毒の水草とソウテン湖

文字数 3,200文字

 翌朝、つかいの者に執務室に呼ばれたオウカは、すぐにシュレイユのもとへと出向いた。
 昨日と同じ花や草木の多い部屋に入ると、少し厳しい顔でシュレイユとディーヤがまっている。

「本に書いてあった毒消し薬はできた」
「できたんですね! これで、このダイシンリンは救われますね!」

 シュレイユはにこりと笑顔を見せる。

「ちょっと色がすごいけど……ディーヤ、奥から毒消しをもってきてくれるかな」
「はい」

 ディーヤは奥へ入り、透明で花瓶のような器に入った毒消し薬をみせてくれた。
 それは、むらさき色に青を混ぜたけれど、混ぜきらなかった、という中途半端な色で、どろどろしている。 

「スゴイ色ですね……」

 それを見てオウカは、ぽつりとつぶやく。

「色は凄いが、効き目はある。この薬をサイハナの森の小川にはえていた、枯れかけた草にほどこしてみた。本に書いてあったとおり、劇的にきいて、その草は持ち直してきている。これは、正真正銘の毒消し薬だ。これをソウテン湖へもっていって、まこう。むらさきぽぽがベースになっている薬だから、むらさき色なんだろう。むらさきぽぽは毒消し薬だ。問題ない」

 シュレイユが自信をもって言い切ったので、オウカも安心する。

「じゃあ、毒消し薬をもって、ソウテン湖へ行こう」
「はい!」
「昨日のうちに、シャンヨークの森とキザンの山にも使いをだしておいたから、メルフィオルどのとシロガネどのもくるだろう」
「シュレイユさま、はやくこの悪夢を終わらせましょう!」

 オウカとシュレイユ、そしてディーヤは、この毒消し薬をもって三人でソウテン湖へと向かった。
  

  ソウテン湖には濃い霧がでていて薄暗かった。
 湖の表面には、毒の水草が岸から中央へかけて覆っていた。かすかな薄荷の香りがし、少し膨らんだ花の蕾の影がみえた。無気味にしんと静まっている湖の様子は、いつもとは全く様相が違っていた。
 シュレイユがさっと腕を振り上げると、霧がすうっと消えていく。精霊の力として、水や火を操る力を彼らはもっていた。
 霧が消えて、水草がはっきりと見えた。大きな広い葉をつけた、長いつたが幾重にもかさなっている。花のつぼみの色は青だった。

 市場が開かれている賑やかな場所とは思えないほど今のソウテン湖は静かで、オウカは胸が苦しくなった。大きな声が飛び交い、活発に人々が行きかう場所だったのが、懐かしく感じる。

 オウカたちは、除草作業をしていた鬼族にたのんで、みんなのいる湖に設置された天幕へと案内してもらった。
 中には、ここの主である鬼族のニアと、メルフィオル王、鬼王シロガネが供と一緒にいる。
 オウカたちが天幕へ入ると、みんなが一斉に顔をシュレイユにむけた。
 みんなの視線を受け止めながら、シュレイユは、ここのソウテン湖の主、ニアに尋ねた。

「ニアどの。その後、ソウテン湖の毒はどうなってる?」
「シュレイユさま……」

 ニアは、日々終わりのない除草作業で、疲労困憊し、憔悴していた。
 無理もない。ここからの毒がダイシンリン中を混乱の渦に落としているのだから。
 それでも気丈に言葉をつむぐ。

「毒の水草は……なかなか全部は除草できなくて。水の中だし、それに最近はその毒が強くなってきている気がするんです」
「強くなっている?」

 シュレイユが眉をひそめた。

「除草作業をする者の中にも、気分が悪くなって毒にあたる鬼たちがいます」

 困った様子でニアは目をふせた。

「そうか……。本に書いてあった毒消しの薬ができたから、さっそくこの薬をためしてみよう」
「はい」

 期待と希望を感じて、ニアは少し笑んだ。
 シュレイユは毒消し薬をニアにみせるが……。

「すごい色ですね……むらさき色……に青がまじっている……」
「……ま、まあ色はすごいが、正真正銘の毒消し薬だよ」

 いままで必死にあつめた材料で精製したのだ。ソウテン湖の毒にも効くと願いを込める。

「じゃあ、外に出て湖の中にまいてみましょう」
「ああ。早速やろう」

 メルフィオルとシロガネもニアとシュレイユのやり取りを見ていて、少し顔をしかめた。

「失礼を承知でお聞きするが、それが本当に毒消しになるのだろうか」

 メルフィオル王がシュレイユに聞くと、鬼王シロガネも頷いた。
 シュレイユはその様子を見て、事実を簡潔に伝えた。

「薬の精製には自信がある。これは毒消し薬だよ。でも……正直にいうと、この水草が伝説の月水花だったら、どれくらい効くのかは分からない」
「月水花……やっかいな毒花だな」
 
 メルフィオルの言葉をうけて、シロガネが答えた。

「しかし、これでソウテン湖の毒が消える可能性も高いくすりなのだろう?」

「そうだ。だから、この毒消し薬をソウテン湖へ流そう」

 一同はシュレイユを中心にして、ソウテン湖の水際へと並ぶ。
 オウカはシュレイユの斜め後ろでそれを見ていた。
 
 除草作業をしていた鬼族たちも、毒消し薬を撒くのを待っている。

「では、シュレイユさま、お願いします」

 ニアに促されて、シュレイユは持っていた透明な器から、青むらさき色の液体を湖に流した。
 トポトポと音を立てて毒消し薬はソウテン湖へと入って行く。

 いままで苦労して作った毒消し。
 きっと、この毒花に効いてくれる――

 願いを込めてオウカは祈った。

 むらさき色の液体は、徐々にソウテン湖へ広がって行く。

 すると、ソウテン湖の水面が薄青く光り出した。
 しばらくすると、水面に出ていた葉は、茶色く朽ちて水面にういた。
 水の中にあった葉も、朽ちて水面にぷかぷかと浮かび始めた。
 しかし、毒草以外の水草は濃い緑色で活き活きとしている。
 その間に枯れた毒草が浮かんでいるのだ。

 ソウテン湖の水面は朽ちた毒草の葉で覆われていった。

「効いた……んだな」

 その様子を見たメルフィオルが、確かめるように口をひらく。
 
「そのようだ」

 シロガネも一面に広がる枯れた毒草を見て、安堵の息を吐きだした。
 オウカが材料を集めて、シュレイユたちがつくった毒消し薬は、的確に毒草だけを枯らし、他の水草や水生生物たちにまったく影響はなかった。

「さすがだな、シュレイユどの」
「ほんとうに。たすかった」 

 メルフィオルとシロガネから賞賛され、しかし、シュレイユの顔はいまいち晴れなかった。
 この毒草が、やはり月水花だったら。
 このままでは済まないと思ったからだ。
 なぜなら、過去の伝承で月水花は『月氷花』と『オウカの木』で毒が中和されている。
 それ以外の解決法を、シュレイユは先代の精霊王から伝えられていなかった。
 それに、月水花は、『三つの月の力で成長したときに、芳香を放ちながら毒を出す花』だと童話では伝えられていた。だから、月の名がついているのだろう。
 月水花を実際にみたことがあるものがだれもいないので、今ソウテン湖にはびこっている毒水草が月水花だと確定できない。あの童話の挿絵だけが手がかりなのだ。挿絵の月水花とソウテン湖の毒水草はとても似ているけれど、童話だけに信憑性が問われる。

 この薬も劇的に今回のソウテン湖の毒水草に効いているから、このまま終わればいいのだけれど。

「メルフィオルどの、シロガネどの。私はもう少しこのソウテン湖の様子を注意しています」
「そうか。いつも精霊族にばかり頼ってしまい、申し訳ない」

 シロガネはソウテン湖とキザンで毒にあたった仲間たちを思い出した。

「シュレイユどの。ソウテン湖でもキザンでも、鬼族は毒にあたったものが多い。その毒を消す為の薬も、分けて欲しい」
「了解した」

 王たちが話をしている間にも、ソウテン湖の毒の水草は、枯れて水面に浮かびあがる。

 ダイシンリンの生物を苦しめていた毒は、浄化されていった。
 王たちのまわりにいた者たちから、拍手喝さいがあがった。
 みんな大きな声でソウテン湖の毒草が枯れたことを悦びあい、仲間同士で抱き合ったのだった。
 














 

 

 
 



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