第61話

文字数 2,721文字

 屋敷に戻り、広間ではなく部屋に集まったアメリア達だったが、誰も何も言わず無言の時間が過ぎていた。
 俯いたアルドの隣には元の姿に戻れないでいるリマ。
 そんな二人を囲うようにアメリア達が座っていた。
「えっと…」
 堪えられず声を発したのはリマだった。
「私は…いつ戻れるのでしょう」
 訊かれてアメリアは横目でレオンを見るも、レオンも解るはずが無く首を傾げる。
「どこぞの馬鹿が力を暴走させた影響だが、それが落ち着けば戻ると思ったのだが」
 ロードが言ってアルドを見る。
「…ごめん」
 謝るアルドにリマが慌てて「気にしないで下さい!」と言う。
「アメリア様の力の影響で精霊になった事もありますし、もしこのままの姿だとしても私は困りませんよ!というか、このままの方が良いと言いますか…えっと‥その」
 言葉が見付からずリマが頭を抱える。
「それにしても、どうしてアメリアの力の影響を受けた時と姿が違うんだ?」
 レオンが言ってリマを見詰める。
「ん~。それは私にも解らない」
「神の力だからかもしれない」
 そう言ったのはロードだった。
「神々と精霊の力は似て異なる物だ。精霊が自然界の力の化身だとするなら、神々の力は人間の精神力だ。それによって影響を受けやすい妖精は姿が変わるのか…。そうだとしても」
 最後の方は独り言で声は小さかった。
 ロードが何を考えているのかアメリアにも解った。
 ロードは今、神々と精霊は力の源が違うという話をした。
 もしそれが本当なら、妖精は自然界側の存在という事になる。
 ピルメクスが人間の恨みや妬みなどの化身で、精霊や妖精になる事は無い。
 それと同じ事だ。
 いくら精神体だとしても、全く異なる存在になる事は無い。
 ならばなぜリマはアルドの力の影響を受けて姿が変わり、その姿がアメリアの力の影響を受けた時と違うのか。
 その説明がつかないのだ。
「私は平気です!もしこのままの姿だったとしても、出来る事が増えると思うと嬉しいですから!体が小さいと出来ない事の方が多いですし!」
 笑顔でリマが嬉しそうに言う。
「男神が女神と共に地上へやって来たっていうのは本当なの?」
 アメリアは気になってロードに問い掛けた。
 その問いにロードが面倒臭そうに小さく溜息を吐き「あぁ」と頷き返す。
「我々の一族は僅かながら神の力を引き継いだいる。だが、私と弟…アルドはその力が強く出た。だが、アルドの力の強さを感じる事が出来たのは私だけだった。両親はアルドの力を全く感じず、それによって両親はアルドを出来損ないと言い、私にばかり執着するようになった」
 それがロードを孤独にする事になった。
「私も初めはロードと普通の兄弟と同じように接していた。しかし、時が経つに連れ周りのようにアルドと距離を取るようになった。どれほど内包した力が強くとも使わなければ意味が無い。誰一人守る事すら出来ない。何をするにも引っ込み思案、前に立とうとする事も無い。しまいには愚弟と言われようと笑って誤魔化す。私がお前の感情に気付いていないと思ったか」
 言ってロードが立ち上がりアルドに背を向ける。
「私の影武者を演じるよう頼んだ時でさえ笑って承諾した。私が何を言おうとお前は〝兄上の命令なら〟と言って断りもしなかった。だからお前を〝愚弟〟と呼んだのだ。だが、女遊びまでし始めた時から、本当に愚弟になったと失望した…」
 語るロードの握った拳が震えている。
「解っている…。お前達に言われなくともアルドが愚かではない事は解っている。私が一番それを知っている。潜在魔力はアルド…お前の方が強い。だがお前は自分でも気付かない内に力を制御し私を超えないようにしているのだ。それに腹を立て、嫉妬して冷たくしていたのもある」
 そう言ってロードが振返りアルドを見る。
「だからこそ今回のような事が起きないか心配だった。お前が此処に来た時…本当は驚いた。この場所をお前が気に入っているのは知っていたが、この地まで来るとは思っていなかった。そして、まさかあのような事をするとは思わず対応が遅れた」
 そう語りアメリアとリマを見て「申し訳なかった」と言うと頭を下げた。
 気位の高そうなロードが頭を下げた事にアメリアだけではなく、その場にいた全員が驚いた。
 ゆっくりとロードが頭を上げる。
「どうしたの?兄さんらしくもない…」
 アルドが困惑し問う。
「私も頭を下げる時はある。それが弟のした事ならば尚の事だ」
 言ってロードがアルドを見る。
「そして、騎士団長としては今回の件を報告する義務が有るのだが…。今回は不問に問う。よって報告もしない」
「え?」
 驚くロードにアルドが初めて「フッ」と鼻で笑った。
「あの男に関しては私から報告書を出しておく。お前はもう少し反省していろ」
 そう言ってロードは背を向けて部屋を出て行った。
「私も少し寝る」
 言ってアメリアが立ち上がり「俺も寝る」とレオンも言う。
「私はもう少し此処にいます」
 リマの言葉にアメリアとレオンはただ頷き返して部屋を後にする。
 二人きりになった部屋はとても静かだったが、先程までの気まずさは消えていた。
「少し窓を開けましょうか」
 そう言って立ち上がろうとしたリマの手をアルドが掴んで引き留めた。
 リマがアルドを見るも、彼は視線を逸らしたまま何も言わない。
 それでもリマは微笑み隣に座り直す。
 何も言わずに隣にいる。
 それだけでアルドは心が癒される気がした。
「自分でも馬鹿な事をしたなって思う。嫌われても仕方が無い…」
 アルドの呟きにリマは「嫌いになんてなっていませんよ」と優しい声で言う。
「幻滅されたかな?」
「もしアメリア様が幻滅したり嫌っていたら容赦無く今殴っていると思いますよ?」
 リマの言葉にアルドは笑ってしまった。
 確かにアメリアの性格なら殴って〝もう顔も見たくない〟くらいの事は言うだろう。
「本当に好きだったんだ」
「はい」
「二人の間に割って入るなんて初めから出来ない気がしたけれど、諦めたくは無かったんだ」
 握りしめた手をリマがそっと両手で包み込む。
「失恋って…こんな感じなんだなぁ…。初めてだ…」
 呟いて目を閉じると眠くなってきた。
 色々と疲れたからかもしれない。
「少し眠りましょう。眠るまで傍にいますから」
 リマの優しい声にただ頷き返して横になると、リマは傍らに座り、そっと頭を撫でてくれた。
 誰かに頭を撫でられるなど無かった。
 いや、まだ幼い頃。まだ兄と比較されるようになる前、母がこうしてくれた。
 優しい手の温もりと微かに聞こえる歌。
 それを聞いているうちにアルドは眠ってしまった。
 そんなアルドを見詰めながらリマは微笑み歌う。
 悪い夢を見ないよう願いながら…。

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