第18話

文字数 4,162文字

「あの戦いで…私は全て失った。仲間も…私を育ててくれた師匠も…。戦いが終わった後、生き残った人達も、誰もが喜んでなんていなかった。疲れ、無言で荒れ果てたその地を見詰めていた。遺品だけを残して、多くの遺体がその地に埋められた。私の仲間達も…。そして、そこに慰霊碑が建てられた」
 昔の事を一部話して、深呼吸をして顔を上げると、リマがベッドに座り込んで泣いていた。
 この子は本当に優しい。
「それから…仲間達と過ごした山小屋にいた。何もする気が起きなくて。食事もそんなに摂っていなかった」
 話を続けながら、そっとリマの背中をさする。
「家がボロボロになっていって、もう住めないとなった時、久し振りに町へ行って驚いた。抜け殻みたいに生きている間に、世界は二百年という時間が流れていたから。ドラゴン族の時間の感覚ってこうなんだって知ったよ。人とは全く違う。数か月が何十年なんだから」
 何日も平気で起きていられるのはドラゴン族の心臓だからだと解るまでは正直戸惑った。
「家を直そうと思って色んな所を確認してたら…あの人が隠していた日記を見付けた。それには〝女神は必ず何かを遺す〟って書かれていた。もしそれが本当なら、この世界には女神の遺産が有る。私はそれを見付ける為にまた旅を始めた」
 本当に有るか解らない。それでも、今の私にはそれが希望になった。
「今まで行った先々で色んな資料を読んだけれど、女神の遺産はもう存在しないと書かれていて、手掛かりになる事は何も載っていなかった。でもね、こうも考えた。女神の遺産を巡って大戦が起きた。だから、もう二度とあんな事が起きないように書かなかったんじゃないかって」
 そう考えると、どうして何も残っていないのか納得がいく。
「もしそれが真実で、女神の遺産を見付けたとしよう。それでお前は何をするつもりだ?」
 黙って話を聞いていたレオンが問う。
 願いは1つだ。
「…もう一度…あの人に会いたい」
「死者は蘇る事は無い。例え神の力を借りても無理だと多くの歴史書に書かれてる」
「知ってる」
 色んな書物を読んで知っている。
 どんな魔法を使い、女神を召喚したとしても、死者を蘇らせる事は出来ない。
 それは、1つの魂に与える事が出来るのは1つの肉体だけだから。
 その魂に合った肉体でなければ生まれる事も出来ない。
 この世界には肉体を必要とする世界と、魂のみで生きる世界の2つが存在し、その世界を行き来していると考えた者がいた。
 その書物を読んだ時、それなら生き返らせる事も出来るのではと考え、様々な事を試したけれどどれも失敗した。
 失敗で爆発を起こし、大地に少し大きなクレーターを作った事だってある。
 近くに町が在って、爆音を聞いた騎士団がやって来る前に逃げた。
「叶わないと解っていて、どうして探す」
 どうしてなんて、答えはさっきも言った。
「会いたいの…」
「だからそれは―」
「会いたいの!」
 同じ事を言わされて腹が立ち、溢れた感情が涙となって流れた。
「蘇らせる事は出来ないって解ってる!それでももう一度会えるなら会いたい!あの時、哀しくて、辛くて、サヨナラも…ありがとうも…何も言えてない!」
 毛布を握り締める。
「死にたくて…自分で死のうとした事だってある。でも…許してくれない」
 言ってポーチからナイフを取り出す。
「何を」
 レオンの呟きを無視し、そのナイフを思いきり左腕に向かって振り下ろす。
「ダメ!」
「よせ!」
 リマとレオンが同時に叫ぶ。
 けれど私は手を止めなかった。
 ナイフが腕に向かっていき、切っ先がもう少しで刺さるという時だ。
―パキィイイイン!
 僅かな隙間に光の模様が浮かび、それに阻まれたナイフが音を立てて中心から折れて弾け飛び、レオンの顔の横を飛んで床に転がった。
「死なせてくれないの…。どんな方法を使っても…」
 こんなのは地獄でしかない。
「貴方達は無駄だって言うけど…会いたいって願っても良いじゃない!それしか今の私には無いの!生きて行く意味が…それしか…」
 涙が溢れて止まらない。
 泣いたのはあの日以来だ。
 ふと体が何かに包まれる。
 顔を上げると、レオンが抱き締めてくれていた。
 その暖かさが、余計に私の涙を溢れさせる。
『この暖かさが…貴方だったら良いのに…アーレン』

 ひとしきり泣いた後、急に恥ずかしくなり「ごめん。もう大丈夫」と言って離れようとしたけれどレオンは逆に抱き締める腕の力を強くした。
 何も言わず、ただ私を抱き締め続ける。
「あの…本当に大丈夫だから…放して」
 言って背中を何度か叩くと、レオンは漸く放してくれた。
 いつもの真顔だけれど瞳は哀し気だ。
 レオンの頬が少し切れている。
 先程弾け飛んだナイフで切れたのか。
 そっと傷に手を翳して魔法で塞ぐ。
 多くの人間が勘違いをしているが、回復魔法は万能ではない。
 実際には細胞の再生能力を速めて傷を塞いでいるだけだ。
 体内から出た血まで増やす事は出来ないし、毒などを取り除く場合は解毒薬が必要となる。そして、自らの命を対価としているため、自分自身の回復を行う事は出来ない。
 それなのに何でも治せると思ってやって来る者達が多い。
 昔はその事で騎士達と揉めた。
 魔法師達は知っているので私に加勢し、言い合いから個人の喧嘩に発展し、それが大人数になって、大騒動に発展した事もあり、終わった時には喧嘩の理由が変わっていたという、変な事件もあった。
 今想い出すと可笑しい。
「変な感じだな」
 レオンが傷の有った場所を触って言う。
「当然だよ。細胞が急速に増えているんだから。私も何度かやって貰ったけど、気持ち悪いよねぇ。何かが動いている感じがして」
 私の言葉にレオンが微かに笑って「そうだな」と言う。
「泣いたら…お腹が空きました」
 リマが言ってお腹をさする。
 それを見て、私とレオンは顔を見合わせて笑った。
「もう昼だ」
 レオンが立ち上がる。
「何か食べないとね」
 言って私も立ち上がったけれど、まだ体は疲れていたらしい。
 ふらついて倒れそうになったが、レオンが支えてくれた。
「まだ具合が悪いなら休んでいろ」
「大丈夫。本当に…大丈夫」
 言ってポーチを腰に着け、そっとリマを抱き上げて肩に座らせる。
「そう言えば」
 部屋のドアを開けようとしたレオンが立ち止まって振り返る。
「お前が倒れた時、リマが人並みの大きさになったのはどうしてだ?」
 訊かれて私は「そうなの?」と訊き返した。
「はい」
 頷いたリマが私を見上げる。
「私にもそれは解らないなぁ…。けど、仮説程度なら」
 これは本当に仮説だ。
「ドラゴン族は精霊に最も近い種族だった。だから、精霊と等しい力を持っていた。私がリマのいたとこの精霊を助けたり、あの魔物を抑え込む為に使った時の力はドラゴン族の力。でも、この心臓は元々私の心臓ではないから、ドラゴン族の力は何かしらの副作用を起こす。それが今回は高熱。もしあれが力の暴走だったとすると、リマは精霊に等しい力に触れたから、その影響で一時的に精霊になったんじゃないかな?」
 私の仮説にレオンが「妖精が精霊に?」と訊き返す。
「昔、妖精から精霊になったという人がいた。えっと…確か…精霊から力を貰って…それで精霊になったって。もし、漏れたドラゴン族の力が多すぎて、リマの中に取り込まれたんだとしたら、無い話では無いと思う」
「私精霊になれたんですか?!
 驚くリマに「一時的にだけどね」と訂正すると、リマは「そうですか」と落ち込んだ。
「妖精が精霊に…。もしそれが本当だとしたら、凄い物を見たんだな」
「そうだよ。あ~あ。良いな~。私も精霊になったリマを見たかったよ」
 羨ましがる私にレオンが「それなら、本当に精霊になれるのか試してみたらどうだ?」と無責任な事を言う。
「試してみても良いけど、倒れたりしたら看病してくれるの?」
「良いぞ」
「え?」
 からかうつもりで言ったのに、平然と頷かれたら私の方が困る。
「次にもしお前が意識を失ったとしたら、服を全部脱がせて俺が水風呂に入れて良いんだな?着替えさせないといけない時も有るかもしれない。その時も俺が看病するぞ?」
「やっぱり無し!看病はリマにお願いする!」
 レオンに看病される自分を考えたら物凄く恥ずかしい。
 私の反応にレオンが「フッ」と笑ってドアを開ける。
 何故だろう。
 何かに負けた気がする。
「アメリア様?顔が赤いですよ?やっぱりまだ具合が悪いとか」
「だっ…大丈夫!何でもないよ!」
 心配するリマに笑って誤魔化す。
 前を歩くレオンがクスクスと笑うから、腹が立って軽く背中を殴ってやった。
「何で殴った」
「さぁ?自分で考えなさいよ」
 言い返し、レオンを追い越して前を歩く。
 いつもより少し体が軽い気がする。
 いや、体ではなく心か。
 こんなにも穏やかなのは久し振りだ。
「さて!何食べようか!」
「私はフィペムが良いです!アメリア様は?」
「そうだなぁ…。ここら辺だとウィブが有るから、それの入ったのが食べたいな」
 私の言葉に、リマが一瞬驚いたような顔をした後、嬉しそうに「ふふ」と笑った。
「何?可笑しな事言った?」
「いいえ。そうではなくて」
「それじゃあ何?」
 問い掛けにリマが私を見て微笑む。
「今までずっと、何を食べたいかお聞きしても〝何でも良い〟と仰っていたので…。食欲が戻られたようで嬉しくて」
 そういえば以前、私はリマに〝何が食べたいとかという意味での食欲は無い〟と言った。
 それから私はリマの食べたい物は訊いても、リマに食べたい物を訊かれては適当で良いとばかり言っていた。
 長い間、食べられれば何でも良かった。
 それなのに今、私は〝食べたい〟と言ったのだ。
「何…それ…」
 呟き、そっとリマの頭を撫でる。
「レオンさんは何が良いですか?」
 気持ちを切り替えてリマがレオンに問う。
「何でも良い」
「うわ~。一番迷惑な答え~」
 嫌味を含めて言った私にレオンが溜息を吐き「それじゃあティルマ」と言う。
「食べたいの有るんじゃない」
「お前なぁ…」
 レオンが低い声で言う。
『これは不味い』
 どうやらからかい過ぎたようだ。
「あははは~」
 笑って駆け出した私の後をレオンが追い掛けながら「病み上がりなんだから走るな!」と怒る。
 リマも楽しそうに笑っていた。

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