山の神への祈り
文字数 2,715文字
朝。
キザンの館で起きると、一番にすることは、お祈りだった。
オウカたち精霊族は、何かを崇めるという習慣がないが、鬼族には恵みをもたらしてくれる山に神がいると信じている。毎朝キザンの山にむかって挨拶と今日の無事を祈る。
みんなが祈るので、オウカもどうかと誘われた。
だから、キザンの館の前にある集会所の広場に出向いた。
そこにはすでにこの集落の鬼族が出てきて集まっていた。
サスケやマユ、巫女ばあもサクもいる。
オウカは一番近くにいたカグラとサユリに朝の挨拶をして、話しかけた。
「カグラ、おはようございます。サユリちゃんもおはよう」
すると、サユリが小さな声で「はよ」と舌ったらずな声をだした。
「サユリ……」
カグラがその声に感動していた。
「ああ、すまん、オウカ。サユリはあんまり言葉が自由じゃないから、少し声が聞けただけでも俺は嬉しいんだ」
「そう。可愛い声ね、サユリちゃん」
オウカが言うと、サユリはまたカグラの後ろへと隠れてしまう。
しかし、今日はそれだけでは済まなかった。
周りにいた子供たちが騒ぎ出す。
「ハハハ! 無口のサユリ! なにか言って見ろ!」
「いつも親の背中に隠れてて変なの!」
村の子供たちは、サユリが声が出せないことを、面白がって揶揄していた。
そして、周りの大人たちはやめなさい、とも言わない。
もう、すでに大きいのに仕事も出来ず、話もできないサユリは、里のお荷物的な存在で誰もが疎ましく思っているようだった。
シャンヨークの森でもパオシュとデラールの確執に胸が痛んだが、ここでも重い事情を抱えた者がいた。
「やめろ! お前ら! 今度サユリをいじめたら八つ裂きにしてやるからな!」
大きな声で吠えたカグラの声は、今までの朗らかな彼からは想像がつかないほど殺気が溢れていた。
子供たちはそれでも悪態をつきながら、カグラとサユリを馬鹿にして、走り去っていく。
「すまねえ、オウカ。醜態をみせちまって。でも、サユリは俺が護ってやらねえと、誰も守ってくれる人なんていないから。母親だっていないんだ。俺は妻にサユリを守るって約束したんだ」
「そう……」
カグラは苦しそうな顔をする。オウカも何も言えなくなった。
そうこうしているうちに鬼たちがざわつき始めたと思ったら、広場の上段に赤い着物をきたシロガネが現れた。
彼女が正面にある山の方をみて祈りの恰好をすると、前にいた里の者たちも、一斉に祈りを始める。
カグラとサユリも手を合わせて一緒に山へと祈った。
オウカは隣で祈るカグラが小さな声で言う言葉が少しだけ聞こえてきた。
「今日もサユリがすこやかにすごせますように、山の神よお守りください……」
オウカはカグラの子を思う深い愛情に、泣きたくなった。
朝の祈りを終えると、朝食の時間だ。
オウカはシャンヨークの森でカルケスからもらったビスカスの蜜を水で溶いて、それを飲んだ。鬼族は麦や米、それに山菜や川魚などを食べている。やはりここでも食事自体の内容が精霊族とは違う。
食卓についてもオウカは器に入った蜜水だけだが、一緒に食卓に着いたシロガネは、それらをもりもりと食べていた。
「オウカ。昨日は巫女ばあのこころでまだら白キノコがどんなものかが分かったと思う。今日はどうする?」
「はい、まだら白キノコは大木に生えているというので、空から見てみようと思います」
「なるほどな。よろしく頼む」
短い会話をして飯を食べるシロガネは、オウカから見ると逞しく頼もしくみえた。
よく食べるのを見るのは、気持ちのいいものだと思う。
「今日は夕方に商人がくる。ここで必要なものを買うのだが、オウカも覗いてみればいい」
「あ、カルケスという商人ですか? シャンヨークの森にも来ていた商人なんですけど」
するとシロガネはくびを傾げて違うと言った。
「ここに来る商人はナートという人間の男だ」
「人間……背に翼や羽がなくて、角もない種族ですか?」
「ああ。そうだ。きっとシャンヨークの森にくるというカルケスも人間なのだろう」
このダイシンリンの外には人間という種族がいる。
初めて知った事実だった。
「では、商人がくるまで、キザンの上空を見て回ります」
「ああ、その時にはサスケとマユも使ってやってくれ。オウカの手助けになるためにと二人には言ってあるのだからな」
「はい」
朝食を終えたころに、キザンの館にサスケとマユがやってきた。
オウカはシロガネに挨拶をすると、サスケとマユと一緒にキザンの館を出た。
館の門まで来ると、カグラがまたサユリと遊んでいた。
同年代の子供には相手にされない、もとい、村のものに相手にされないサユリの唯一の遊び相手がカグラなのだろう。
今のサユリは朝の様子から一転していて、明るい笑顔だった。
「カグラ、サユリちゃん、ちょっとキザンの館を出てくるわね」
オウカが声をかけると、カグラはおう、と声をあげる。
「気を付けて行って来るんだぞ。今は村人も毒におかされてるやつらが多いからな。間違ってもその、月水花? の毒にはあたるなよ」
「分かっているわ、カグラ。それに私は精霊だから毒にあたったってしまったら、大変だし。十分気を付けます。心配してくれてありがとう」
実際、植物が元体である精霊のオウカが毒に当たったら、命に関わる。月水花の毒は植物を枯らすのだから。
オウカはカグラとサユリに手を振って別れると、一緒にいるサスケとマユに里を見渡せる高台へと連れてきてもらった。ここからなら、精霊の羽で飛べば木々を見渡せるという場所だ。
オウカはサスケ達に声をかけた。
「じゃあ、ここから飛び立って上空からみてみる」
羽を広げてその場から垂直にとびたっていく。
すぐに木々の間を抜けて、上空に出た。
ここから見ると、キザンの館の裏に大きな木が一本見えた。
後は山の方にしげる木々に何本かの大木が。
手に持っていた帳面に大体の方角を書き記す。
上空から降りてきたオウカに、サスケとマユが寄ってきた。
「どうだった?」
マユが好奇心一杯に聞いてきた。
「何本かめぼしい木を見つけたわ。一番大きい木はキザンの館の裏にある木だった」
それを聞いてサスケとマユは納得したが、がっかりもした。
「その木はこの里のご神木なんっす。一番目立つし、大きいから、まだら白キノコが生えてないか探したんだけど、なかったっすよ」
「そうなの……? でももう何本かめぼしい木がキザンの山にあったから、それを調査してみましょう。大体の方角は分かったわ」
「そうっすか。じゃあ、行ってみるっす」
「そうね、行ってみましょうか」
サスケとマユを連れて、オウカは里からキザンの山の方へと歩き出した。
キザンの館で起きると、一番にすることは、お祈りだった。
オウカたち精霊族は、何かを崇めるという習慣がないが、鬼族には恵みをもたらしてくれる山に神がいると信じている。毎朝キザンの山にむかって挨拶と今日の無事を祈る。
みんなが祈るので、オウカもどうかと誘われた。
だから、キザンの館の前にある集会所の広場に出向いた。
そこにはすでにこの集落の鬼族が出てきて集まっていた。
サスケやマユ、巫女ばあもサクもいる。
オウカは一番近くにいたカグラとサユリに朝の挨拶をして、話しかけた。
「カグラ、おはようございます。サユリちゃんもおはよう」
すると、サユリが小さな声で「はよ」と舌ったらずな声をだした。
「サユリ……」
カグラがその声に感動していた。
「ああ、すまん、オウカ。サユリはあんまり言葉が自由じゃないから、少し声が聞けただけでも俺は嬉しいんだ」
「そう。可愛い声ね、サユリちゃん」
オウカが言うと、サユリはまたカグラの後ろへと隠れてしまう。
しかし、今日はそれだけでは済まなかった。
周りにいた子供たちが騒ぎ出す。
「ハハハ! 無口のサユリ! なにか言って見ろ!」
「いつも親の背中に隠れてて変なの!」
村の子供たちは、サユリが声が出せないことを、面白がって揶揄していた。
そして、周りの大人たちはやめなさい、とも言わない。
もう、すでに大きいのに仕事も出来ず、話もできないサユリは、里のお荷物的な存在で誰もが疎ましく思っているようだった。
シャンヨークの森でもパオシュとデラールの確執に胸が痛んだが、ここでも重い事情を抱えた者がいた。
「やめろ! お前ら! 今度サユリをいじめたら八つ裂きにしてやるからな!」
大きな声で吠えたカグラの声は、今までの朗らかな彼からは想像がつかないほど殺気が溢れていた。
子供たちはそれでも悪態をつきながら、カグラとサユリを馬鹿にして、走り去っていく。
「すまねえ、オウカ。醜態をみせちまって。でも、サユリは俺が護ってやらねえと、誰も守ってくれる人なんていないから。母親だっていないんだ。俺は妻にサユリを守るって約束したんだ」
「そう……」
カグラは苦しそうな顔をする。オウカも何も言えなくなった。
そうこうしているうちに鬼たちがざわつき始めたと思ったら、広場の上段に赤い着物をきたシロガネが現れた。
彼女が正面にある山の方をみて祈りの恰好をすると、前にいた里の者たちも、一斉に祈りを始める。
カグラとサユリも手を合わせて一緒に山へと祈った。
オウカは隣で祈るカグラが小さな声で言う言葉が少しだけ聞こえてきた。
「今日もサユリがすこやかにすごせますように、山の神よお守りください……」
オウカはカグラの子を思う深い愛情に、泣きたくなった。
朝の祈りを終えると、朝食の時間だ。
オウカはシャンヨークの森でカルケスからもらったビスカスの蜜を水で溶いて、それを飲んだ。鬼族は麦や米、それに山菜や川魚などを食べている。やはりここでも食事自体の内容が精霊族とは違う。
食卓についてもオウカは器に入った蜜水だけだが、一緒に食卓に着いたシロガネは、それらをもりもりと食べていた。
「オウカ。昨日は巫女ばあのこころでまだら白キノコがどんなものかが分かったと思う。今日はどうする?」
「はい、まだら白キノコは大木に生えているというので、空から見てみようと思います」
「なるほどな。よろしく頼む」
短い会話をして飯を食べるシロガネは、オウカから見ると逞しく頼もしくみえた。
よく食べるのを見るのは、気持ちのいいものだと思う。
「今日は夕方に商人がくる。ここで必要なものを買うのだが、オウカも覗いてみればいい」
「あ、カルケスという商人ですか? シャンヨークの森にも来ていた商人なんですけど」
するとシロガネはくびを傾げて違うと言った。
「ここに来る商人はナートという人間の男だ」
「人間……背に翼や羽がなくて、角もない種族ですか?」
「ああ。そうだ。きっとシャンヨークの森にくるというカルケスも人間なのだろう」
このダイシンリンの外には人間という種族がいる。
初めて知った事実だった。
「では、商人がくるまで、キザンの上空を見て回ります」
「ああ、その時にはサスケとマユも使ってやってくれ。オウカの手助けになるためにと二人には言ってあるのだからな」
「はい」
朝食を終えたころに、キザンの館にサスケとマユがやってきた。
オウカはシロガネに挨拶をすると、サスケとマユと一緒にキザンの館を出た。
館の門まで来ると、カグラがまたサユリと遊んでいた。
同年代の子供には相手にされない、もとい、村のものに相手にされないサユリの唯一の遊び相手がカグラなのだろう。
今のサユリは朝の様子から一転していて、明るい笑顔だった。
「カグラ、サユリちゃん、ちょっとキザンの館を出てくるわね」
オウカが声をかけると、カグラはおう、と声をあげる。
「気を付けて行って来るんだぞ。今は村人も毒におかされてるやつらが多いからな。間違ってもその、月水花? の毒にはあたるなよ」
「分かっているわ、カグラ。それに私は精霊だから毒にあたったってしまったら、大変だし。十分気を付けます。心配してくれてありがとう」
実際、植物が元体である精霊のオウカが毒に当たったら、命に関わる。月水花の毒は植物を枯らすのだから。
オウカはカグラとサユリに手を振って別れると、一緒にいるサスケとマユに里を見渡せる高台へと連れてきてもらった。ここからなら、精霊の羽で飛べば木々を見渡せるという場所だ。
オウカはサスケ達に声をかけた。
「じゃあ、ここから飛び立って上空からみてみる」
羽を広げてその場から垂直にとびたっていく。
すぐに木々の間を抜けて、上空に出た。
ここから見ると、キザンの館の裏に大きな木が一本見えた。
後は山の方にしげる木々に何本かの大木が。
手に持っていた帳面に大体の方角を書き記す。
上空から降りてきたオウカに、サスケとマユが寄ってきた。
「どうだった?」
マユが好奇心一杯に聞いてきた。
「何本かめぼしい木を見つけたわ。一番大きい木はキザンの館の裏にある木だった」
それを聞いてサスケとマユは納得したが、がっかりもした。
「その木はこの里のご神木なんっす。一番目立つし、大きいから、まだら白キノコが生えてないか探したんだけど、なかったっすよ」
「そうなの……? でももう何本かめぼしい木がキザンの山にあったから、それを調査してみましょう。大体の方角は分かったわ」
「そうっすか。じゃあ、行ってみるっす」
「そうね、行ってみましょうか」
サスケとマユを連れて、オウカは里からキザンの山の方へと歩き出した。