まだら白キノコをもとめて
文字数 2,875文字
シャンヨークの森を出たオウカは、こんどはキザンの山へと向かって飛ぶ。
空は青く、春らしい良い天気で、オウカは飛んでいて気持ちが良かった。
しばらく飛んできて喉が渇いたオウカは、水筒からビスカスの蜜水を飲む。
ふと、キザンの山では、精霊の食料である蜜水はあるのだろうかと疑問がよぎった。
しかし、シャンヨークの森で商人がくれた、このビスカスの蜜がある。それを薄めて飲むことができるので、オウカは安心してキザンの山へ向かった。
キザンの山はダイシンリンの南にそびえる大きな山だ。
ソウテン湖は、キザンの山から流れる川の水が一時的にたまっている場所として湖になった。
なので、キザンの山で流れている川は、ソウテン湖に入る前の川なので、毒には侵されていないだろうとオウカは思った。
水も地もきれいな山は、めぐみに溢れているだろう。
そんなことを考えていると、緑の木々を抜けて、オウカからみて斜め下方向に、石の屋根と木でできた建物の集落がみえてきた。鬼族の集落についたのだ。
オウカはまたもや初めて見る鬼族の建物に、感嘆の溜息をもらす。
空から見て一番おおきな建物は、きっと鬼王シロガネのいるところだろう。そう、あたりをつけて、その場所まで桃色の四枚の羽をはばたかせた。
大きな建物には、大きな門があり、門番がいた。
ガタイのいい門番で、オウカはすこしひるむ。
しかし、話せば分かってくれるだろう、と勇気をだした。
すとんと門番の前におりると、羽をしまった。
「こんにちは。私はサイハナの森の精霊、オウカといいます。シロガネさまがいらっしゃるのは、この建物ですか?」
そう聞くと、二本の角を持った大きな身体の門番は、いかつい顔を和らげて、道をあけてくれた。
「ああ、聞いてる。近々オウカという精霊がくることは。ソウテン湖の毒の毒消しをつくっているのだろう」
「はい、そうです。それでキザンの山にきたんですが、シロガネさまにご挨拶をと思ってまいりました」
オウカが言うと、門番の鬼はオウカをながめて、相好を崩して笑った。
「そうか、そうか、お嬢ちゃん。丁寧にありがとな。シロガネさまはこの屋敷の奥にいらっしゃる。案内する。俺も一緒にいこう」
「はい、お願いします」
なんだか『お嬢ちゃん』扱いされてしまい、オウカは戸惑った。
彼女は精霊なので、この集落のだれよりも年は上なのだが、容姿がかわいらしいので、まったくそう見えない。
しかし、侮られている訳でもなく、可愛がられているから、まあいいかと思い直した。
門番の鬼は大きな門をくぐり際に、ついでとばかり教えてくれた。
「この建物はキザンの館というんだ。あの門には魔除けがしてあって、悪いものが入れないようにしてあるんだよ。まあ、館は俺が護ってるんだがな。ハハハ!」
「そうなんですか。じゃあ、安心ですね」
「嬢ちゃんはうまいなあ。俺はカグラっていうんだ。よろしくな」
「こちらこそ」
オウカがそう言うと、門番の鬼はさらに機嫌がよくなって、いかつい顔でオウカの肩をバンバンと叩いた。オウカは少し痛かったが、苦笑いにとどめる。この鬼は悪い者ではなさそうだから。
靴を脱いで館の中を通してもらうと、やはり中は木で出来ていて、木の香りがした。靴を脱ぐという行為も新鮮だった。
大きな大木を使った柱、木を組み合わせて作った戸板などで内装がほどこされていて。低木と、石を整列させて道にした庭が、館の中から見えた。
長い廊下も木でできたもので、歩くときしきしと音がなる。
カグラが、ある戸板の前でとまり、しゃがみ込む。オウカもしゃがむように言われた。それが、ここの礼儀なのだろうと想像した。
「シロガネさま。オウカがきましたよ。ここまで通してきました」
「わかった、入れ」
「はい」
カグラが返事をすると、紙を張った戸板をさっと両手であけた。
オウカがみたシロガネは、草の香りがする部屋の奥に敷物を敷いて座っていた。
「ようこそ、オウカ。よく来たな」
シロガネは大きな目をかっと見開いでオウカをみた。
「は、はい。まだら白キノコを探しにきました」
シロガネの気配に負けそうになりながらも、気力を振り絞って返事をする。
「ふふふ。そう硬くなるな。とって食うわけでもないからな」
「は、はい」
オウカは思う。王の中でこのシロガネが一番怖い気がする、と。
シロガネが発する気力、気配などが、近くにいるだけで圧倒されるほど強く感じる。だから、女鬼でありながら気性の荒い鬼族を束ねていられるのだろうと思った。
カグラに促されて、部屋の中央に進み、シロガネと対面する。
シロガネは怖いながら、美しい鬼でもあった。
「カグラ。サスケとマユをここに連れてこい。あの二人とオウカでまだら白キノコとやらを探してもらおうと思っている」
「はい。いますぐ連れてきます」
カグラはにこやかにシロガネに礼をすると、室内から出て行き際にオウカに声をかける。
「またな、嬢ちゃん」
「はい、ありがとうございました」
カグラがいなくなったことで、室内にはオウカとシロガネの二人きりになった。
緊張からのどがからからになる。
シロガネはオウカをじろりと見ると、口を開いた。
「最近のキザンの山の様子を知っているだろうか。ソウテン湖の毒が我ら鬼族をむしばんでいるのだ」
「……ソウテン湖の毒が、ですか。キザンの山の水は綺麗なので、ここは無事なのだと思っていました」
「そうとも言えぬ。確かにここの水は綺麗だが、ソウテン湖は我らの一族が仕切っていた。そこの魚などを取って、焼いて食べたりもしていた。我らは有翼種族のように鼻が利くわけでは無い。だから、知らずに口に入れて、毒にあたったものが大勢いるのだ」
無表情で怖い印象をうけるシロガネだが、仲間を心配してうれえている様子が伝わってきた。
オウカはサイハナ城で作っている薬でなんとかならないかと頭をめぐらせる。
「ちなみに、どんな症状なのでしょうか」
「触ったところが赤くかぶれたり、ソウテン湖の魚を食べたものは、頭痛や腹痛がすると言っていた。症状が重い者もいるから、いま、鬼族独自でもまだら白キノコは探していたのだ」
「……かぶれや頭痛腹痛の薬はサイハナ城にありますが……。毒による症状なら、やはり一刻もはやく毒消しを作った方が良いですね。他のくすりは試さない方がいいかと」
シロガネはゆっくりと頷くと、豊満な体をくねらせて隣においてある水をあおった。一気に飲み干すと、器をおく。
「我もその通りだと思う。どんな副作用がでるか、わからんからな」
「その、やっぱりまだら白キノコは見つかってないんですね」
「ああ。どんなキノコか、はこれから来るサスケとその妻マユに聞いてくれ」
シロガネが口を閉ざしたころ、オウカが入ってきた戸板の部分から若い男の声が聞こえた。
「シロガネさま、サスケ、参りましたっす。マユも一緒っす」
「待っていた。中へ入れ」
厳しい声で命令すると、サスケ――数日前にソウテン湖で初めて会った鬼で、有翼種族のタクスと喧嘩をしていた青年が、妻と姿を現した。
空は青く、春らしい良い天気で、オウカは飛んでいて気持ちが良かった。
しばらく飛んできて喉が渇いたオウカは、水筒からビスカスの蜜水を飲む。
ふと、キザンの山では、精霊の食料である蜜水はあるのだろうかと疑問がよぎった。
しかし、シャンヨークの森で商人がくれた、このビスカスの蜜がある。それを薄めて飲むことができるので、オウカは安心してキザンの山へ向かった。
キザンの山はダイシンリンの南にそびえる大きな山だ。
ソウテン湖は、キザンの山から流れる川の水が一時的にたまっている場所として湖になった。
なので、キザンの山で流れている川は、ソウテン湖に入る前の川なので、毒には侵されていないだろうとオウカは思った。
水も地もきれいな山は、めぐみに溢れているだろう。
そんなことを考えていると、緑の木々を抜けて、オウカからみて斜め下方向に、石の屋根と木でできた建物の集落がみえてきた。鬼族の集落についたのだ。
オウカはまたもや初めて見る鬼族の建物に、感嘆の溜息をもらす。
空から見て一番おおきな建物は、きっと鬼王シロガネのいるところだろう。そう、あたりをつけて、その場所まで桃色の四枚の羽をはばたかせた。
大きな建物には、大きな門があり、門番がいた。
ガタイのいい門番で、オウカはすこしひるむ。
しかし、話せば分かってくれるだろう、と勇気をだした。
すとんと門番の前におりると、羽をしまった。
「こんにちは。私はサイハナの森の精霊、オウカといいます。シロガネさまがいらっしゃるのは、この建物ですか?」
そう聞くと、二本の角を持った大きな身体の門番は、いかつい顔を和らげて、道をあけてくれた。
「ああ、聞いてる。近々オウカという精霊がくることは。ソウテン湖の毒の毒消しをつくっているのだろう」
「はい、そうです。それでキザンの山にきたんですが、シロガネさまにご挨拶をと思ってまいりました」
オウカが言うと、門番の鬼はオウカをながめて、相好を崩して笑った。
「そうか、そうか、お嬢ちゃん。丁寧にありがとな。シロガネさまはこの屋敷の奥にいらっしゃる。案内する。俺も一緒にいこう」
「はい、お願いします」
なんだか『お嬢ちゃん』扱いされてしまい、オウカは戸惑った。
彼女は精霊なので、この集落のだれよりも年は上なのだが、容姿がかわいらしいので、まったくそう見えない。
しかし、侮られている訳でもなく、可愛がられているから、まあいいかと思い直した。
門番の鬼は大きな門をくぐり際に、ついでとばかり教えてくれた。
「この建物はキザンの館というんだ。あの門には魔除けがしてあって、悪いものが入れないようにしてあるんだよ。まあ、館は俺が護ってるんだがな。ハハハ!」
「そうなんですか。じゃあ、安心ですね」
「嬢ちゃんはうまいなあ。俺はカグラっていうんだ。よろしくな」
「こちらこそ」
オウカがそう言うと、門番の鬼はさらに機嫌がよくなって、いかつい顔でオウカの肩をバンバンと叩いた。オウカは少し痛かったが、苦笑いにとどめる。この鬼は悪い者ではなさそうだから。
靴を脱いで館の中を通してもらうと、やはり中は木で出来ていて、木の香りがした。靴を脱ぐという行為も新鮮だった。
大きな大木を使った柱、木を組み合わせて作った戸板などで内装がほどこされていて。低木と、石を整列させて道にした庭が、館の中から見えた。
長い廊下も木でできたもので、歩くときしきしと音がなる。
カグラが、ある戸板の前でとまり、しゃがみ込む。オウカもしゃがむように言われた。それが、ここの礼儀なのだろうと想像した。
「シロガネさま。オウカがきましたよ。ここまで通してきました」
「わかった、入れ」
「はい」
カグラが返事をすると、紙を張った戸板をさっと両手であけた。
オウカがみたシロガネは、草の香りがする部屋の奥に敷物を敷いて座っていた。
「ようこそ、オウカ。よく来たな」
シロガネは大きな目をかっと見開いでオウカをみた。
「は、はい。まだら白キノコを探しにきました」
シロガネの気配に負けそうになりながらも、気力を振り絞って返事をする。
「ふふふ。そう硬くなるな。とって食うわけでもないからな」
「は、はい」
オウカは思う。王の中でこのシロガネが一番怖い気がする、と。
シロガネが発する気力、気配などが、近くにいるだけで圧倒されるほど強く感じる。だから、女鬼でありながら気性の荒い鬼族を束ねていられるのだろうと思った。
カグラに促されて、部屋の中央に進み、シロガネと対面する。
シロガネは怖いながら、美しい鬼でもあった。
「カグラ。サスケとマユをここに連れてこい。あの二人とオウカでまだら白キノコとやらを探してもらおうと思っている」
「はい。いますぐ連れてきます」
カグラはにこやかにシロガネに礼をすると、室内から出て行き際にオウカに声をかける。
「またな、嬢ちゃん」
「はい、ありがとうございました」
カグラがいなくなったことで、室内にはオウカとシロガネの二人きりになった。
緊張からのどがからからになる。
シロガネはオウカをじろりと見ると、口を開いた。
「最近のキザンの山の様子を知っているだろうか。ソウテン湖の毒が我ら鬼族をむしばんでいるのだ」
「……ソウテン湖の毒が、ですか。キザンの山の水は綺麗なので、ここは無事なのだと思っていました」
「そうとも言えぬ。確かにここの水は綺麗だが、ソウテン湖は我らの一族が仕切っていた。そこの魚などを取って、焼いて食べたりもしていた。我らは有翼種族のように鼻が利くわけでは無い。だから、知らずに口に入れて、毒にあたったものが大勢いるのだ」
無表情で怖い印象をうけるシロガネだが、仲間を心配してうれえている様子が伝わってきた。
オウカはサイハナ城で作っている薬でなんとかならないかと頭をめぐらせる。
「ちなみに、どんな症状なのでしょうか」
「触ったところが赤くかぶれたり、ソウテン湖の魚を食べたものは、頭痛や腹痛がすると言っていた。症状が重い者もいるから、いま、鬼族独自でもまだら白キノコは探していたのだ」
「……かぶれや頭痛腹痛の薬はサイハナ城にありますが……。毒による症状なら、やはり一刻もはやく毒消しを作った方が良いですね。他のくすりは試さない方がいいかと」
シロガネはゆっくりと頷くと、豊満な体をくねらせて隣においてある水をあおった。一気に飲み干すと、器をおく。
「我もその通りだと思う。どんな副作用がでるか、わからんからな」
「その、やっぱりまだら白キノコは見つかってないんですね」
「ああ。どんなキノコか、はこれから来るサスケとその妻マユに聞いてくれ」
シロガネが口を閉ざしたころ、オウカが入ってきた戸板の部分から若い男の声が聞こえた。
「シロガネさま、サスケ、参りましたっす。マユも一緒っす」
「待っていた。中へ入れ」
厳しい声で命令すると、サスケ――数日前にソウテン湖で初めて会った鬼で、有翼種族のタクスと喧嘩をしていた青年が、妻と姿を現した。