商人

文字数 2,703文字

 デラールたちをやり過ごして、シャンヨーク城の作業場にくると、そこでは人だかりかできていた。
 中心にいるのは、有翼種族ではない。
 しかし、翼がないだけで、見た目は同じだった。見慣れない服を着た、見慣れない種族。その者が、地面に布を広げて、なにやら商売をしているようだった。

「あ、カルケスが来てるんだ」

 タクスの言葉に、オウカも反応する。

「カルケス? あの人の名前?」
「そうだよ、カルケスはこのダイシンリンのものじゃない、外の生き物なんだ」

 オウカは驚いた。
 ダイシンリンの外の世界など、考えたこともなかったからだ。
 世界はひろい。
 それは、ここにいる商人をみても、わかる。みたこともない種族だからだ。

「お姉さん、ここでは見ない顔だね。羽を持っているということは、精霊族? かわいいね」

 カルケスはオウカににこりと笑う。
 人好きのする笑顔で、オウカも悪い気はしなかった。

「カルケス、今日は何を持ってきてくれたんだ?」

 タクスが気安く声を掛ける。
 カルケスは、またにこりと笑んで、小さな箱に入った花の香りのする膏をだした。

「今日の特売品は、これ! いい香りがする、肌がツルツルになる、魔法の軟膏だよ! 特に女性に人気! タクスもそこの恋人のお姉さんに買ってあげれば?」
「なっ……。オウカとはそんな関係じゃない」

 顔を少し赤らめながら、タクスは否定する。面白いほど純な反応に、可愛らしさをかんじて、オウカもクスリと笑んだ。

「そうなの? じゃあ、もっと違うモノを買ってってよ。そうだ、お姉さんにはちょうどいいものがある。ビスカスの蜜なんてどう? 精霊族は蜜しか飲まないって聞いたことがある。この蜜はおいしいよ」

「ビスカス? それも聞いたことのない花の名前ね」

 オウカは感心しながら、その蜜の瓶を手に取った。
 琥珀色のきれいな蜜が、なみなみと入っている。

「でも、私はなにも交換するものを持ってないから、買えないわ」
「だいじょうぶ! 今日だけは特別にお姉さんにその蜜をあげる。その代わり、美味しかったら精霊族のみんなに宣伝しといてよ。こんどサイハナの森にも商売しにいきたいから」
「あ……うーん。商売するなら精霊王にちゃんと許しをもらってね」

 オウカはいちおう念を押してカルケスに言うと、ビスカスの蜜をもらった。
 あとで蜜水にしてみんなで飲もうと思う。

 商人のカルケスを取り巻いていると、そこにメルフィオル王もやってきた。 
 そのとなりにはきれいな女性の有翼種族がいて、メルフィオル王は小さな子を抱いていた。

「カルケス、またなにかいいものを持ってきてくれたのか?」

 メルフィオル王が言うと、カルケスはにっこりと笑ってコショウをだした。

「また上等なコショウをもってきましたよ、メルフィオルさま! 肉を焼くのにコショウは大事ですからね。あと、海からの塩とかも」

 塩は森の山から岩塩が取れるが、手っ取り早くこのカルケスから買うこともあった。

「燻製肉と引き換えに、コショウと塩をありったけおいていってくれ」
「まいど! メルフィオル王、これはオマケです」

 そう言うと、カルケスは子供に風でくるくる回る玩具をわたす。
 メルフィオル王の子供が、腕の中できゃっきゃっと笑った。
 子供をみていた隣の女性も、にこやかに笑顔になった。

 お付きの有翼種たちが取引を引き継ぎ、メルフィオル王はさっていく。
 絵にかいたような幸せな様子に、オウカの気持ちも優しくなる。

「いい買い物ができたな」

 オウカが声のかけられた方を見ると、タクスがにこやかにたっている。

「ビスカスの蜜って、ここでオウカが飲んでる蜜と同じものだ。おいしい蜜だろ?」
「そうなのね。今日もいただいたけど、おいしかったわ」

 オウカがそういうとタクスは得意気になった。
 
「そういえば、パオシュさまは何も買わないんですか?」

 そう聞くと、パオシュは少しぼうっとしていた。

「パオシュさま?」

 オウカが聞くと、パオシュははっと顔をオウカに向ける。

「ああ、私はもう、ほしいものはないから、買うものはないんです」

「欲しいものがないんですか」

 少し意外に思ってオウカは聞いた。

「ええ。何もほしいものはありません」



 そのあとに、オウカはパオシュとタクスとともに、昼間仕掛けた罠を見に行った。

 鉄鋼虫は灰色の虫らしいが、虫取りの罠に、それらしい虫はまったく入っていなかった。

「残念ですね」

 パオシュが言うのに、オウカも頷いた。

「一匹も入っていないなんて……」

 オウカが絶望の声をあげた。

「いえ、まだ希望はあります。餌になるものを変えてみましょう」
「ああ、なるほど、さすがパオシュさま!」

 タクスが笑顔になる。
 タクスは本当にパオシュが好きなのだなと、オウカは思った。

 
 その日の夜は、明日の罠の用意をして各自、シャンヨーク城の部屋へと戻った。
 部屋にいたオウカにビスカスの蜜水をもってきてくれたのは、やはりタクスだった。

「オウカ、夕食のビスカスの蜜水だ」
「昼間、商人が売ってたやつね」
「ああ」

 オウカが器に口をつけると、爽やかな甘さが口にひろがる。

「おいしい」
「そうだろうな!」

 タクスは自信満々に応えた。
 タクスの機嫌がいいことだし、オウカは昼間疑問に感じたデラールのことを聞こうと思った。二人きりだし、ちょうどいい。

「タクス。昼間のことなんだけど」
「うん? なんだ?」
「あのデラールって、どうしてパオシュさまをあんな風に責めるの?」

 タクスはああ、と少し顔を曇らせた。

「あれは、パオシュさまだけじゃないんだけどさ。デラールってほんと嫌な奴で、みんなにああやって突っかかってるんだ。でも、とくにパオシュさまは付け込みやすいから、面白がってやってるんだよ」

「パオシュさまが付け込みやすい?」

「うん。ほら、王族なのに弟のメルフィオルさまに王位を取られちゃったし」
「取られたの?」

 タクスは小さな声で、続きを言う。

「いや、取られたは言い方悪いけど、実際、向いてないからって弟のメルフィオルさまが王位を継いだんだよ。それをデラールは馬鹿にしてるんだ」

「……」

 思ったよりも複雑な事情があるらしい。
 しかし、やはり他種族のいざこざ。オウカが口を出すのははばかられた。

「明日はデラールに会わなければいいわね」
「本当にね」

 タクスはそう言うと、オウカの飲んだ蜜水の器をもっていって、部屋から去って行った。

 タクスが去ると、室内は静かになった。オウカは肩に乗せているランに話しかけてシュレイユと連絡を取ろうとしたが、成果もないし夜遅くなってしまった。なによりもとても疲れたので、寝台へ横になったとたんに眠ってしまった。


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