第29話

文字数 5,163文字

 四人ではない別の声がし、全員が固まって声のした方を見た。
 当然のように五人目が輪の中に入っている。
 金の髪にエメラルドの瞳。
 騎士団の制服ではなく、私服を着たアルドが荷物を持って立っていたのだ。
 固まったアメリア達を見てアルドが「ん?どうかしたか?」と訊いて来た。
「どうした?じゃない…。何でいるの…」
 アメリアの問い掛けに、アルドが髪を掻き上げ「それは勿論」と言ってアメリアの手を取り、耳元に顔を近付けた。
「君と一緒にいると決めたからだよ」
 低い素の声で言う。
 慣れていない事をされて、アメリアは自分の顔が一気に熱くなるのを感じ、慌てて両手で顔を隠した。
 それを見てアルドが満足そうに「ふふ」と笑う。
「アルド」
 レオンが割って入り睨む。
「そう怒るなよ。お前はこの子の恋人か?」
「違う。だが、困らせるなと言っているんだ」
「困ってる…ねぇ…」
 言ってアルドがアメリアを見ると、アメリアは背を向けていた。
「恋人でないなら、僕が何をしようと君に関係無いって事だ。あ、それと―」
「おい」
 アルドがまだ何か言おうとしたのを、別の声が遮った。
「やっと来たね。遅いじゃないか」
 言ってアルドが後ろを見る。
 そこにはロードが呆れ顔で立っていた。
 アルドとは違い騎士団の制服を着ている。
 溜息を吐いたロードを無視し、アルドが「兄上も一緒に行くから」と笑って告げた。
「お前等は馬鹿か。メガル担当の団長と副団長が2人揃って離れるなんて何を考えているんだ」
「君だって自分の所を離れているじゃないか」
「それは…」
 レオンが言い返そうとしたが、続く言葉が出なかったらしく黙った。
 それを見てアルドが「ふふ」と笑う。
「はぁ…。何でこうなるかなぁ…」
 溜息を吐いたアメリアにアルドは手を取り「宜しく」と言う。
「…この人数だと、荷馬車の方が楽かな」
 アメリアはそう呟くと、漆黒の愛馬に一度触れ「またね」と言うと、愛馬は一度嘶いて光となって消えた。
 それを見たアルドが「凄い!もしかして今のは君の召喚獣か?」と目を輝かせた。
「違う。けど、似たようなもの」
「へぇ~。凄いなぁ…。僕も召喚獣が欲しいと思っているんだけど、出逢える機会なんて奇跡に近いし、逢えたとしても仲良くなれないと召喚できないだろ?それでも憧れているんだよぉ~」
「私も…初めて見た…」
 興奮するアルドとは違い、ミゼラは驚愕して呟く。
「荷台を買って来るから待ってて」
「待った。僕が行くよ。この町の商人達とは仲が良いんだ。旅の費用を抑える為にも、安く買って来るから」
 歩き出そうとしたアメリアをアルドが止める。
「それなら俺が行こう」
 何故かロードが立候補して来た。
「兄上は脅して安くするだけだろ?愚痴を言われるのは僕なんだ。兄上には行かせられない」
「脅してなどいない。私より背が低いから脅されているように感じるだけだ」
「解っているならもう少し表情を穏やかにしたらどうなんだ?」
「悪いな。生まれつきだ」
「無表情の赤ん坊なんている訳がないだろう。生まれたばかりは兄上だって泣いて、色々と世話をして貰っていたんだよ」
 そんなやり取りをしている2人を無視し、気付けばレオンが歩き出していた。
「あ!抜け駆けするな!」
 気付いたアルドがレオンを追い掛ける。
「交渉なら私が適任だと言っているだろう」
 言いながらロードまで後を付いて行く。
 そんな三人の後ろ姿にアメリアは溜息を吐いた。
「本当に…私も一緒で良いの?酷い事をしたのに…」
「酷い事?そんな事あったっけ」
 首を傾げたアメリアに、ミゼラが「睨んで…手を叩いたでしょう?」と言うと、アメリアは忘れていたのか「あ~。あれか」と手を叩いた。
「もっと酷い事が前に有った。それに比べたら全然平気だったから忘れてた」
「忘れてたって…」
 もっと酷い事というのがどんな事だったのか気になったけれど、ミゼラには訊く事が出来なかった。
「そんな事より、一夜にして大所帯だよ~。貴女だけだったら良いと思って受け入れたのに…。あの二人が加わるなんて計算外―!」
 叫んでアメリアが頭を抱えて悶える。
 まさかこうも感情豊かだとは。
 ミゼラは笑ってしまいそうになったが、堪えて「ミゼラで良い」と言った。
「え?」
 悶えていたアメリアがミゼラを見て訊き返す。
「名前で呼んでくれて構わないわ」
 それを聞いて、アメリアは俯き、少し寂しそうな顔をしたものの、笑みを浮かべて「うん。解った」と頷いた。
 その笑みもぎこちない。
 何か傷に触れてしまっただろうかと思い、訊こうとしたがアメリアが「それじゃあ、戻って来る前にちょっとだけでも食料を買いに行こう!」と言われ、訊くタイミングを失った。
「うん」
 頷いてアメリア、リマと共に市場へと向かう。
 どうしてあれ程異常なまでに嫉妬し、近付く女を妬み、酷い事が出来ていたのかとミゼラは自分が恐ろしくなった。
 アメリアは気付かないうちに操られていたからだと言っていたが、ミゼラが仮面の人物、ピルメクスと遭遇したのは、あの裏通りの時だけだ。
 あの時よりも前から徐々に蝕まれていたなら、一体いつ逢っていたのか解らない。
「ミゼラ?」
 アメリアに呼ばれて思考が現実に戻され、アメリアとリマが顔を覗き込んでいた。
「どうかしましたか?」
「えっと…その…」
 口籠るミゼラに2人が首を傾げる。
「優しいんだなって…思って…。国王陛下も、私を罪人として捕えなかった。貴女達は私を赦してくれて…。きっと、他の人達だったら捕まえてしまえって言ってる」
 その言葉に2人は顔を見合わせ、アメリアが「ん~」と唸りながらミゼラに背を向けた。
「確かにミゼラはピルメクスに操られて、ちょっとした騒ぎを起こしたけれど、狂暴化した魔物に比べたら可愛いいモノだったでしょ。それに、誰も殺していないじゃない。ただ、そこら辺の高級な皿とかを割っただけで」
「うわ~。あそこで使われてる食器って最高級品なのに~」
 ミゼラは金額を考えると恐ろしくなって項垂れた。
「請求されてないんだから気にしなくて良いんだよ」
 アメリアが暢気な事を言う。
「自分の事じゃないからって軽く言わないで…」
「昔、私の仲間なんてもっと凄い事やったから」
 そんな事を言われたら気になってしまう。
「…何をやったの?」
「腹の立つ貴族の屋敷を幾つか跡形も無く消し去った」
 表情を変えずアメリアが言って店主に「箱は貰えますか?」と問う。
 あまりにも普通に言うものだからミゼラは訊き間違いかと思った。
 店主がお金を受け取って近くの箱の中身を出して空にし、その箱にアメリアの選んだ野菜を入れた。
 女が持つには少し大きく、野菜などが山盛りになっている箱をアメリアが軽々と持ち上げる。
「今…消し去ったって言った?」
「うん」
 ミゼラの問い掛けに、アメリアが頷き返して歩き出す。
「そんな事をして大丈夫だったの?」
 アメリアに追い付き、横に並んで問う。
「どの屋敷もその町では嫌われ貴族の屋敷だったからお咎め無し。貴族の人達は怒っていたけど、町の人達は喜んでたね」
 言ってアメリアが愉快そうに笑い、ミゼラにはその嗤う姿が悪魔のように見えた。
「もし被害総額が出されたら確実に金貨じゃなく金塊を50積んでも足りないかも」
「…それを聞いたら今回私が壊した物の額が小さく思えて来た」
 国王が優しい人で助かった。
「半分でも持とうか?」
「大丈夫。もう一箱積まれても持てるかな」
「えぇ…」
 有り得ない一言にミゼラは引いてしまった。
 ミゼラには到底持てない量だ。
「これから何処に向かうの?」
 ミゼラの質問にアメリアが「そういえばミゼラには話してないね」と言い、リマが「クレジスタ神殿に向かうんです」と続けた。
 昨夜、眠っている間に話していた事を聞きながら馬繋場に向かう。
 その間にアメリアはたまに昔の事も混ぜて話をしていた。
 少し寂しげな目で微笑みながら…。

「あんた達は馬鹿なの?」
 それを見た瞬間、アメリアは持っていた箱を落としそうになった。
 慌てて足も使い持ち直し、ほっと息を吐いて箱を一度置き、荷台を買いに行った3人を見た。
 レオンとロードは顔を逸らし、アルドは苦笑している。
 アメリアと共に戻って来たミゼラとリマも荷台を見て苦笑していた。
「これは…」
「ちょっと…ねぇ…」
 リマとミゼラもドン引きしている。
 当然の反応だ。
 購入した3人は何を考えてこれを選んだのか。
「幌の付いた物を買って来たのは間違いではない。けど…」
 怒りと呆れ、複雑な感情が湧き拳を握る。
 何故こんな物を選んだのか解らない。
「こんな黒塗りで派手な幌を被った荷台をどうして選んだの!」
 怒鳴って3人が買って来た荷台を指差す。
 台は黒く金で蔦が描かれ、被せられた幌は赤く、縁には模様が描かれている。
「そんなに派手かな?」
 アルドが頭を掻いて言い、アメリアは睨んで「派手だよ!」と言い返した。
「これじゃあどこぞの金持ちの家で使われてそうな荷台だよ!目立つよ!落ち着かない!」
「俺は普通のにした方が良いと言ったぞ」
 レオンが目を逸らしたまま言う。
「同罪!こうして買っちゃってる時点で同罪!ちゃんと止めて普通のに変えさせてよ!」
「こいつ等が俺の言う事なんて聞くわけないだろ」
 苛立つアメリアに対し、全く悪いと思っていないレオンが言い返す。
「そんなに派手かな?僕は普通なんだけど。兄上が赤いのを選んだからじゃないか?」
「お前が黒など選んだからだ。黒に近い色を選べば違和感など無くなると言ったのに」
 2人が根本的に間違っている事を言い合う。
「もういい」
 呟きに3人がアメリアを見る。
「変えさせて貰うから!」
 そう言ってアメリアは左手を荷車に翳すと光を集め、円を描き、それを荷車に放った。
 放たれた光が荷車を包み、アメリアが指を鳴らすと粒となって消え、台は茶色の木材へ、幌は白い布へと変わっていた。
「これでよし!」
 満足するアメリアの後ろでリマが「流石です♪」と手を鳴らしミゼラは「凄い」と呟く。
 色を変えた荷車をレオンが引いて自分の馬と繋げる。
「さて。誰が最初に手綱を持つ?」
「それはやっぱり…」
 問うレオンをアメリアはジッと見据えた。
 他の者達もレオンを見る。
「はぁ…。解った。乗れ」
 言ってレオンが荷車の先頭に座る。
 アメリアが箱を持ち上げようとすると、横から伸びて来た腕が先に箱を持ち上げた。
 アルドが笑みを浮かべる。
「僕が乗せるよ」
「…ありがとう」
 戸惑いながらもお礼を言ったアメリアにアルドが「これからもっと頼って良いよ」と言って箱を荷台に乗せ、次にアメリアへ手を差し伸べるが、アメリアはその手を取らずに自分で荷台に乗った。
「自分で乗れる」
「残念」
「おい。早く座れ」
 レオンに言われ、アメリアはレオンの近くに座り、アルドは少し残念そうな顔をしつつアメリアの向かいに座った。
 レオンが手綱を引き、合図を受けて馬が歩き出す。
「こういう風に誰かと旅をするの初めて」
 ミゼラの言葉にアルドが「僕等は騎士で、旅とは無縁だからね」と言う。
「旅など、遠征と同じだろう」
 呆れるロードにアルドが「同じではないよ!」と言い返す。
「旅とは、己の精神を成長させる素晴らしい物だと何かの書に書かれていた!」
 アルドが大げさな動きで両手を広げ、右手を胸に当て、左手は天へと向ける。
 そんなアルドにロードが鬱陶しそうな表情をして睨む。
「夢物語だな」
 そう言って溜息を吐いたロードに、アルドが小さく溜息を吐き、少しだけ真顔になって「兄上は少し夢を見た方が良い」と言うと、アメリアに近寄り、ミゼラに「代わってくれる?」と声を掛けた。
「どうぞ~♪ほら、リマも」
 ミゼラがリマと共に空けた所にアルドが座り、ミゼラはアルドがいた所へ。
 リマまで移動してミゼラの肩に座る。
「僕が隣に来たら嫌?」
「そういう訳じゃないけど…」
 アメリアが少し機嫌が悪そうに言うが、アルドは全く気にせずミゼラ達と話し始めた。
 ロードもたまにからかわれて言い返すが、それもまた面白くて、気付けばアメリアも話に加わり笑っていた。
 そしてふと昔を思い出して前を向く。
 レオンに目を向けると、視線に気付いて「何だ?」と訊かれた。
「何でもない」
「そうか」
 そんな短い会話だったが、少し気持ちが安らいだ。
 枠を超えてレオンの隣に座る。
「良いのか?」
「少し此処にいたい」
「…そうか」
 レオンに戻れと言われないので、そのまま座っている事にする。
 クレジスタ神殿までは距離があるので今日は野宿だ。
 穏やかな時間が過ぎる。
―1人で旅をするより、俺はこうして…仲間と旅をする方が好きだ。
 昔、恋人が言っていた事を想い出す。
『うん…。そうだね…』
 そう思っても、心の痛みはまだ取れそうになかった。

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