鬼族の急使
文字数 3,131文字
サイハナ城の謁見の間にある椅子に、シュレイユは座った。
目の前にいる鬼族の急使が顔をあげる。
「シュレイユさま……」
急使は、青ざめた顔をして、シュレイユの名前をつぶやいた。
「何があったのか、聞かせてほしい」
「はい。ソウテン湖の毒水草せいで、湖のなかの小魚やエビが死んでしまいました……。それを餌にしていた魚も、今後どうなるかわかりません」
「うん」
「いま、ソウテン湖にはニアさんとメルフィオルさま、そしてシロガネさまも来ています。シュレイユさまもお越しいただき、知恵を貸していただけませんか」
「わかった。いま、その毒の水草についての対策を練っていたところだ。ちょうどいい。今すぐに行こう」
「はい! ありがとうございます」
急使の鬼は嬉しそうに頭をさげて、謁見の間から退出していった。
残されたオウカ達に、シュレイユが声をかける。
「オウカは一緒にソウテン湖へきてほしい。ディーヤはサフィニアと城で待機だ」
ディーヤは少し不満げに口をひらいた。
「私も同行します」
「いや、必要ない。サイハナ城で私のかわりをつとめていて欲しい。すぐに帰ってくるから、その必要もないと思うけれど」
「……わかりました」
ディーヤは不満げな様子だったが、城に残る者も必要なので承知した。
「では、オウカ。ソウテン湖に出発しよう」
ソウテン湖はサイハナの森から西へ、川ぞいをのぼって行くとある。
異変のあった小川をたどって、ソウテン湖へと向かう。
川岸を注意して歩くと、いくらか植物が茶色く変色しているところがあって、やはりいまは微量だけれど毒物が川に流れているようだった。
三ときほどして、ソウテン湖につく。もう、夕方で湖には夕日の光が眩しいくらい反射していた。周りの木々は橙色に色づいて、美しい。けれど、いまこの湖は毒に侵されているのだ。
ソウテン湖の周りを見ていると、除草された毒水草――おそらく月水花であろう草が、大量に岸に捨てられていた。
メルフィオルたちが言っていたように、すこし匂う。薄荷のような香りがするのが、オウカにも感じられた。オウカに感じられる匂いなら、嗅覚のするどい有翼種族ならば、たまらなく匂うのだろう。
そして、死んでしまった小魚や小エビたちは、土へ還したのだろうが、そちらも有翼種族の嗅覚にはつらいものがあるだろう。
ニアたちは、湖の奥に、簡易的につくられた天幕にいるのだという。
オウカとシュレイユは鬼族の急使に促されて、そこへ向かった。
天幕までくると、入口で番をしていた鬼族の男に精霊王がきたことを告げて、中に入れてもらう。
中には、急使が言ったように各種族の王がいた。有翼種王のメルフィオル、鬼王のシロガネ、と。ニアもいる。
精霊王シュレイユは天幕に入ると、一礼した。
「ニアどの。急使から事情はきいた。ソウテン湖の生物が死んでしまった、と」
ニアは顔を曇らせた。
「そうなんです。毒の水草はいそいで刈らせているけれど、見えないところでけっこう根をはっていて、いくら取ってもまだまだあって」
ため息まじりに吐かれた言葉には、疲労がにじみ出ていた。
それを受けて、豊満な肉体を着物でつつんだ鬼王シロガネがシュレイユを見る。
「植物のことなら、精霊の領分。なにかいい案があれば教えてほしい、シュレイユどの」
シュレイユは一同を見回して、さきほどオウカと話をした内容を話した。
童話の月水花と月氷花のこと。
月水花の毒消しになる月氷花(の蜜)と木(の樹液)は実際にサイハナの森にあること。
月氷花の蜜は満月にならないと採取できないから、それとは違う新しい毒消しをつくって、それをためす価値があるということ。
新しい毒消しを作るには、シャンヨークの森とキザンの山へ、材料を探しに行かなければいけないこと。
それらのことを整理して話しおわると、メルフィオルが重々しく口をひらいた。
「そういう話ならば、うちの仲間に手伝わせて、その材料の捜索をしよう」
キザンのシロガネも目を細めて言う。
「承知した。キザンでも探そう。まだら白キノコは、名前だけなら耳にしたことがある」
シュレイユはオウカを前にだし、王たちに紹介する。
「精霊族からは、このオウカを派遣する。彼女が、集めるべきものを知っているから」
オウカは各王に頭を下げて説明した。
「初めにシャンヨークの森の鉄鋼虫という虫を一緒に探させてください。そのあとに、キザンの山にあるというまだら白キノコを探します」
「鉄鋼虫にまだら白キノコ? 珍しいことで有名なものばかりだ」
メルフィオルが渋い顔つきであごを撫でた。
それにオウカが答える。
「いまは、それを探して、毒消しをつくるのが、一番の方法に思えます。月水花の毒消しになる月氷花の蜜は、三つの月が満月にならないと、採取できません。だから、やはり本に書いてあった毒消しを作ってためした方が早いんです」
「なるほど……」
シロガネも思案顔だ。
「ならば、何事も早い方がいい。明日あたりにでも、すぐにシャンヨークの森で、その鉄鋼虫とやらを探そう」
メルフィオルのことばを聞いて、シュレイユがオウカを見る。
「ならば、オウカ。このままシャンヨークの森へ行って明日から材料探しをしてほしい。メルフィオルどの。いますぐに、うちのオウカがうかがってもよろしいか」
「ああ、よいよ。毒消しをつくるのならば、早いほうがいい」
ならば、とシュレイユは肩に乗っていたケサランパサランを一撫でした。すると、それは二つに分かれて、一つはシュレイユの肩にのこり、もう一つはオウカの肩へと移動した。
「オウカ。私はサイハナ城をあけて探しに行くことはできない。だから、このケサランパサランを同行させよう。この子たちは、声を届けてくれる。一つを私に、もう一つをオウカに。何か伝えることがあったらこのランに話しかけて欲しい。ラン、頼むよ」
シュレイユはランと呼んだその白い毛玉に確認を取る様に話しかけた。
「きゅるるる~」
ランは嬉しそうに一声ないて、オウカの頬にすりすりとその毛玉の体をおしつける。
「よ、よろしく、ラン」
「きゅるる~」
「か、かわいい……」
いつもシュレイユの肩にのっていたケサランパサランが、自分の肩にのっていることに緊張しながらも、あまりの可愛らしさに頬がゆるむ。
「では、オウカ、気を付けて行って来るんだよ」
「まかせて下さい、シュレイユさま」
オウカは胸をはって答える。
「頼もしいね」
「このダイシンリンの危機ですからね、頑張らないと!」
深刻な事態だけれど、明るく前向きなオウカの言葉に、シュレイユは救われる。
おそらく、この場の全員が少しこころが軽くなったのではないだろうか。
鬼王シロガネも席をたった。オウカのおかげか、さきほどよりも若干かおつきが明るくなった。
「そうと決まれば、キザンの山でもまだら白キノコとらやを調べておく必要があるな。オウカがキザンに来る前に見つかればいいのだが」
疲れたように、腰をあげてメルフィオルも席をたつ。
「そうだな。なにはともあれ、次にすることが分かった。今はそれをやろう」
さいごに、シュレイユは念をおして各王にお願いする。
「サイハナ城では色々な種類の毒消しがあるけれど、いまのところソウテン湖の毒水草に効く薬はない。ましてや、生きものの体に対する解毒は、いまも分からないから、絶対にソウテン湖の水は飲まないようにしてほしい」
「了解した」
「わかった。そもそも臭くて飲めんがな」
鬼王と有翼種王は、重々しく頷いた。
天幕の中で解散した一同は、自分の土地へとかえっていく。
オウカはランを肩に乗せて、メルフィオル王とともに、シャンヨークの森へと出発することになった。
目の前にいる鬼族の急使が顔をあげる。
「シュレイユさま……」
急使は、青ざめた顔をして、シュレイユの名前をつぶやいた。
「何があったのか、聞かせてほしい」
「はい。ソウテン湖の毒水草せいで、湖のなかの小魚やエビが死んでしまいました……。それを餌にしていた魚も、今後どうなるかわかりません」
「うん」
「いま、ソウテン湖にはニアさんとメルフィオルさま、そしてシロガネさまも来ています。シュレイユさまもお越しいただき、知恵を貸していただけませんか」
「わかった。いま、その毒の水草についての対策を練っていたところだ。ちょうどいい。今すぐに行こう」
「はい! ありがとうございます」
急使の鬼は嬉しそうに頭をさげて、謁見の間から退出していった。
残されたオウカ達に、シュレイユが声をかける。
「オウカは一緒にソウテン湖へきてほしい。ディーヤはサフィニアと城で待機だ」
ディーヤは少し不満げに口をひらいた。
「私も同行します」
「いや、必要ない。サイハナ城で私のかわりをつとめていて欲しい。すぐに帰ってくるから、その必要もないと思うけれど」
「……わかりました」
ディーヤは不満げな様子だったが、城に残る者も必要なので承知した。
「では、オウカ。ソウテン湖に出発しよう」
ソウテン湖はサイハナの森から西へ、川ぞいをのぼって行くとある。
異変のあった小川をたどって、ソウテン湖へと向かう。
川岸を注意して歩くと、いくらか植物が茶色く変色しているところがあって、やはりいまは微量だけれど毒物が川に流れているようだった。
三ときほどして、ソウテン湖につく。もう、夕方で湖には夕日の光が眩しいくらい反射していた。周りの木々は橙色に色づいて、美しい。けれど、いまこの湖は毒に侵されているのだ。
ソウテン湖の周りを見ていると、除草された毒水草――おそらく月水花であろう草が、大量に岸に捨てられていた。
メルフィオルたちが言っていたように、すこし匂う。薄荷のような香りがするのが、オウカにも感じられた。オウカに感じられる匂いなら、嗅覚のするどい有翼種族ならば、たまらなく匂うのだろう。
そして、死んでしまった小魚や小エビたちは、土へ還したのだろうが、そちらも有翼種族の嗅覚にはつらいものがあるだろう。
ニアたちは、湖の奥に、簡易的につくられた天幕にいるのだという。
オウカとシュレイユは鬼族の急使に促されて、そこへ向かった。
天幕までくると、入口で番をしていた鬼族の男に精霊王がきたことを告げて、中に入れてもらう。
中には、急使が言ったように各種族の王がいた。有翼種王のメルフィオル、鬼王のシロガネ、と。ニアもいる。
精霊王シュレイユは天幕に入ると、一礼した。
「ニアどの。急使から事情はきいた。ソウテン湖の生物が死んでしまった、と」
ニアは顔を曇らせた。
「そうなんです。毒の水草はいそいで刈らせているけれど、見えないところでけっこう根をはっていて、いくら取ってもまだまだあって」
ため息まじりに吐かれた言葉には、疲労がにじみ出ていた。
それを受けて、豊満な肉体を着物でつつんだ鬼王シロガネがシュレイユを見る。
「植物のことなら、精霊の領分。なにかいい案があれば教えてほしい、シュレイユどの」
シュレイユは一同を見回して、さきほどオウカと話をした内容を話した。
童話の月水花と月氷花のこと。
月水花の毒消しになる月氷花(の蜜)と木(の樹液)は実際にサイハナの森にあること。
月氷花の蜜は満月にならないと採取できないから、それとは違う新しい毒消しをつくって、それをためす価値があるということ。
新しい毒消しを作るには、シャンヨークの森とキザンの山へ、材料を探しに行かなければいけないこと。
それらのことを整理して話しおわると、メルフィオルが重々しく口をひらいた。
「そういう話ならば、うちの仲間に手伝わせて、その材料の捜索をしよう」
キザンのシロガネも目を細めて言う。
「承知した。キザンでも探そう。まだら白キノコは、名前だけなら耳にしたことがある」
シュレイユはオウカを前にだし、王たちに紹介する。
「精霊族からは、このオウカを派遣する。彼女が、集めるべきものを知っているから」
オウカは各王に頭を下げて説明した。
「初めにシャンヨークの森の鉄鋼虫という虫を一緒に探させてください。そのあとに、キザンの山にあるというまだら白キノコを探します」
「鉄鋼虫にまだら白キノコ? 珍しいことで有名なものばかりだ」
メルフィオルが渋い顔つきであごを撫でた。
それにオウカが答える。
「いまは、それを探して、毒消しをつくるのが、一番の方法に思えます。月水花の毒消しになる月氷花の蜜は、三つの月が満月にならないと、採取できません。だから、やはり本に書いてあった毒消しを作ってためした方が早いんです」
「なるほど……」
シロガネも思案顔だ。
「ならば、何事も早い方がいい。明日あたりにでも、すぐにシャンヨークの森で、その鉄鋼虫とやらを探そう」
メルフィオルのことばを聞いて、シュレイユがオウカを見る。
「ならば、オウカ。このままシャンヨークの森へ行って明日から材料探しをしてほしい。メルフィオルどの。いますぐに、うちのオウカがうかがってもよろしいか」
「ああ、よいよ。毒消しをつくるのならば、早いほうがいい」
ならば、とシュレイユは肩に乗っていたケサランパサランを一撫でした。すると、それは二つに分かれて、一つはシュレイユの肩にのこり、もう一つはオウカの肩へと移動した。
「オウカ。私はサイハナ城をあけて探しに行くことはできない。だから、このケサランパサランを同行させよう。この子たちは、声を届けてくれる。一つを私に、もう一つをオウカに。何か伝えることがあったらこのランに話しかけて欲しい。ラン、頼むよ」
シュレイユはランと呼んだその白い毛玉に確認を取る様に話しかけた。
「きゅるるる~」
ランは嬉しそうに一声ないて、オウカの頬にすりすりとその毛玉の体をおしつける。
「よ、よろしく、ラン」
「きゅるる~」
「か、かわいい……」
いつもシュレイユの肩にのっていたケサランパサランが、自分の肩にのっていることに緊張しながらも、あまりの可愛らしさに頬がゆるむ。
「では、オウカ、気を付けて行って来るんだよ」
「まかせて下さい、シュレイユさま」
オウカは胸をはって答える。
「頼もしいね」
「このダイシンリンの危機ですからね、頑張らないと!」
深刻な事態だけれど、明るく前向きなオウカの言葉に、シュレイユは救われる。
おそらく、この場の全員が少しこころが軽くなったのではないだろうか。
鬼王シロガネも席をたった。オウカのおかげか、さきほどよりも若干かおつきが明るくなった。
「そうと決まれば、キザンの山でもまだら白キノコとらやを調べておく必要があるな。オウカがキザンに来る前に見つかればいいのだが」
疲れたように、腰をあげてメルフィオルも席をたつ。
「そうだな。なにはともあれ、次にすることが分かった。今はそれをやろう」
さいごに、シュレイユは念をおして各王にお願いする。
「サイハナ城では色々な種類の毒消しがあるけれど、いまのところソウテン湖の毒水草に効く薬はない。ましてや、生きものの体に対する解毒は、いまも分からないから、絶対にソウテン湖の水は飲まないようにしてほしい」
「了解した」
「わかった。そもそも臭くて飲めんがな」
鬼王と有翼種王は、重々しく頷いた。
天幕の中で解散した一同は、自分の土地へとかえっていく。
オウカはランを肩に乗せて、メルフィオル王とともに、シャンヨークの森へと出発することになった。