有翼種王メルフィオルとソウテン湖のあるじニア

文字数 2,544文字

 メルフィオルはニアの顔をひたと見て、語りだした。

「知っての通り、俺たち有翼種族は、鼻がきく。それで、さいきん妙なことがおこっていてな」
「妙なこと、とは?」

 ニアが先を促した。

「シャンヨークの森の水が、

のだ。何か

のだよ」
「におう?」
「ああ。もう、飲める範囲を超えている」

 ソウテン湖から流れる川は、サイハナの森とシャンヨークの森へと流れている。
 
「……川の水が汚染されている、ということ?」
 
 ニアが訝しげに顎に手をあてる。
 メルフィオルが頷いた。

「そのようだ。なんのにおいなのかは、俺たちにも分からない。ただ、飲める水ではなくなってしまったということだ」
「ならば、いま水はどうしているの」

 ニアの問いにメルフィオルは困った顔をする。

「シャンヨークの森には、キザンの山から流れる地下水も通っている。地下水は深い場所から汲んでいるから、その水は澄んでいる」

 それはサイハナの森でも同じだった。南の鬼族たちが住むキザンは大きな山だ。そこからの地下水が流れているから、井戸がある。

「ソウテン湖の水は飲めない……?」

 ニアは後ろを向くと、湖の縁に立って、見渡した。
 いつもと同じ……ように見えるが、若干水草が多い気がした。

「ちょっと、水草が気になるわ。サスケ、少しでいいから切り取ってここへもってきて」

 ニアはさきほど暴れていた青年の鬼に指示をだした。
 サスケはやる気がなさそうに、しぶしぶと腰をあげる。

「えー、俺っすか……。湖はなにも臭くないし、言いがかりだと思うけど」

 すると、タクスがまた声をあげた。

「今の話を聞いてなかったのかよ! それは、有翼種族の王を侮辱する言葉だぞ!」

 ちっと大きく舌打ちしたサスケが眉間にしわを寄せたが。

「いいからもってきて」
「……はい」

 ニアの厳しい顔に、何も言えなくなって小走りに水草をつみにいった。

 戻ってきたサスケの手にあるものを、ニアは検分する。
 さほど珍しくもない、葉の大きい水草にみえるが……。

「これは……ここに生息する水草じゃないわね」
「そうっすね。こんな草、見たことないや」

 ニアとサスケが言うと、メルフィオルが口を挟んだ。

「その水草が原因か? その水草から、嫌なにおいが強く漂っているのだが」

 メルフィオルだけでなく、彼の供の者も、タクスも、鼻をつまんでいた。

「貴方たちの嗅覚がそういうのなら、この水草が原因なのでしょう。でも、私たちでは、この水草のことを詳しくは調べられないわ。誰か、ここに精霊族はいない?」

 植物や花のことなら、精霊族の領分。
 それを考えて、ニアは大きく声をあげた。

 オウカは少し戸惑ったが、手をあげてニアの傍に行く。

「はい、私は精霊族の植物研究所の仕事をしているオウカといいます」

 ニアは顔を明るくしてオウカをみた。

「ちょうどいいところに! 精霊族がいればと思ったけど、植物研究所の精霊なら、おあつらえ向きじゃない。メルフィオルさま、このオウカに水草の調査を依頼してはどうからしら」

 メルフィオルはオウカをじっと見つめると、うむと唸る。

「そうだな。精霊王シュレイユどのに書簡をかいて、ことの成り行きも説明しよう」
「そうね。じゃ、あたしは手紙を書くから、オウカはこの水草を持ち帰って、調査をしてくれる? ソウテン湖の主、ニアからの依頼で」
「はい」

 オウカは後ろに背負っている物入れから手袋をだして、それをはめる。水を通しにくい素材でできたものだから、毒があっても手袋が護ってくれるだろう。
 それに、採取用の試験管――これは、オウカが植物研究所の精霊なので、つね持ち歩いているものだった。そこに水草を一本ずつ、合計三本採取した。

 手袋をとって、それを物入れにしまう。
 そして、どんな環境でそだつ水草なのか知るために、自生していた場所を確認にいく。
 
「この水草が生えていた場所にちょっと行ってきます」

 さきほど場所はみていたので、歩いてその付近を見渡す。
 すると――

 水に接する場所、ちょうど水草の葉に接する岸の植物が――少しだけ茶色く変色していた。

(枯れかけている?)

 無気味に思い、そこを注視する。

 別に陽がかげる場所ではないし、水に浸りきっているわけでもない。
 植物が枯れる要因は見いだせなかった。

(さっき、メルフィオルさまは、この水草がくさいと言っていた。この水草に何か毒性のものがある?)

 でも、茶色く変色した植物は、ごく少量で、まだ調査しないと分からない。

(取り敢えずサイハナ城に帰ってから、シュレイユさまに伝えないと)

 そこまで考えて、シュレイユに頼まれた虫のことを思い出した。
 虫も、毒消しの作用のあるものばかりで、さきほど疑問におもったところだった。
 そして、はっと思い至った。

(シュレイユさまも、このことを知っている? というか、サイハナの森でも、きっとシャンヨークの森と同じことがはじまっているのかもしれない……)

 無気味に思いながら、オウカは水草と茶色く変色した植物をみつめた。



 サイハナ城では、井戸と小川の水質調査の結果がでていた。
 やはり小川の方では微量な毒物が混じっていた。
 しかし、井戸の水は無事だった。

「井戸は無事……ということは、誰かが毒物を小川へ入れたということではないだろうね」
「そうですね」

 執務室でディーヤと書類を見比べて、憶測を語る。

「精霊族をどうこうしたくて毒物を――というのなら、井戸にも入れるはずだ」
「はい。それに、小川からのみ、ということは、ソウテン湖の方から流れているということでしょうか」
「……そんな遠くから……ならば元になっているソウテン湖の方は今どうなっているんだ?」

 ぞっとしてシュレイユは西のソウテン湖の方へ視線を向けた。

「オウカがソウテン湖に行っています。もうすぐ帰ってくるでしょうから、何か不審なことがあったか聞いてみましょう」
「……そうだね。とりあえず井戸の水だけでも無事でよかった。明日からは井戸の水を使うように、精霊族のみんなへ伝えてくれ」
「はい、シュレイユさま」

 ディーヤはすぐに執務室から出ていく。
 一人のこったシュレイユは、おおきくため息をついた。
 肩に乗った白い毛玉、ケサランパサランが、きゅるると不安げな声をあげて縮こまった。
  
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