第8話 ウィゼット西 ロズ
文字数 3,204文字
「わぁあああ♪」
嬉しそうに飛び回るリマに「これ」と言って糸を差し出す。
「何ですか?」
首を傾げてリマが手を差し出すと、糸が左腕に巻き付いて切れ、残った糸は私の左腕に巻き付いた。
「これで迷子になっても大丈夫」
「私が迷子になるとでも言いたいんですか?」
怒るリマに何も言わず歩き出すと、後ろでリマが「もう!失礼です!」と文句を言った。
夕方という事もあって、町には明かりが灯っている。
通りには店が並び、何処からか美味しそうな匂いも漂って来る。
それほど多くは無いが、妖精の姿も見かけた。
窓を開けて商売をしている店も在る。
「アメリア様ー!」
呼ばれて振り返ると、リマが花屋の前にいた。
隣にはこの町に住んでいるらしい妖精が2人。
「このお店で休んでいても良いですか?」
初めて他の町の妖精と会うのだ。
先程お守りも渡した事だし、少しくらい自由にしても良いだろう。
「解った」
私がそう答えると、リマは嬉しそうに2人の妖精と共に店の小窓から中へと入って行った。
私もそろそろ物をまた調達しなくてはならない。
通りを歩きながら目的の店を探す。
「あれ?これって…」
ふと目に入った店で足を止める。
窓辺に置かれていたのは、珍しい鉱石だった。
どうやらこの店は鉱石を加工して売っているらしい。
ドアを開けて中に入ると、所狭しとばかりに天然石が並べられていた。
奥の方には加工し、ネックレスなどになった物が売られている。
「いらっしゃいませ」
声がした後、髪を項辺りで纏めた人物が顔を出した。
「騎士団の方…では無さそうですね」
物腰の柔らかそうなその男は、そう言うと近付いて来た。
「何かお探しですか?」
「いえ。ただ、珍しい物が置いてあったので」
私が言って窓辺を見ると、男は「あれですか」と言った。
「あれが珍しい物と解る…という事は、貴女は何処かの魔導師様ですか?」
そう思われても仕方が無いか。
普通の人間は鉱石を見ても珍しい物かどうか解らない。
「両親が少し詳しかっただけです」
「そうですか。では、ご両親が魔導師様なのですね」
「加工職人だったんです」
私の言葉に男が目を輝かせて「では、貴女も加工が出来るのですか?」と訊いて来た。
両親が鉱石や天然石などの加工職人だったというのは嘘ではない。そして、教わった事も有るし、今では自分で加工する事だって有る。
「出来ますけど」
「あの!少しお時間は有りますか?」
何故か興奮したように言う男に引きつつも「大丈夫ですけど」と答えると、男は「それではこちらへ!」と言ってドアの札を裏返し、店の奥へと歩き出した。
「店…閉めて良いんですか?」
後に付いて行きながら問う。
「もうそろそろ店仕舞いの時間だったので構いません」
男が店主なら問題は無い…のだろうか。
奥のドアを開けて男が中に入り「どうぞ」と手招く。
誘われるまま中に入ると、そこは攻防となっていた。
右には小型ながらもしっかりとした炉が在り、整形する為の道具も一通り揃っているようにも見える。
「突然で申し訳無いのですが…。コレなんですけど」
言って男が作業台に乗っていた物を手に取って私に見せた。
大きさは大体、横幅10センチで厚さが7センチくらい。
「それは?」
訊いたのは私なのに、男が「何に見えますか?」と訊き返して来た。
小さく溜息を吐いて、男の持っている物に目を向ける。
「持って見ても?」
「どうぞ」
男から鉱石を受け取ると、それは見た目に反して軽過ぎた。
まるで羽を持っている感じだ。
これと似た物を知っているけれど、あれとは違う気がする。
「何か混じっていますね」
言って近くの椅子に座り、ポーチから小さいルーペを取り出す。
所々色が違う所を細かく見て行く。
全体的にはリビスという鉱石で、リビスはそのまま使用するなら石炭の代わりになり、細かくすれば砂時計の砂として使用したりする事が出来る。
けれど、リビスは細かい物が1つの塊になるので、何かが混ざっているのは本当に珍しい。
このリビスに混じっている物の色は一つではない。
これは少し時間が掛かりそうだ。
「解った!」
作業台に乗せたフラスコの中の液体が黄色から青色に変化するのを見て確信して男の方を見る。
「コレに含まれているのは、リビスの他に、ネティールとウェズが入っているんです!どっちも軽いから、リビスに混じってもそれほど重さを感じなかったんです!」
私の説明に、男も目を輝かせて「凄い!凄いです!」と喜んだ。
ふと作業台の上を見て我に返る。
分析に集中し過ぎて、勝手に色々な物を使ってしまっていた事に気付く。
『あちゃぁ…』
冷静になったら急に申し訳ないのと、恥ずかしさが込み上げて来た。
「ごめんなさい!」
「え⁉」
急に謝られて驚く男に「勝手に道具を使ってしまって」と言うと、男は作業台を見て「あぁ」と呟き、笑って「構いませんよ」と赦してくれた。
「貴女は加工よりも分析の方が得意なのだと、見ていて解りました」
確かに分析は得意だ。
天然石の加工よりも好きかもしれない。
鉱石の分析や加工は、間違えば怪我をしてしまう事が有るから集中しなくてはならないけれど、私の場合はそうではない。
怪我には注意しているけれど、一度作業を始めると飯も食わずにやってしまう。
「あっ!」
集中し過ぎてリマの事を忘れていた。
リマの気が少し遠くなっている。
「失礼しました!」
言って急いで外へ向かう。
後ろで男が何か言ったけれど聞いていなかった。
ジッと誰かに見られていた事も恥ずかしくて、ただ逃げたかった。
店のドアを開けようとした時、外側からも誰かが開け、危うくぶつかりそうになったけれど、互いに躱してぶつかる事は避けられた。
相手を一瞥する。
町明かりに照らされた黒髪が夜空のように輝き、目元まで伸びた髪の隙間から深緑の瞳が私を見ていた。
身長が私よりも高いので少し睨まれているように見えたけれど、怒っている感じはしない。
「すみません!」
言ってリマの気配を追う。
来た時には姿を見せていた妖精達の姿も無い。
集中し過ぎていた自分が悪い。
合流したら謝らなければ…。
「おや。君が来るなんて珍しいね」
店に入った男に、店主の男が少し驚いたように言う。
「さっきのは?」
男の問いに店主が外の方を見て「女の子?」と訊き返すので頷き返す。
「旅の途中で此処に寄ったんだって」
「こんな怪しい店に寄る物好きがいるとはな」
「その怪しい店に君だって来てるじゃないか」
嫌味で返し、店主が「あの子、驚いただろうなぁ」と笑いながら店の奥へと歩き出し、男も後に付いて行く。
「君は僕よりも背が高いから」
確かに頭一つ分ほど低かったが、相手だって一般的な女に比べれば背が高い方だろう。
「お前と同じくらいだろ」
「確かに僕にとったら同じくらいだけど、それ、女の子に言ったら嫌われるよ?」
店主が苦笑して言う。
奥の作業場に入ると、先程まで使っていたらしき物がそのままにされていた。
「お前が片付けをしないなんて珍しいな」
男の言葉に店主が「あの子が使ったんだよ」と言った。
どういう事なのか話を聞き、集中している間も簡単な質問には幾つか答えていた事を何故か聞かされた。
「それで、彼女のお陰でこれが何なのか解ったってわけ」
「お前…ただ自分で分析するの面倒臭かっただけだろ」
店主が「そんな事無いよ~」と笑って誤魔化す。
溜息を吐き、預けていた鉱石を取って袋に入れる。
「それじゃあな」
言って歩き出した男に店主が「あれ?お礼は?」と問う。
「分析したのはさっきの女なんだろ?それなら、お前に渡す物は何も無い」
「うわ~。酷いな~」
「酷いのはお前だ」
言い返して歩き出した男の後を店主が付いて来る。そして、外に出た男に「たまには一緒に飲もう」と言う。
「気が向いたらな」
そう返して歩き出した時、不思議な感覚とそよ風が吹いた。
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嬉しそうに飛び回るリマに「これ」と言って糸を差し出す。
「何ですか?」
首を傾げてリマが手を差し出すと、糸が左腕に巻き付いて切れ、残った糸は私の左腕に巻き付いた。
「これで迷子になっても大丈夫」
「私が迷子になるとでも言いたいんですか?」
怒るリマに何も言わず歩き出すと、後ろでリマが「もう!失礼です!」と文句を言った。
夕方という事もあって、町には明かりが灯っている。
通りには店が並び、何処からか美味しそうな匂いも漂って来る。
それほど多くは無いが、妖精の姿も見かけた。
窓を開けて商売をしている店も在る。
「アメリア様ー!」
呼ばれて振り返ると、リマが花屋の前にいた。
隣にはこの町に住んでいるらしい妖精が2人。
「このお店で休んでいても良いですか?」
初めて他の町の妖精と会うのだ。
先程お守りも渡した事だし、少しくらい自由にしても良いだろう。
「解った」
私がそう答えると、リマは嬉しそうに2人の妖精と共に店の小窓から中へと入って行った。
私もそろそろ物をまた調達しなくてはならない。
通りを歩きながら目的の店を探す。
「あれ?これって…」
ふと目に入った店で足を止める。
窓辺に置かれていたのは、珍しい鉱石だった。
どうやらこの店は鉱石を加工して売っているらしい。
ドアを開けて中に入ると、所狭しとばかりに天然石が並べられていた。
奥の方には加工し、ネックレスなどになった物が売られている。
「いらっしゃいませ」
声がした後、髪を項辺りで纏めた人物が顔を出した。
「騎士団の方…では無さそうですね」
物腰の柔らかそうなその男は、そう言うと近付いて来た。
「何かお探しですか?」
「いえ。ただ、珍しい物が置いてあったので」
私が言って窓辺を見ると、男は「あれですか」と言った。
「あれが珍しい物と解る…という事は、貴女は何処かの魔導師様ですか?」
そう思われても仕方が無いか。
普通の人間は鉱石を見ても珍しい物かどうか解らない。
「両親が少し詳しかっただけです」
「そうですか。では、ご両親が魔導師様なのですね」
「加工職人だったんです」
私の言葉に男が目を輝かせて「では、貴女も加工が出来るのですか?」と訊いて来た。
両親が鉱石や天然石などの加工職人だったというのは嘘ではない。そして、教わった事も有るし、今では自分で加工する事だって有る。
「出来ますけど」
「あの!少しお時間は有りますか?」
何故か興奮したように言う男に引きつつも「大丈夫ですけど」と答えると、男は「それではこちらへ!」と言ってドアの札を裏返し、店の奥へと歩き出した。
「店…閉めて良いんですか?」
後に付いて行きながら問う。
「もうそろそろ店仕舞いの時間だったので構いません」
男が店主なら問題は無い…のだろうか。
奥のドアを開けて男が中に入り「どうぞ」と手招く。
誘われるまま中に入ると、そこは攻防となっていた。
右には小型ながらもしっかりとした炉が在り、整形する為の道具も一通り揃っているようにも見える。
「突然で申し訳無いのですが…。コレなんですけど」
言って男が作業台に乗っていた物を手に取って私に見せた。
大きさは大体、横幅10センチで厚さが7センチくらい。
「それは?」
訊いたのは私なのに、男が「何に見えますか?」と訊き返して来た。
小さく溜息を吐いて、男の持っている物に目を向ける。
「持って見ても?」
「どうぞ」
男から鉱石を受け取ると、それは見た目に反して軽過ぎた。
まるで羽を持っている感じだ。
これと似た物を知っているけれど、あれとは違う気がする。
「何か混じっていますね」
言って近くの椅子に座り、ポーチから小さいルーペを取り出す。
所々色が違う所を細かく見て行く。
全体的にはリビスという鉱石で、リビスはそのまま使用するなら石炭の代わりになり、細かくすれば砂時計の砂として使用したりする事が出来る。
けれど、リビスは細かい物が1つの塊になるので、何かが混ざっているのは本当に珍しい。
このリビスに混じっている物の色は一つではない。
これは少し時間が掛かりそうだ。
「解った!」
作業台に乗せたフラスコの中の液体が黄色から青色に変化するのを見て確信して男の方を見る。
「コレに含まれているのは、リビスの他に、ネティールとウェズが入っているんです!どっちも軽いから、リビスに混じってもそれほど重さを感じなかったんです!」
私の説明に、男も目を輝かせて「凄い!凄いです!」と喜んだ。
ふと作業台の上を見て我に返る。
分析に集中し過ぎて、勝手に色々な物を使ってしまっていた事に気付く。
『あちゃぁ…』
冷静になったら急に申し訳ないのと、恥ずかしさが込み上げて来た。
「ごめんなさい!」
「え⁉」
急に謝られて驚く男に「勝手に道具を使ってしまって」と言うと、男は作業台を見て「あぁ」と呟き、笑って「構いませんよ」と赦してくれた。
「貴女は加工よりも分析の方が得意なのだと、見ていて解りました」
確かに分析は得意だ。
天然石の加工よりも好きかもしれない。
鉱石の分析や加工は、間違えば怪我をしてしまう事が有るから集中しなくてはならないけれど、私の場合はそうではない。
怪我には注意しているけれど、一度作業を始めると飯も食わずにやってしまう。
「あっ!」
集中し過ぎてリマの事を忘れていた。
リマの気が少し遠くなっている。
「失礼しました!」
言って急いで外へ向かう。
後ろで男が何か言ったけれど聞いていなかった。
ジッと誰かに見られていた事も恥ずかしくて、ただ逃げたかった。
店のドアを開けようとした時、外側からも誰かが開け、危うくぶつかりそうになったけれど、互いに躱してぶつかる事は避けられた。
相手を一瞥する。
町明かりに照らされた黒髪が夜空のように輝き、目元まで伸びた髪の隙間から深緑の瞳が私を見ていた。
身長が私よりも高いので少し睨まれているように見えたけれど、怒っている感じはしない。
「すみません!」
言ってリマの気配を追う。
来た時には姿を見せていた妖精達の姿も無い。
集中し過ぎていた自分が悪い。
合流したら謝らなければ…。
「おや。君が来るなんて珍しいね」
店に入った男に、店主の男が少し驚いたように言う。
「さっきのは?」
男の問いに店主が外の方を見て「女の子?」と訊き返すので頷き返す。
「旅の途中で此処に寄ったんだって」
「こんな怪しい店に寄る物好きがいるとはな」
「その怪しい店に君だって来てるじゃないか」
嫌味で返し、店主が「あの子、驚いただろうなぁ」と笑いながら店の奥へと歩き出し、男も後に付いて行く。
「君は僕よりも背が高いから」
確かに頭一つ分ほど低かったが、相手だって一般的な女に比べれば背が高い方だろう。
「お前と同じくらいだろ」
「確かに僕にとったら同じくらいだけど、それ、女の子に言ったら嫌われるよ?」
店主が苦笑して言う。
奥の作業場に入ると、先程まで使っていたらしき物がそのままにされていた。
「お前が片付けをしないなんて珍しいな」
男の言葉に店主が「あの子が使ったんだよ」と言った。
どういう事なのか話を聞き、集中している間も簡単な質問には幾つか答えていた事を何故か聞かされた。
「それで、彼女のお陰でこれが何なのか解ったってわけ」
「お前…ただ自分で分析するの面倒臭かっただけだろ」
店主が「そんな事無いよ~」と笑って誤魔化す。
溜息を吐き、預けていた鉱石を取って袋に入れる。
「それじゃあな」
言って歩き出した男に店主が「あれ?お礼は?」と問う。
「分析したのはさっきの女なんだろ?それなら、お前に渡す物は何も無い」
「うわ~。酷いな~」
「酷いのはお前だ」
言い返して歩き出した男の後を店主が付いて来る。そして、外に出た男に「たまには一緒に飲もう」と言う。
「気が向いたらな」
そう返して歩き出した時、不思議な感覚とそよ風が吹いた。
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