第28話
文字数 5,644文字
嫌な気配を感じて大広間へ戻ると、人が離れて出来た場所に立っている女の姿が有り、その女には見覚えが有った。
アルドは何度か騎士団の中で行われる試合の時に会っている。
『確か…ミゼラ・ケインズだったか?それにしても、この禍々しい気は何だ』
何が起きているのか解らない。
ゆっくりと立ち上がったミゼラの体から、黒い炎のような光が湧き出し、彼女の体を覆い始める。
顔まで覆いかけた時、黒い中に浮かぶ道化の仮面に気付いた。
「ピルメクス⁉」
共に来たアメリアが言って右手の人差し指と中指に光を集め、円を描き、握り締めて駆け出した。
「よせ!」
咄嗟にアメリアを止めようとしたが、悲鳴を上げ、逃げようと駆け出した者達に阻まれた。
アメリアの手中の光が、細く長い物へと変化する。
純白のそれは、ロッドよりも長く、彼女の身長を優に越していた。
ミゼラから放たれた黒い矢のような物が動こうとしないレオンに迫る。
長い純白の杖の底を床に着けるのと同時に、彼女と飛来する矢の間に光の壁が現れた。
―パァアアアアン!
何かが破裂したかのような甲高い音が広間に響き渡った。
その音に驚き、逃げようとしていた者達も硬直する。
眩い光が大広間を照らし、大広間を呑み込んでいた闇を消していく。
光を放っているのは、アメリアの持つ細く長い杖の上部に有る、両錘の透明な何か。
その中で七色の光が飛び交っている。
見た事の無い石だ。
魔石だろうか。
「アァアアアアアア!」
ミゼラの体を覆っていた闇が、幾つもの音が重なった声で苦し気に叫び蒸発し始める。
「アレを討って!」
アメリアの声にアルドは何の事を言っているのか解らず動けなかったが、レオンが駆け出していた。
向かって行くレオンの手にはペティナイフ。
剣を持ち込んでいないのだから、使える物と言ったらそれくらいだ。
咄嗟にそれを手に取るのは流石だと感心する。
レオンが仮面にナイフを突き立てるも、割れるまでには至らない。
「チッ!」
珍しくレオンが舌打ちをし、力を込めてそのまま押し倒し、仮面に刺さったナイフを踏み付けて更に深く刺すと、今度こそ不気味な声を上げる仮面は砕けた。その瞬間、仮面から大量の黒い煙のような物が噴き出した。
「オォオオオオアアアアア!」
轟いたその音は、まるで数多の人々が呻いているような音で、誰もがその不気味な音に耳を塞ぐ中、アルドはその光景から目を逸らせなくなっていた。
純白の杖を手に立つアメリアの姿がまるで女神のように見え、思わず見惚れてしまったのだ。
不快な音が消えて大広間に光が戻る。
それとほぼ同時に、アメリアの手にしていた杖が音も無く光となって消えた。
「何だ…今のは」
「彼女は一体…」
会場内の者達が事態を把握できずざわつく中、何処からか妖精達が現れ、アメリアの許へと向かった。
その中の1人がアメリアに「大丈夫ですか?」と問う。
「大丈夫。それより」
言ってアメリアが倒れたミゼラに駆け寄り、屈んで抱き起し、小さく溜息を吐く。
後から歩み寄ったレオンが「一体今のは何だ?」と問う。
「この人は操られてこんな事をした。それにしても…」
真剣な面持ちだったアメリアが頬を緩め、とても優しい笑みを浮かべる。
「何か取引をしてしまったにせよ、よく呑まれず堪えた…」
そう言って優しくミゼラの頭を撫でる。
「赦すのか!」
男の怒声が響いた。
「危うく我々は殺される所だったんだぞ!」
「操られていただと?そうだとしても、赦す事など出来るか!」
「まさか、その女も仲間で、操られていた事にして逃げるつもりではないだろうな!」
「そうか!仲間なんだな!」
恐怖と混乱で他の客達があらぬ事を言い始めた。
初めはミゼラに向けられていた罵倒がアメリアまで責める。
その声を聞きながらも、彼女は平然とミゼラを見詰めていた。
「静まれ!」
低い怒声に一瞬にして騒いでいた声が静まった。
入口とは逆の扉が開いており、そこに白髪の険しい表情をした男が騎士2人と共に立っており、その片方はアルドの双子の兄、ロードだった。
「何事かと来てみれば、少数に対して大勢で責め立ておって!下がっていろ!」
言って男がアルド達の許へ歩み寄る。
「国王陛下。これには訳が」
レオンが説明をしようとしたのを、国王と呼ばれた白髪の男が片手を上げて止める。
「話を聞く前に、その者を休ませよう。ロード」
「はい」
国王の言葉にロードが頷き、ミゼラを抱き上げる。
「付いて来なさい」
言って国王が歩き出し、アメリアが立ち上がってレオンを見る。
レオンは何も言わずに頷き、アメリアも頷いて国王の後に付いて行く。
「本日は終わりとします。お引き取り下さい」
後ろで城の従者が客達を帰らせ始めた声が聞こえた。
国王の後に付いて行くと、二階の一室に通され、ロードが部屋の中に在った豪勢なベッドにミゼラを寝かせると、再びアメリア達は別の部屋に案内された。
そこは立派な玉座の間。
二段ほどの階段が設けられた上に玉座が在る。
ステンド硝子ので描かれた女神の前に据えられた玉座に国王が座りアメリア達を見た。
国王の傍らに従者らしき年配の男が立つ。
「お前はこっちへ来い」
ロードに言われ、アルドはロードの傍に移動し、アメリアを見て失礼ながら驚いた。
右足は膝を着けずに折り、左足は膝を床に着け、僅かに上半身を前に傾け頭を下げて屈み、右手を胸に当てる姿勢があまりにも様になっていたからだ。
「ほう。貴殿に礼儀を教えた者は立派な地位の者だったらしいな」
アメリアを見て国王が感心したように言う。しかし、アメリアは何も言わずただ軽く頭を下げただけ。
それは誰なのか答える意思が無いという事でも有り、それを見た国王が「さて、先程の事だが」と本題に入る。
「強大な魔力を感じたが、それはあの者の力か?」
「いいえ。あれは…彼女の力ではありません」
国王の言葉に、最初に答えたのはレオンだった。
「では何だ?」
その問いに、レオンが横目でアメリアを一瞥する。
アメリアは俯いたまま何も言わない。だが、下したままの左手で拳を握っていた。
僅かに目を開けたアメリアの表情は、何かに迷っているように見え、アルドは声を掛けようとしたがロードに止められた。
沈黙が流れ、国王が何か言おうとした時だ。
「ピルメクスです」
アメリアの一言で国王の表情が一変した。
険しい表情になり「そんな筈は無い!」と怒鳴って肘掛けを殴り、立ち上がってアメリアに詰め寄った。
「もう一度問う!あの力は何による物だ!」
上から睨みながら国王が問う。
アメリアが顔を上げ、真っ直ぐ国王の目を見て「間違い無くピルメクスです」と同じ答えを返した。
「まさか…そんな事が」
力が抜けたように呟き、国王が少しふらつきながら玉座へと戻る。
「すまない。動揺して怒鳴ってしまった。もう立て。楽にしろ」
気を落ち着かせながら国王が言い、アメリア達が立ち上がる。
「すみません。ピルメクスとは」
レオンが国王とアメリアを見て問う。
アルドも初めて聞いた。
ロードも珍しく解らないといった顔をしている。
「ふぅ…」
小さく溜息を吐き、国王は姿勢を正すと目を閉じた。
「亡霊だ」
「亡霊…ですか?」
「死者の魂の集合体。けれど、只の集合体ではなく、恨み、妬み、苦しみといった負の感情を抱いた死者の魂が集まって生まれるのがピルメクス。どんな人間も僅かながら魔力を持っている。個としての力は弱くても、集まれば精霊に匹敵するほどの力を持つ存在になる」
レオンの問いに答えたのはアメリアだった。
「ピルメクスは…二百年前の大戦後は姿を消した。それは、各地の精霊が死者の魂を癒し天へ送る事が出来るようになったから。それなのに、また現れたという事は…」
そこでアメリアが言葉を止める。
「精霊の力が弱まり、死者の魂が癒されず彷徨う事態になっている…と?」
国王の問いにアメリアが頷き返す。
「しかし、精霊の力が弱まっているという情報は入って来ていない」
ロードが少し苛立ったような声音で言う。
こうも動揺を表面化させているのは初めて見るかもしれない。
「悟られないよう、静かに、ゆっくりと何かが精霊を蝕んでいるとしたら…」
言ってアメリアが国王を見る。
「私はソレをメアリーズの山で見ました。その山に住まう精霊が、黒い何かによって浸食され、力が弱まっていました。何とか救う事は出来ましたが、侵食していた黒い物が何なのかは解らず…。只の旅人ですが、原因を突き止める為に調べようと、まずはこの国に来ました」
そう語ったアメリアの目は真剣で、嘘を言っている感じはしない。
「……」
無言で国王がアメリアの目を見据える。
少しして国王は「それを知っていて貴殿は共にいるのか?」とレオンに問い掛けた。
「旅の目的については王都まで行きたいとしか聞いておりませんでした。ですが、お許し頂けるのなら、これからもこの者と共に行動し、原因を突き止めたいと思います」
頭を下げてレオンが答える。
それを聞いて国王が小さく唸って顎を触り考え込む。
暫く考え込んだ後、国王が立ち上がった。
「レオン・ワルサーレ。共に行く事を許す。必ず原因を突き止め報告せよ」
「はっ!」
国王の命令にレオンが騎士の礼をして応える。
その礼に頷き返し、国王は次にアメリアを見ると、珍しく笑みを浮かべた。
「それにしても、よくピルメクスを知っていたな。私も書物を読んで知っている程度だが、ピルメクスの事を知っている者は少ない。貴殿は歴史書が好きなようだな」
「旅をしていると読書の時間が増えるので」
アメリアの言葉に国王が笑った。
「確かになぁ。私も若い頃はよく城を抜け出して旅をしたものだ。その度に従者には怒られたが、旅をするからこそ出逢えるモノも有る。その時旅の友となった者達も、今では立派な―」
「おっほん!」
わざとらしい咳をして従者の男性が国王の話を遮った。
「国王陛下。昔話はその辺で。もう夜も更けております。皆様を休ませて差し上げた方が宜しいかと」
従者の言葉に、国王は少し残念そうに「そうだな」と頷いてまたアメリアを見た。
「貴殿についてもう少し訊きたかったが、それはまたの機会にしよう。見送りには行けぬが、道中気を付けるようにな」
「はい」
頷き、アメリアが背を向けて入って来た扉の方へと歩き出す。
「失礼します」
言ってレオンも後に続き、ロードともう一人の騎士も出て行ったが、アルドはその場に留まっていた。
「どうした?お前も帰って良いのだぞ?」
国王の問いに、アルドは深呼吸をして国王の前に立った。
「国王陛下。お願いが有ります」
真剣なアルドを見て、国王は驚いた表情をした後「珍しい」と笑った。
穏やかで優しい雰囲気だが、アルドは緊張で体が震えていた。
「して…お願いとは何だ?」
拳を握り、真っ直ぐ国王の目を見て〝お願い〟を口にした…。
翌日、いつもの服に腕を通す。
「やっぱりこっちの方が落ち着くわ~」
そう言ったアメリアの肩に乗ったリマが「ドレス姿も似合っていましたよ」と言う。
「もう着ない」
あのドレスは宿に戻ると直ぐに仕舞った。
リマは「そういう感じの服を着てみては?」と言ったけれど、アメリアは断固拒否した。
出発の為に馬繋場へ向かうと、フードを目深に被った人物が立っていた。
近付くと、その人物はミゼラだった。
「あの…」
昨日の事を引き摺っているらしく小さな声で言う。
操られていたとはいえ、あのような事件を起こしたのだ。
此処にミゼラがいるという事は。国王は彼女に対して罰を与えなかったという事。
責めるつもりが無いから此処にいる。
それでも気にしてしまうのは仕方が無い。
「ごめんなさい…。どうしてあんなに執着していたのか…今では解らないの」
言ってミゼラがレオンを見る。
「何て言えば良いのか…。追い掛けるくらい好きだった筈なのに…今では嘘みたいに…そういう感情が湧かないの…。あの…好きな事は好きなのよ!」
必死に感情を伝えようとミゼラが必死に語る。
「好きなんだけど…その…吹っ切れたようなっていうか…。あぁー」
上手く伝えられず、困って頭を抱えてしまったミゼラに、レオンが「心が軽くなったか?」と問う。
その問い掛けに、ミゼラがゆっくりと手を下ろし、深呼吸をすると顔を上げ、苦笑し「うん」と頷いた。
「それで…その…良ければなんだけど、私も一緒に行っても良い?」
「は?騎士団の仕事はどうするんだ?」
「もう私は騎士団から除隊されたの。国家魔導師の称号も剥奪されて、今は只の魔導師。だけど、哀しくないの。寧ろ、何かスッキリしたら一緒に行きたくなっちゃった」
言って笑みを浮かべたミゼラに、レオンが溜息を吐くとアメリアを見た。
「何?」
訊いたアメリアにレオンが「どうする?」と訊き返す。
「私に訊かないでよ」
「決めるのはお前だ」
「私は良いけど」
アメリアの言葉にミゼラが目を輝かせ「本当に?」と問う。
「その前に、この子に謝って。この子にカモシムの粉を掛けたの貴女でしょ?」
言ってリマを手に乗せてミゼラの前に差し出す。
手の上で立ったリマが両腕を腰に当て、頬を膨らませそっぽを向く。
「ごめんなさい…」
ミゼラが謝って頭を下げる。
それを横目で見て、リマが「本当に悪いと思っていますか?」と訊き返す。
「本当にごめんなさい!」
更にミゼラが頭を深々と下げる。
それを見てリマは溜息を吐き、アメリアの手から離れ、ミゼラの頭を数回軽く叩いた。
「次の町でも構わないので、ミルトの実を買って下さい」
それを聞いて顔を上げたミゼラに、リマは笑みを浮かべ「それで、皆で食べましょう♪」と言ってミゼラの肩に座った。
「うん…うん!」
ミゼラが涙を堪えて頷き、そっとリマを撫でる。
「私はリマです。宜しくお願いします♪」
「宜しく」
涙を拭い、人差し指の先だけだがリマと握手をする。
「さて!和解したところで出発しよう!」
・
アルドは何度か騎士団の中で行われる試合の時に会っている。
『確か…ミゼラ・ケインズだったか?それにしても、この禍々しい気は何だ』
何が起きているのか解らない。
ゆっくりと立ち上がったミゼラの体から、黒い炎のような光が湧き出し、彼女の体を覆い始める。
顔まで覆いかけた時、黒い中に浮かぶ道化の仮面に気付いた。
「ピルメクス⁉」
共に来たアメリアが言って右手の人差し指と中指に光を集め、円を描き、握り締めて駆け出した。
「よせ!」
咄嗟にアメリアを止めようとしたが、悲鳴を上げ、逃げようと駆け出した者達に阻まれた。
アメリアの手中の光が、細く長い物へと変化する。
純白のそれは、ロッドよりも長く、彼女の身長を優に越していた。
ミゼラから放たれた黒い矢のような物が動こうとしないレオンに迫る。
長い純白の杖の底を床に着けるのと同時に、彼女と飛来する矢の間に光の壁が現れた。
―パァアアアアン!
何かが破裂したかのような甲高い音が広間に響き渡った。
その音に驚き、逃げようとしていた者達も硬直する。
眩い光が大広間を照らし、大広間を呑み込んでいた闇を消していく。
光を放っているのは、アメリアの持つ細く長い杖の上部に有る、両錘の透明な何か。
その中で七色の光が飛び交っている。
見た事の無い石だ。
魔石だろうか。
「アァアアアアアア!」
ミゼラの体を覆っていた闇が、幾つもの音が重なった声で苦し気に叫び蒸発し始める。
「アレを討って!」
アメリアの声にアルドは何の事を言っているのか解らず動けなかったが、レオンが駆け出していた。
向かって行くレオンの手にはペティナイフ。
剣を持ち込んでいないのだから、使える物と言ったらそれくらいだ。
咄嗟にそれを手に取るのは流石だと感心する。
レオンが仮面にナイフを突き立てるも、割れるまでには至らない。
「チッ!」
珍しくレオンが舌打ちをし、力を込めてそのまま押し倒し、仮面に刺さったナイフを踏み付けて更に深く刺すと、今度こそ不気味な声を上げる仮面は砕けた。その瞬間、仮面から大量の黒い煙のような物が噴き出した。
「オォオオオオアアアアア!」
轟いたその音は、まるで数多の人々が呻いているような音で、誰もがその不気味な音に耳を塞ぐ中、アルドはその光景から目を逸らせなくなっていた。
純白の杖を手に立つアメリアの姿がまるで女神のように見え、思わず見惚れてしまったのだ。
不快な音が消えて大広間に光が戻る。
それとほぼ同時に、アメリアの手にしていた杖が音も無く光となって消えた。
「何だ…今のは」
「彼女は一体…」
会場内の者達が事態を把握できずざわつく中、何処からか妖精達が現れ、アメリアの許へと向かった。
その中の1人がアメリアに「大丈夫ですか?」と問う。
「大丈夫。それより」
言ってアメリアが倒れたミゼラに駆け寄り、屈んで抱き起し、小さく溜息を吐く。
後から歩み寄ったレオンが「一体今のは何だ?」と問う。
「この人は操られてこんな事をした。それにしても…」
真剣な面持ちだったアメリアが頬を緩め、とても優しい笑みを浮かべる。
「何か取引をしてしまったにせよ、よく呑まれず堪えた…」
そう言って優しくミゼラの頭を撫でる。
「赦すのか!」
男の怒声が響いた。
「危うく我々は殺される所だったんだぞ!」
「操られていただと?そうだとしても、赦す事など出来るか!」
「まさか、その女も仲間で、操られていた事にして逃げるつもりではないだろうな!」
「そうか!仲間なんだな!」
恐怖と混乱で他の客達があらぬ事を言い始めた。
初めはミゼラに向けられていた罵倒がアメリアまで責める。
その声を聞きながらも、彼女は平然とミゼラを見詰めていた。
「静まれ!」
低い怒声に一瞬にして騒いでいた声が静まった。
入口とは逆の扉が開いており、そこに白髪の険しい表情をした男が騎士2人と共に立っており、その片方はアルドの双子の兄、ロードだった。
「何事かと来てみれば、少数に対して大勢で責め立ておって!下がっていろ!」
言って男がアルド達の許へ歩み寄る。
「国王陛下。これには訳が」
レオンが説明をしようとしたのを、国王と呼ばれた白髪の男が片手を上げて止める。
「話を聞く前に、その者を休ませよう。ロード」
「はい」
国王の言葉にロードが頷き、ミゼラを抱き上げる。
「付いて来なさい」
言って国王が歩き出し、アメリアが立ち上がってレオンを見る。
レオンは何も言わずに頷き、アメリアも頷いて国王の後に付いて行く。
「本日は終わりとします。お引き取り下さい」
後ろで城の従者が客達を帰らせ始めた声が聞こえた。
国王の後に付いて行くと、二階の一室に通され、ロードが部屋の中に在った豪勢なベッドにミゼラを寝かせると、再びアメリア達は別の部屋に案内された。
そこは立派な玉座の間。
二段ほどの階段が設けられた上に玉座が在る。
ステンド硝子ので描かれた女神の前に据えられた玉座に国王が座りアメリア達を見た。
国王の傍らに従者らしき年配の男が立つ。
「お前はこっちへ来い」
ロードに言われ、アルドはロードの傍に移動し、アメリアを見て失礼ながら驚いた。
右足は膝を着けずに折り、左足は膝を床に着け、僅かに上半身を前に傾け頭を下げて屈み、右手を胸に当てる姿勢があまりにも様になっていたからだ。
「ほう。貴殿に礼儀を教えた者は立派な地位の者だったらしいな」
アメリアを見て国王が感心したように言う。しかし、アメリアは何も言わずただ軽く頭を下げただけ。
それは誰なのか答える意思が無いという事でも有り、それを見た国王が「さて、先程の事だが」と本題に入る。
「強大な魔力を感じたが、それはあの者の力か?」
「いいえ。あれは…彼女の力ではありません」
国王の言葉に、最初に答えたのはレオンだった。
「では何だ?」
その問いに、レオンが横目でアメリアを一瞥する。
アメリアは俯いたまま何も言わない。だが、下したままの左手で拳を握っていた。
僅かに目を開けたアメリアの表情は、何かに迷っているように見え、アルドは声を掛けようとしたがロードに止められた。
沈黙が流れ、国王が何か言おうとした時だ。
「ピルメクスです」
アメリアの一言で国王の表情が一変した。
険しい表情になり「そんな筈は無い!」と怒鳴って肘掛けを殴り、立ち上がってアメリアに詰め寄った。
「もう一度問う!あの力は何による物だ!」
上から睨みながら国王が問う。
アメリアが顔を上げ、真っ直ぐ国王の目を見て「間違い無くピルメクスです」と同じ答えを返した。
「まさか…そんな事が」
力が抜けたように呟き、国王が少しふらつきながら玉座へと戻る。
「すまない。動揺して怒鳴ってしまった。もう立て。楽にしろ」
気を落ち着かせながら国王が言い、アメリア達が立ち上がる。
「すみません。ピルメクスとは」
レオンが国王とアメリアを見て問う。
アルドも初めて聞いた。
ロードも珍しく解らないといった顔をしている。
「ふぅ…」
小さく溜息を吐き、国王は姿勢を正すと目を閉じた。
「亡霊だ」
「亡霊…ですか?」
「死者の魂の集合体。けれど、只の集合体ではなく、恨み、妬み、苦しみといった負の感情を抱いた死者の魂が集まって生まれるのがピルメクス。どんな人間も僅かながら魔力を持っている。個としての力は弱くても、集まれば精霊に匹敵するほどの力を持つ存在になる」
レオンの問いに答えたのはアメリアだった。
「ピルメクスは…二百年前の大戦後は姿を消した。それは、各地の精霊が死者の魂を癒し天へ送る事が出来るようになったから。それなのに、また現れたという事は…」
そこでアメリアが言葉を止める。
「精霊の力が弱まり、死者の魂が癒されず彷徨う事態になっている…と?」
国王の問いにアメリアが頷き返す。
「しかし、精霊の力が弱まっているという情報は入って来ていない」
ロードが少し苛立ったような声音で言う。
こうも動揺を表面化させているのは初めて見るかもしれない。
「悟られないよう、静かに、ゆっくりと何かが精霊を蝕んでいるとしたら…」
言ってアメリアが国王を見る。
「私はソレをメアリーズの山で見ました。その山に住まう精霊が、黒い何かによって浸食され、力が弱まっていました。何とか救う事は出来ましたが、侵食していた黒い物が何なのかは解らず…。只の旅人ですが、原因を突き止める為に調べようと、まずはこの国に来ました」
そう語ったアメリアの目は真剣で、嘘を言っている感じはしない。
「……」
無言で国王がアメリアの目を見据える。
少しして国王は「それを知っていて貴殿は共にいるのか?」とレオンに問い掛けた。
「旅の目的については王都まで行きたいとしか聞いておりませんでした。ですが、お許し頂けるのなら、これからもこの者と共に行動し、原因を突き止めたいと思います」
頭を下げてレオンが答える。
それを聞いて国王が小さく唸って顎を触り考え込む。
暫く考え込んだ後、国王が立ち上がった。
「レオン・ワルサーレ。共に行く事を許す。必ず原因を突き止め報告せよ」
「はっ!」
国王の命令にレオンが騎士の礼をして応える。
その礼に頷き返し、国王は次にアメリアを見ると、珍しく笑みを浮かべた。
「それにしても、よくピルメクスを知っていたな。私も書物を読んで知っている程度だが、ピルメクスの事を知っている者は少ない。貴殿は歴史書が好きなようだな」
「旅をしていると読書の時間が増えるので」
アメリアの言葉に国王が笑った。
「確かになぁ。私も若い頃はよく城を抜け出して旅をしたものだ。その度に従者には怒られたが、旅をするからこそ出逢えるモノも有る。その時旅の友となった者達も、今では立派な―」
「おっほん!」
わざとらしい咳をして従者の男性が国王の話を遮った。
「国王陛下。昔話はその辺で。もう夜も更けております。皆様を休ませて差し上げた方が宜しいかと」
従者の言葉に、国王は少し残念そうに「そうだな」と頷いてまたアメリアを見た。
「貴殿についてもう少し訊きたかったが、それはまたの機会にしよう。見送りには行けぬが、道中気を付けるようにな」
「はい」
頷き、アメリアが背を向けて入って来た扉の方へと歩き出す。
「失礼します」
言ってレオンも後に続き、ロードともう一人の騎士も出て行ったが、アルドはその場に留まっていた。
「どうした?お前も帰って良いのだぞ?」
国王の問いに、アルドは深呼吸をして国王の前に立った。
「国王陛下。お願いが有ります」
真剣なアルドを見て、国王は驚いた表情をした後「珍しい」と笑った。
穏やかで優しい雰囲気だが、アルドは緊張で体が震えていた。
「して…お願いとは何だ?」
拳を握り、真っ直ぐ国王の目を見て〝お願い〟を口にした…。
翌日、いつもの服に腕を通す。
「やっぱりこっちの方が落ち着くわ~」
そう言ったアメリアの肩に乗ったリマが「ドレス姿も似合っていましたよ」と言う。
「もう着ない」
あのドレスは宿に戻ると直ぐに仕舞った。
リマは「そういう感じの服を着てみては?」と言ったけれど、アメリアは断固拒否した。
出発の為に馬繋場へ向かうと、フードを目深に被った人物が立っていた。
近付くと、その人物はミゼラだった。
「あの…」
昨日の事を引き摺っているらしく小さな声で言う。
操られていたとはいえ、あのような事件を起こしたのだ。
此処にミゼラがいるという事は。国王は彼女に対して罰を与えなかったという事。
責めるつもりが無いから此処にいる。
それでも気にしてしまうのは仕方が無い。
「ごめんなさい…。どうしてあんなに執着していたのか…今では解らないの」
言ってミゼラがレオンを見る。
「何て言えば良いのか…。追い掛けるくらい好きだった筈なのに…今では嘘みたいに…そういう感情が湧かないの…。あの…好きな事は好きなのよ!」
必死に感情を伝えようとミゼラが必死に語る。
「好きなんだけど…その…吹っ切れたようなっていうか…。あぁー」
上手く伝えられず、困って頭を抱えてしまったミゼラに、レオンが「心が軽くなったか?」と問う。
その問い掛けに、ミゼラがゆっくりと手を下ろし、深呼吸をすると顔を上げ、苦笑し「うん」と頷いた。
「それで…その…良ければなんだけど、私も一緒に行っても良い?」
「は?騎士団の仕事はどうするんだ?」
「もう私は騎士団から除隊されたの。国家魔導師の称号も剥奪されて、今は只の魔導師。だけど、哀しくないの。寧ろ、何かスッキリしたら一緒に行きたくなっちゃった」
言って笑みを浮かべたミゼラに、レオンが溜息を吐くとアメリアを見た。
「何?」
訊いたアメリアにレオンが「どうする?」と訊き返す。
「私に訊かないでよ」
「決めるのはお前だ」
「私は良いけど」
アメリアの言葉にミゼラが目を輝かせ「本当に?」と問う。
「その前に、この子に謝って。この子にカモシムの粉を掛けたの貴女でしょ?」
言ってリマを手に乗せてミゼラの前に差し出す。
手の上で立ったリマが両腕を腰に当て、頬を膨らませそっぽを向く。
「ごめんなさい…」
ミゼラが謝って頭を下げる。
それを横目で見て、リマが「本当に悪いと思っていますか?」と訊き返す。
「本当にごめんなさい!」
更にミゼラが頭を深々と下げる。
それを見てリマは溜息を吐き、アメリアの手から離れ、ミゼラの頭を数回軽く叩いた。
「次の町でも構わないので、ミルトの実を買って下さい」
それを聞いて顔を上げたミゼラに、リマは笑みを浮かべ「それで、皆で食べましょう♪」と言ってミゼラの肩に座った。
「うん…うん!」
ミゼラが涙を堪えて頷き、そっとリマを撫でる。
「私はリマです。宜しくお願いします♪」
「宜しく」
涙を拭い、人差し指の先だけだがリマと握手をする。
「さて!和解したところで出発しよう!」
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