第57話

文字数 2,804文字

 アルドの兄、ロードが鼻で笑い「此処は我が一族の別荘だ。俺がいても不思議ではないだろ」と言い、アルドを見て目を細めた。
「まさかお前が本当に女遊びをするとはな」
 その言葉にアメリアは驚いた。
 確かにまだ匂いは残っているが極僅か。
 離れた場所に座っているロードには解るはずが無いくらいの筈なのだ。
 それほど鼻が良いのか。
 だとしても良過ぎる。
 ロードの言葉にアルドの表情が曇る。
「愚弟だと常々言ってはいたが」
 呆れたように言ってロードが立ち上がりアメリア達の方へとやって来る。
「僕はただ道に迷っていた女性を助けただけだよ」
 アルドが笑って誤魔化そうとするも、ロードは「それだけでその匂いは移らない」と言い返し、アルドに何やら耳打ちをすると、そのまま広間を出て行った。
 アルドが何か悔しそうな、怒っているような顔をしている事に気付いたリマが「アルドさん?」と声を掛ける。
「あ、ごめん。何でもないよ」
 アルドが笑みを浮かべて答える。
「嫌な気分にさせたね。ごめん...」
「そんな!アルドさんは悪くないです!」
 リマの言葉にアルドは「ありがとう」と返し、頭を撫でると「座って待っていて」と行って出て行った。
「私...お手伝いしに行きます」
 そう言ってリマが急いで後を追うのを、アメリアとレオンは止めなかった。
 アメリアは自分も行きたかったが、追うより先にレオンに「座るぞ」と言われた。
「うん…」
 小さく頷いて椅子に座ったアメリアの隣にレオンが座る。
 静かすぎる室内は、不安な気持ちを消してはくれそうに無かった…。

 部屋を出るとすぐに追い付き「アルドさん!」と声を掛けると、彼は振り返り「どうしたの?」といつもと変わらない笑みで訊いた。
 また歩き出したアルドの肩に座り「お手伝いします」と返す。
「1人で大丈夫だよ。それに、お客さんに手伝わせるのは申し訳ないし。戻って2人と休んでて」
 そう言われても、今はアルドを1人にしたくない。
「いいえ!私は何と言われても手伝います!体は小さいですけど、それなりに重たい物を運べるんですから!」
「ふふ。それなら手伝って貰おうかな」
 渡ったアルドを見て少し安心し、リマも自然と笑みが零れた。
「何を作るんですか?」
 リマの問いに「そうだなぁ。食材を見て考えるよ」と答える。
「此処は凄く景色が綺麗ですね」
「そう?僕も幼い頃初めて見た時は綺麗だと思ったけど…。もう慣れたからかな」
 途中の間が気になったけれど、リマは深堀せずそのままアルドと共に調理場へと向かった。
 少し歩くとアルドが「此処だよ」と言って扉を開け、中に入ると、道具が綺麗に整頓して置かれていた。
 道具には薄っすらと埃が被っている。
 それほど長くはないが、暫く使っていなかったという事だ。
「少し待っていてね」
 言ってアルドが近くに置かれていた板を退かすと、そこには井戸が在ったが、それほど大きくはなかった。
 水汲みが入らないほど小さいのだ。
「どうやって使うんですか?」
 リマの問いにアルドが悪戯な笑みを浮かべて井戸の上で指を鳴らすと、小さな井戸から水が溢れ出た。
 その水が流し台の方へと流れて行く。
「なるほど。魔法を掛けて有るんですね?」
「正解」
 リマの頭を軽く撫でてアルドがアメリアの渡した小さな紙切れを取り出し、それを調理場の中央に在る台の上に置いて手を翳す。
 紙から光が放たれ、弾けると台の上が埋まるほどの食料が現れた。
 この中から必要な食材を探すのだ。
「さて、まずはフェーメを茹でないとね」
 それを聞いてリマは丁度良い大きさの鍋を見つけ、魔法で持ち上げると流れ続ける井戸水で埃を洗い流し、水を入れてから「どうぞ!」とアルドに差し出した。
「有難う」
 礼を言ってアルドがそれを受け取り竈の上に置く。
「茹で上がるまでにデザートを決めようか」
「はい♪」
 頷いて二人で食材の中から食べたい果物を探す。
「これはどうですか?」
 リマの手に持った物を見てアルドが笑う。
「それは君しか食べられないだろう」
「アメリア様は人も食べられるって言っていましたよ?」
「確かに食べられるけど、凄く酸っぱくて、好んで食べはしないんだ」
「へぇ…」
 それを聞いてリマが手にした果物を台に戻そうとしたのをアルドの手に止められた。
「これは君用で」
 言ってアルドが手にした器に果物を入れる。
 それがリマには何故かとても嬉しかった。
「アルドさんはどれにしますか?」
「そうだなぁ…。僕はこれにして、アメリアはこっち」
 言ってアルドが手にした果物を見てリマは『あれ?』と思った。
 アメリアが食材を用意したのがだ、封印魔法で紙の中に仕舞う所はリマも見ていた。
 その時には無かったような気がする果物だったのだ。
「あの」
 気になって声を掛けたが、アルドに笑顔で「何?」と訊かれると言えなくなり「何でもありません」と笑って誤魔化した。
 恐らく見落としていただけだ。
 竈に掛けていた水が沸騰しているのを見てアルドがフェーメを入れる。
 慣れた手付きに「今更ですが、料理はよくされるんですね」と話し掛けた。
「そうだね。遠征では団員達に振舞ったりしたよ」
「特異な料理は何ですか?」
 リマの問いに「ん~」と唸って考えた後「ごった煮かな」と答える。
「ごった?」
 解らず首を傾げたリマにアルドが「ふふ」と笑って「色んな食材をぶつ切りにして鍋に入れて、味付けをして煮込むだけの料理」と言う。
「それ、料理って言うんですか?」
「一応調味料を入れてるから料理だよ」
「そうですかねぇ…」
 考え込むリマを見てアルドが可笑しそうに「ふふふ」とまた笑う。
「もう!馬鹿にしてるでしょ!」
 怒ってリマが腕を叩くも、小さな手では痛くもないだろう。
「ごめんごめん。馬鹿にしたんじゃないよ」
「笑いながら謝られても説得力が有りません!」
「ただ可愛いなぁと思っただけさ」
 それを聞いてリマは恥ずかしくなり「そういう事を簡単に言わないで下さい!」と言ってアルドに背を向けた。
 アルドには今までも可愛いと言われて来た。
 それなのにどうして恥ずかしくなり、顔が熱くなってしまうのか。
 いつもと少し雰囲気が違うせいだろうか。
「さてと、そこに板を置いてくれる?」
 アルドに言われ、思考を止め「はい!」と弾かれたように返事をし、アルドが指している板を魔法で取り、鍋の隣の台に置く。
 アルドが鍋のお湯を捨て、茹で上がったフェーメをリマの用意した板の上に移す。
「次はスープか…。何時にするかな…」
 そう言ってスープの材料を探すアルドをリマは見詰めていた。
 どうしてアルドの雰囲気が違うのか何となく解っている。けれど、リマはその理由が解らない。
「アルドさん。訊いても良いですか?」
 リマの声にアルドが探しながらも「何?」と訊き返す。
「私の好きと、アルドさんの好きは何が違うんですか?」
 それを聞いてアルドが振り返ると、その顔は驚いていた。


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