ふたたびの――
文字数 2,278文字
オウカは息をのんだ。
穏やかで頭がよくて、タクスにもとても良く慕われていた、あのかたが。
シュレイユも目を細めた。
『つきみばな』として買ったのなら、パオシュはどこまでこの花のことを知ってたのだろうか。シュレイユは、それが気になった。
「カルケス、君はどういう風にその『つきみばな』を売ったんだ?」
「月の晩にた美しくめずらしい花がさく、と言って売りましたよ。パオシュさまはそれを聞いて少し考えてから買っていきました」
「そうか。話は分かった。ありがとう」
「いえ。それで、ここでの商売ですが、」
「それは、却下だ。それに、サイハナの森にも、出入り禁止だ」
「は? え?」
「理由は、得たいの知れない植物をこのダイシンリンに持ち込んだからだ」
カルケスは、すこし考えて、自分の失敗を自覚した。
「では、私は次の用があるからもういく」
「あ、精霊王さま……」
すばやかく席をたって去っていくシュレイユに続いて、オウカも退出するために身体の向きをかえる。歩き出す前にいたわるようにカルケスに声をかけた。
「カルケス、サイハナの森では商売ができなくて、残念だったわね。蜜は美味しかったわ。いい体験ができて嬉しかった」
シュレイユのあとについて退出するオウカを見送ってカルケスは呆然とする。
「オウカさん! あああ! この仕入れた蜜はどうすればいいんだー!」
商売の目論見が外れたカルケスは、背中に背負ったたくさんの蜜のさばき先を考えなければならなかった。
執務室に向かいながらシュレイユはオウカに言う。
「シャンヨークの森へ行こう。そこでパオシュどのに仔細を聞かない事には、どう判断していいのか分からない」
「え……ええ」
パオシュは月水花を『つきみばな』という美しい花だと思って、ソウテン湖へ球根を入れたのか。
それとも、月水花だと気が付いていて、入れたのか。
「シュレイユさま、シャンヨーク城には大きな図書棟がありました。そこに、鉄鋼虫のことも載っている竹簡があって。パオシュさまはあの図書棟によく行っているようでした。だいたいの本の位置もわかっていたし。だから、月水花の記述のある本を読んでいた可能性もありますね」
「知っていて、ソウテン湖へ球根を入れた可能性もあるのか。どうして……。とりあえず、話を聞きに行こう」
その日のうちに、オウカはシュレイユの供として、シャンヨーク城を訪れた。
相変わらずの、森の木々の間にたくさんの小屋が連なった複雑な面白い建物だ。
そこのメルフィオル王のいる建物へ、空から着地する。露台にいた見張り番に精霊王が有翼種王に話があると言って、中へ通してもらった。
中にはメルフィオル王がいて、シュレイユとオウカを迎えてくれた。
背中の大きな翼が真っ白で美しい。
いま働き盛りのメルフィオル王は、目元に皺をつくり、笑顔ながら厳しい目で二人を見た。
「ようこそ。シャンヨークの森へ。どうしたんだ、シュレイユどの。貴殿がいらっしゃるとは、何かとても重要なことがあるのだろう」
「手紙をかく時間も惜しくて、こうしてうかがってしまった。話をしたいから、人払いを」
「……分かった」
一通りの話を聞くと、メルフィオルは目をつむって眉間をもんだ。
話の内容が重すぎて。
しばらくそうしていると、メルフィオルは側近を呼び戻して、パオシュを呼んでくるようにと伝えた。
「いま、兄上……パオシュを呼びました。ここに呼んで真偽を問おう」
「パオシュ、参りました」
メルフィオル王の謁見室に入ってきたのは、パオシュだ。
体や両の翼が貧弱だったために王位につけなかったと聞いた、メルフィオルの兄。
おだやかで、頭がよくて、我慢強い。
「いま、ソウテン湖の毒草について、シュレイユどのと話をしていたところだ。そこで、兄上。聞きたいことがあるんだ」
メルフィオルはパオシュを責める様子はなく、ただ悲しい声できいた。
「月水花の球根をソウテン湖に入れたのは、兄上なのか?」
「なぜ? わたしが?」
パオシュは顔をひきつらせて、笑おうとして失敗した。
パオシュの質問にメルフィオルが応える。
「カルケスから事情を聞いたそうだ」
その言葉を聞いて、パオシュはさっと顔色が変わった。
そして、顔をふせて眉間に深い皺を刻む。
「私ではありません」
「ある鬼族が背に翼をもったものが、ソウテン湖に何かを入れたのを見た、と言ったという」
「それでも、私ではありません」
「どう信じろと」
メルフィオルに言われ、パオシュも真剣な声で訴える。
「フィオは、鬼族の言葉は信じられても、私の言葉は信じられないのですか? ソウテン湖に何かを入れた有翼種が、私だという証拠もないでしょう」
「ならば、カルケスから買った球根は、どう説明する?」
「……」
パオシュは黙った。
そして、ぽつりと言う。
「買ったのは私です。しかし、私はソウテン湖へは投げ入れてない」
オウカはそれを聞いて戸惑った。
「どういうことですか? パオシュさま」
「言った通りのことです。私はカルケスから月水花の球根を買いました。しかし、それをまた、ソウテン湖で別の商人に売ったんです」
「売った!? 誰に!」
「……名前も顔も知らない商人に……早く手離したくて、売ったんです……」
顔がうつむきがちでよく見えないが、オウカにはパオシュが苦しそうにみえた。
すると、メルフィオルがまた聞いた。
「兄上……。兄上はその球根が月水花だと……毒を出す花だと知っていて、買ったのか?」
「……はい。知っていました」
パオシュはくしゃっと顔をゆがめ、泣きそうな顔をして、メルフィオルをみた。
穏やかで頭がよくて、タクスにもとても良く慕われていた、あのかたが。
シュレイユも目を細めた。
『つきみばな』として買ったのなら、パオシュはどこまでこの花のことを知ってたのだろうか。シュレイユは、それが気になった。
「カルケス、君はどういう風にその『つきみばな』を売ったんだ?」
「月の晩にた美しくめずらしい花がさく、と言って売りましたよ。パオシュさまはそれを聞いて少し考えてから買っていきました」
「そうか。話は分かった。ありがとう」
「いえ。それで、ここでの商売ですが、」
「それは、却下だ。それに、サイハナの森にも、出入り禁止だ」
「は? え?」
「理由は、得たいの知れない植物をこのダイシンリンに持ち込んだからだ」
カルケスは、すこし考えて、自分の失敗を自覚した。
「では、私は次の用があるからもういく」
「あ、精霊王さま……」
すばやかく席をたって去っていくシュレイユに続いて、オウカも退出するために身体の向きをかえる。歩き出す前にいたわるようにカルケスに声をかけた。
「カルケス、サイハナの森では商売ができなくて、残念だったわね。蜜は美味しかったわ。いい体験ができて嬉しかった」
シュレイユのあとについて退出するオウカを見送ってカルケスは呆然とする。
「オウカさん! あああ! この仕入れた蜜はどうすればいいんだー!」
商売の目論見が外れたカルケスは、背中に背負ったたくさんの蜜のさばき先を考えなければならなかった。
執務室に向かいながらシュレイユはオウカに言う。
「シャンヨークの森へ行こう。そこでパオシュどのに仔細を聞かない事には、どう判断していいのか分からない」
「え……ええ」
パオシュは月水花を『つきみばな』という美しい花だと思って、ソウテン湖へ球根を入れたのか。
それとも、月水花だと気が付いていて、入れたのか。
「シュレイユさま、シャンヨーク城には大きな図書棟がありました。そこに、鉄鋼虫のことも載っている竹簡があって。パオシュさまはあの図書棟によく行っているようでした。だいたいの本の位置もわかっていたし。だから、月水花の記述のある本を読んでいた可能性もありますね」
「知っていて、ソウテン湖へ球根を入れた可能性もあるのか。どうして……。とりあえず、話を聞きに行こう」
その日のうちに、オウカはシュレイユの供として、シャンヨーク城を訪れた。
相変わらずの、森の木々の間にたくさんの小屋が連なった複雑な面白い建物だ。
そこのメルフィオル王のいる建物へ、空から着地する。露台にいた見張り番に精霊王が有翼種王に話があると言って、中へ通してもらった。
中にはメルフィオル王がいて、シュレイユとオウカを迎えてくれた。
背中の大きな翼が真っ白で美しい。
いま働き盛りのメルフィオル王は、目元に皺をつくり、笑顔ながら厳しい目で二人を見た。
「ようこそ。シャンヨークの森へ。どうしたんだ、シュレイユどの。貴殿がいらっしゃるとは、何かとても重要なことがあるのだろう」
「手紙をかく時間も惜しくて、こうしてうかがってしまった。話をしたいから、人払いを」
「……分かった」
一通りの話を聞くと、メルフィオルは目をつむって眉間をもんだ。
話の内容が重すぎて。
しばらくそうしていると、メルフィオルは側近を呼び戻して、パオシュを呼んでくるようにと伝えた。
「いま、兄上……パオシュを呼びました。ここに呼んで真偽を問おう」
「パオシュ、参りました」
メルフィオル王の謁見室に入ってきたのは、パオシュだ。
体や両の翼が貧弱だったために王位につけなかったと聞いた、メルフィオルの兄。
おだやかで、頭がよくて、我慢強い。
「いま、ソウテン湖の毒草について、シュレイユどのと話をしていたところだ。そこで、兄上。聞きたいことがあるんだ」
メルフィオルはパオシュを責める様子はなく、ただ悲しい声できいた。
「月水花の球根をソウテン湖に入れたのは、兄上なのか?」
「なぜ? わたしが?」
パオシュは顔をひきつらせて、笑おうとして失敗した。
パオシュの質問にメルフィオルが応える。
「カルケスから事情を聞いたそうだ」
その言葉を聞いて、パオシュはさっと顔色が変わった。
そして、顔をふせて眉間に深い皺を刻む。
「私ではありません」
「ある鬼族が背に翼をもったものが、ソウテン湖に何かを入れたのを見た、と言ったという」
「それでも、私ではありません」
「どう信じろと」
メルフィオルに言われ、パオシュも真剣な声で訴える。
「フィオは、鬼族の言葉は信じられても、私の言葉は信じられないのですか? ソウテン湖に何かを入れた有翼種が、私だという証拠もないでしょう」
「ならば、カルケスから買った球根は、どう説明する?」
「……」
パオシュは黙った。
そして、ぽつりと言う。
「買ったのは私です。しかし、私はソウテン湖へは投げ入れてない」
オウカはそれを聞いて戸惑った。
「どういうことですか? パオシュさま」
「言った通りのことです。私はカルケスから月水花の球根を買いました。しかし、それをまた、ソウテン湖で別の商人に売ったんです」
「売った!? 誰に!」
「……名前も顔も知らない商人に……早く手離したくて、売ったんです……」
顔がうつむきがちでよく見えないが、オウカにはパオシュが苦しそうにみえた。
すると、メルフィオルがまた聞いた。
「兄上……。兄上はその球根が月水花だと……毒を出す花だと知っていて、買ったのか?」
「……はい。知っていました」
パオシュはくしゃっと顔をゆがめ、泣きそうな顔をして、メルフィオルをみた。