第50話 ミレニウス大神殿
文字数 3,050文字
大きな扉の前まで行き馬から降りる。
光に照らされた神殿から怪しい気配はしないものの、何処か重い空気が流れているような気がした。
アメリアはそれを振り払うように深呼吸をしてから祈りを捧げている女神が彫られた大扉に触れた。
重い物が擦れ合うような音と共に大扉がゆっくりと開き、漂っていた光が中へと流れ込んで辺りを照らす。
広い空間に大きな柱が等間隔で並び、左右には青い扉が在ったが、それには目も向けず奥へと向かう。
床には何かの模様が描かれ、踏むと光り、そよ風と共に舞い上がる。
幻想的な光景だが、静まり返った空間ではそんな余裕など無い。
以前アメリアが此処を訪れた時は神殿内にもエルフ族の者達、使者とも呼ばれる女性達がいたが、全く気配がしない。
光に導かれるように奥へ進むと、左右の壁にドラゴンが彫られた大扉に辿り着いた。
「これって…」
言って隣に並んだミゼラに、アメリアは「此処が心臓部。精霊が居る場所」と返した。
こうも簡単に入れる場所では無かった。
[久しいな友よ]
女の声が響いた。
それが誰に向けられた言葉で、声の主は誰なのかアメリアには直ぐに解った。
「どうして貴女が此処に?」
アメリアの問いに応えは無く、重々しい音を立てて扉が開いた。
開かれた扉の向こうは暗く先が見えない。
静かに息を吐き、吸い込んで歩き出したアメリアの後にレオン達が続く。
皆が空間の中へ入ると扉が閉まった。
何も見えない暗闇の中で辺りを見渡す。
「まさかあの話が本当だったとは」
再び声がし、頭上から四色の光が降りて来た。
その1つ1つが形を変え人の姿になる。
「また会えた事を素直に喜んではいかが?」
青い服を纏った女が赤い服の女に言う。
水の大精霊であるヒアエメルと、火の大精霊のクレアラドだ。
「ごめんなさいね」
ヒアエメルが苦笑し謝る。
「ただ会いに来た訳では無い事は解っているのだ。要件を言え」
クレアラドが冷めた目をアメリアに向けて言う。
「そんな言い方をしなくとも」
微かに金の混じった白い服を纏った大精霊、ケイムンドが呆れたように言うと、クレアラドは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
ただ会いに来ただけではない事に拗ねているとするなら、彼女にも少しは可愛い所が有ったらしい。
「理由が有るにせよ、こうしてまた会えた事は素直に喜びましょう」
淡い緑色の服を纏った大精霊、モルフィンが言ってアメリアの前に立った。
「あの大戦で生き延びた妖精達から貴女の事は聞いていました。彼と…仲間の方々の事も。あの後、貴女はずっと行方知れず。妖精達に頼んで探して貰っても見つからなくて…。また姿を見たと聞いたのは最近。しかも、また仲間と共にいると」
そう言ってモルフィンは嬉しそうに微笑んだ。
ヒアエメルも隣に来て、そっとアメリアの心臓辺りに触れた。
「…大丈夫そうね」
安堵したようにヒアエメルが言う。
彼女達はドラゴンの心臓について知っているのだ。
「お前も、あの男も愚かだ」
「クレアラド」
ヒアエメルが止めようとするも、クレアラドは「成功したからこそ良かったが、拒絶反応が出たら死んでいたんだぞ!」と怒鳴った。
声が暗い空間に響き渡る。
「成功し生きていたというのに、お前はあの男の想いを忘れ、生かされたというのに行方を眩ませ、どれだけ皆が心配したと思っている!」
怒り叫ぶクレアラドの目に、微かにだが涙が浮かぶ。
「あの大戦の影響でミレイとアシリア、ノーラスの三人が、乱れた流れを戻すために殆どの力を使い眠ってしまった…」
ミレイは火の大精霊、アシリアは風の大精霊、ノーラスは土の大精霊だ。
その三人が眠ってしまった為、補う為に他の地にいる筈のクレアラド達が此処へ来たという事だろう。
「私達の事を頼りに来て欲しかった…と言いたいのよ」
微笑みながらも、寂しげにヒアエメルが言う。
「けれど…貴女はまた歩き出した。その姿が見れて…私達は嬉しいわ」
モルフィンが言ってアメリアを抱き締め、一息吐いてから離れ「それで…何を訊きに?」と訊いた。
「これなんだけど」
そう言うとアメリアは純白の杖を出した。
「それは?」
気を取り直したクレアラドが言って近寄る。
「私の師匠が持っていた物で、師匠と契約をした精霊達に会って、これを持つ事を認めて貰いたいの」
簡単ながらもアメリアが説明すると、モルフィン達は理由を察し、顔を見合わせると、クレアラドが「貸せ」と言って手を差し出し、アメリアから杖を受け取ると、他の三人も杖に触れた。
その瞬間、杖から光が放たれ、オーロラの様に広がり、暗闇だった空間を照らした。
地には太陽が描かれ、天井には月が描かれている。
入口と反対の奥には四体の像が置かれ、その内の三つは透明な結晶で覆われていた。
眠っているという三体の大精霊だ。
あの大戦は多くの哀しみと傷を世界に与えたのだと改めて思わされる。
少しして「何人かは此処へ呼ぼう」とクレアラドが言った。
「呼べるんですか?!」
驚いてミゼラが問う。
アメリアも驚きはしたが、クレアラド達が此処に来ている事と、大精霊という事を考えると納得した。
「驚く事ではないですよ。私達は神殿と呼ばれる場所に居ますが、元々は自然界で生きています。そこに居なくてはならない存在ではありませんから」
黙っていたケイムンドが答える。
「なんか…凄いな」
呟いたアルドの隣でリマが呆然と大精霊を見詰める。
「何人かという事は、全員ではないんだな?」
訊いたのはレオンだった。
その問いにモルフィンが「残念ですが」と答える。
「紫の力に関しては精霊の力ではない」
「え?」
それにはアメリアも驚いてしまった。
てっきり全て精霊の力だと思っていたからだ。
「黒の光は闇だが、闇の精霊など私は知らない。モルフィン達もそうだろう?」
クレアラドの問いにモルフィン達が頷く。
「この紫の光もそうだ。私達には何の力なのか解らないが、これも精霊の力ではない」
そう言われるとアメリアも闇の精霊など聞いた事が無かった。
「紫の光の力についてはお前が知っているだろうが…。これは何の力だ?」
クレアラドの問いに、アメリアは戸惑いながらも「強化や守りの力」と答えた。
それを聞いて四人がまた顔を見合わせる。
「守護などの力を私達精霊と呼ばれる存在は持っていますが、それを誰かに与えられる者を知りません」
モルフィンが言って杖を見る。
「呼べる者達を取り敢えず呼ぼう。その者達なら何か知っているかもしれない」
クレアラドが言って杖を握り天へ翳すと、天井の月が光り、杖から放たれた光が吸い込まれると静かに消えた。
クレアラドが火の球体を幾つか作り出して辺りを照らす。
「皆が来るまで少し時間が有ります。休んでいて下さい」
ケイムンドが言って指を鳴らすと、床の一部が椅子の形へと変わった。
「これも精霊の力か…」
驚きながら呟いたアルドが椅子に座る。
「かなりの美人だと思うけど、声を掛けなくて良いの?」
からかいつつミゼラも座る。
「流石に精霊を口説く度胸は無いよ」
苦笑し答えたアルドに「見境無く口説くかと」とレオンが冷たく言って座り、レオンの肩に乗るリマが「アルドさんはそこまでしません!」と言った。
「リマちゃん…。それは…」
笑いを堪えて言ったミゼラの隣でアルドが落ち込んでいるのを見てリマが首を傾げる。
「面白い奴等だな」
眺めていたアメリアにクレアラドが囁く。
その言葉にアメリアは小さく笑い「うん。楽しいよ」と小声で答えた…。
・
光に照らされた神殿から怪しい気配はしないものの、何処か重い空気が流れているような気がした。
アメリアはそれを振り払うように深呼吸をしてから祈りを捧げている女神が彫られた大扉に触れた。
重い物が擦れ合うような音と共に大扉がゆっくりと開き、漂っていた光が中へと流れ込んで辺りを照らす。
広い空間に大きな柱が等間隔で並び、左右には青い扉が在ったが、それには目も向けず奥へと向かう。
床には何かの模様が描かれ、踏むと光り、そよ風と共に舞い上がる。
幻想的な光景だが、静まり返った空間ではそんな余裕など無い。
以前アメリアが此処を訪れた時は神殿内にもエルフ族の者達、使者とも呼ばれる女性達がいたが、全く気配がしない。
光に導かれるように奥へ進むと、左右の壁にドラゴンが彫られた大扉に辿り着いた。
「これって…」
言って隣に並んだミゼラに、アメリアは「此処が心臓部。精霊が居る場所」と返した。
こうも簡単に入れる場所では無かった。
[久しいな友よ]
女の声が響いた。
それが誰に向けられた言葉で、声の主は誰なのかアメリアには直ぐに解った。
「どうして貴女が此処に?」
アメリアの問いに応えは無く、重々しい音を立てて扉が開いた。
開かれた扉の向こうは暗く先が見えない。
静かに息を吐き、吸い込んで歩き出したアメリアの後にレオン達が続く。
皆が空間の中へ入ると扉が閉まった。
何も見えない暗闇の中で辺りを見渡す。
「まさかあの話が本当だったとは」
再び声がし、頭上から四色の光が降りて来た。
その1つ1つが形を変え人の姿になる。
「また会えた事を素直に喜んではいかが?」
青い服を纏った女が赤い服の女に言う。
水の大精霊であるヒアエメルと、火の大精霊のクレアラドだ。
「ごめんなさいね」
ヒアエメルが苦笑し謝る。
「ただ会いに来た訳では無い事は解っているのだ。要件を言え」
クレアラドが冷めた目をアメリアに向けて言う。
「そんな言い方をしなくとも」
微かに金の混じった白い服を纏った大精霊、ケイムンドが呆れたように言うと、クレアラドは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
ただ会いに来ただけではない事に拗ねているとするなら、彼女にも少しは可愛い所が有ったらしい。
「理由が有るにせよ、こうしてまた会えた事は素直に喜びましょう」
淡い緑色の服を纏った大精霊、モルフィンが言ってアメリアの前に立った。
「あの大戦で生き延びた妖精達から貴女の事は聞いていました。彼と…仲間の方々の事も。あの後、貴女はずっと行方知れず。妖精達に頼んで探して貰っても見つからなくて…。また姿を見たと聞いたのは最近。しかも、また仲間と共にいると」
そう言ってモルフィンは嬉しそうに微笑んだ。
ヒアエメルも隣に来て、そっとアメリアの心臓辺りに触れた。
「…大丈夫そうね」
安堵したようにヒアエメルが言う。
彼女達はドラゴンの心臓について知っているのだ。
「お前も、あの男も愚かだ」
「クレアラド」
ヒアエメルが止めようとするも、クレアラドは「成功したからこそ良かったが、拒絶反応が出たら死んでいたんだぞ!」と怒鳴った。
声が暗い空間に響き渡る。
「成功し生きていたというのに、お前はあの男の想いを忘れ、生かされたというのに行方を眩ませ、どれだけ皆が心配したと思っている!」
怒り叫ぶクレアラドの目に、微かにだが涙が浮かぶ。
「あの大戦の影響でミレイとアシリア、ノーラスの三人が、乱れた流れを戻すために殆どの力を使い眠ってしまった…」
ミレイは火の大精霊、アシリアは風の大精霊、ノーラスは土の大精霊だ。
その三人が眠ってしまった為、補う為に他の地にいる筈のクレアラド達が此処へ来たという事だろう。
「私達の事を頼りに来て欲しかった…と言いたいのよ」
微笑みながらも、寂しげにヒアエメルが言う。
「けれど…貴女はまた歩き出した。その姿が見れて…私達は嬉しいわ」
モルフィンが言ってアメリアを抱き締め、一息吐いてから離れ「それで…何を訊きに?」と訊いた。
「これなんだけど」
そう言うとアメリアは純白の杖を出した。
「それは?」
気を取り直したクレアラドが言って近寄る。
「私の師匠が持っていた物で、師匠と契約をした精霊達に会って、これを持つ事を認めて貰いたいの」
簡単ながらもアメリアが説明すると、モルフィン達は理由を察し、顔を見合わせると、クレアラドが「貸せ」と言って手を差し出し、アメリアから杖を受け取ると、他の三人も杖に触れた。
その瞬間、杖から光が放たれ、オーロラの様に広がり、暗闇だった空間を照らした。
地には太陽が描かれ、天井には月が描かれている。
入口と反対の奥には四体の像が置かれ、その内の三つは透明な結晶で覆われていた。
眠っているという三体の大精霊だ。
あの大戦は多くの哀しみと傷を世界に与えたのだと改めて思わされる。
少しして「何人かは此処へ呼ぼう」とクレアラドが言った。
「呼べるんですか?!」
驚いてミゼラが問う。
アメリアも驚きはしたが、クレアラド達が此処に来ている事と、大精霊という事を考えると納得した。
「驚く事ではないですよ。私達は神殿と呼ばれる場所に居ますが、元々は自然界で生きています。そこに居なくてはならない存在ではありませんから」
黙っていたケイムンドが答える。
「なんか…凄いな」
呟いたアルドの隣でリマが呆然と大精霊を見詰める。
「何人かという事は、全員ではないんだな?」
訊いたのはレオンだった。
その問いにモルフィンが「残念ですが」と答える。
「紫の力に関しては精霊の力ではない」
「え?」
それにはアメリアも驚いてしまった。
てっきり全て精霊の力だと思っていたからだ。
「黒の光は闇だが、闇の精霊など私は知らない。モルフィン達もそうだろう?」
クレアラドの問いにモルフィン達が頷く。
「この紫の光もそうだ。私達には何の力なのか解らないが、これも精霊の力ではない」
そう言われるとアメリアも闇の精霊など聞いた事が無かった。
「紫の光の力についてはお前が知っているだろうが…。これは何の力だ?」
クレアラドの問いに、アメリアは戸惑いながらも「強化や守りの力」と答えた。
それを聞いて四人がまた顔を見合わせる。
「守護などの力を私達精霊と呼ばれる存在は持っていますが、それを誰かに与えられる者を知りません」
モルフィンが言って杖を見る。
「呼べる者達を取り敢えず呼ぼう。その者達なら何か知っているかもしれない」
クレアラドが言って杖を握り天へ翳すと、天井の月が光り、杖から放たれた光が吸い込まれると静かに消えた。
クレアラドが火の球体を幾つか作り出して辺りを照らす。
「皆が来るまで少し時間が有ります。休んでいて下さい」
ケイムンドが言って指を鳴らすと、床の一部が椅子の形へと変わった。
「これも精霊の力か…」
驚きながら呟いたアルドが椅子に座る。
「かなりの美人だと思うけど、声を掛けなくて良いの?」
からかいつつミゼラも座る。
「流石に精霊を口説く度胸は無いよ」
苦笑し答えたアルドに「見境無く口説くかと」とレオンが冷たく言って座り、レオンの肩に乗るリマが「アルドさんはそこまでしません!」と言った。
「リマちゃん…。それは…」
笑いを堪えて言ったミゼラの隣でアルドが落ち込んでいるのを見てリマが首を傾げる。
「面白い奴等だな」
眺めていたアメリアにクレアラドが囁く。
その言葉にアメリアは小さく笑い「うん。楽しいよ」と小声で答えた…。
・