第13話

文字数 3,692文字

 鍛冶屋に戻るまで、通り過ぎる人々が驚いた眼でアメリアを見ていたが、当の本人は全く気にしていない様子で歩いていた。
 話し掛けるリマに笑顔で答える。
 その姿を見ながら、レオンは傷を付けた魔物が何なのか気になっていた。
 訊いたところでアメリアは教えないだろう。
 傷は切られたように見える。
 噛まれた跡ではないだろう。
 爪痕だとすると、かなり大きな魔物という事になる。
 それを1人で相手にしたのだろうか。それとも、仲間がいたのか。
 そんな事を考えている間に鍛冶屋に着いた。
 中に入ると男が待っており、アメリアが「はい」と言ってマントに包んでいた剣を渡した。
「材料は鉄鉱石、ジプ鉱石、アズロフ銅、アルフ、カリア石粉。これが割合」
 そう言ってアメリアが紙を差し出す。
 男がそれを受け取り、目を通して「やってみよう」と言う。
「一度溶かしてからの打ち直しになる。出来れば明日の朝までに終わらせられるよう頑張ってはみるが、さっきも言った通り、失敗しても責任は取れないからな」
 男の言葉にレオンは「解っています」と答えた。
「それじゃあ、今日は店仕舞いだ。帰ってくれ」
 言われてレオンとアメリア、リマが外に出ると、男は表札を裏返して鍵を閉めた。
「それじゃあ、私もこれで」
 アメリアがマントを羽織って歩き出す。
 レオンは咄嗟に腕を掴んで止めていた。
「何?」
 アメリアに問われ我に返る。
 どうして引き留めたのかレオン自身にも解らなかった。
 何も言わず、ただ茫然としているレオンを見てアメリアが溜息を吐く。
「離してくれない?」
 言われてレオンは「すまない」と呟いて手を離した。
 アメリアが背を向けて歩き出し、アメリアの肩に乗るリマが手を振る。
 2人の姿が人込みの中に消える。
 レオンは暫く自分の手を見ていたが、どれだけ考えても、腕を掴んだ理由が解らなかった。
 考えるのを止めて知り合いの男の店へと戻ると、閉店の看板が出ていた。
『まさかな』
 思いドアの取っ手を掴んで引くと、ドアは簡単に開いた。
 何度忠告しようとこれなので溜息も出ない。
 中に入り、声を掛けるより先に男が姿を見せ「早かったね」と言った。
 いつも笑顔だが、別れ際に見せた真顔のままだ。
「そんな顔をしているのを久し振りに見たな」
 レオンが言うと、男が「笑っていられないからね」と真面目に答えた。
「彼女と一緒ではないんだね」
「元々鍛冶屋まで一緒に行くだけだったからな」
 そう約束した訳ではなく、レオンが勝手に付いて行っていただけだが。
「そう」
 言って男が腰の高さぐらいの台に寄り掛かる。
「早速本題なんだけど。君は彼女を見てどう思った?」
「唐突だな」
 そんな事を訊いて何になるのか解らないが、男の真剣な眼差しに押し負け「不思議な感じがした」と答えた。
「詳しく」
「そう言われても、本当に感覚の話だ。具体的には…。けど、そうだな…。警戒心の強い野良猫みたいに見えた」
「そういう事を訊いているのではないけど、まぁ良いか」
 そう言って男が腕を組む。
「彼女は何かおかしい」
 男がそんな事を言うのは初めてで、レオンは少し驚いた。
「悪い感じとかそういうのではなくて、僕等とは違う意味で普通ではない気がする」
 言って男が真剣な目でレオンを見る。
 いつもとは違う雰囲気に、レオンも気を引き締めた。
 そんなレオンに、男が「頼み事が有る」と言う。
「彼女が何者なのか調べて欲しい」
「それは、頼みと言えるのか?」
「確かに、頼みとは違うかな」
「なら、言い方が違うと思うが」
 レオンの言葉に、男が深呼吸をし、背筋を伸ばして右手で拳を握り、胸に当てる。
「レオン・ワルサーレ。ウィゼット国騎士団第1団、団長として貴殿に任務を与える。どんな事でも構わない。彼女について調べ、報告をしろ。方法は問わない」
 それを聞き、レオンも姿勢を正し、胸に拳を当て応えた。
「お受けいたします。それと、一言宜しいですか?」
 レオンの問いに男が「ん?」と訊き返す。
「団長を名乗るのなら、こちらの仕事を後回しにして、報告書の確認などの仕事をして下さい。貴方がたまにしか仕事をしない所為で、俺が代筆をして捺印までしているんですよ。通常勤務に加えてです。その所為で最近はちゃんとした休暇が取れていないんです」
 レオンの言葉に男が笑った。
「僕の仕事なんてしないで休んで良いのに~」
『溜まりまくってるからやるしかねぇんだよ!実力が有って、一応この国で上位の騎士、おまけに最年少だからっていう理由で大目に見られてるのは何でだ!本来なら職務怠慢でクビだぞ!解ってんのかこの野郎!』
 心の中で言い返し、殴りたくなって拳を握ったが堪えた。

 朝になり、集会を終えて鍛冶屋へ行き、窓越しに中の様子を覗うと、アメリアの姿が有った。
「それで、師匠が「こんなのまだまだだ」って言ってへし折ってさ」
「ひでぇな」
 中から聞こえた楽しそうな声に、ドアを開けようとした手を止めた。
 レオンに対しての態度とあまりにも違っている。
『なんだ…これ…』
 心臓が痛く、何故かイラついている事に動揺する。
「その師匠悪魔だな」
「私もそう思った。でもね、ご飯だけは「私が作る」って譲らなくてさ。そんなに料理下手なのか訊いたら「修行で疲れているのに、飯まで作らせる訳ないだろ!」って何故か怒られた」
 昔の話をする時は、こんなにも楽しそうなのか。
 それを話す相手が自分ではない事が、レオンは何故か悔しくなった。
「あれ?レオンさん。入らないんですか?」
 声がし、振り向くとリマが不思議そうにレオンを見ていた。
 その手には黄色い花を持っている。
 何処かで摘んで来たのだろうか。
「おはよう」
 自分から挨拶をしたレオンに、リマが「おはようございます」と笑顔で返す。
「ちゃんとした服だったので、一瞬人違いかもって思いました」
 言いながらリマがレオンの横に来る。
「今日は仕事だからな。鎧とは違う正装だ」
「そうなんですね」
 一息吐き、ドアを開けて中に入る。
「アメリア様~♪買って来ました~♪」
 言ってリマがアメリアの許へと向かう。
 振り返ったアメリアが「ありがとう」と言ってリマから花を受け取り、レオンに気付くと無表情ともいえる顔になった。
 先程まで楽しそうに話していたのが嘘のようだ。
 それが更にレオンを苛立たせた。
「ほら。終わったぞ」
 言って男がレオンに剣を差し出す。
「有難う御座います」
 剣を受け取り、鞘から抜くと、新品のように綺麗な刀身が付いていた。
 色も前より透明感が増し、軽くなった気がする。
 少し離れた場所で数回振ってみると、やはり軽くなっていた。
 長剣だというのに、まるで短剣を振るっているような感覚だ。
「どうだ?」
 男に訊かれ「軽くなったような…。それと、色も変わっている気が」と正直な感想を伝える。
「そうか」
 悔しそうに男が呟く。
 何か嫌な事でも言っただろうか。
 レオンが問うより先に、男が苦笑して「実はな」と言葉を続けた。
「剣の状態を見た嬢ちゃんが、あんたに合っていないんじゃないかと思ったらしくてな」
「ちょっとラゼルさん!」
 男の言葉をアメリアが遮る。
 レオンと目が合うと、アメリアはバツが悪そうな顔をしてそっぽを向いた。
 微かに顔が赤い気がする。
「なんだ?恥ずかしいのか?」
 からかう男にアメリアが「違う!」と言い返し、レオンを睨みながら近付いて来た。
「貴方の為じゃないから!」
 言ってアメリアが店を出て行き、リマが「待って下さい!」と慌てて後を追って行く。
『何だ?今の』
 意味が解らず呆然とする。
「素直じゃねぇなぁ」
 笑いながら男が言ってレオンの隣に立った。
「ああ言ってたけどな、本当はあんたの為なんだぞ?」
「え?」
「昨日渡された紙の通りに調合して打ち直したら、どうも重さや見た目が違う気がしてな。それで嬢ちゃんに、本当にこれで合っているのか訊いたら「すみません。あの人に合うように考えた物です」って言ったんだよ」
 あまりにも意外な事に驚いた。
 まさか本当に自分の為だったとは。
『どうしてそんな…配分や素材を変えるなんて事が…』
 そこまで考え、レオンは先程ドアの向こうで聞こえた会話を思い出した。
 彼女は〝師匠が折った〟と言っていた。
「先程、彼女と何か話していましたよね?」
 レオンの問いに、男が「聞いてたのか?」と訊き返す。
「いいえ。たまたま師匠がどうのと聞こえただけです」
「そうか。あの子、まだ若い頃、師匠に色々と教わって、鍛冶も習っていたんだと。そんで、腕が鈍っていないか試したくなったらしくてな。俺がそれを打っている時、隣で作業をしてたよ。話を聞いて、俺も師匠にどやされてたのを想い出した」
 言って男が笑う。
「出身や、師匠の名前とかは」
「いや…聞いてないな」
「そうですか。他に何か有りましたか?」
「ん~。何も無かったけどなぁ。何だ?あの子の事が気になるのか?」
 からかう男に「少し」と答える。
 男がにやつきながら「ほう」と呟いたが、レオンは無視し、男に依頼料を渡すと店を出た。
 レオンの渡した依頼料を見た男は金額を見て驚き、暫く硬直していた。

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