サスケと鬼王シロガネ

文字数 2,620文字

 鬼族の青年サスケは、あの有翼種族の少年に壊された出店を片付けながら、溜息をついた。
 今日はさんざんな日だった。
 キザンの山からもってきた商品を売ろうとしていたのに、あの少年……タクスに邪魔された。
 タクスの翼で散乱した木彫りのコップや、竹籠やらを、悪態をつきながら拾い集める。
 とうのタクスはメルフィオル王についてどかへいってしまった。サスケの店のことなど、おかまいなしに。

「あの小僧……!」

 行き場のない怒りを鎮めながら、散らばった商品を集める。

 その商品とは、鬼族が作るいろいろな道具だ。
 鬼族は手先が器用な種族だ。
 それを活かした道具作りを得意としていて、日用品の道具は、ほぼ鬼族がつくってソウテン市場で売っていた。

「災難だったわね」

 そう言って拾うのを手伝ってくれたのは、このソウテン市場の主、ニアだった。

「ニアさん……」
「まあ、このソウテン市場を仕切っているのが私達鬼族だから、あなたに難癖をつけたんでしょう」
「俺たちがソウテン湖に何かしたんじゃないかってことっすか?」
「そう。濡れ衣だけどね」

 それを聞いてますますサスケは気が立った。
 証拠もないのに犯人呼ばわりされたのだ。

 ニアは続ける。

「たしかに、ソウテン湖の異変に気が付かなかったのは落ち度かもしれない。でも、水草のことまで、管理なんてできないわ」
「そうっすよね」

 サスケは力強く頷いた。

「そうでなくても、鬼族はわりと気性の荒いのがそろってるから、疑われてしまうのかもしれないけど」
「なら、どうすればいいっすかね。疑われたままなんて、俺いやですよ」
 
 サスケが言うと、ニアは苦笑する。

「それは私も嫌よ。とにかく、この件はもっと調べないと」
「うーん……」

 納得いかない顔でサスケは頷く。

「それに、湖にすむ魚たちも、この先どうなるかわからないしね。取りあえず、明日からあの水草の除草作業に忙しくなりそう」

 ニアは暗い顔でつぶやいた。

「さあ、店の片付けは終わった。サスケ、今日のことをキザンの山にいるシロガネ様に伝えてくれない? もうキザンに帰るんでしょ」
「はいっす」
「ならば、できるだけ詳細につたえて。私はここの管理を任されていて、今は動けないから。頼むわよ」
「はいっす。任されたっす」

 ニアが立ち去るころには、出店に使っていた天幕の布も、散らばった商品も、綺麗に大きな荷車に積まれていた。
 
 これを引いてサスケは、南のキザンの山まで帰る。

 サスケはキザンの山とソウテン湖を行き来して、商売をするのが仕事だ。

 ニアの言いつけ通り、彼は鬼王シロガネに今日のことを伝えるべく、帰り道を急いだ。



 キザンの山のふもとに、鬼族の集落はある。
 サスケが集落の入口に入ると、木造の家々から夕飯のけむりが立ち上るのが見え、いい香りがただよってきた。

 もう、夕食時なのだ。
 家に帰るまえに、集落のいちばん奥にあるキザンの館へ寄ることにした。
 そこには、鬼王シロガネがいる。
 サスケはシロガネに今日の報告をするためにそちらへ向かった。

 キザンの館は、魔除けの大きな門を構えていた。門番の鬼に挨拶して、大事なはなしがあるからシロガネに逢いたいといって取り次いでもらう。
 シロガネはちょうど手が空いていたのか、すんなりとサスケを中へ招いてくれた。
 
 玄関からあがり、木でできた板張りの廊下をわたり、畳の間へ通される。
 そこに、シロガネは半身を脇息(きょうそく)にもたれさせていた。

「今日も仕事、ご苦労だったな」
「はい、ありがとうございます」

 サスケはシロガネの数歩前の敷物にあぐらで座り、一礼して顔をあげる。前にいるシロガネは、赤い着物に紺のおびをした、体形がわかりづらい服からも豊満な体がわかるような女鬼だ。
 気の強そうな大きな目をしている。すました口元からは、男鬼さえ圧倒されるような威圧的な口調で言葉が語られた。

「お前は、きょうソウテン湖で仕事だったときいた。そこで何かあったか」

 なにも言わないうちから先をこされ、サスケはシロガネのするどい洞察力に、舌を巻く。

「はい。ソウテン湖の主、ニアさんからも、シロガネ様に伝えるようにいわれたっす」
「言え」

 シロガネは目を細めて簡潔に促した。

「ソウテン湖に、なにか見慣れない水草がはびこっていまして。有翼種族の王がいうには、その水草が原因で、西のシャンヨークの森の水が飲めなくなっていると」

「ほう。東のサイハナの森はどうなのだ」
「その場にサイハナの森に住む精霊族の女性がいたっすが、水については何にも言ってなかったっすね。でも、メルフィオルさまとニアさんでサイハナの森のシュレイユさまに書簡をだすといってました。その精霊族の女性は書簡をもって、サイハナの森に帰ったと思います。あ、あと、その女性が水草をしらべてくれるらしいっす。なんか植物研究所の精霊なんだとか。名前は、オウカっていったかな。水草は早々に明日から除草するらしいっすよ」

「ふむ。対応としては、最善の道を選んだのだな。さすがニア。それに、メルフィオルどのがソウテン湖へ来ていたのか。シャンヨークの森では、それほど深刻なのだな」

「そのようで。そのせいか、ソウテン湖の水を汚したのは、俺たち鬼族じゃないかって、メルフィオルさまの部下に難癖つけられたっすよ」

 サスケはまた怒りがこみあげてきて、思わずシロガネに愚痴を言ってしまった。

「ソウテン湖を仕切っているのは、我らだからな。どのみち、いろいろ調べなければ何もわからない。この集落の水は大丈夫だから、キザンの山から流れてる水は無事なのだろう?」 

「あ、はい。キザンの山から流れている地下水で、シャンヨークの森はもっているらしいっす」

 シロガネは少し考えをまとめるために、黙り込んだ。
 そして、脇息の隣にある酒のひとかめを手に取る。

「わかった。ご苦労だったな、サスケ。報告の褒美にこの酒をもっていけ」
「わっはっ! これは上物の酒っすね! シロガネ様、ありがとうございます」
「うむ。今日はそれでも飲んで、疲れをゆっくりと取るがいい」
「はい、妻と一緒にいただきます」

 サスケは相好をくずしてシロガネから酒の甕をもらうと、彼女にまた一礼した。
 屋敷から外に出ると、木々の間から見える三つの月と星ぼしが、ひかって山の木々を照らしていた。
 ふと、手がむずがゆくて、目を向ける。

「あれ? なんか手があかくなってる……」

 昼間あの水草に触れたてのひらが、赤くかぶれていた。

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