罠を仕掛ける
文字数 2,155文字
次の日、朝食をすませて図書棟へきたオウカたちは、昨日みつけた鉄鋼虫についての竹簡を手に取った。
そこには、いろんな特徴がこまかくのっていた。
まず、鉄鋼虫は石のような灰色で、川の岩場にすんでいるらしい。
この虫は匂いの濃いものにひかれると書いてあるので、パオシュが虫取りの罠を作ろうといいだした。
虫の罠の道具じたいは、このシャンヨーク城にたくさんあるので、あとはおびき寄せる餌を用意すればいい。
「匂いや味のつよいもの……ってなんでしょうか。虫が好むような」
オウカが聞くと、パオシュは竹簡をみながらさらりと答えた。
「燻製肉あたりでいいのではないでしょうか」
「味は塩漬けにしてあるから濃いですしね」
タクスもうなづく。
「そうと決まれば、一度シャンヨーク城にもどって罠を作りましょう」
「さんせーい」
タクスの元気な声が図書棟にひびいた。
天気のいい午後、川辺の岩場に、先ほど作った罠を仕掛けていく。
全部で二十個ほどの罠を仕掛けたついでに、鉄鋼虫なる虫がそのへんにいないか、たしかめながら。
しかし、川辺にはそれらしい虫はいなかった。
それに、いまこの川の水は、ソウテン湖からの毒が流れている。
有翼種族には
タクスは顔をしかめていた。パオシュも眉をひそめている。
「やっぱりこの川の水のにおいはたまらないな」
「そうですね、とてもにおいます」
オウカにはこれっぽっちも匂わなかったが、嗅覚のするどい有翼種には、やはりつらいらしい。
「いま、この川にはソウテン湖からの毒が流れているけれど、それでも鉄鋼虫って捕まえることができるんでしょうか?」
「もともと毒消しに使われる虫ですし、体に耐性をもっているかもしれませんね。罠を仕掛けたから、このまま夕方まで放っておきましょう」
「それまで、どうしますか?」
「一度シャンヨーク城にもどりますか。もっと罠を仕掛けるのも良いと思いますから、作りましょう」
パオシュに言われ、オウカとタクスはシャンヨーク城に戻った。
広場を歩いていると、昼間のシャンヨーク城は閑散としていて、みんな出払っているようだった。
「みんなはどうしているのかしら」
オウカが聞くと、タクスが広場の台所で蜜水を用意してくれながら話す。
「今の時間なら、きっと家畜小屋の掃除とか、畑にいってるんじゃないかな」
「ああ、自分たちで食べる動物を育てているのね」
納得した、とオウカが言うと、パオシュがふっと溜息をついた。
「それもありますが、今は狩りができないから、少ない家畜をつぶして食べているのです」
「……どうして狩りが出来ないんですか?」
ふしぎに思ってオウカが聞くと、パオシュは諭すように優しく言った。
「本来、私達は森の動物を狩って、食べていました。しかし、いま川には毒が流れています。森の動物は、その水をのんでいるかもしれない。その肉を食べるのは、少し危険です」
なるほど。オウカは納得した。蜜水が主食である精霊のオウカには無縁な心配事だったので、気が付かなかった。
タクスのつくってくれた蜜水を飲むと、鉄鋼虫を捕らえるための罠を作る作業場に向かう。その途中で。
オウカ達は数人の有翼種族たちとすれ違った。
一匹の家畜が棒で吊るされていて、それを数人で運んでいるのだ。
きっと夕飯に食べる分なのだろう。
その集団の頭は、パオシュをみて笑みを浮かべた。
「おう。パオシュさまじゃないですか。虫取りは順調ですか。お優しいパオシュさまには似合いの作業ですねえ」
あきらかにバカにした顔つきと声音でパオシュに向かって声をかけた。
「私は解毒薬をつくるための材料を探しているのです。貴方にそんな風に言われるいわれはありません」
きっぱりと言いかえすパオシュにつづいて、タクスも大声をだした。
「うるせえんだよ、デラールのじじい! 有翼種の恥さらしめ!」
一気に嫌な緊張の糸が張られ、オウカは息を詰めた。
そんな空気をものともせずに、その男はパオシュへの攻撃をゆるめない。
「お優しいパオシュさまは、家畜を絞めることもできないのでは?」
数人に明らかに嘲笑されたが、パオシュはだまっていた。
多勢に無勢。
大きな体の男たち数人と、パオシュたち三人では、力の差がありすぎる。
オウカはとても嫌な気持ちになったが、他種族の争いごとだから、口はだせなかった。
タクスが悔しがりながら、低い声で罵りの言葉を浴びせる。
「バーカ!」
あまりにも子供っぽい挑発に、大人たち数人が乗るはずもなく。
かえってゲラゲラと笑われて、男たちは去って行った。
それを見送りながらパオシュは目を伏せてオウカに謝罪する。
「オウカ、恥ずかしいところをみられてしまいました。嫌な思いをさせて申し訳ありません」
「いえ……」
何か事情がありそうだと思いながらも、オウカはそれだけしか返す言葉が見つからなかった。
「デラールのじじいが全部悪いんだよ。あんな風にパオシュさまを馬鹿にして!」
「タクス……行きましょう」
「デラールのバカ! バーカ!」
タクスは思ったままを言葉にして、憤まんやるかたなし、という風情だった。
(どうしてデラールという人は、あんなことを言うのか。あとでタクスに聞いてみようか……)
オウカはこっそりと心の中で思った。
そこには、いろんな特徴がこまかくのっていた。
まず、鉄鋼虫は石のような灰色で、川の岩場にすんでいるらしい。
この虫は匂いの濃いものにひかれると書いてあるので、パオシュが虫取りの罠を作ろうといいだした。
虫の罠の道具じたいは、このシャンヨーク城にたくさんあるので、あとはおびき寄せる餌を用意すればいい。
「匂いや味のつよいもの……ってなんでしょうか。虫が好むような」
オウカが聞くと、パオシュは竹簡をみながらさらりと答えた。
「燻製肉あたりでいいのではないでしょうか」
「味は塩漬けにしてあるから濃いですしね」
タクスもうなづく。
「そうと決まれば、一度シャンヨーク城にもどって罠を作りましょう」
「さんせーい」
タクスの元気な声が図書棟にひびいた。
天気のいい午後、川辺の岩場に、先ほど作った罠を仕掛けていく。
全部で二十個ほどの罠を仕掛けたついでに、鉄鋼虫なる虫がそのへんにいないか、たしかめながら。
しかし、川辺にはそれらしい虫はいなかった。
それに、いまこの川の水は、ソウテン湖からの毒が流れている。
有翼種族には
くさい
水が流れているのだ。タクスは顔をしかめていた。パオシュも眉をひそめている。
「やっぱりこの川の水のにおいはたまらないな」
「そうですね、とてもにおいます」
オウカにはこれっぽっちも匂わなかったが、嗅覚のするどい有翼種には、やはりつらいらしい。
「いま、この川にはソウテン湖からの毒が流れているけれど、それでも鉄鋼虫って捕まえることができるんでしょうか?」
「もともと毒消しに使われる虫ですし、体に耐性をもっているかもしれませんね。罠を仕掛けたから、このまま夕方まで放っておきましょう」
「それまで、どうしますか?」
「一度シャンヨーク城にもどりますか。もっと罠を仕掛けるのも良いと思いますから、作りましょう」
パオシュに言われ、オウカとタクスはシャンヨーク城に戻った。
広場を歩いていると、昼間のシャンヨーク城は閑散としていて、みんな出払っているようだった。
「みんなはどうしているのかしら」
オウカが聞くと、タクスが広場の台所で蜜水を用意してくれながら話す。
「今の時間なら、きっと家畜小屋の掃除とか、畑にいってるんじゃないかな」
「ああ、自分たちで食べる動物を育てているのね」
納得した、とオウカが言うと、パオシュがふっと溜息をついた。
「それもありますが、今は狩りができないから、少ない家畜をつぶして食べているのです」
「……どうして狩りが出来ないんですか?」
ふしぎに思ってオウカが聞くと、パオシュは諭すように優しく言った。
「本来、私達は森の動物を狩って、食べていました。しかし、いま川には毒が流れています。森の動物は、その水をのんでいるかもしれない。その肉を食べるのは、少し危険です」
なるほど。オウカは納得した。蜜水が主食である精霊のオウカには無縁な心配事だったので、気が付かなかった。
タクスのつくってくれた蜜水を飲むと、鉄鋼虫を捕らえるための罠を作る作業場に向かう。その途中で。
オウカ達は数人の有翼種族たちとすれ違った。
一匹の家畜が棒で吊るされていて、それを数人で運んでいるのだ。
きっと夕飯に食べる分なのだろう。
その集団の頭は、パオシュをみて笑みを浮かべた。
「おう。パオシュさまじゃないですか。虫取りは順調ですか。お優しいパオシュさまには似合いの作業ですねえ」
あきらかにバカにした顔つきと声音でパオシュに向かって声をかけた。
「私は解毒薬をつくるための材料を探しているのです。貴方にそんな風に言われるいわれはありません」
きっぱりと言いかえすパオシュにつづいて、タクスも大声をだした。
「うるせえんだよ、デラールのじじい! 有翼種の恥さらしめ!」
一気に嫌な緊張の糸が張られ、オウカは息を詰めた。
そんな空気をものともせずに、その男はパオシュへの攻撃をゆるめない。
「お優しいパオシュさまは、家畜を絞めることもできないのでは?」
数人に明らかに嘲笑されたが、パオシュはだまっていた。
多勢に無勢。
大きな体の男たち数人と、パオシュたち三人では、力の差がありすぎる。
オウカはとても嫌な気持ちになったが、他種族の争いごとだから、口はだせなかった。
タクスが悔しがりながら、低い声で罵りの言葉を浴びせる。
「バーカ!」
あまりにも子供っぽい挑発に、大人たち数人が乗るはずもなく。
かえってゲラゲラと笑われて、男たちは去って行った。
それを見送りながらパオシュは目を伏せてオウカに謝罪する。
「オウカ、恥ずかしいところをみられてしまいました。嫌な思いをさせて申し訳ありません」
「いえ……」
何か事情がありそうだと思いながらも、オウカはそれだけしか返す言葉が見つからなかった。
「デラールのじじいが全部悪いんだよ。あんな風にパオシュさまを馬鹿にして!」
「タクス……行きましょう」
「デラールのバカ! バーカ!」
タクスは思ったままを言葉にして、憤まんやるかたなし、という風情だった。
(どうしてデラールという人は、あんなことを言うのか。あとでタクスに聞いてみようか……)
オウカはこっそりと心の中で思った。