第15話 ロズより北 ガーレ

文字数 4,105文字

 ロズを出て次の町に到着した時には昼を超えていた。
 この町はロズとは違い、幾つにも枝分かれしている川辺に石を積み、道を作ったような場所だ。
 川沿いに木が植えられ、道が有って建物が並ぶ。
 町中を流れる川には湯気が立っている。
 流れているのは温泉なのだ。しかし、此処は山が近くに無い。
 地底から温泉が湧いているのだ。
「すごーい!本当に温泉だー!アメリア様ー!温泉ですよ温泉!」
 何もかもが初めてのリマが喜ぶ姿に自然と頬が緩む。
「アメリア様は此処に来るのは初めてではないんですか?」
「まぁ…。何回かは来てるよ」
 そう答え、ゆっくりと町を見て回りたい気持ちを堪えて、歩きながら宿を探す。
 最後に来た時からすっかり町の風景が変わってしまっている。
 それは仕方の無い事だと解っていても少し寂しかった。
 あの頃は道も整地されていなくて、所々にテントを張っただけの宿や店、家々が点々としていて、夜になるとリメルトという木が光る胞子を撒き、それがとても幻想的だった。
 それなのに、今川辺に並ぶ木々は、どれもリメルトではない。
 町の中心に近付くと、見覚えの有る物が見え、思わず駆け出していた。
 中心に在ったのは温泉の湧く大きな湖。
 その周りは森になっていて、その木々は全てリメルトだった。
 幹を太くし、天にまで伸びようとしているかのように高く成長している。
 落ち着く独特の匂い。
 此処だけが何も変わっていない。
「少し暑いですね」
 言ってリマが肩に座る。
「此処が源泉だからね。暑過ぎたらあの木に行くと良いよ。あの木は熱を吸収している代わりに、冷たい酸素を出しているから」
「へぇ~」
 惚けた顔でリマがリメルトを見上げ「アメリア様は物知りですよね」と言う。
「まぁ…それなりに。旅をしているからね」
「旅をして得た知識という事ですか?」
「そう。だから、君も旅をしたら色んな事を自然と覚えるよ」
 言って太陽に照らされた湖を見詰める。
「どうして湯気が少ないか解る?」
 問い掛けにリマが数秒考え「解りません」と正直に答える。
 意地悪だっただろうか。
「温泉が湧いているのに湯気が少ない理由はね、本当は解っていないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。色んな人が来て調べた結果〝リメルトが湯煙、水蒸気を葉で吸っているから〟って発表されたけど、本当にリメルトが葉で湯煙を吸っているから少ないのかはハッキリしていないの。植物が酸素を取り込むのは、人間が息を吸うのと違う。それなのに、こんなに広い泉の湯気を吸って、こうも少なくするのかって」
 私の話にリマが「確かに」と呟く。
「本当の事は解らない。でも、答えは出したい。だからそういう事にしたって感じかな」
 人間は解らない事には答えを求める。
 不思議な事には答えを付けたがるけれど、それでも解らない時は答えらしい事を言う。
 自分達には解らない事は何も無いと言いたがっているように。
「さてと!宿へ行こう!それから店を見よう!」
「はい♪」

 此処も魔物の狂暴化によって旅人、旅行客の数が減ってしまったらしく、部屋を取るのに困らなかった。寧ろ、客が来た事が奇跡のように喜ばれた。
 食事をしに行った店でも、頼んでいない料理まで出て来た。
 それを見て、初めてこの町に来て喜んでいたリマも苦笑していた。
 2人(1人は妖精)分にしては多すぎる量の食事をできるだけ食べて店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「食後の運動。少し散歩しても良い?」
「大丈夫なんですか?」
 ほぼ一人で全て食べたのを心配してくれているのだろう。
「うん。大丈夫」
 言って歩き、湖へ向かう。
 遠目からでも解る。
 リメルトの胞子が舞い、辺りを照らしている。
「わぁ…」
 リマが光の粒の中で舞い踊るのを眺める。
 此処に初めて来た時、私もあんな風にはしゃいで、それを見たあの人に笑って…。
「子供みたいだな」
 その言葉に驚いて振り返る。
 驚く私に、現れた人物が「やっぱりこの町だったな」と言う。
 その人物にリマも気付く。
「あ!レオンさん!」
 嬉しそうに言ってリマが男の肩に乗る。
「どうして此処に?」
 リマが問う。
「追って来たんだ」
 言って男が私を見る。
「どうして此処が解ったの?それに…仕事は?」
 私の問い掛けに男が「最近狂暴化している魔物の調査が仕事だからな。何処に行こうと問題無い」と言って私の方へ来て、隣に立ち湖を眺める。
「だとしても、どうして私達を追って来たの?」
「気になるから…。いや…どうしてだろうな。自分でもよく解らない。どうしてこんなに気になって、心配なのか」
 訳が解らない。
 今まで沢山の人と出逢った。
 勿論騎士にも。
 けれど誰しもがその場だけで、付いて来られた事など一度も無い。
 一度だけだから私も、隠す部分は有るけれど色んな話をする。
 この男ともロズで別れるはずだった。だから、少しだけだが昔の話をした。
 それなのに…。
「…ずっと付いて来るつもり?」
「俺は調査をしているだけだ。…と言いたいが、そうだな。お前の事が知りたくなった。だから、嫌がられようと付いて行く」
 そう言って男が真っ直ぐ私を見る。
 迷いが無くて、意思が強い目はあの人達と同じ目だ。
 こういうタイプは何を言っても無駄だと知っている。
「はぁ…」
 どうしてこういう人と出逢ってしまうのだろう。
 これなら、望みなど見付けず、ずっとあそこに居れば良かった。
 そう思っても遅い。
 これが今の結果だ。
「宿はどこ?」
 私の問い掛けに男が「え?」と訊き返す。
「私達はこの湖の近く。エディルっていうとこ。明日の朝そこに来て。朝食を食べてからで良い。私達も朝食を済ませておくから。貴方が来たら出発する」
 私の言葉にリマが「一緒に旅をするんですね!」と喜び、男に「一緒に旅が出来るの嬉しいです」と言う。
「旅をするなら仲間は多い方が良いですよね♪」
 リマは喜んでいるけれど、私はあまり嬉しくない。
 この男は何を言っても付いて来るだろうから説得して帰って貰うのを諦めただけだ。
 本当は一人旅のままで良かった。
「ん?」
 ふとリマが首を傾げて辺りを見渡す。
「どうかした?」
 問い掛けにリマが「いえ…気のせいかもしれないので」と言った。
「何か聞こえたの?」
 訊き返して私も辺りの音に集中するが何も変わった音や気配も無い。
 リマが聞き耳を立てる。
「……気のせいではありません!」
 言ってリマが弾かれたように何処かへ向かって飛び立った。
「どうしたの?」
 驚きつつも森の中へ入って行ったリマを急いで追い掛ける。
「一体どうしたっていうんだ!」
 同じく駆け出した男が私に言う。
「解らない!兎に角、1人になんて出来ない!」
 妖精が本気で飛ぶと、人の足ではどうしても追い付けない。けれど、リマに渡したお守りのお陰で、何処に行っても場所が解る。
 私達はリマが何を感じたのか解らないまま後を追う。
 どうやらこの町は、町が森と湖を囲んでいるのではなく、西の方から北の辺りまでは森だったらしく、リマはどんどん森の奥へと入って行ってしまっている。
「何処まで続いているんだ」
 ほぼ並行して走っている男がぼやく。
 辺りは既にリメルトではなくなっているので、辺りは月明りによってそれなりに見える。
 走り続ける事が出来ているのは慣れているからだ。
 それは男もだと、明かりを必要としないのを見て解った。
「この先…」
 思わず呟いていた。
 それを聞き逃さなかった男に「どうした」と訊かれ「何でもない」と返した。
 本当は何でもなくない。
 この先には、覚えが確かならアレが在る。

 暫く走り続けると、開けた場所に出た。
 漸くリマに追い付き、どうしたのか問う前に私と男はそれに気付いた。
「これは…」
 それを見て男が呟く。
 無理も無い。
 私も目を疑った。
 まさかこんな風になっているとは思ってもいなかった。
 湖とほぼ同じくらいの広さの中に、崩れた建物と石柱が在ったのだ。
 元々此処は立派な神殿だった。
 崩れ、人々が来なくなって長いらしく、崩れた神殿と石柱に蔦や草が生えている。
 そして私達が驚いた理由はもう1つ。
 黒々とした巨大な物が、神殿の屋根だった物の上にいたのだ。
「ウゥウウウウウ」
 低く唸ったそれがゆっくりと私達の方を向く。
 漆黒の塊の中で光る赤く荒んだ目。
 黒かった塊が動き、ソレがはっきりと姿を現す。
 その姿に見覚えが有った。
「そんな…」
 有り得ないと思いたい。
 呟きに男が「どうした」と黒い物に目を向けたまま問う。
 私はその問いに答える事さえ出来なかった。
 ゆっくりと起き上がったソレは間違いなく私の知っているモノの姿だ。
 獣の四つ足に鋭い爪、蛇ような尾を地面に打ち付け、頭部には針のように尖った角が首を守るように伸びている。
「あれからは…精霊の気配がします」
 言ったのはリマだった。
―オォオオオオオ!
 獣の雄叫びを上げたのを見て咄嗟にリマを抱き抱え「回避!」と叫ぶ。
 その瞬間、獣が飛び掛かって来た。
『やっぱり早い!』
 左右に分かれて回避したが、回避した時には鋭い爪が地面を抉り、衝撃波によって瓦礫と共に吹き飛ばされた。
「うわぁ!」
 腕の中でリマが悲鳴を上げる。
「離れていて!」
 言ってリマを放す。
「コイツは何だ!本当に精霊なのか!」
 反対側にいる男が言って剣を抜き、再び雄叫びを上げた獣へと向かって駆け出した。
「駄目!そいつは―ドォオオオオン!
 私が言い終わるより前に、男が振り上げた剣を獣が飛び上がって躱し、前に回転して尾を振り下ろした。
 凄まじい衝突音と共に爆風と土煙が巻き起こり、咄嗟に腕で顔を守る。
「何だ今の動きは」
 声がし、目を開けると、隣に男が居た。
 どうやら此処まで吹き飛ばされたらしい。
「アレには…普通の剣では勝てない」
 傷が痛む。
 もう遭遇する事は無いと思っていた。
『相手は一体だけ。あの時とは違う』
 解っていてもあの時の光景が脳裏をちらつく。
「クソッ!」
 男の声に顔を上げると、獣の爪が目前に迫っていた。
『不味い!』
 太く大きな爪が頭を突き刺すのが容易に想像出来る。
『あぁ…。終わりかな…』
 死を覚悟して目を閉じた。

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