第26話

文字数 3,398文字

 ついに来てしまった。
「パーティー…。楽しみです♪」
 楽しみにしているリマには申し訳ないが、私はパーティーに行きたい訳ではない。
 あの男に話を聞きに行くだけだ。
 不愉快ながらも、男に買われたドレスを着る。
 流石に足のサイズまでは知る訳も無く、大きかったので、魔法を使って合わせた。
 ストールを掛けて部屋を出る。
 レオンは先に城へ向かった。
「ふぅ…」
 小さく溜息を吐き、宿から出ると、目の前に立派な馬車が停まっていた。
 近くに立つ少し年配の男が、礼儀正しいくお辞儀をし「お迎えに上がりました」と言う。
 〝人違いです〟と言おうとしたが、中に座っている人物に気付き、諦めて馬車へ近付くと、年配の男がドアを開け、手を差し出す。
 その手を無視して乗る。
「貴女らしい」
 中にいた人物が笑って言う。
「出逢って間もないのに、知っているかのように言わないで下さい」
 わざと冷たく言ったけれど、迎えに来たロード・ウォーラは笑みを浮かべたまま。
 けれど、私の方へ向けている目は笑っておらず、何の感情も伝わって来ない。
 顔を逸らして窓の外を見る。
 走り出した馬車は、大通りを過ぎ、城前の大広場を抜け、城の入り口で停まった。
「うわ~。近くで見ると本当に立派です」
 リマが城を見て驚く。
「200年前の大戦時代には教会だったが、破壊された事で城として建て替えたのだ。今でも教会だった名残が所々に有る」
 男の言葉は、確かにリマへ対する物だ。
「見えているんですか?」
 私の問いに男が「見えないと言った覚えはありませんが?」と言い返す。
 確かに男から妖精は見えないと言われていない。
「参りましょう」
 言って男が先に降り、手を差し伸べた。
 不本意ながらもその手を取って馬車を降りる。
 男が左に立ち「手を」と言う。
 腕に手を回せと言っているのだ。けれどそれは、付き合っている男女の場合。
 私達は付き合っていないので、腕に手を回す必要など無い。
「結構です」
 私の言葉に男が「そうですか」と言って歩き出し、私はその少し後ろを付いて行った。
 開け放たれた扉を潜ると、正面には階段が在った。
 数段上ると階段は左右に分かれ、上の回へと繋がっている。
 階段の下、左右にはまた扉が有り、その向こうに広間が見えた。
「行きましょう」
 また男が歩き出す。
 男の後に付いて行き、大広間に入った瞬間、会場全体がざわついた。
 皆が男の方を見ている。
 どれだけ名声を上げているのか。
 少しして、再び会場が賑わい始めるも、何処からか「あの女性は?」など、コソコソと話す女たちの声が聞こえた。
 分不相応な所に着ている自覚は有る。だが、男から話を聞くまでは帰れない。
「クレジスタの事ですけど」
 私が本題を振ると、男は笑みを浮かべ「そう焦らず、まずはパーティーを楽しみましょう」と言った。
「私はクレジスタの話を聞きに来ただけです」
「ですが、貴女の妖精は楽しみたいようですよ?」
 言われてリマの気配を辿ると、少し離れた所で、パーティーに来た他の妖精と楽しそうに話をしていた。
 私に気付き、振り返ったリマが「皆さんと少し話して来ますー♪」と言って上のステンド硝子の方へと飛んで行ってしまった。
「はぁ…」
 溜息を吐いた私とは違い、男は愉快そうに「ふふ」と笑う。
「向こうにデザートなど用意されています。行きましょう」
 言って男が歩き出し、仕方なく付いて行く。
 それから男はクレジスタの事とは関係の無い話をしていた。
「ロード様。お久し振りです」
 会場に入って来る人々が落ち着いた頃、奇麗なドレスを纏った女性が男に声を掛けた。
「あぁ。貴女はグリドアの」
「覚えていて頂けたのですね」
「えぇ勿論」
 言って男が私に「少し離れます」と囁き、女性と二人で何処かへ歩いて行く。
 小さく溜息を吐いて壁際に寄る。
 このままではクレジスタの話を聞けずに終わってしまいそうだ。
「暇そうだな」
 聞き覚えの有る声に顔を上げると、いつもの不愛想な顔でレオンが立っていた。
 恰好を見て私は驚いた。
 黒い生地の服。
 襟や袖口は金で縁取られ、騎士といった感じが全くしない。
 まるで何処かの王子のようなタキシードを纏っていたのだ。
 思わず見惚れてしまっていると、レオンに「どうした?」と訊かれた。
「なんか…王子様みたいだから」
 つい本音が口から出ていた。
 それを聞いてレオンが珍しく苦笑し「王子様か」と呟いて私の隣に立つ。
「話は訊けたのか?」
 問い掛けに「全く」と溜息混じりに答える。
「この果物は何処で採れたとか、この城がどうやって建設されたとか、全く関係無い話ばっかりで、正直疲れた。話を聞かずに帰ろうかな」
「お前が帰るなら俺も帰る」
 それを聞いて私は小さく笑い「団長の代わりに出席しているなら、最後までいないと駄目でしょう」と返した。けれど、内心では少し嬉しかった。
 まるで、私がいるから来ていると言われたみたいで。
『ちょっと待って。それだと私がレオンの事気になってるみたいじゃない?違う違う!いつもと雰囲気が違うから動揺してるだけ!そう!私が今でも好きなのは…』
 そこで思考が冷静になった。
 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
 今でも好きなのは1人だ。
 動揺したとしても、それは変わっていない。
「いた!」
 声がし、見ると女がレオンの腕に抱き付いていた。
「ミゼラ?!お前がどうして此処に!」
 驚くレオンに、ミゼラと呼ばれた女が「会いに来たに決まっているじゃない」と言って私の方を見る。
 その顔には見覚えが有った。
「国境で会った…」
 私の呟きに、女が「お久し振り」と笑顔で言うが、怒りに似た感情が伝わって来る。
「仕事はどうした。団長の許可は取ったのか?」
 レオンが言いながら女を引き離そうとするが、女は離れようとしない。
「知らな~い。私は自分の気持ちに正直に生きるって決めたの♪」
 そう言って女が私の方を一瞥する。
 その視線に嫌な物を感じ、レオンの腕を掴もうとしたが、その手は女に叩かれた。
「レオンは私のなの。手を出したら赦さない」
 低い声で言った女にレオンが「お前…いい加減にしろ」と怒るも、女は無視し、笑顔でレオンを見上げる。
「向こうに行きましょう♪」
 言ってレオンを引っ張って歩き出す。
「おい!」
「恥をかかせるつもり?」
 女の言葉に、レオンは横目で辺りを見渡し、小さく溜息を吐くと、諦めて女と歩き出した。
 そんな後ろ姿を、私はただ見送る事しか出来ない。
 女に叩かれた手の甲が痛む。
 女から感じたのは明らかに〝嫉妬〟だけでは無かった。
 レオンは騎士だ。
 何か有っても大丈夫だろう。
 昔も似たような事が有った。
 当時はまだ付き合っていなかった相手が、知らない女に手を引かれて行ってしまいそうになったが、その手を払い、周りに人がいるのに[俺はこいつとしか踊るつもりはない]と宣言した。
 あの時は恥ずかしかったけれど、嬉しくもなった。
 今彼が此処に居たら、手を引かれて外に連れ出されていたかもしれない。
 そんな事を考えながら、ふと中庭に目を向けると、花の庭園が月明りに照らされていた。

「いつまでこうしているつもりだ?」
 レオンの問い掛けにミゼラは「もう少し」と言ってダンスを続けた。
「ねぇレオン。私…本当に貴方の事が好きよ。解っているでしょ?」
 見上げて問い掛けても、レオンはミゼラではなく別の場所を時折見ている。
「伝わるように接しても、貴方は私の気持ちに応えてくれない。私を見てくれない。そうしている間にも私以外の女が貴方に近付くから、手を出さないように裏で忠告したりしていたのに…。まさかそれが、団長にまで伝わっているなんて思ってもいなかった」
「どういう事だ?」
 言って漸くレオンがミゼラの方を見た。
 怒りの感情だとしても、自分を見てくれた事にミゼラは歓喜し、体を震わせた。
 やっと自分の姿を正面から見て貰えた気がしたのだ。
「このドレス。貴方と並んでも恥ずかしくないように、立派な物を選んだのよ」
 ミゼラは足を止めると、レオンの胸に手を当て身を寄せた。
「貴方の心を手に入れる為にはどうすれば良いのか…やっと解ったの」
 今なら何でも出来るような気がする。
「お前らしくないぞ」
「そう?なら、これからもっと私の事を知って‥」
 言ってレオンを見上げ、左手で頬に触れ、背伸びをして顔を近付ける。
『これで‥貴方が手に入る…』

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