第2話

文字数 3,735文字

「は~い♪おまち~♪」
 裏路地で見付けた店の店主、見た目は体格の良い男だが、話し方からしてオネエさんだ。
 隠れ家のような目立たないお店だからか客も常連らしい人が多い。
 目の前に料理が次々置かれる。
「あの…。頼んでいない物も有るんですけど…」
 困る私に店主が「1人で旅してるって聞いたらサービスしたくなったのよ」とウィンクされた。
 サービスは有難いけれど、量を考えて欲しい。
「あ…有難う御座います」
「ゆっくりして行ってね♪」
 言って店主がカウンターへ戻って行く。
 フォークを取り米を使用した料理から食べる。
 どことなく懐かしさを感じるのは、定番料理を少しアレンジしているからだろう。
「それにしても…最近増えてないか?」
 ふと後ろの会話が聞こえた。
 周りを気にしているのか小声だが、耳を澄ませばハッキリと聞こえる。
「軍は何してるんだよ」
「結局アイツ等は自分達が死ななきゃ良いって事だろ?国民が何人死のうがお構い無しなのさ」
「このままじゃ商売が出来ないじゃないか」
「失礼」
 気になって声を掛けると、小声で話していた者達は警戒した目で私を見た。
「何かあったんですか?」
 問い掛けに男達が顔を見合わせ、1人が「あんた…知らないのか?」と訊き返して来た。
「ずっと旅をしているので」
 本当はほんの僅かだけれど、自然界に何かが起きているという事だけは解っている。
 けれど、それが何故なのか解らない。
 自然界はほんの僅かでも狂えば全てが狂ってしまう。
 対処するなら早い方が良い。
「最近、あちこちで魔物が暴れてるんだよ」
 1人がポケットから何かを取り出して私に差し出す。
 それは羊皮紙で、受け取って広げると、そこには魔物の襲撃が有った場所と、町の外に出る場合は護衛を付けるようにという指示が書かれていた。
 魔物が人を襲ったという話はたまに聞くけれど、このような物が配られる事となったのは、短期間の間に被害者が100人を超えたからだろう。
 事件が有った場所はバラバラで、見ただけでは原因は解らない。
 此処から近いのはフィルラという泉。
 小さい泉で、此処から歩いても1日で行ける。
 往復で2日だけれど。
「あんた、旅をしてるって言ったよな?」
「えぇ」
 男の問い掛けに、短く答えて羊皮紙を返す。
「魔法は使えるのか?」
「それなりに」
 私の言葉を聞いて男達が顔を見合わせ、目配せした後、1人が言った。
「俺達の護衛をしてくれないか?」
「ちょっと!あんた達何言ってるのよ!」
 止めに入ったのは店主だった。
「仕方ないだろ?護衛がいないと俺達は仕事が出来ないんだからよぉ」
 言い返した男に店主が溜息を吐き、私に「旅の途中なんでしょ?」と問う。
 何故旅をしているかは話していないけれど、会って間もない旅人に護衛を頼むのは非常識だと思って止めてくれたのだろう。
「別に急いでいないので、短期間なら護衛をしても良いですよ」
「本当か!」
 男達が嬉しそうに目を輝かせて言う。
「ええ。報酬に関しては仕事内容によります」
「解った」
 言って1人が立ち上がり、他の男達も立ち上がって私の近くに移動する。
「貴女…。かなりのお人よしねぇ」
 店主が呆れている。
「別に、親切で引き受ける訳ではないですよ」
「あら。そうなの?」
「暫く此処に滞在すると言ったでしょ?宿代もタダではないので」
 それだけで店主は事情を悟ってくれたらしく、苦笑して「なるほどね」と呟いた。
「それじゃあ、俺達のやってる仕事を簡単に話すぞ」
 彼等の仕事は鉱山から鉱石を運んで来て売る。
 それだけの事だけれど、鉱山の辺りには気性の荒い魔物もいるため、彼等が大人しくなる時期に鉱山へ入る事と決められている。
 それがこの時期なのだけれど、魔物の狂暴化が増えている事で鉱山周辺も安全かどうか解らず、軍が調査に行くと言っていたが、未だ調査が行われず困っていたらしい。
 先程の羊皮紙に護衛を付けるよう書かれていたため、護衛を募集したけれど、断られ続けているのだとか。
 鉱石は高値で取引され、最低でも十万は超す。
 それを考えれば最低報酬は十万を超えて当然だ。
 そこら辺の魔物退治や素材集めなんかより相当儲かる。
 そのため、護衛の仕事を独占し、多額の報酬を得ようとする者もおり、それを抑制する為の決まりも有る。
 鉱山関係の護衛は一度引き受けると5か月は引き受ける事が出来ない。
 引き受けた場合は国の所定している場所に報告書と契約書を提出しなければならない。
 雇い主が期間の延長を申告しない限り、いかなる理由があろうと護衛を続ける事は出来ず、もし違反した場合は報酬が全て罰金として回収され、抵抗すれば容赦無く牢獄へ入れられる。
 雇い主が1日や2日で辞めさせる場合も有り、それが嫌で断る者がいるのも確かだ。
「私は町から鉱山へ行き、鉱山から帰って来るまでの間護衛をすれば良いんですね?」
「ああ。頼めるか?」
「もちろん。それで、いつからですか?」
「明後日の夕方には東口から出発する予定だ」
 明後日なら準備する時間は充分に有る。
「解りました」
「それじゃあ、頼む」
 話が終わった所で1人が「酒をくれ!」と店主に頼み、そこからは飲み会に発展した。

「ふぅ…」
 お酒は飲んでいないけれど、疲れ切って宿のベッドに倒れ込む。
 ポーチを外し、枕元に置いて中から本を一冊取り出し、表紙を二度突くと、小さかった本は一瞬で初め見た時の大きさに戻った。
 表紙を捲って目を通す。
 書かれている事は以前読んだ物と似たような内容で、女神の遺産について書かれているとはほんの一部。
 この本でも女神の遺産は存在していないと書かれている。
「はぁ…」
 溜息を吐いて背表紙を撫でると、本は光となって消えた。
 天井をただぼうっと眺める。
 こうして一人だとどうしても想い出してしまう。
―コンコン…
 窓の方から小さく叩く音が聞こえ、嫌な気配がしないので無視したものの、何度も叩かれ、溜息を吐いて体を起こし窓を開けると、外から小さな影が入って来た。
 青い光の粒子が舞う。
「も―!気付いているのに無視するなんて酷いじゃないですか―!」
 怒っている小さな妖精。
 何処かで見たような…。
「あ!図書館にいた子!」
 驚いた私に「そうです!もう!」と言って妖精がそっぽそ向いてしまう。
「ごめんごめん。まさか妖精が訪ねて来るなんて思っていなかったから」
 苦笑し謝る。
 悪戯好きな妖精もいるにはいるが、迷惑を掛けるような妖精など本当はいない。
 そう言いふらす人間は大抵妖精を怒らせる事をしているのだ。
 妖精が横目で私を一瞥し、俯き、少し何か考えた後こっちを向いた。
「お願いが有って来ました」
「お願い?」
 妖精がそんな事を言うなど珍しい。
 真剣な表情を見ると深刻なのだろう。
「イヴェト鉱山の事で」
「それって…」
 イヴェト鉱山は先程話をした男達と向かう場所だ。
「話しているのを聞いていました。護衛のお仕事で行くんですよね?」
 一体何処で聞いていたのか。
 全く気付かなかった。
 この子は姿と気配を消すのが上手い。
「お願いです!私達を助けて下さい!」
「……はい?」
 数秒思考が止まってしまった。
 いきなり頼み事をされるのは初めてではない。
 私の思考を止めたのは〝私達〟という一言だ。
 つまり、彼女だけではなく、他の妖精達も助けてくれという話。
「誰かが君の仲間を捕まえたの?」
「違います」
「君の仲間が悪い事してるとか?」
「そんな事しません!」
「それじゃあ…」
「もー!話を聞いて下さい!」
 妖精が怒って叫ぶと、室内に風が吹き荒れ、窓を揺らし、布団まで飛んだ。
「ごめん!ちゃんと話を聞くから!」
 このままでは部屋だけではなく壁まで壊されかねない。
 慌てて言うと、妖精は風を止め、深呼吸するように息を吐き、私を睨んだ。
「本当にごめん。…それで?君達とイヴェト鉱山に何の繋がりが?」
 問い掛けに、妖精が哀し気な顔をして俯いた。
 何となく解っている。
「もしかして、あの山にここら辺一帯の妖精の王、精霊がいるの?」
 その問いに、妖精が顔を上げ、何も言わず何度も頷いた。
「最近、殆ど声が聞こえないんです!お会いしに行っても姿が見えなくて!」
 言って妖精が私の右腕にしがみつく。
「お願いです!私が見えるなら、あの方も見えるかもしれない!何かが起きているのは解っているんです!でも…」
 妖精の声が震え、目の端から涙が流れ落ちる。
「私達には何も出来なくて…。サーラには気のせいだって言われて…何もしてくれなくて」
 サーラとは恐らく図書館に居たあの女性だろう。
「お願いです…。助けて…下さい」
 何度も「助けて」と繰り返して泣き続ける小さな妖精。
 泣いているのに冷たくあしらう事など出来ない。
「…解った。何が起きているのか確かめてあげるし、本当に何かあったら、何とか出来れば対処して来る」
 私の言葉に、妖精が顔を上げ、目を丸くして「本当に?」と問う。
 笑みを返し、小さな頭をそっと撫で「約束する」と答えると、妖精は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとう…。本当に…ありがとう」
 それから暫く、妖精は傍を離れようとしなかった。
 その間、精霊について語り、私はそれを相槌をしながら聞いていた…。


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