むかしばなし
文字数 2,489文字
あんなことがあった後なので、三人は夕方まで休憩してから、罠を見に行くことにした。
夕方まで待つと、はたしてそこには灰色の珍しい虫が罠の中に入っていた。
触角が長く、角があって。背の羽と六本の脚は、灰色であるが、光沢があるかのように光っていた。
「これが鉄鋼虫っていう虫なんですね」
「色が鉄鋼みたいで堅そうだからつけられた名前みたいだ」
タクスが竹簡から得た知識をオウカに教えてくれた。
罠から鉄鋼虫を取り出し、虫かごに入れる。
他の罠からも鉄鋼虫は見つかり、合計で八匹見つかった。
「これだけあれば十分じゃないかしら」
「分量はどうなってるか分からないけど、ソウテン湖を清める解毒剤だ。多いにこしたことはない」
「そうね。この虫たちは生きたままサイハナ城へ持っていくわ。そこでシュレイユさまたちが解毒薬にしてくれるから。まだら白キノコも探さないといけないけどね」
「ああ。それで、小川の水も清まればいいけど」
タクスが笑顔になる。
パオシュが空になった罠を集めて袋にひとまとめにすると、タクスがそれを持った。
「では、帰りましょうか。フィオにもいい報告ができそうです」
「はいっパオシュさま。きっとメルフィオル王も喜びます」
タクスが勢いよく頷いた。
「そうね、帰りましょう」
オウカも鉄鋼虫を手に入れ、一安心してシャンヨーク城へと帰って行った。
城に着くと、さっそく成果をメルフィオル王に報告する。
オウカもその場に居合わせ、鉄鋼虫八匹をメルフィオル王にあずけた。明日にはそれをタクスがサイハナの森へと送ってくれることになった。
夜に部屋に帰ったオウカは、その話をシュレイユへケサランパサランをつかって報告した。
白い毛玉から、嬉しそうな声がきこえてくる。
「こんなに早く、よく見つけたね」
シュレイユの言葉にオウカは頷く。
「メルフィオル王の兄君のパオシュさまという方が物知りで。その方の協力を得て、罠を張って捕まえたんです。パオシュさまがいなかったら、捕まえられなかったと思います」
「そうか。私のかわりにパオシュどのにお礼を言っておいてほしい」
「はい、承知しました。それと……シュレイユさま?」
オウカは解毒薬について、疑問におもったことがあったので、それをシュレイユに聞いてみたいと思った。
それはほかならぬ、月氷花と、樹液の話である。
シュレイユは、この二つに関して、以前オウカがきいたときに、言葉をにごした。
そのとき、オウカはきっと何か隠しているわけがあるのだろうと思って深追いしなかったが、今はその
「シュレイユさま。月氷花と樹液の毒消しの話を、もっと詳しく聴きたいんです。シュレイユさまが隠していたわけを教えてください」
オウカは思い切ってシュレイユに尋ねた。
「……それは、むかしむかしの出来事まで話がさかのぼる」
「はい。それを聞きたいです。なんせ特効薬の話ですから」
「分かったよ。では話そう」
シュレイユは根負けしてオウカに真実を語りかけた。
むかしむかし、シュレイユがまだ生まれる前に、ソウテン湖ではない池に、月水花がはびこったことがあった。
その当時の精霊族は、必死になってこの月水花の解毒薬を研究した。
そして、研究のすえに月水花に対しての解毒作用のある花をみつけた。その花の姿かたちから、『月氷花』と名付けられ、その花は後世に伝えられた。月氷花がみつかったころ、ある木の樹液をまぜることによって解毒作用が強くなることも研究で分かった。
ある木、とはその当時まだ若木で、微量の樹液しか採れなかった。しかし、その少ない量でも、月氷花の蜜とまぜると決定的に月水花の毒は中和された。
「その木、とは、オウカ。君の元体のことだ」
「えっ!」
「君が生まれるだいぶ前のできごとだった。知らないのも無理はない」
オウカは目を見開いて、その言葉を聞いた。
「そして、このことがあったあと、月氷花から生まれた精霊が私だ」
驚きにさらに目をみはる。
「月氷花もオウカの木も、精霊の元体。私とオウカの元体だ。元体を守るためには、みんなに知られない方が良かった」
「……なるほど。よくわかります」
「月氷花は、寒くて氷のはる、わずかしか陽の射さない洞窟に咲いている花だ。誰にも知られない場所にあるから、私の元体はあまり心配ないが、オウカの木は目立つところに立っている。誰かに知られるのは心配だった」
「はい」
それはオウカも心配だった。大々的にオウカの木に解毒作用があることが知られたら、それを採取しようとするものが、必ず出てくる。
なんせ、オウカの木は、サイハナ城の中庭にある、大木だからだ。
シュレイユの声は、心苦しさが伝わってくるように固い声だった。
「君の元体を守りたかった」
シュレイユの真摯で静かな声に、オウカは泣きたくなるほどの感謝を感じた。
「……月氷花の精として生まれた私は、先代の精霊王にとても気に入られた。そして、月氷花の保護と、月水花にたいしての解毒薬の製法を伝えられて、次の精霊王になったんだ。月水花の毒は、水に入ってこのダイシンリン中に広がる危険な毒だから、解毒薬の製法を知るものが必ず必要だった。だから、その製法を知る私が王になった」
そんな昔にも月水花の毒がダイシンリンをおかしていたなんて。
あの童話は、やはり実際におこった騒動をもとに書かれたものだったのだ。
自分の元体に強い毒消しの作用があるということも、オウカは初めて知った。
そして、むかしは月氷花とオウカの木で毒は中和されたのだ。
ならば、今回も同じようにやれば、月水花であれば毒は中和されるはず――
「でも、満月にならないと、薬は手に入らないんですね」
「ああ。だから、とりあえず既存の毒消しをつくる。今度はキザンの山へ行って、まだら白キノコを集めてきてほしい」
「わかりました」
オウカは大きく頷いて、明日はキザンの山へ向かおうと、心に決めた。
それにしても。
このやっかいな毒花、『月水花』は、なぜ今になってまた、ソウテン湖に蔓延しているのだろうか?
オウカは新しい謎があたまに浮かんだ。
夕方まで待つと、はたしてそこには灰色の珍しい虫が罠の中に入っていた。
触角が長く、角があって。背の羽と六本の脚は、灰色であるが、光沢があるかのように光っていた。
「これが鉄鋼虫っていう虫なんですね」
「色が鉄鋼みたいで堅そうだからつけられた名前みたいだ」
タクスが竹簡から得た知識をオウカに教えてくれた。
罠から鉄鋼虫を取り出し、虫かごに入れる。
他の罠からも鉄鋼虫は見つかり、合計で八匹見つかった。
「これだけあれば十分じゃないかしら」
「分量はどうなってるか分からないけど、ソウテン湖を清める解毒剤だ。多いにこしたことはない」
「そうね。この虫たちは生きたままサイハナ城へ持っていくわ。そこでシュレイユさまたちが解毒薬にしてくれるから。まだら白キノコも探さないといけないけどね」
「ああ。それで、小川の水も清まればいいけど」
タクスが笑顔になる。
パオシュが空になった罠を集めて袋にひとまとめにすると、タクスがそれを持った。
「では、帰りましょうか。フィオにもいい報告ができそうです」
「はいっパオシュさま。きっとメルフィオル王も喜びます」
タクスが勢いよく頷いた。
「そうね、帰りましょう」
オウカも鉄鋼虫を手に入れ、一安心してシャンヨーク城へと帰って行った。
城に着くと、さっそく成果をメルフィオル王に報告する。
オウカもその場に居合わせ、鉄鋼虫八匹をメルフィオル王にあずけた。明日にはそれをタクスがサイハナの森へと送ってくれることになった。
夜に部屋に帰ったオウカは、その話をシュレイユへケサランパサランをつかって報告した。
白い毛玉から、嬉しそうな声がきこえてくる。
「こんなに早く、よく見つけたね」
シュレイユの言葉にオウカは頷く。
「メルフィオル王の兄君のパオシュさまという方が物知りで。その方の協力を得て、罠を張って捕まえたんです。パオシュさまがいなかったら、捕まえられなかったと思います」
「そうか。私のかわりにパオシュどのにお礼を言っておいてほしい」
「はい、承知しました。それと……シュレイユさま?」
オウカは解毒薬について、疑問におもったことがあったので、それをシュレイユに聞いてみたいと思った。
それはほかならぬ、月氷花と、樹液の話である。
シュレイユは、この二つに関して、以前オウカがきいたときに、言葉をにごした。
そのとき、オウカはきっと何か隠しているわけがあるのだろうと思って深追いしなかったが、今はその
訳
がきちんと知りたいと思った。「シュレイユさま。月氷花と樹液の毒消しの話を、もっと詳しく聴きたいんです。シュレイユさまが隠していたわけを教えてください」
オウカは思い切ってシュレイユに尋ねた。
「……それは、むかしむかしの出来事まで話がさかのぼる」
「はい。それを聞きたいです。なんせ特効薬の話ですから」
「分かったよ。では話そう」
シュレイユは根負けしてオウカに真実を語りかけた。
むかしむかし、シュレイユがまだ生まれる前に、ソウテン湖ではない池に、月水花がはびこったことがあった。
その当時の精霊族は、必死になってこの月水花の解毒薬を研究した。
そして、研究のすえに月水花に対しての解毒作用のある花をみつけた。その花の姿かたちから、『月氷花』と名付けられ、その花は後世に伝えられた。月氷花がみつかったころ、ある木の樹液をまぜることによって解毒作用が強くなることも研究で分かった。
ある木、とはその当時まだ若木で、微量の樹液しか採れなかった。しかし、その少ない量でも、月氷花の蜜とまぜると決定的に月水花の毒は中和された。
「その木、とは、オウカ。君の元体のことだ」
「えっ!」
「君が生まれるだいぶ前のできごとだった。知らないのも無理はない」
オウカは目を見開いて、その言葉を聞いた。
「そして、このことがあったあと、月氷花から生まれた精霊が私だ」
驚きにさらに目をみはる。
「月氷花もオウカの木も、精霊の元体。私とオウカの元体だ。元体を守るためには、みんなに知られない方が良かった」
「……なるほど。よくわかります」
「月氷花は、寒くて氷のはる、わずかしか陽の射さない洞窟に咲いている花だ。誰にも知られない場所にあるから、私の元体はあまり心配ないが、オウカの木は目立つところに立っている。誰かに知られるのは心配だった」
「はい」
それはオウカも心配だった。大々的にオウカの木に解毒作用があることが知られたら、それを採取しようとするものが、必ず出てくる。
なんせ、オウカの木は、サイハナ城の中庭にある、大木だからだ。
シュレイユの声は、心苦しさが伝わってくるように固い声だった。
「君の元体を守りたかった」
シュレイユの真摯で静かな声に、オウカは泣きたくなるほどの感謝を感じた。
「……月氷花の精として生まれた私は、先代の精霊王にとても気に入られた。そして、月氷花の保護と、月水花にたいしての解毒薬の製法を伝えられて、次の精霊王になったんだ。月水花の毒は、水に入ってこのダイシンリン中に広がる危険な毒だから、解毒薬の製法を知るものが必ず必要だった。だから、その製法を知る私が王になった」
そんな昔にも月水花の毒がダイシンリンをおかしていたなんて。
あの童話は、やはり実際におこった騒動をもとに書かれたものだったのだ。
自分の元体に強い毒消しの作用があるということも、オウカは初めて知った。
そして、むかしは月氷花とオウカの木で毒は中和されたのだ。
ならば、今回も同じようにやれば、月水花であれば毒は中和されるはず――
「でも、満月にならないと、薬は手に入らないんですね」
「ああ。だから、とりあえず既存の毒消しをつくる。今度はキザンの山へ行って、まだら白キノコを集めてきてほしい」
「わかりました」
オウカは大きく頷いて、明日はキザンの山へ向かおうと、心に決めた。
それにしても。
このやっかいな毒花、『月水花』は、なぜ今になってまた、ソウテン湖に蔓延しているのだろうか?
オウカは新しい謎があたまに浮かんだ。