第24話

文字数 3,672文字

 夜になり、宿に戻って数分。
 ドアがノックされたので、出ると宿の主が見覚えの有る大きなカバーと、細工の施された箱を手に立っていた。
 受け取って中に戻り、面倒臭いけれどドレススタンドを出して掛ける。
 一緒に渡された箱を開けると、中身はドレスの色と合わせた、踵の部分が高くなっている靴だった。
「お昼にも見ましたけど…凄いドレスですね…」
 まじまじと眺めながらリマが言う。
「そうだね」
 とは言ったものの、私はドレスを見ていなかった。
 男が居なくなってから、暫く不機嫌だったレオンの事が気になる。
 伝わって来る気からは特別なモノを感じなかった。
 解ったのは私に対する苛立ちではなく、男とそれ以外に対する何か。
 昔の事を話した相手だからか、どうしても気になってしまう。
 私には話せない事で悩んでいると解っていても、話してくれたらと思ってしまうのだ。
「一度しか着ない物を買われてもねぇ」
 言って横目でドレスを見る。
 蔦や葉を描くのに使用されているのはククトという高級な糸。
 スカートのパールも小さいながら高級な物だ。
 かなり高級なドレスだというのがそれだけで解る。
 そんな物を買われては捨てる事も出来ない。
「はぁ…」
 溜息を吐き、ポーチから何も書いていない紙と筆を取り出し、紙をドレスに当て、紙の上で筆を動かす。
「墨も付けていませんよ?」
 リマが首を傾げて問う。
「これで良いの」
 言いながら筆を動かし終え、筆を仕舞い、紙の前で円を描き、円の中心で指を鳴らす。
 紙とドレスが光り、ドレスが光の球体となって紙の中に一度吸い込まれ、出て来て元に戻る。
 これで直ぐに仕舞う事が出来る。
「今のが封印術というやつですか?」
 目を輝かせるリマに「まあね」と言ってベッドに倒れ込む。
「大丈夫ですか?もしかして、また体調が?」
「違う…。ただ…苦手なタイプに連続で会ったから気疲れしたの…」
 怪しいうえに何を考えているのか解らない。
 今までにも表情の変わらない人には出逢った。
 レオンだってそうだ。けれど、彼は滅多に表情を変えないだけだし、何となくだけれど声音などから楽しいのか、怒っているのか伝わって来るので会話が無くても困らないし、話をしなくても一緒にいて苦にならない。
 だがあの双子は違う。
 兄の方は感情と表情が合っていない。
 弟の方もふざけているが、本当の性格は違うだろう。
 そうでなければ、いくら双子でも副団長になどなれない。
 そして二人に共通しているのは〝感情が読めない〟という事。
 2人の目を見たが、感情が一切伝わって来なかったのだ。
 ドラゴンの力を使ったから鈍くなっているのかとも考えたが、先程また兄の方に会った時にそうではないとはっきりした。
「はぁ…」
 小さく溜息を吐いて体を起こす。
「お風呂に入ろうか」
 私がそう言うと、リマは「はい♪」と頷いた。

「どうして…」
 暗い路地裏で何者かが呟く。
 通りでは明日の建国祭を待ちきれない人々が最後の確認を行って、とても楽しそうに笑い合っている。
 何者かは恨みと嫉妬で気が狂いそうになっていた。
「私は悪くない。私は悪くない」
 同じ言葉を呟きながら、通りの光から逃げるように、更に暗い方へと歩いて行く。
 欲しい物を手に入れる為にはどうすれば良いのか。
 全てを犠牲にしてでも手に入れたい物が有るというのに、これ以上どうすれば良いのか解らない。
「おや。こんな所でどうしたんだい?」
 様々な音程が重なったような声で言われ、何者かは驚いて辺りを見渡した。
 ふと後ろから両肩に何かが乗る。
 触れられた感覚は手だったが、それは手ではなかった。
 手の形をした黒い物だ。
「…っ!」
 本当に恐ろしいモノと遭遇した時、人間は叫ぶ事も出来ない。
 声を上げれずも手を振り払って駆け出したが、足がもつれて転んでしまった。
「大丈夫かい?」
 再び気味の悪い声がした。
『殺される!』
 そう思ったけれど、突然現れたそれは、手を差し伸べて来た。
「可哀相に。欲しい物を手に入れられず泣いているなんて」
 優しい声に顔を上げる。
 暗い中に浮かび上がった顔は、道化のようなお面を着けていた。
 体が見えないのは黒い物を纏っているからだろう。
「明日は建国祭。精霊に祈り、願いを叶えて貰う日だ」
 言いながら道化が手を取る。
「君のその強い想いはきっと精霊に届く。そして、願いを叶えてくれる。僕が叶うように手伝ってあげる。その代わり―」
 その後に続いた言葉を聞き、何者かは一瞬戸惑った。
 その条件を呑んでしまったらいけないと頭では解っていても、手に入れたいという感情を止められない。
 何者かは道化の手を取り頷いた。
 それをみて道化が「フフフ」と笑う。
「君は何も悪くない。願う事も、求める事も間違っていない。悪いには君を縛り付けようとする周りの人間達だ。周りが邪魔をしているから、君は欲しい物を手に入れる事が出来ないんだよ」
 そっと道化が抱き締める。
「君は良い子。いつでも正しい。だから…」
 何かが体の中に入って来る感覚がするけれど、とても暖かく、心が落ち着く。
「さぁ…。願いを…望みを叶えよう」
 その囁きに頷き、そっと瞼を閉じる。
 願いが叶った時の事を想いながら…。

 ふと何かの気配がして立ち上がり窓を開ける。
 通りでは飾り付けを終えた人々が帰って行くのが見えた。
 辺りを見渡しても何も無い。
「どうかしましたか?」
 リマが隣に来て縁に座り、アメリアと同じく辺りを見渡す。
「…気のせいか」
 呟いたアメリアにリマが「まだ髪が乾いていないですよ?」と心配する。
「ごめん」
 言って窓を閉めてベッドに戻る。
 リマが鼻歌を歌いながら微かに風を吹かせて髪を乾かしてくれている間、アメリアは先程微かに感じた気配の事が気になっていた。
 こんな町中で感じる筈の無い気配。
 一瞬だったので気の所為だろうという事にする。
 暫くは厄介事に首を突っ込むみたくはなかった。
 本当に怪しいモノなら騎士団が対応するだろう。
「明日、私以外にも妖精は来ますか?」
 リマが乾かした髪を梳かしながら問う。
「さぁ…。王族や貴族なら付き人はいるだろうし、その人が妖精を連れて来るかもね」
「ふふふ。楽しみです♪」
 リマにはアメリアが守護魔法を施した物を渡しているので、何かあったら直ぐに解るため、離れても問題は無い。
「お料理も食べ放題なんですよね?」
 パーティーなどに出席するのが嫌なアメリアとは違い、リマは本当に楽しみらしい。
「お酒は飲んだら駄目だよ?」
「解っています!まぁ、間違って飲んでも私は妖精なので酔いませんけど♪」
「どうだろうね~。昔、妖精なのに酔った子がいたなぁ~」
「そ…それは、きっと妖精用の物を飲んだからです!明日のパーティーでは流石に妖精用のお酒何て出されないですよ!」
 リマが前に回って、髪が乾いたか確認し「終わりました」と言う。
「ありがとう」
 言ってアメリアはリマの頭をそっと撫でて横になった。
 リマがランタンの火を消して枕元に来る。
 窓から月明りが射し込む。
 静かになった部屋の中、ただ目を閉じて眠りを待つ。
「アメリア様?」
 囁くような声でリマに訊かれ、アメリアも小声で「何?」と訊き返した。
「眠れそうですか?」
 ドラゴンの心臓を持っている事で、普通の者とは違い、何日も寝ずにいられると知ったからか、本当に眠れるのか気になったのだろう。
「うん。ちゃんと寝るよ」
 そう言い、体を横に向け、枕の端に凭れるようにして座っているリマをそっと手で包んだ。
 目を閉じ「おやすみ」と言う。
「おやすみなさい」
 添えた手にリマの小さな手が重なる。
 少しずつ意識が闇に呑まれていく時、確かにそれは聞こえた。
 優しく、穏やかな歌が…。

 翌朝、目を覚ましたアメリアとリマは準備を整えて隣の、レオンの部屋へと向かった。
 数回ノックをすると、ドアが開いてレオンが顔を覗かせた。
「早いな」
 いつもの不愛想だけれど、声は眠そうだ。
「朝食。食べに行くよ!」
 アメリアの言葉にレオンが「あぁ」と頷き返して大きな欠伸をする。
 まるで寝起きの犬か猫だ。
「下で待ってろ。直ぐに行く」
 言ってレオンがドアを閉める。
「眠そうでしたね」
「だね」
 リマを顔を見合わせ、声を殺して笑いながら一階に降り、出口でレオンが来るのを待つ。
「おはようございます」
 その声に『朝からか』と思いながらアメリアは振り返って「どうも」と返した。
「そんな嫌そうな顔をしないで下さい」
 ロード・ウォーラが言ってアメリアに歩み寄る。
「これから少々野暮用が有るのですが、その前に一目お会いしたく」
「それはそれは。お仕事が有るなら、こんな只の旅人に挨拶などしなくて良いのでは?」
 アメリアは笑顔で軽く嫌味を返したが、相手は嫌味だと気付いていないのか平然と「今夜のパーティー。楽しみにしています」と言って去って行った。
『何なのアイツ…。意味が解らない』
 少ししてレオンが降りて来た。
「どうした。変な顔になってるぞ?」
 レオンの問いに、アメリアは「何でもない」と返して歩き出した。

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