って騎士がお辞儀をする。
「な…なんだ急に」
困惑する住民達を見て男が「ははは」と笑い「ちょっといじっただけさ」と言って自分の頭を指さした。
それだけで解った。
男は魔法で騎士達の思考を変えたのだ。
「どうかされましたか?」
騎士の問いに住民の一人が「何でもない」と答え「ちょっと前に魔物が襲って来て家が壊れたんだ。直してくれるか?」と言ってみた。
今までなら間違いなく[自分達で直せ]と言われる。しかし、騎士は壊れた家に気付くと哀し気な表情になり「これは酷い」と呟き「お任せ下さい」と言うと、他の騎士と共に魔法で家を直してくれた。
「これで良し。他には有りますか?」
騎士の対応に住民達は困惑した。
変わり過ぎていて気持ちが悪い。
「私達は皆様を守るのが仕事です。私達に出来る事が有ればなんなりとお申し付け下さい」
笑みを浮かべてそう言う騎士達の姿は異様だった…。
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