強いおもい

文字数 2,282文字

「こんな世界など、滅べばいいと思ったからだ」

 しん、とその場が静まり返った。
 その中で毅然としてカグラに聞いたのは、鬼王であるシロガネだった。

「なぜ、そう思った」
「サユリのために」
 
 つぶやくと、カグラの顔は憎しみで歪んだ。

「シロガネさまはサユリがキザンの里でどういう扱いをうけているか、知っていますか?」
「だいたいは」
「サユリが言葉をうまく話せないのは、サユリのせいじゃない。あれはそういう(やまい)なんです。それを、里のものは子供だけでなく大人まで馬鹿にし、いたぶり続けた。サユリがもっと成長して、少しでも言葉が話せるようになれば、少しはマシになるかもしれないが、一度うえ付けられた差別は、覆せないものだ。サユリの心にも大きな傷がついている。それにサユリは曲がりなりにも鬼族だ。ここキザンの里以外で生きていくのは、困難」

「ならば、お前が護ってやるのが筋じゃないか」

 厳しい口調でシロガネが言った。 

「できるのなら、そうしています! シロガネさま!」

 大きく声をあらげると、カグラは咳き込んだ。
 呼吸があらくなり、少し血をはいて。

「ははは、俺は死んだ妻と同じやまいなんですよ。もう、だいぶ前からだから、もうすぐ俺も妻のもとへ行くでしょう」
「なっ……なんでいままで黙っていた! きちんと医者の治療をうければ、治ったかもしれないだろう!」
「妻も俺と同じようにして、やまいがすすんでいました。医者の手を借りても、俺は間違いなく近々この世から去ります」
「……サユリは……どうする気だったんだ。お前は自分が死に直面しているところで、サユリも巻き込んでこのダイシンリンを滅ぼそうと思ったのか?」

 カグラはシロガネの言葉に薄く笑った。

「そうですよ。俺がいないこの里で、サユリがどんな扱いを受けるか……考えただけでも吐き気がしましたよ、シロガネさま。言葉は個々の交流にとても大事なものです。言葉があまり話せないということで、差別され、偏見を持たれ、さげずまれる。それが分っていて、サユリを一人でこの世界にのこして行かなければならない。サユリは生きてはいけないでしょう。ならば、サユリが生きていけない世界など、いらない」

 カグラの青い顔に、狂気の色が浮かぶ。

「滅んでしまえばいいんです」

 その言葉と同時にパンっと乾いた音がなった。
 シロガネがカグラの頬をたたいたのだ。

「そこまで思いつめる前に、なぜ我にサユリのことを相談しにこなかった! お前の出した答えは、ダイシンリンを滅ぼすという、最悪なものだ!」
「ならば、シロガネさまにどうにかできるんですか? サユリが幸せにくらせるように、できるんですか!」

 シロガネはぐっといったん黙った。
 しかし、カグラの目を見て、肩をつかむ。

「幸せになれるか、は約束できない。それは、サユリの心の問題だからだ。しかし、保護して面倒をみることはできる。我は鬼王だ。鬼の一人保護する重みなど、いくばくのものか」
「……」

 カグラは目を見張って、シロガネをみ返した。

「そんなっ……。今更そんなことを言われたって! なんの理由もなしに俺の子をシロガネさまは面倒をみてくださるというのか!」
「そういう事情があるなら、仕方もないことだ」
「信じられない! 信じないぞ! 俺はサユリのために、一番いい方法を選んだんだ……!」

 顔を両手で覆うカグラに、シュレイユが小さく呟いた。

「話を聞いていると、サユリのため、ではないのでは? カグラ、君自身がサユリを否定する世界を許せなかったんだ」

 シロガネもカグラの肩をぐっと掴んでいう。

「カグラ、お前は選ぶ道を間違えたんだ。それも、一番最悪な道を選んでしまった。今回のこと、我はどんな理由があっても、お前を許すことはできない。なぜなら、鬼族だけでなく、精霊族にも有翼種族にも、迷惑をかけたからだ。しかし――」

 シロガネは、カグラを背にかばい、シュレイユとオウカにむけて地に膝をつき、手をついて頭をさげた。

「シロガネさま!?」

 王の中でもとびぬけて強気だった王が、仲間のために頭を地につける。
 カグラは、シロガネが自分のために己の矜持をかなぐりすてて頭をさげた姿をみて、自分の足元がぐらつくのを感じた。

 --俺がやったことは、本当に一番いい方法だったのか? と。

 シロガネの声があたりに響いた。

「今回の仲間の失態、まことに申し訳なかった。伏して謝罪する。しかし、この顛末(てんまつ)の犯人については、口外せずにいてくれないか? カグラが犯人だとダイシンリン中に分かってしまうと、遺されたサユリがあまりにも不憫。噂がめぐって、我でもサユリをかばいだて出来ぬ」

 頭を地につけて謝罪するシロガネを、カグラはぼうぜんとみていた。
 そして、思い出したように、慌ててシロガネの一歩下がった場所で、同じように地に伏して、頭を地面にこすりつけた。

 シュレイユは地に伏すシロガネの両手をとる。

「顔をあげてください、鬼王シロガネどの」
「シュレイユどの、しかしっ……」
「シロガネどのの気持ちは分かりました。精霊族に異存はありません。しかし、この件の顛末(てんまつ)を、メルフィオル王には報告しなければなりません。シロガネどの、そこでメルフィオル王にもこのことを相談なさるのがよろしいでしょう」
「……ああ、そうだな」

 オウカがシロガネの隣で頭をさげているカグラを見ると。
 彼はぶるぶると震えていた。

「カグラ……」

 思わずオウカは名まえを呼ぶ。

「……すまなかった……」
 
 カグラはオウカに――、いや、このダイシンリンのものみんなに対して、初めて悪いことをしたと、謝罪の言葉を口にした。

 
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