第54話

文字数 4,097文字

「アメリア様!朝ですよ!」
 リマの声に目をこすりながら起き上がって欠伸をする。
「おはよ~」
 寝ぼけつつ言って立ち上がり、部屋を出るとアルドが既に通路で待っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
 私とリマが声を掛けると、アルドが振り向いて「おはよう」と返した。
 その表情が暗いような気がして「どうかしたの?」と問い掛けると、アルドは「それが」と言ってレオンがいる部屋の方へと目を向けた。
「何度声を掛けても返事が無いんだ」
 それを聞いて私は1つ奥の部屋のドアの前に立った時、違和感がして、ノックしようとした手を止めた。
「どうかしましたか?」
 リマが首を傾げる。
「……」
 答えずノブに手を伸ばして掴むと、ドアに紋様が浮かんだ。
 結界が掛かっているという証拠だ。
 意識を集中して室内の気配を探る。
「…いない」
 私の呟きに、リマが「え?」と訊き返す。
「いない…ってどういう事?」
 後ろのアルドが問う。
「私達より先に起きたのかも…」
 そうだとしても、レオンが何も言わずに一人で出て行く事など今まで無かった。
「仕方ない」
 言ってポーチから小さな紙切れを取り出して力を込めて円を描く。
 光った紙が鳥の形へ変わり、手から離れて飛び立つ。
 光が尾を引いて何処かへと向かって行く。
「追うよ」
 追って駆け出した私の後に2人が続く。
 慌てた様子の私達に受付の女が挨拶をした気がしたけれど返事をせずに外に出る。
 飛び立った鳥の光は入って来た方向とは真逆、洞窟の奥へと向かっていた。
「何をしたんだ?」
 後ろを付いて来ているアルドが問う。
「レオンのマントには防御魔法を付与しているの。いつもは何か緊急事態でもない限りやらないんだけど、私は付与した物が何処にあるのか探せる。つまり、レオンが何処にいるかが解るの」
 違和感が不安になっている。
 レオンが先に起きて何処へ行こうと構わないのに、心が淀んだ空気のせいか不安で仕方ない。
 奥へ進むに連れて辺りから光が少なくなっていく。
 途中からはもう明かりは無く、自分達で明かりを灯して進んだ。
 飛んでいた鳥が止まり、光となって散り、立ち止まったのは不思議な模様の描かれた扉の前だった。
「何だ…ここ」
 言ってアルドが扉に触れる。
 かなりの大きさで、人の力では開けられそうにない。
 まるで神殿の入り口のように見えるが、朽ちて所々掛けているからか神聖さなど無く、何より精霊の気配などしない。
 レオンは間違い無くこの中にいる。
『それなら…迷う事は無い!』
 意を決して手を扉に掲げた時、何処からか[意外と早かったわね]と女の声がし、重々しい音と共に扉が開き、中から白い霧が流れ出て来た。
 こういう時、本当に嫌な予感しかしない。
[回りくどい事は言わないわ。探し物はこっちよ]
 楽し気な女の声に少し腹が立ちつつも中に足を踏み込むと、大きな音を立てて扉が閉まり、紋様が浮かんだ。
 結界を掛けられた。つまり、閉じ込められた訳だ。
「ふぅ…」
 息を吐き、前を向いて奥へ歩き出す。
「どうしてこんな所に…」
 アルドのぼやきに「さぁ」とだけ返す。
 魔法で作った光で照らされた通路は怪しさしか感じない。
 奥へ進むと、空洞に出た。
 少し足を踏み出せば崖。
 底が見えないほど深く、まるで闇がそこに漂っている感覚さえする。
 前を向けば、遠くの方に地面が見えた。
 そこだけが何かに照らされて浮かび上がって見える。
 何が有るのか認識した瞬間、私は駆け出そうとした。
「危ない!」
 慌ててアルドが私の腕を掴む。
「離して!」
「馬鹿か!此処からあそこまでどうやって行くつもりだ!」
 珍しくアルドが本気で怒っているが、私には関係無かった。
「これくらいの距離なら余裕で行ける!だから離して!」
「少しは落ち着け!」
 アルドにもどうやらあれが見えたらしい。
 それならどうして離してくれないのか。
[そんなに慌ててどうしたの?]
 嘲笑う女の声がした後、前方に水晶玉が現れて弾け、そこにレオンの姿が映し出された。
 体中に根のような物が巻き付き、顔も目元まで隠れている。
 縛られた体に傷は見えない。
 どうやら怪我はしていないようだ。
 私達が遠目ながらも見たのはそんなレオンの姿だった。
 ふと、右から伸びて来た手がレオンの頬に触れ、女が姿を現した。
 夕日のような長い髪が揺れ、赤い紅を塗った唇が怪しく笑い、髪と同色の瞳が映像越しに私達を見る。
[まさかこんな所にまで来るなんて思っていなかったわ]
 苛立ちを堪えて女を睨み返す。
[あら?まさか、貴女の恋人だった?]
「そんなの貴女には関係無いでしょう。さっさとその人を開放して」
 私の言葉に女が笑う。
[嫌よ。こんなにいい男、この町にはいないの。私の番になって貰うんだから]
 言って女がレオンの頬を愛おしそうに撫でる。
 それを見ているだけで我慢の限界だった。
[この人はもう私の物。今、夢を見て貰っているの。私の物になってくれるように]
「ふざけないで!」
 言うなりポーチから短剣を取り出した私を見て、アルドが「何を」と叫び止めようとして来たけれど、私は短剣を構え「ウルファンド!」と叫んでいた。
 呼び声にウルファンドが応えて辺りから魔力を集め始める。
「放て!」
「よせ!あいつにも当たるぞ!」
「アメリア様!」
 リマとアルドが止める間も無く、ウルファンドから光が放たれ、映像を掻き消し、遠くに見える、レオンと女のいる場所へと飛翔して爆音を轟かせ、辺りに爆風が巻き起こった。
 その風は私達の方まで届き、あまりの風圧によろめいたけれど、踏み止まって前を見ると、景色は一変していた。
 辺りの壁にはドロッとした液体がこびり付き、天井には何かの模様のように六角形の物で埋め尽くされていた。
 液体の放つ光で照らされたそれは、まるで蜂の巣だ。
 広さもそんなに無い。
 我に返り、慌ててレオンに駆け寄る。
 防御魔法を施していた事でレオンに怪我は無い。
「レオン、ねぇ!起きて!」
 声を掛けてもレオンは目を開けない。
 息をしているので、まだ眠っているだけだ。
 よく見ると、首元に何かに刺された跡が有った。
「そんな暴力的だと彼に嫌われるわよ?」
 女の声がし、何かが蠢く音に顔を上げると、天井に黒々とした大きな物が見えた。
 液体の光に照らされたのは巨大な蜂。
 本来頭部の場所から人間の体が生えている。
【ヴィースフロー】
 蜂の魔物。
 師匠の持っていた資料を読んで知っていたが、実物を見たのは初めてだ。
「でももう遅い。毒は全身に回っている。後は目覚めるのを待つだけ」
 言って女が高らかと笑う。
 耳障りで仕方ない。
 ヴィースフローの毒は特殊らしく、解毒薬を作るのも一苦労だと師匠が言っていた。
『想い出せ。あの時師匠は何て言ってた?』
 あまりの疲れで夢うつつに聞いてしまっていた。
―良い?解毒薬はね…
『そうだ!』
 想い出して「アルド!」と呼ぶと、剣を抜き、警戒していたアルドが驚いたように振り向いた。
「アイツの羽を切り落として」
「それだけで良いのか?」
 アルドの問いに頷き返し、今度はリマを見る。
「辺りの液体を凍らせられる?」
「この量をですか?!
 リマが驚くのも無理はない。
「大丈夫。私の力も少し貸す。それなら出来るでしょ?」
「‥‥解りました。やってみます!」
 頷いたリマが私が差し出した手に触れる。
「何をしようとしているのか知らないけど、あなた達には餌になって貰うわよ!」
 叫んだ女が私達の方へと向かって飛んで来たが、間にアルドが飛び込み一閃を放った。
 その一撃を躱した女が「邪魔をしないで!」と叫びアルドに噛み付こうと大きな口を開けて飛び掛かる。
 後方の戦いに気を取られないよう重ねた手に意識を集中する。
「大丈夫です。きっと上手くいきますから」
 優しい言葉に心が落ち着きを取り戻し、自信が湧いて来た。
「うん」
 頷くのとほぼ同時に、漂っていた光がリマの体に溶け込んだ。
 リマの体が光を放ち、光が消えた時、体が人並みに大きくなっていた。
 話に聞いていた姿だ。
 その姿はとても綺麗で、揺れる髪や服は鮮やかで、精霊というよりもまるで女神だ。
「それでは…やっちゃいますね♪」
 言ってリマが右手を構えると、足元から白い霧が湧いた。
 冷気だ。
 気付けばあらゆる所で冷気が漂っている。
 漂っていた冷気がリマの右手に集まって行き小さく収縮していく。
 冷気が小さな塊になると、リマが指を鳴らした。
 その瞬間、小さな塊が弾け、壁の液体に向かって飛翔し、衝突するのと同時に、一瞬にして液体を凍らせてしまった。
「凄い…」
 アルドの声に振り返ると、彼は切り落とした羽を手に佇んでいた。
 いつの間にかヴィースフローの前足と後ろ脚一本を切り落としている。
 凄いけれど、容赦が無い所は少し恐ろしい。
 怒らせたら絶対に勝てないだろう。
「これで宜しいですか?」
 リマの問いに、思考を止めて「うん!ありがとう!」とお礼を言い、凍った液体に駆け寄り、ウルファンドの刃に魔力を込め、一部を叩き割ってアルドの許へ向かい、持っていた羽を受け取る。
「それで本当に解毒薬になるのか?」
 アルドが疑問に思うのも無理はない。
 本来解毒薬はそれに合った薬草を混ぜ合わせて生成する。
 それを考えるとこれは材料が少なすぎるのだから。
「材料はこれで大丈夫」
 言ってまだ眠りから覚めないレオンの許に駆け寄り羽と凍らせた液体を上に置く。
「リマ。もう少し力を貸して」
「はい!」
 頷いたリマがやって来て近くに座り、私が手を翳したのを見て真似をする。
 目を閉じ、レオンに意識を集中すると、見えたのは体内を覆う黒々とした何か。
 恐らくそれが毒だろう。
『お願い…間に合って』
 ヴィースフローがどうやって人間との間に子孫を残すのか。
 幾つかの説が有り、1つは卵を人間の体の中に産み付けるというものだった気がする。
 淡い褐色の光がレオンの体を包み溶け込み陰を包み、それがゆっくりと浮いて来た。
「リマ!引いて!」
 言うと同時に目を開け、レオンの体から出て来た光の糸を掴んだ。
 リマも咄嗟に糸を掴み、同時にそれを引き抜いた。

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