第34話 モルヴォク国

文字数 4,645文字

 嘗てはミレニウス大神殿を囲む四つの国全てがエルフ族の領土だった。しかし、長きに渡る人間との戦いによって領土は四つに分かれてしまった。
 西北のララム国はエルフ族と人間が共存しているが、他の三国、シュヴェルとラジェードとモルヴォクは妖精とエルフ族のみで領土を統治していた頃の名残で、今でも国に訪れる人間に対しては冷ややかな態度をする者達が多い。
 シュヴェル、ラジェード、モルヴォクの三国が統一されずに分かれているのは、国の在り方が違っていたからだ。
 シュヴェルは精霊の力は自分達の物だと考え、ラジェードは精霊の力を得る為なら何でもする者達が多く、モルヴォクは精霊の力によって国民を支配していた。 
 そして今でも考え方をあまり変えていないエルフがいるために、4つの国は統治されず分かれたままとなっている。
 王都を出発して5日、夕暮れ時。
 私達は大木が自生している森の中を進み、漸くモルヴォク国の西南に在る村に到着した。
 村の入り口をゆっくりと通る。
 フードを目深に被った私を見たミゼラに「どうしたの?」と訊かれて「ちょっとね」とだけ言って誤魔化した。
 不思議そうにミゼラは首を傾げたけれど、それ以上は何も言わずに歩き出した。
 木には梯子が掛けられ、一応上る事が出来るようにはなっているけれど、修理もされていないのか、直ぐに壊れてしまいそうな物ばかりで、上ろうと思えない。
 上から視線を感じる。
 この村の妖精とエルフ族が警戒しているのだ。
「私達が何かすると思ってるの?」
 ミゼラがイラついた声音で呟く。
「歴史を考えると仕方が無いさ」
 アルドが呆れながら言う。
『昔よりはましだよ』
 そう思ったけれど口にはしない。
 昔此処に来た時はいきなり攻撃をされた。
 敵意は無いと言っても彼等は攻撃を止めず、仕方なく戦う事となり、最終的には村が半壊したのは今でも覚えている。
「この上が宿か…」
 看板の前で立ち止まったレオンが大木を見上げて言う。
「梯子は登れそうに無いな」
 アルドも上から降ろされている梯子に一度触れて見上げる。
「少し上の人と話して来る。皆は此処で待ってて」
 そう言って私はポーチから紙を取り出し、魔法を発動させて梯子を直し、上に向かって登り始めた。
「気を付けろよ」
 レオンの声に「うん」と応える。
 無心で上り続け、一番上まで到達し、平らになった場所に手を置いた時、目の前に鏃が向けられた。
「ゆっくりと立て」
 男の声の言う通りにゆっくりと立ち上がる。
 鏃はまだ頭を狙っている。
「何者だ」
 男の言葉を鼻で笑い「この羽織っている物に気付かないなんてね」と返すと、相手は怒りを含めた声音で「答えろ」と言って来た。
「待て」
 別の男の声がし、私に向けられた矢を下ろさせた。
「その声…まさか」
 私もその声に聞き覚えが有った。
 フードを外すと、矢を下ろさせた緑色の髪をしたエルフの男が驚いた顔をした。
「誰なんですか?」
 矢を向けて来たまだ若いエルフが隣の男に問う。
「この者の連れなら心配は無い。下がれ」
 男に言われ、若いエルフは不満げな表情をしつつも何処かへと去って行き、残った男が右手に光を集め、それを空へと放った。
 その光がいくつもの小さな光となって散らばる。
 私は下の方に向かって「上がって来て良いよー!」と叫んだ。
 下でアルドとリマが手を振る。
「それにしても…懐かしいな」
 男の言葉に「そうかな」と言って振り返る。
「今の仲間は知っているのか?」
「何を?」
「お前が嘗て他の仲間と共に此処へ来た事をだ」
 その言葉に、頭を横に振った。
「…そうか」
 そう呟いてから男は黙り込んだが、少しして「後でエレジアへ来い」と言った。
 エレジアとはこの村の中で一番大きな木で、エルフ達はそこで集会を行う。
「場所は覚えているだろ?」
「…うん」
 忘れる訳が無い。
 嘗ての仲間達と此処でした事も忘れていない。
「アメリア様ー!」
 リマの声がし、飛んで来たリマが肩に座った。
「お疲れ様」
「私は飛んで来たので平気です♪…大変なのはレオンさん達です」
「アメリア?」
 男の呟きに、横目で見返すと、男は何かを察しただ頷き返した。
 エルフ族の察しの良さには助かる。
 少しして足場に誰かの手が置かれた。
「お疲れ」
 言って差し出した私の手を、最初に上って来たレオンが掴む。
 その後にアルド、ミゼラが順に上って来た。
「僕は最後が良かったな~」
「しつこいわね。スカートじゃなくても下から見られるのは嫌なのよ」
「もしレオンが最後に上るって言ったら?」
「それなら先に上るわ」
「何で!?」
 そんな会話をするアルドとミゼラを無視し、エルフの男が「泊まるのはこれで全員か?」と問う。
「そう」
 きっと昔より少し人数が少ないと言いたいのだろう。
 あの頃は8人。
 妖精を含めたら12人だった。
 それに比べたらかなり少ないけれど、今の私にとっては充分に多いと感じるのは、1人に慣れてしまっていたからだろう。
「入れ」
 言って男が歩き出し、私達はその後に続いて宿の中へと入った。
 中は大木を切り抜いたような感じで、一階ごとの部屋数も4つと少なく、階段はらせん状になっていて、上の方へと伸びている。
 魔法で作られた光が内部を照らしていた。
「一階の4部屋で構わないか?」
 男の問いに「うん」と頷き返す。
「それでは、これに記入を」
 言って男が差し出した木片に代表者として私の名前を書く。
 それを確認した男が手で〝どうぞ〟と合図をする。
「行こう」
 言って歩き出した私の後に皆が付いて来る。
 壁際に置かれた椅子代わりの切り株に座った私につられるようにミゼラとアルドも座ったが、レオンだけは私の横に立ったまま。
「座ったら?」
 私の問いにレオンが真顔で「俺は疲れていない」と答える。
「そう言えば、夕食はどうする?」
 ミゼラが言い、アルドも「そうだ!」と慌てる。
「それは大丈夫。少ししたらさっきのエルフが持って来てくれるから」
 私の言葉に2人が安堵の息を吐く。
「それにしても、凄いですね…。こんな大木の中に部屋を作るなんて」
「そうね…。エルフの村には初めて来たけど…こんな所だとは思っていなかったわ」
「僕も噂程度だ。まぁ、もっと攻撃的な種族だと思っていたけど、そうでもないんだなぁ…」
 リマ達の会話を聞きつつ横目でレオンを見る。
 壁に寄り掛かり目を閉じているが、あれは寝ていない。
 まるで見張っているかのようだ。
『どのタイミングで外に行くかな…』
 皆に部屋へ入って欲しいが、そういう流れにするのも難しい。
 食事を摂るとしても皆で1つの部屋に集まるだろう。
 そうなるとそのタイミングでエレジアへ行くのは無理だ。
『皆が寝てからにした方が良いか』
 そう決めて私も食事を待つ事に。
 浮き沈みを繰り返す光を小突いて遊ぶリマに、どんな女性がいるのか想像するアルド。
 アルドの発言に呆れるミゼラ。
 それを眺めているだけで楽しい。
 昔はこうして宿に泊まる事は無かった。
 隠れられる場所を探し、そこで気付かれないように一夜を過ごす。
 気付かれていて早朝に襲撃されたのには死を覚悟した。
 楽しそうに笑っているのを見ると、あの時諦めず戦った事も無駄は無かったと思える。
『そうだ…』
 紙を数枚取り出して息を吹き掛ける。
 淡く光った紙が小鳥の形に変わり、手から飛び立つ。
「うわぁ…」
 リマが見惚れて飛び立ち、3羽の淡く光る小鳥と共に舞う。
 それを皆と共に見詰める。
 昔は洞窟の奥だった。
 外に気付かれないようランタンの灯りだけだったので、少し気分転換に小鳥を出して遊んだ。
 妖精達は喜んで、私達は僅かな食事を食べながら今後について話をしていた。
 世界は悪い方向へと進んでいて、旅をするには生きにくくなっていた。
 気付けば色んな種族の争いに巻き込まれていて、1つの町を救うと国を救う話に変わっていて、1つの国を救った時には世界を救う話になっていた。
 世界を救うなんて私達だけでは無理だと話したら、各地を巡って味方を増やせば良いと言われ、どうして自分達なのかと喧嘩にもなった。
 世界を救う為に動いていたのは私達だけではない。
 多くの冒険者と精霊、妖精が悪い方へ向かっている事に気付いていたけれど、誰もがバラバラに動いていて、それを纏める事が出来る存在がいなかった。
 冒険者達同士で争う事もしばしば。
 理由は国王からの報酬だ。
 冒険者達は国王からの報酬欲しさに言われるがまま旅に出ていた。
 ある者達は一生遊んで暮らせるほどの金貨を約束され、ある者達は精霊の力を秘めた武器や防具を授けると約束され、ある者達は望む土地を与えると言われた。
 他にも各国で色々な報酬を約束された者達が世界を平和にする為と言って旅に出たのだ。
 その結果、冒険者同士での争いも起き、世界は更に混沌に呑まれて行った。
 そんな中で私達も争いに巻き込まれ、ただ旅をする事など出来ない状況となった。
 そして選択を迫られる。
 世界を救う為に行動せず魔物などと戦いながら旅をするか、自分達の力で世界を平和にし、平和になった世界で旅をするか。
 私達は私達の意思で旅をする事が出来なくなった。
 どう進むかは自由でも、目指す場所を勝手に決められた。
 自分達の行きたい所へ行って、好きな事をして、見たい物を見る未来は、混沌とした世界に消された。だから、私達は決めた。
 世界を平和にしたらまた自由に旅をしようと。
 名誉や地位など私達は要らなかった。
 ただ笑って、時々喧嘩もしながら旅をしていたかった。
 それも許されない世界になってしまっているから、なってしまっていたから、私達の自由の為に渦に呑まれる覚悟をした。
 それがどれ程長く、終わりの見えない事だとしても…。
「アメリア様~」
 泣きそうなリマの声に思考を止めて「なに?」とリマに訊き返すと、リマが千切れた紙を差し出した。
 魔法の効果が切れたのだ。
「まだ遊びたいの?」
「駄目ですか?」
 泣きそうになっているリマに笑みを返し、また紙を取り出して先程と同じ魔法を掛けて放す。
「有難うございます!」
 嬉しそうにリマがまた小鳥と戯れ始める。
 妖精はどうしてああいう物でも一緒に飛ぶだけで楽しいのだろう。
 それを見て和むから良いのだけれど。
「お待たせしました」
 声がし、振り返ると食事の盛られた皿などを盛ったエルフが数人立っていた。
「それぞれのお部屋に致しますか?」
 畏まった様子で言うエルフに苦笑いしつつ「皆で食べるので、1つの部屋で良いです」と答える。
 部屋のドアを開けて中に入る、運ばれて来た料理がテーブルに並べられる。
 どうしてこんなにと思う程の量で、他の場所からテーブルが運ばれて来て、乗り切らない料理はその上に置かれた。
「ごゆっくりと」
 言ってエルフ達が出て行く。
「こんなに…。食べきれるかな…」
 ミゼラがテーブルに並んだ料理を見てぼやく。
「食べきれなかったら?」
 アルドの問いにレオンが「お前なら入るだろ」と言い返す。
「いやぁ…。無理だよ」
 困惑するレオン達に、私は「食べるしかない」と言ってスプーンを手に取り食べ始めた。
 そんな私を見て皆も食べ始める。
 一体何のつもりでこんな大量に持って来たのか。
 恐らく最初に逢ったエルフが何か余計な事を言ったのだろう。
 普通はこんな大量に料理が出される事は無い。
 言いたい事は有るがそれは後だ。
 私達の料理を食べきるという戦いは長く、終わった時にはすっかり夜が更けていた…。

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