第76話

文字数 2,893文字

 事件が発覚したのは5カ月前。
 本当はそれよりも前に事件は起きていたのかもしれない。
 住民と騎士団との抗争の裏でそれは起きていたのだろう。
 5カ月前、数日姿を見せなかった町の女が負傷し、路地裏で倒れているのが発見さた。
 女の持っていた羊皮紙に書かれていた内容は、誘拐され、暗い場所で延々と何かを飲まされ続けたというものだった。
 暗いため、昼夜の感覚は無かった。しかし、不思議な事に空腹になる事は無かったらしい。
 どうやってこの羊皮紙を手に入れ、文字を綴ったのかは解らないが、それでもそれは彼女の字だと遺族が証言した。
 それから仕事や旅以外で数日姿が見えない住民がいると捜索をするようになった。
 誘拐事件でなかった場合は安堵し、行方不明となれば寝る間を惜しんで捜索した。しかし、見付け出す事は出来ず、騎士団を嫌う者達は〝騎士団が拉致している〟と言われるようになったのだ。
「捜していない所がまだ有るでしょ?」
 そう言ってアメリアが向かったのは町の、あの水が出なくなった噴水だった。
「此処が?」
 アルドが首を傾げる。
「この噴水は昔、住民の手で造った。まぁ、正しくは造らされた…だけど…。その時、地下の水路も掘ったんじゃないの?」
 アメリアの問いに、男達が顔を見合わせ、老人が「恐らくは」と答えた。
「それじゃあ、その水は何処から来ているの?」
「女神の住む洞窟だ。この町の水は地下を通り、井戸で汲み上げているからな。だが、今使われている井戸は騎士団の者達が魔法を使って敷いてくれた物で、人が入れるほどの広さが地下に在るとは思えないのだが…」
 老人の言葉にアメリアは「行きたいのは昔の水路」と返した。
「洞窟の入り口は?」
「入り口は向こうだ」
 そう言って老人が歩き出し、皆がその後に続く。
 噴水広場から北へ少し歩くと、錆び付いた鉄扉の蔵に到着した。
 扉には鎖が付けられ、そこには魔法陣のような模様が描かれた錠前が付けられている。
 老人が扉へと近付き、鍵を取り出して錠前に差し込み回す。
—ガコン…
 それはとても錠前とは思えない音だった。
 男達が鎖と錠前を回収し、その内の1人が老人の代わりに扉を開く。
 それと同時に、空気が蔵の内側へと吸い込まれる感覚が微かにした。
 この先は間違いなく何処かに繋がっている。
「この先は俺が案内する」
 そう声を上げたのは体格が良く、林業で使うにしては大きい斧を腰に下げた男だった。
「あんたいつから」
「1人でって…何かあったら―」
 仲間の男達の言葉を、その男は片手を上げて止めた。
「この先へは何回か行った事が有る。それに、お前達は知らないのか?水路は人1人が通れるくらいしか無いんだ。この人数で行くのは無理なんだよ。だから、此処からは俺一人で案内する。そして、あんた等も数を減らしてくれ」
 男の言葉にアメリア達は顔を見合わせた。
 確かに地下水路となれば狭いだろう。
「私達は此処で待つ。お前達は行け」
 そう言ったのはロードで「騎士団員は1人居れば良いだろう」と付け足してアルドを見た。
 旅をしているから忘れそうになっていたが、確かにアルドも騎士団員だ。しかも、彼は副隊長という立場だった。
 個人的に旅に付いて来ているにしても騎士団員である事に変わりはない。
「戻って来た時に報告して貰うからな」
 ロードの言葉にアルドが騎士流の敬礼をして「了解です」と返す。
「よし。それじゃあこの5人で—」
 男が言葉を途中で止める。
 アメリア達の方へと向き直り「行くぞ」と歩き始めた。
 その後にアメリア達も続く。
 中は思ったよりも湿気が有り、意外にも壁の所々に苔が生えていた。
 日光が届かない場所だというのになぜ苔が生えているのだろう。
 不思議に思いながらも前を見ると、日光が僅かに届く場所に地下へと続いているらしい石階段が見えた。
「気を付けるのだぞ!」
 後ろで老人の声がし、男が片手を上げると、後方で〝ギィィイイ〟という重々しい音がした。
 扉が閉められ、小さな窓から差し込む日光だけが蔵の中を微かに照らす。
「灯りを頼めるか?」
「ああ」
 男の頼みにアルドが言って左手に魔力を集め、幾つかの光玉を作り出した。
 その光が宙を漂い、薄暗かった階段を照らす。
「ホント、魔法が使えるって良いな」
 小声ながらも微かに哀し気な声音で言って男が歩き出す。
「貴方は…会合場所には居なかったですよね?」
 そう訊いたのはアメリアだった。
 騒動が起きた時は薄暗かったが、終わった時には既に太陽が昇っていた。
 その場にいた全員の顔を覚えていた訳では無いが、立派な大斧を持っていて体格の良い人物を見ていたら忘れる訳が無いし、言ってはなんだが、あの取り込まれ暴走した男よりも彼がリーダーの風格が有るのだ。
 アメリアの問いに男が「会合には行ってないな」と答え「仲間ではないが」と続けた。
「仲が悪い訳ではない。飲み屋で会ったら普通に話すし、互いに仕事の手伝いをしたりする。あいつ等は色んな理由で騎士団を嫌ったり、騎士団と仲良くする奴を嫌っていたが、町の住民とは普通に接していたんだよ。ただ、爺さんじゃなく、リーダーを気取ってたあの男が煩いからあまり話さないようにしていただけだ」
 確かにあの男なら町の住民でも騎士団と話す者は敵視していたかもしれない。
「そうだ!言いたい事が有ったんだ!」
 言って男が立ち止まってアメリア達の方を見る。
「あんた等、力加減ってのを覚えた方が良いぞ?何が有ったのかは解らないけどな、爆音が町中に響いて皆が飛び起きたんだ。そんで、見に行こうとする奴等もいて、それを俺と他数人で止めたんだぞ?野次馬が集まらなかった事を感謝しろ」
 男の言葉は怒っているようだが、声音は明るく、全くと言うほど嫌味が無い。
 それもそうだ。
 町から離れているとはいえ歩いて迎える距離だったのだ。
 音が町に届かない筈がない。
 思い返せば町に戻って来た時、通りに居た人々は安堵したり、アメリア達を心配したりしていた。
 アメリア達が反騎士団の男達と一緒にいるのを心配してくれていただけかと思ったがそうではなかったのだ。
「後で謝った方が良いよね…」
 迷惑を掛けて申し訳ない気持ちが沸き呟いたアメリアに、男が笑って「気にするな。今回は少し驚いただけで、騒がしいのはいつもの事だから誰も気にしちゃいない」と言った。
 だが、気にするなと言われても気になってしまう。
 そんな事を話している間に階段を降りきり、石の煉瓦で組まれた水路の入り口が在った。
 男が先に中へ入って行き、その後にアメリア達が続く。
 狭い通路は本当に長年使われていなかったのかと不思議に思うほど劣化していない。 
 崩れている場所すら全くなく、少し進むと通路は広くなっていた。
 通路の中央には深い溝が掘られている。
 反対にも道らしい場所が見えるが、またいで渡る事は出来ないくらい離れていて、向こうへ行くには橋か何かが必要だ。
 隔てている溝の深さも解らない。
「昔は此処を水が通っていたんだ。初めて此処に入った時、よく掘ったなと驚いた」
 男が言って1人が漸く歩ける幅の道を歩き出す。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み