第6話

文字数 3,513文字

 町に着いたのは夕方だった為、翌日の朝、開館時間が過ぎてから図書館へと向かった。
「そうですか。次の目的が決まったのでしたらしょうがないですよね」
 残念そうに図書館の女性が言う。
「すみません。こんなにお借りしたのに…」
「いいえ!たった数日でも構いません!それに、今度またこの町に来た時、彼女達と何を話したのか聞かせて下さい」
 言って女性が扉の上へ視線を向ける。
 そこではリマともう一人の妖精がコソコソと話し、時折楽し気に笑っていた。
「この町では私以外にあの子達が見える人はいないんです。それなのに、私はあの子達の話を信じず、何でもないと決め付けて確認をしようとしなかった。その結果、貴女にご迷惑を掛けてしまった。本当に…申し訳ありません」
「そんな。迷惑なんて思っていません。迷惑だと思ったら、相談された時に突き放しています。自分で決めた事なんです。だから、謝らないで下さい」
 私の言葉に女性が小さく笑い「はい」と頷いた。
「それでは、私はこれで」
「はい。お気を付けて」
 女性に手を振って外へ出ると、直ぐにリマが肩に乗って来た。
「それじゃあねー!」
 肩の上でリマが手を振る。
「またねー!」
 別の声が後ろで応える。
「本当に付いて来るの?」
 私の問い掛けに、前を向いたリマが「はい!」と元気に答える。
「セリューヤ様を助けて頂いた恩を返すまでは離れません!」
 その言い方では〝恩返し〟ではなく〝憑依〟だ。
「お!丁度良い所に!」
 前から歩いて来ていた人物が声を上げて手を振る。
 護衛を依頼して来た男だ。
 駆け寄って来た男が持っていた小袋を差し出し「ほらよ」と言う。
「これは?」
 受け取って訊き返す。
「たった1日でも仕事だからな。報酬だよ。それと、俺の嫁特製の飯だ」
「奥さん居たんですか!」
 驚く私に男が睨んで「何だその反応。俺が結婚してたらおかしいのか」と言う。
「すみません…。てっきり独身かと」
 私の言葉に男が照れたように笑い、腕を組んで「もしかして惚れたか?悪いが、俺は嫁一筋だ」と自慢げに言った。
「いえ。惚れてませんけど」
「うっ…。あんた…意外と冷たい事を平気で言うなぁ…」
 私と男の会話にリマが笑う。
 男が小さく溜息を吐き、気持ちを切り替え「まだあんたの近くにいるみたいだな」と言った。
 昨日の話しからして、リマの事を言っているのだと悟り「えぇ」と答える。
「またこの町に来た時は顔を見せろ。その時には、どうやったら妖精が見えるようになるのか教えてくれよ」
「それならちゃんとした人のとこに弟子入りした方が良いと思いますけど」
「あんたなぁ…。こういう時は〝解った〟って約束するもんだろぉ」
 私の言葉に男が呆れ、頭を掻いて溜息を吐くも笑った。
「それじゃあ!俺は仕事に戻る!あんたも気を付けろよ!」
 言って手を振り男が去る。
「不思議です」
 リマが笑みを浮かべて呟き、私は「何が?」と訊き返した。
「旅をして来た方だからでしょうか…。馴染むのが早いと言いますか…。なんか…前から此処で暮らしていたような感じがして」
「確かに馴染むのは早いかな。でも…」
〝長居はしない〟と言いかけて言葉を飲み込む。
 不思議そうにリマが首を傾げたのを見て笑みを返し「旅をするのが好きだからね」と言って歩き出す。
「食料は買わなくて良いんですか?」
 先程から食材を売っている店を通り過ぎている事が気になったらしいリマが問う。
「そんなの、現地調達で良いでしょ」
「え!まさか、ずっとそうして旅を続けて来たんですか?」
 そんなに驚く事だろうか。
「そうだけど」
「美味しい物が沢山有るのに?!
「食べたいなんて物無いから」
 私の答えにリマが〝信じられない〟というように「えぇ~」と言って引く。
 自分では普通の事だ。
「私ね…。食欲が無いの」
「え?それは…お腹が減っても食べたくないとかですか?」
 真顔になってリマが訊き返す。
「そうじゃなくて〝あれが食べたい〟とかっていう感情の話。お腹が空いたら何か食べるけど、自分から〝食べたい〟っていうのが無いの」
 いつからこうなったのかは解らない。
 気が付いた時には、そういった〝食欲〟が無くなっていた。
 仲間がいた時はこうでは無かった気がする。
「……」
 昔の事を想い出して頭を振る。
 そんな私を見てリマが「どうしました?」と心配した。
「何でもない」
 笑みを返して東口へと向かう。
「もしかして、まだ頭が痛むんですか?」
「本当に大丈夫。心配してくれて有難う」
 言ってリマの頭を撫でる。
 今は想い出に浸っている暇は無い。
「ウィゼットは隣国ですよね?」
 リマの問いに「うん」と頷き返す。
 ウィゼットはイヴェト鉱山の在る山脈を隔てた東北に位置する国。
 ウィゼットの王都までは幾つかの町を通る事になる。そして、ウィゼットの王国騎士団は各国に恐れられるほど強者が多い。
 その腕を買われて他国に応援を依頼されるほどだ。
 正しくは【ウィゼット魔術導法師王国騎士団】という長い名称だ。
 幾つも在る王国で唯一魔法師、魔術師、魔導師(総称、魔師と呼ばれる)の称号を持つ者が騎士として入団する事が出来る国である。
 本来、魔師の称号を得た者は入団する事が出来ない。それは、魔師は騎士団とは別に組織を結成し、有事の際には後方支援と防衛に務める事と、大抵の国がそう定めているからだ。
 けれどウィゼットはそうではなく、新たな決まりを作った。
 魔師の称号を持つ者にも入団する事を認め、各地へ派遣した際、何かあれば即時対応する事が出来るようにした。
 恐らくどの国よりも団結力は強いだろう。
「私、他の町に行くのは初めてです♪」
 楽しそうにしているリマには申し訳ないが、早めに伝えておくべきだろう。
「ウィゼットには妖精が見える人が沢山いるけど、見える人に会えたとしても、警戒はした方が良いからね」
「どうしてですか?」
「優しい人間ばかりじゃないから」
 どういう意味なのか解らないという顔をしたリマが拗ねたように「はい」と小さく頷く。
 私だって本当は楽しそうにしているリマを落ち込ませたくはない。けれど、何か起きてからでは遅いのだ。
 何も起きないで欲しいから気を付けて欲しい。
 落ち込ませてしまったお詫びに、妖精でも食べられる小さな果実を買う。
 それを見ただけでリマは笑顔になった。
 町を出て、少し離れた所で指笛を吹く。
 何も伝えずにやったので、リマが驚いて耳を塞いだ。
「急に…何ですか?」
 リマが頭を振って問う。
「ごめん。ちょっとね」
 私が答えるのとほぼ同時に、何処からか鳴き声がした。
 風が吹く音に紛れ、何かが走って来る気配が近付く。
 その気配にリマも気付いたらしく、少し怖いのか、私の腕にしがみ付いて来た。
「大丈夫」
 そう私が言うのと同時に、周囲に風が巻き起こり、土埃が立った。
 しがみ付くリマが小さく悲鳴を上げる。
―フォォオオン!
 動物とは少し違う声がしたのと同時に風が土埃を払い、そこから現れたのは、まるで漆黒を纏ったかのような馬だった。
 濡れ羽色の鬣と尾が太陽に照らされた輝く。
「うそ…」
 それを見たリマが目を丸くして呟く。
 現れた漆黒の馬が青い目でリマを見て鼻を鳴らし、そっと顔を近づける。
「はじめ…まして」
 呆然としつつもリマが馬の鼻に触れ、目を輝かせて私を見た。
「この方は精霊様ですよね?!
「まぁ…精霊といえば精霊かな?」
 言いながらポーチから紙を出し、右手で円を描いて紙で円を切ると、紙が光りを放ち鞍に変化する。
 その他に必要な物を同じ方法で取り出して馬に付ける。
「精霊様ではないのですか?」
 まだ顔を寄せる馬の頬を撫でながらリマが問う。
「まだ精霊になる前」
 私の言葉に、意味が解らないらしいリマが「えっとぉ…」と困ってしまった。
「君達妖精が花や木から生まれるのは、精霊から力を分け与えられるからでしょ?」
 話ながら準備を進める私を見ながらリマが「はい」と頷く。
「それと同じで、時に精霊は動物の魂にも力を与える事が有るの。そうして、力を与えられた魂は新しい命として生きる。けれど、精霊や妖精とは違って元から体が存在しているから、精霊や妖精とは呼べない。けれど、精霊に近い存在ではある」
「…全く解りません」
 すっかり困り果ててしまって顔を顰めているリマに「ごめん」と苦笑して謝り馬に跨る。
「君が精霊だと思うなら精霊って事で良いよ。それより…ほら。おいで」
 そう言って私が差し出した手に乗ったリマを鞍の前に座らせる。
「しっかり捕まってね」
 言うなり手綱を引く。
―フォオオオオン!
「わぁああ!」
 それを合図に馬が一鳴きして駆け出すのとリマが悲鳴を上げたのは同時だった…。

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