第43話
文字数 2,664文字
町の北西。
レンガ造りや木造の家々が建ち並ぶ道の先。
森との境目に立つ木造の平屋。
ドアの前に立ち、ノックをしようとした時、中から「あたしに任せなって言ってるだろ!」としわがれた老婆の怒声が聞こえた。
懐かしい怒鳴り声に苦笑しつつ、一息吐いてから改めてノックをする。
少ししてドアが開き、出て来た人物が私を見上げて驚いた顔をした。
エルフ族にしては身長が低く、背の曲がった白髪の老婆。
星が描かれた紺色のフード付きマントを羽織っているのも変わっていない。
「久し振り…ジーラ婆さん」
私の言葉に、ジーラが笑みを浮かべ「アリア」と嬉しそうに言って両手を伸ばすので、屈んで手を伸ばすと、ジーラは私を抱き締めてくれた。
「久し振りだね…。元気そうで良かったよ…」
ジーラの優しい声が耳元でする。
「何の連絡もしないで…ごめんね」
「良いんだよ。あんたは謝るような事をしていない。こうして逢いに来てくれただけで婆(バァ)は嬉しいよ」
謝る私の背中を優しくさすってジーラは言うと、体を離して「入りなさい」と手を引いて中に入らせてくれた。
中に入ると、エデルとアトラが椅子に座らされていた。
エデルは何やら不貞腐れている。
「どうかしたの?」
私の問いに、エデルが不貞腐れたまま「その婆さんが手伝いをさせてくれないんだ」と答えた。
それを聞いて私は苦笑してしまった。
ジーラは自分で年寄だという事を認めているが、年寄だからといって何でも手伝おうとされるのは嫌う。
自分で出来る事はやりたい方で、手が塞がっていたり、手伝って欲しい時でなければ何もさせない。
天邪鬼といえばそうかもしれないが…。
「どうしてお姉さんが此処に?」
アトラが不思議そうに問う。
「おや。もしかして、あんたらを助けたっていうのはアリアなのかい?」
「エデルの傷を治したのは違う。私は…その…」
「その子達を追ってた奴等を倒したのがアリアだよ」
言い淀む私の代わりにディールが言い、それを聞いてジーラが笑った。
「そうかい。相手は運が悪かったねぇ」
愉快そうに笑ってジーラが竈の方へと向かう。
どうやら夕食の準備をしていたようだ。
「この匂い…フェーメ?」
私の問いに、ジーラが背を向けたまま「そうだよ」と答える。
「懐かしいなぁ…。此処でお世話になってる時、よく作ってくれてたよね」
言いながら料理をしているジーラの傍へ行く。
「そうだったねぇ」
鍋の中には様々な食材と、白く細い物が一緒に混ぜられている。
鍋を火の付いていない隣の竈に移すのを見て、前と置き場が変わっていない器を取ってジーラに渡す。
「よく解っているじゃないか」
笑いながらジーラが言い、私は苦笑した。
体に染み付いてしまっているだけだ。
テーブルへ運び、2人の前に置く。
「さぁ、お食べ」
ジーラに言われ、エデルとアトラが少し戸惑いつつ「頂きます」と言って食べ始める。
それを見てからジーラが私の服の裾を引っ張り、手招きをして置くの部屋へ向かう。
ジーラの後に付いて行き、部屋の中へ入ると、ジーラが部屋全体に何かの魔法を施した。
「これで会話を聞かれる事は無い」
言ってジーラが椅子に座り、私も向かいの椅子に座った。
ベッドと椅子、小さな窓しか無い部屋。
前は本棚が在った筈だが。
「え…と‥‥本はどうしたの?」
私の問い掛けに、ジーラは少し寂しげに笑って「ロヴィスにあげたんだよ」と答えた。
その名前も久し振りに聞いた。
ロヴィスはエルフ族の女性で、本好きというだけで周囲に変り者扱いされていた。けれど、ジーラだけは彼女と普通に接し、よく此処で読書をしていた。
初めて逢った時は嫌な顔をされたけれど、話すと表情は柔らかくなり、本の内容を楽しそうに話してくれるほど仲良くなった。
「本当に…久し振りだね。少し痩せたんじゃないかい?」
言ってジーラが心配そうな顔をする。
「…そうかな」
彼の心臓によって生かされていても、ほぼ何も食べなかったから痩せたのかもしれないが、また旅を始めた事でそれなりに戻っているとは思うが、ジーラに痩せたように見えているなら、まだ体は戻っていないのだろう。
「あの戦いで、何があったのかはティールから聞いたよ…」
ジーラの言葉に返す言葉が見付からず俯いた私に、ジーラは椅子を近付けると、そっと頭を撫でてくれた。
「辛かったねと言うのは簡単だ。それで傷が癒える訳では無いのも解っているよ。でも、あんたはこうしてまた会いに来てくれた。それは…少しでも傷が癒えたからだと思う。それと…何か目的が出来たというのもね」
その言葉にゆっくりと顔を上げると、笑みを浮かべ頭を撫でてくれていたジーラは、撫でていた手を下ろして椅子に座り直した。
「ティールが何を言ったのかは検討が付く。外界で何が起きているのかあたしが気付いていないとでも思っているのかね」
どうやらジーラは今各地で起きている事を知っているらしい。そして、私が旅をしている理由について、核心は無くとも気付いているのだろう。
「皆、ジーラ婆さんの事が心配なんだよ」
「解っているさ。でもね、私はもう充分なほど生きた。だから、先の長い者達に生きて欲しいと願うから、何かあった時、私も戦いたいと思うのだよ」
ジーラの気持ちは解らなくもない。
どうしてあの時、止めようとするのも聞かずに参加しようとしたのかも。
「結局私は此処を護るという事で大戦には参戦しなかった。けどね…帰って来たティール達から、あんた以外の全員の訃報を聞いた時、後悔したんだよ…。どうして一緒に行かなかった。行っていれば護る事が出来たのに…と…」
涙を滲ませるジーラに手を伸ばすと、ジーラがその手を両手で包み顔を伏せた。
「もしまたあの時のような事が起きるなら、今度こそあたしは戦場へ赴くよ。あの時の様に公開などしたくはない…。例え全員を護る事が出来なくとも…」
私の後悔と、ジーラの後悔は別物だ。けれど、似た後悔を抱えている。
言ってジーラが涙を拭い、顔を上げた。
柔らかくも、真剣な眼差しが私を見る。
「また旅を始めた理由と、此処へ来るまでの話を聞かせてくれるかい?」
真剣な眼差しを向けられると、ただ旅の途中で寄っただけなど嘘を吐けない。
後悔を抱えたまま生きるのは辛い。
どうすれば良いのか、どうする事が正しいのかも解らない。
時が解決すると言う者もいるだろう。けれど、後悔の念は時すら解決してはくれないのだ。
『ティール…ごめんね』
心中で友人に謝り、私は深呼吸をすると、これまでの事を話し始めた。
・
レンガ造りや木造の家々が建ち並ぶ道の先。
森との境目に立つ木造の平屋。
ドアの前に立ち、ノックをしようとした時、中から「あたしに任せなって言ってるだろ!」としわがれた老婆の怒声が聞こえた。
懐かしい怒鳴り声に苦笑しつつ、一息吐いてから改めてノックをする。
少ししてドアが開き、出て来た人物が私を見上げて驚いた顔をした。
エルフ族にしては身長が低く、背の曲がった白髪の老婆。
星が描かれた紺色のフード付きマントを羽織っているのも変わっていない。
「久し振り…ジーラ婆さん」
私の言葉に、ジーラが笑みを浮かべ「アリア」と嬉しそうに言って両手を伸ばすので、屈んで手を伸ばすと、ジーラは私を抱き締めてくれた。
「久し振りだね…。元気そうで良かったよ…」
ジーラの優しい声が耳元でする。
「何の連絡もしないで…ごめんね」
「良いんだよ。あんたは謝るような事をしていない。こうして逢いに来てくれただけで婆(バァ)は嬉しいよ」
謝る私の背中を優しくさすってジーラは言うと、体を離して「入りなさい」と手を引いて中に入らせてくれた。
中に入ると、エデルとアトラが椅子に座らされていた。
エデルは何やら不貞腐れている。
「どうかしたの?」
私の問いに、エデルが不貞腐れたまま「その婆さんが手伝いをさせてくれないんだ」と答えた。
それを聞いて私は苦笑してしまった。
ジーラは自分で年寄だという事を認めているが、年寄だからといって何でも手伝おうとされるのは嫌う。
自分で出来る事はやりたい方で、手が塞がっていたり、手伝って欲しい時でなければ何もさせない。
天邪鬼といえばそうかもしれないが…。
「どうしてお姉さんが此処に?」
アトラが不思議そうに問う。
「おや。もしかして、あんたらを助けたっていうのはアリアなのかい?」
「エデルの傷を治したのは違う。私は…その…」
「その子達を追ってた奴等を倒したのがアリアだよ」
言い淀む私の代わりにディールが言い、それを聞いてジーラが笑った。
「そうかい。相手は運が悪かったねぇ」
愉快そうに笑ってジーラが竈の方へと向かう。
どうやら夕食の準備をしていたようだ。
「この匂い…フェーメ?」
私の問いに、ジーラが背を向けたまま「そうだよ」と答える。
「懐かしいなぁ…。此処でお世話になってる時、よく作ってくれてたよね」
言いながら料理をしているジーラの傍へ行く。
「そうだったねぇ」
鍋の中には様々な食材と、白く細い物が一緒に混ぜられている。
鍋を火の付いていない隣の竈に移すのを見て、前と置き場が変わっていない器を取ってジーラに渡す。
「よく解っているじゃないか」
笑いながらジーラが言い、私は苦笑した。
体に染み付いてしまっているだけだ。
テーブルへ運び、2人の前に置く。
「さぁ、お食べ」
ジーラに言われ、エデルとアトラが少し戸惑いつつ「頂きます」と言って食べ始める。
それを見てからジーラが私の服の裾を引っ張り、手招きをして置くの部屋へ向かう。
ジーラの後に付いて行き、部屋の中へ入ると、ジーラが部屋全体に何かの魔法を施した。
「これで会話を聞かれる事は無い」
言ってジーラが椅子に座り、私も向かいの椅子に座った。
ベッドと椅子、小さな窓しか無い部屋。
前は本棚が在った筈だが。
「え…と‥‥本はどうしたの?」
私の問い掛けに、ジーラは少し寂しげに笑って「ロヴィスにあげたんだよ」と答えた。
その名前も久し振りに聞いた。
ロヴィスはエルフ族の女性で、本好きというだけで周囲に変り者扱いされていた。けれど、ジーラだけは彼女と普通に接し、よく此処で読書をしていた。
初めて逢った時は嫌な顔をされたけれど、話すと表情は柔らかくなり、本の内容を楽しそうに話してくれるほど仲良くなった。
「本当に…久し振りだね。少し痩せたんじゃないかい?」
言ってジーラが心配そうな顔をする。
「…そうかな」
彼の心臓によって生かされていても、ほぼ何も食べなかったから痩せたのかもしれないが、また旅を始めた事でそれなりに戻っているとは思うが、ジーラに痩せたように見えているなら、まだ体は戻っていないのだろう。
「あの戦いで、何があったのかはティールから聞いたよ…」
ジーラの言葉に返す言葉が見付からず俯いた私に、ジーラは椅子を近付けると、そっと頭を撫でてくれた。
「辛かったねと言うのは簡単だ。それで傷が癒える訳では無いのも解っているよ。でも、あんたはこうしてまた会いに来てくれた。それは…少しでも傷が癒えたからだと思う。それと…何か目的が出来たというのもね」
その言葉にゆっくりと顔を上げると、笑みを浮かべ頭を撫でてくれていたジーラは、撫でていた手を下ろして椅子に座り直した。
「ティールが何を言ったのかは検討が付く。外界で何が起きているのかあたしが気付いていないとでも思っているのかね」
どうやらジーラは今各地で起きている事を知っているらしい。そして、私が旅をしている理由について、核心は無くとも気付いているのだろう。
「皆、ジーラ婆さんの事が心配なんだよ」
「解っているさ。でもね、私はもう充分なほど生きた。だから、先の長い者達に生きて欲しいと願うから、何かあった時、私も戦いたいと思うのだよ」
ジーラの気持ちは解らなくもない。
どうしてあの時、止めようとするのも聞かずに参加しようとしたのかも。
「結局私は此処を護るという事で大戦には参戦しなかった。けどね…帰って来たティール達から、あんた以外の全員の訃報を聞いた時、後悔したんだよ…。どうして一緒に行かなかった。行っていれば護る事が出来たのに…と…」
涙を滲ませるジーラに手を伸ばすと、ジーラがその手を両手で包み顔を伏せた。
「もしまたあの時のような事が起きるなら、今度こそあたしは戦場へ赴くよ。あの時の様に公開などしたくはない…。例え全員を護る事が出来なくとも…」
私の後悔と、ジーラの後悔は別物だ。けれど、似た後悔を抱えている。
言ってジーラが涙を拭い、顔を上げた。
柔らかくも、真剣な眼差しが私を見る。
「また旅を始めた理由と、此処へ来るまでの話を聞かせてくれるかい?」
真剣な眼差しを向けられると、ただ旅の途中で寄っただけなど嘘を吐けない。
後悔を抱えたまま生きるのは辛い。
どうすれば良いのか、どうする事が正しいのかも解らない。
時が解決すると言う者もいるだろう。けれど、後悔の念は時すら解決してはくれないのだ。
『ティール…ごめんね』
心中で友人に謝り、私は深呼吸をすると、これまでの事を話し始めた。
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