第16話
文字数 2,927文字
躰が何かに包まれ、持ち上げられる。
―ドォオオオオン…
衝撃音がし、地面に転がり、何かに当たって止まる。
「うっ…」
声に目を開けると、男が苦痛に顔を歪ませていた。
男が私を抱き抱えて回避し、転がって一部だけ残っていた壁に当たって止まったのだ。
「どうして…」
庇った理由が解らず呆然とする私を、目を開けた男が睨んだ。
「ぼうっとしてるな!死にたいのか!」
男の言葉に〝死ねるならとっくに死んでる〟と言いそうになって口を噤む。
生きたいと思っている訳でもない。ただ、願いが叶うかもしれないから旅をしているだけだ。
何も言わない私に、男が溜息を吐き、私の腕を掴んで立ち上がり、引っ張られて私も立ち上がる。
私を守るように前に立つ背中。
『ほんと…あの人に似ていて…嫌になる』
あの時も、あの人は私の前に立っていた。
どんな時でも〝勝てる〟と思わせてくれた。
「ふぅ…」
胸に手を当て、深呼吸をする。
―オォオオオオオ!
雄叫びを上げ、獣が尾を振り下ろす。
それを見て降ろしている右手で円を描く。
「…っ!」
男が剣で受け止めようとする。だが、振り下ろされた尾が剣に当たる事は無かった。
光が二つの間に現れ、障壁となって防いだ。それと同時に、稲妻が獣を襲い、風が巻き起こり、獣の巨体を物ともせず吹き飛ばす。
「今のは…」
言って男が私を見る。
「アイツは確かに精霊だけれど、負のエネルギーの塊で、針で守られてる首の下に隠れている魔石を壊せば倒せる。けど、見た通り動きが早い」
言いながら男の隣に立つ。
「けど、動きを止めれば簡単」
「止めるって、どうやって」
再び獣が動いたのを見て、今度は私が男の腕を引いて回避し、それと同時に空いている左手を振るう。
それと同時に、雲の無い空が光り、獣に降り注ぐ。
「私が動きを止めるから、止めを刺して」
言って男の持つ剣に触れる。
『天地全ての精霊。侵される事の無い神域の者』
心中で唱えている間にも獣は殺そうと向かって来る。
それを一瞥し、左手を振るう。
地面が揺れ、噴き出した水が獣に降掛かり、再び稲妻を浴びせる。
『悪しきモノを払う為の力を与えよ!』
終わるのと同時に剣身が赤い光を纏う。
これで準備は終わった。
「貴方は護る。だから、魔石だけに集中して」
私の言葉に、男は何か聞きたそうな顔をしたけれど、頷いて獣へ向かって駆け出した。
こうして誰かと共に戦うなんて久し振りだ。
右手で空に、左手で足元に円を描く。
それと同時に、獣の頭上と足元に光の円が現れる。
切り掛かった男を前足で払おうとする。
「させない!」
左手を翳す。
地面から光の棘が生えて獣の振り上げた前足に突き刺さる。
―オォオオオ!
痛そうに咆えても手を抜いてはならない。
右手を振り下ろし、左手を上げて両手を打ち鳴らす。
その瞬間、獣の頭上と足元の光から無数の蔦のような物が伸びて巻き付き動きを止めた。
男が駆け出す。
手にしている剣の光が線を引く。
あの時を後悔しても意味は無いと解っている。
それでも思ってしまう。
もっと力が有ったらと…。
男が獣の背に乗り、首を守るように生えた棘に向かって剣を振り下ろす。
紅い光が一閃し、鬣を切り、隠れていた赤黒い魔石が現れた。
―オォオオオ…オォオ‥‥
剣が振り下ろされて魔石に突き刺され、獣が最後の雄叫びを上げ、空気に溶けるように霧散した。
足場がなくなり、男は地面に着地して剣を鞘に納めるのと、獣を縛っていた光が消えるのは同時だった。
振り向いた男がゆっくりと私の方へ歩いて来る。
あの時とは違う。
今目の前にいるのもあの人ではない。
小さく息を吐いた時だった。
「…っ!」
急に胸が痛み、耐えきれず胸を押さえて蹲る。
そんな私を見て、男が駆け寄って来て「どうした!」と言って触れて来た。
考えていられないほど苦しくて痛い。
寄り掛かって男を見上げると、不安げに男が私を見降ろしていた。
「アメリア様!」
リマの声がし、顔を覗き込む。
「二人して…そんな顔しないでよ」
私の声は自分でも解るほど掠れていた。
「久し振りにやったから…疲れただけ」
言ってリマを撫でる。
「ほんと…に…少し…疲れただけ」
私の言葉に男は「疲れただけって…こんなに体が熱いのに何言ってるんだ!」と怒鳴り抱き上げて駆け出す。
『本当に疲れただけなんだけど』
そう思ってももう口を動かす気力も無かった。
男とリマが何か話しているけれど、水の中にいるような感じで聞こえない。
苦しさが消える。
私は目を閉じると、そのまま意識を闇に落とした…。
レオンは何が起きているのか全く解らなかった。
目を閉じて眠ってしまったアメリアの躰は、風邪を引いているというよりも、燃えているかのように感じるほど熱くなっているのだ。
「水に浸からせて下さい!」
リマの言葉に訊き返したかったが、アメリアの状態を考えると話をしている余裕など無かった。
『どうしてこんなに熱くなっているんだ?何が起きた』
こうも誰かの事を想って焦る事など今まで無かった。
自分の泊まっている宿の部屋に水風呂も完備されている事を想い出し、何が有ったのかと心配する宿の従業員に風邪を引いていると嘘を吐き、部屋に戻ると直ぐに備え付けの露天風呂へと向かった。
露天風呂へと続く脱衣所に入ったまでは良かった。
だが1つ問題が。
服を脱がして良いか否か。
迷っていると、アメリアが苦しそうに唸って自分の胸を掴んだ。
「アメリア様」
心配したリマがアメリアの手に触れた。
その瞬間、リマの体が光り、強さを増し、球体となって弾け、弾けた光が服へと変化し、リマの体は人と同じくらいにまで大きくなっていた。
一体何が起きたのか互いに解らず顔を見合わせる。
「と…兎に角!私がアメリア様を入れますから、レオンさんは出て下さい!」
「解った!」
言われて風呂場を出る。
冷静になると色々と気になって来た。
アメリアはどうしてアレを知っていたのだろう。
あんなモノの目撃情報など全く無かった。
レオン自身、多くの魔物を見て来たが、黒いモノに覆われた魔物など初めてだ。
それと、アメリアは何の詠唱も無く魔法を使っていた。
彼女の師匠が色々な事を出来たと言っていたので、その師匠に教わったのだとしても、それなら何故彼女は魔法も使える事を黙っていたのだろう。
アメリアの体は、まるで燃えているように熱かった。
何が起きたのか全く解らない。
どれくらい時間が経ったのか。
脱衣所のドアが開くまでの時間が、とても長く感じられた。
ドアが開いた時、出て来たのは小さな姿のリマで「服は着せたんですけど」と疲れ切った声で言った。
「俺が運ぶ」
言って中へ入り、アメリアを抱き上げようとした時、僅かに開いた胸元が見えた。
それを見て手が止まる。
「これは…」
アメリアの胸元には、焼けた跡が有ったのだ。
その中心が微かに光っているように見える。
触れてみるが、普通の皮膚だ。
「私も…知りませんでした」
言ってリマが肩に乗る。
何にせよ、今は取り敢えず寝かせなければ。
抱き上げてベッドへと運ぶ。
それからレオンとリマは殆ど会話をせず、ただアメリアが目覚めるのを待った。
・
―ドォオオオオン…
衝撃音がし、地面に転がり、何かに当たって止まる。
「うっ…」
声に目を開けると、男が苦痛に顔を歪ませていた。
男が私を抱き抱えて回避し、転がって一部だけ残っていた壁に当たって止まったのだ。
「どうして…」
庇った理由が解らず呆然とする私を、目を開けた男が睨んだ。
「ぼうっとしてるな!死にたいのか!」
男の言葉に〝死ねるならとっくに死んでる〟と言いそうになって口を噤む。
生きたいと思っている訳でもない。ただ、願いが叶うかもしれないから旅をしているだけだ。
何も言わない私に、男が溜息を吐き、私の腕を掴んで立ち上がり、引っ張られて私も立ち上がる。
私を守るように前に立つ背中。
『ほんと…あの人に似ていて…嫌になる』
あの時も、あの人は私の前に立っていた。
どんな時でも〝勝てる〟と思わせてくれた。
「ふぅ…」
胸に手を当て、深呼吸をする。
―オォオオオオオ!
雄叫びを上げ、獣が尾を振り下ろす。
それを見て降ろしている右手で円を描く。
「…っ!」
男が剣で受け止めようとする。だが、振り下ろされた尾が剣に当たる事は無かった。
光が二つの間に現れ、障壁となって防いだ。それと同時に、稲妻が獣を襲い、風が巻き起こり、獣の巨体を物ともせず吹き飛ばす。
「今のは…」
言って男が私を見る。
「アイツは確かに精霊だけれど、負のエネルギーの塊で、針で守られてる首の下に隠れている魔石を壊せば倒せる。けど、見た通り動きが早い」
言いながら男の隣に立つ。
「けど、動きを止めれば簡単」
「止めるって、どうやって」
再び獣が動いたのを見て、今度は私が男の腕を引いて回避し、それと同時に空いている左手を振るう。
それと同時に、雲の無い空が光り、獣に降り注ぐ。
「私が動きを止めるから、止めを刺して」
言って男の持つ剣に触れる。
『天地全ての精霊。侵される事の無い神域の者』
心中で唱えている間にも獣は殺そうと向かって来る。
それを一瞥し、左手を振るう。
地面が揺れ、噴き出した水が獣に降掛かり、再び稲妻を浴びせる。
『悪しきモノを払う為の力を与えよ!』
終わるのと同時に剣身が赤い光を纏う。
これで準備は終わった。
「貴方は護る。だから、魔石だけに集中して」
私の言葉に、男は何か聞きたそうな顔をしたけれど、頷いて獣へ向かって駆け出した。
こうして誰かと共に戦うなんて久し振りだ。
右手で空に、左手で足元に円を描く。
それと同時に、獣の頭上と足元に光の円が現れる。
切り掛かった男を前足で払おうとする。
「させない!」
左手を翳す。
地面から光の棘が生えて獣の振り上げた前足に突き刺さる。
―オォオオオ!
痛そうに咆えても手を抜いてはならない。
右手を振り下ろし、左手を上げて両手を打ち鳴らす。
その瞬間、獣の頭上と足元の光から無数の蔦のような物が伸びて巻き付き動きを止めた。
男が駆け出す。
手にしている剣の光が線を引く。
あの時を後悔しても意味は無いと解っている。
それでも思ってしまう。
もっと力が有ったらと…。
男が獣の背に乗り、首を守るように生えた棘に向かって剣を振り下ろす。
紅い光が一閃し、鬣を切り、隠れていた赤黒い魔石が現れた。
―オォオオオ…オォオ‥‥
剣が振り下ろされて魔石に突き刺され、獣が最後の雄叫びを上げ、空気に溶けるように霧散した。
足場がなくなり、男は地面に着地して剣を鞘に納めるのと、獣を縛っていた光が消えるのは同時だった。
振り向いた男がゆっくりと私の方へ歩いて来る。
あの時とは違う。
今目の前にいるのもあの人ではない。
小さく息を吐いた時だった。
「…っ!」
急に胸が痛み、耐えきれず胸を押さえて蹲る。
そんな私を見て、男が駆け寄って来て「どうした!」と言って触れて来た。
考えていられないほど苦しくて痛い。
寄り掛かって男を見上げると、不安げに男が私を見降ろしていた。
「アメリア様!」
リマの声がし、顔を覗き込む。
「二人して…そんな顔しないでよ」
私の声は自分でも解るほど掠れていた。
「久し振りにやったから…疲れただけ」
言ってリマを撫でる。
「ほんと…に…少し…疲れただけ」
私の言葉に男は「疲れただけって…こんなに体が熱いのに何言ってるんだ!」と怒鳴り抱き上げて駆け出す。
『本当に疲れただけなんだけど』
そう思ってももう口を動かす気力も無かった。
男とリマが何か話しているけれど、水の中にいるような感じで聞こえない。
苦しさが消える。
私は目を閉じると、そのまま意識を闇に落とした…。
レオンは何が起きているのか全く解らなかった。
目を閉じて眠ってしまったアメリアの躰は、風邪を引いているというよりも、燃えているかのように感じるほど熱くなっているのだ。
「水に浸からせて下さい!」
リマの言葉に訊き返したかったが、アメリアの状態を考えると話をしている余裕など無かった。
『どうしてこんなに熱くなっているんだ?何が起きた』
こうも誰かの事を想って焦る事など今まで無かった。
自分の泊まっている宿の部屋に水風呂も完備されている事を想い出し、何が有ったのかと心配する宿の従業員に風邪を引いていると嘘を吐き、部屋に戻ると直ぐに備え付けの露天風呂へと向かった。
露天風呂へと続く脱衣所に入ったまでは良かった。
だが1つ問題が。
服を脱がして良いか否か。
迷っていると、アメリアが苦しそうに唸って自分の胸を掴んだ。
「アメリア様」
心配したリマがアメリアの手に触れた。
その瞬間、リマの体が光り、強さを増し、球体となって弾け、弾けた光が服へと変化し、リマの体は人と同じくらいにまで大きくなっていた。
一体何が起きたのか互いに解らず顔を見合わせる。
「と…兎に角!私がアメリア様を入れますから、レオンさんは出て下さい!」
「解った!」
言われて風呂場を出る。
冷静になると色々と気になって来た。
アメリアはどうしてアレを知っていたのだろう。
あんなモノの目撃情報など全く無かった。
レオン自身、多くの魔物を見て来たが、黒いモノに覆われた魔物など初めてだ。
それと、アメリアは何の詠唱も無く魔法を使っていた。
彼女の師匠が色々な事を出来たと言っていたので、その師匠に教わったのだとしても、それなら何故彼女は魔法も使える事を黙っていたのだろう。
アメリアの体は、まるで燃えているように熱かった。
何が起きたのか全く解らない。
どれくらい時間が経ったのか。
脱衣所のドアが開くまでの時間が、とても長く感じられた。
ドアが開いた時、出て来たのは小さな姿のリマで「服は着せたんですけど」と疲れ切った声で言った。
「俺が運ぶ」
言って中へ入り、アメリアを抱き上げようとした時、僅かに開いた胸元が見えた。
それを見て手が止まる。
「これは…」
アメリアの胸元には、焼けた跡が有ったのだ。
その中心が微かに光っているように見える。
触れてみるが、普通の皮膚だ。
「私も…知りませんでした」
言ってリマが肩に乗る。
何にせよ、今は取り敢えず寝かせなければ。
抱き上げてベッドへと運ぶ。
それからレオンとリマは殆ど会話をせず、ただアメリアが目覚めるのを待った。
・