第39話

文字数 4,644文字

 ミゼラの手を引いていた子供がドアを開けて駆け込み「エデル!」と名を呼んで奥の部屋へと向かった。
 中に家具などは無く、長い間使われていないのが見て解った。
 部屋と部屋を隔てる為のドアは取り払われ、中の様子が入口からでも見える。
 子供が駆け込んで行った部屋の中にはベッドではなく、長草が敷かれ、その上に同い年くらいの子供が横たわっていた。
 髪は全体的に深緑だけれど、先の方が僅かに青い。
『もしかしてこの子…』
 そうは思ったけれど、言わずに容体を確認すると、額と腹部に止血の為に薬草を練った物が塗られていた。
 私が見ても応急処置程度。
 治すには別の物が必要だ。
「少し待ってね」
 言って一度外に出て、先程使った紙を取り出し、先程と逆の方法で仕舞った荷台を出した。
 だが…。
―ガラガラガラ…
 音を立てて出て来たのは木片と化した物。
「これって…」
 隣に来たアルドが苦笑しているのが見なくとも声で解る。
「こういう事も有る!」
 言って板を退かして必要な物を探す。
 不安は的中した。
 荷台は耐えられずバラバラになった。だが、積まれていた荷物は無事だ。
 やはり私にはまだ大きな物をそのまま仕舞う事は出来ない。
 この惨状を見ると、いかに師匠が凄い事をしていたのか解る。
「有った!」
 見付けた小瓶を持って中へ戻り、横たわる子供の状態を確認していたミゼラに「これで大丈夫そう?」と訊いて差し出す。
 振り向いたミゼラが真剣な面持ちで「うん。有難う」と言って受け取り、蓋を開けて中の液体を額と腹部の傷に掛ける。
 それから自分で持っていた粉を掛け、緑色のペンダントを持った手を翳す。
 ペンダントから淡い緑の光が溢れ、風となって横たわる子供を包む。
 風が2つの傷に集まり、ゆっくりと溶け込んで行く。
「エデル…。しっかりしろ…」
 私達を案内した子が友達の手を取って何度も「大丈夫」と呟く。
 それは友達にだけではなく、自分にも言い聞かせているように聞こえた。
 そして、そうして願っている姿が、嘗ての自分と重なってしまった。
 胸が痛んだけれど、堪えて終わるのを待つ。
 少しして光が消え、傷を確認したミゼラが「ふぅ」と一息吐いた。
「お姉さん…。エデルは…」
 不安げに訊いた子供に、ミゼラは笑みを返して「大丈夫。傷は塞いだから。今は眠っているだけ」と優しく言った。
 それを聞いて子供が嬉しそうな顔をし、友達を見て「良かったぁ…」と安堵する。
「えっと…。今更だけれど、君の名前を聞かせてくれる?」
 私の問い掛けに、子供は顔を上げ、涙を拭うと「アトラ。こいつはエデル」と答えた。
「そう…。どうしてこの子が怪我をしたのか教えてくれない?」
 訊かれてアトラがエデルを見て「村の人達が」と呟き、また泣きそうになりながらも「こいつを殺そうとしたんだ」と続けた。
「理由は人間…だから?」
 私が言うと、アトラは頷いた。
「こいつが人間だから何だって言うんだよ。俺にとっては大切な友達なんだ。それなのに…」
 気持ちは解る。
 エルフ族は昔から傲慢だ。
 自分達が精霊と等しく、神に近いと思っている。
 そして人間は自分達よりも下で、中には虫よりも下だと考えている者までいるのだ。
 そうではないと何度言おうと、まだエルフ族は変わらないのかもしれない。
「お父さんとお母さんは?」
「あの人達も他の皆と同じだよ。こいつをゴミみたいに言って…」
 ミゼラの問いに哀し気な表情で答えたアトラを、ミゼラがそっと抱き締める。
 それから暫くミゼラはアトラと一緒にエデルの近くに居て、私とレオン、アルドは昼食の準備を始めた。

 昼食後、片付けを終えた頃、寝ていたエデルが目を覚ました。
 アトラが駆け寄って「良かったぁ」と安堵する。
「…ここ」
 呟いてエデルが起き上がろうとしたのを、後から近寄ったミゼラが「もう少し寝ていなさい」と止めた。
「アンタ達…誰?」
 エデルの問いに、ミゼラが傷のあった場所を確認しながら「通りすがりよ」と答える。
「うん。大丈夫。傷跡も残ってない」
 言ってミゼラが私を見る。
「目が覚めて直ぐなんだけど、どうして怪我をしたのか、詳しい話を聞かせて貰っても良い?」
 私の言葉にエデルが心底嫌そうな表情で「アンタ達には関係無い」と言って顔を背けた。
「自分達の力だけでどうにかなると思っているの?」
 ミゼラが真剣な面持ちでエデルに問うも、エデルはミゼラを見ない。
「…君がそこまで村の人や、両親にまで嫌われているのは、ただ人間だからという理由だけではないでしょう?」
「だから…関係無いって言ってるだろ!」
 エデルが怒っても、ミゼラは引かず「君」と言葉を続ける。
「友達であるアトラにも黙っている事が有るでしょ」
 ミゼラの言葉にエデルの肩が跳ね、僅かにミゼラの方を向き「何も隠してない」と弱々しい声で言い返した。
「そう。なら、アトラは貴方がエルフとの混血児だって知っているのね?」
「え?!
 リマとアルドが驚いてエデルと見る。
 壁に寄り掛かっていたレオンも視線をエデルへ向けた。
「こんけつ?」
 意味が解らないらしいアトラがミゼラに訊き返す。
「血が混ざっているという事。君の友達であるその子は、人間とエルフの混血児よ」
「それなら…。エデルはエルフでもあるって事だよな?」
 アトラの問いに、ミゼラが「ええ」と頷く。
「ならどうして殺されそうになるんだよ!エルフの血が混じっているなら、ミゼラだってエルフ族の1人として認められても良いじゃないか!」
 怒ってアトラが立ち上がろうとしたが、それをエデルが腕を掴んで止めた。
「何で…俺が人間とエルフの混血児だって解ったんだ?」
 エデルがそう言ってミゼラを横目で見る。
 ミゼラは目を逸らさず「その髪」と言った。
「髪先の色が違う。それが混血児特有の物だと知っているから」
 言ってミゼラが羽織っていたマントを脱ぎ、肩より少し下まで伸びている髪を払うと光が散り、髪先だけが紅色へと変わった。
 今までそれを隠していたのだ。
 それに関しては私も全く気付いておらず言葉を失った。
「私は…ダークエルフの血が混じってる。でも、これは覚醒遺伝というやつで、髪色が違うだけで他は人間と同じ。ダークエルフとしての力っていうのも持っていないわ」
 言ってミゼラがエデルの傍に座る。
「私も色んな事が有ったから、君の気持ち…少しは解ってあげられるかもしれない。だから、何があったのか教えて欲しいの」
 その言葉にエデルは目を逸らす。
「エデル…」
 心配したアトラが手を伸ばすも、唇を噛み締めて下す。
 誰も何も言わず沈黙が続く。
「…俺の両親は普通の人間だ」
 エデルが静かに話し始め、ゆっくりと顔を上げる。
「生まれた時はこんな髪じゃなかったらしいけど、段々と髪の色が変わって…。髪の色が違うだけで〝気持ち悪い〟とか〝悪魔の子〟だとか周りの子に言われるようになって、どうして周りと違うんだって両親を責めるような事を言った。その時に、母親の先祖の中にエルフと結婚をした人がいた事を聞かされた。まぁ、正式な結婚じゃなかったって言っていたけど…」
 言ってエデルがアトラを見る。
「お前が初めて俺に声を掛けて来た時、また嫌味を言われるんじゃないかと思った。でもお前は、笑って〝一緒に遊ぼう〟って言ってくれた。最初は何か裏が有るのかって疑ったけど、お前は本当に一緒に遊びたかっただけで…。エルフだとか…人間だからとか関係無く普通に接してくれるのが…本当に嬉しかった。今だって…混血児だって知っても此処にいてくれてる」
「離れるわけない!」
 エデルの言葉にアトラが言い返す。
「エデルはエデルだ!血だとか種族なんて関係無い!…それなのに…」
 アトラの声が小さくなり、悔し気に拳を握る。
 小さな肩が震えていた。
 まだ子供だというのに、その中に大きな物を抱えてしまっている気がする。
「君達の両親は、君達が一緒に遊んでいる事に対して何か言っているの?」
「俺の両親はこいつと遊んだりするのを嫌がってる。ララムに住んでるくせに、人間の事を嫌ってるんだ」
 ミゼラの問いにアトラが答えて俯く。
「ララムはエルフ族と人間が暮らしている国だろ?人間が嫌いならどうしてララムで暮らしているんだ?」
 そう訊いたのはレオンだった。
「俺も同じ事を言ったよ。人間の事が嫌いならどうして人間と一緒に暮らす国にいるんだって。そうしたら〝代々この地に住んでいるから他に行くつもりはない。出て行くのは人間の方だ〟って…。他のエルフ達は人間の事を嫌っていないのに…」
 そう話したアトラの背中をエデルが撫でる。
「俺の両親はエルフ族の事を嫌っていない。だから、アトラと遊んでも、家に連れて行っても嫌な顔なんてしない。最初に連れて帰った時は〝うちの子が1人増えたみたい〟って喜んでた」
 そう言いながら背を撫で続けるエデルに、アトラが苦笑して「あったね」と言う。
「それで、どうして怪我を負う事に?」
 ある程度2人の関係と状況を聞いたうえで私は本題に戻した。
 エデルが私を見る。
「アトラの両親に何度も一緒に遊ぶなって言われても無視して遊んでいたんだ。今日もララムの近くに在る泉で遊んでいたら、アトラの両親が仲間を連れてやって来て、いきなり殺そうとして来たんだ」
「俺は止めてくれって言ったんだ!それなのに〝忠告しても無駄ならこうするしかない〟って言って…。なんとか逃げ切ったけどエデルが…」
 エデルとアトラの話に「そう」とだけ返す。
 2人は逃げ切ったと思っているようだが、殺そうとして来るくらいだ。
 追わずに引き返した理由は、2人がモルヴォク国領土に入ったから。
 そう考えると、国境付近で待ち伏せしている可能性が高い。
「2人だけで家に帰すのは無理そうだね」
 私の言葉にアルドが「そうだね」と苦笑して頷く。
「今回ばかりは少し大事になりそうだな」
 レオンが言って溜息を吐く。
「僕等もしかしたら騎士団をクビになるかもしれないのかな?」
 アルドがレオンに問う。
「どうだろうな。まぁ、そうなっても困らないだろ」
 珍しくレオンが楽観的な事を言う。
「な~んか、私も久し振りにやる気が出て来ちゃった」
 言ってミゼラが立ち上がる。
「私も全力でお手伝いします!」
 リマも言って私の肩に座った。
 私達の会話をエデルとアトラは呆然と見ていた。
 口を開けたまま固まっている2人に、ミゼラが笑みを浮かべ「解らせよう!」と言った。
「そんなの…無理だよ」
 震える声でアトラが言う。
「無理じゃない」
 私は断言して2人に歩み寄った。
「ミゼラは今〝解らせよう〟って言ったの。向こうが何が何でも友達という関係を止めさせようとするなら、私達も何が何でも2人の関係を認めさせる。2人は周りの言いなりになりたいの?」
「「嫌だ!」」
 私の問い掛けに2人が声を揃えて即答した。
 その答えに、笑みを浮かべる。
「それじゃあ、身勝手な大人達を黙らせに行こう!」
 言って私は手を差し出した。
 隣のミゼラも手を差し出し、アトラは私の、エデルはミゼラの手を取った。
 手を引いて立ち上がらせる。
『ああ…。何でこんな事をしているんだろう…。ほんと…君の性格が移ったのかな…』
 そんな事を考え苦笑して小さく息を吐く。
「どうかした?」
 アトラに訊かれ「何でもない」と言って歩き出す。
 外に出て、荷台だった物が木片となっているのを見たミゼラ、アトラ、エデルの3人が声を揃えて「うわぁ」と言ったのは聞こえないふりをした…。

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