市の騒動
文字数 2,153文字
オウカはサイハナ城を出発するときに、水筒に甕 にとってあった水で蜜水を作って持ってきた。蜜水は精霊の主食の蜜を綺麗な水でといたものだ。オウカの食事であり、弁当だ。
そのころには、すでに精霊王の命によって川や井戸の水が飲めない状態になっているところだった。
しかし、すでにオウカが出発したあとのことで、そのことを知るのは、サイハナ城に帰って来てからだった。
西へのソウテン湖へいたる、透き通るような黄緑色に色づいた新緑の木々の道を、ひたすら歩いて三とき。このダイシンリンの中央に存在する、賑やかなソウテン湖へついたオウカは、切り株の椅子にこしかけて蜜水をのんで一息入れた。
ここは多くの生きものが集う場所。
そしてたくさんの品物の物々交換の交渉がされる場所だ。
ざわざわと生きものたちの言葉が飛び交い、大きな声がこだまする。
ソウテン湖には青い空が映り込み、森に囲まれたこの場所を明るくする。
湖の周りには、木漏れ日の下で木々の瑞々しい香りのなか、多種多様の出店を、各種族たちが出していた。
体の小さなオウカは、雑多な色々な生き物たちの流れに飲まれてしまいそうになる。
「いらっしゃい、お姉さん。このコップはどうだい、きれいな細工だろう」
「いまはいらない。またね」
「やあ、そこの美人さん。上等の燻製肉はどうだね」
「また今度ね」
あたりさわりなくやり過ごしながら、店を渡り歩いていく。
自身の買い物をすますと、シュレイユから頼まれた虫を調達しに行くことにした。
虫の種類の書かれた紙をもう一度見る。
クサコオギやキイロホタなど、シャンヨークの森で手に入りやすい虫だ。
しかし、書かれている虫は、ぜんぶ毒消し薬の材料になる虫だった。
「? なんで、こんなにたくさんの種類の毒消し薬が必要なのかしら」
オウカは少し首をひねったが、このダイシンリンは深い森なのだ。
毒をもつ生物は山ほどいるし、精霊が毒に侵されることもしばしばあることだった。
さらに、ダイシンリン全体でみても、毒消しは必要な薬なので、高く売れるし需要も多い。
シュレイユは急を要しているようだった。
そして、すぐにソウテン湖へ行けるオウカへと解毒作用のある虫を頼んだのだ。
オウカは植物研究所の研究員であり、シュレイユの近しい部下にあたる。
だから、精霊王は信頼のおける部下であるオウカへこの買い物を頼んだのだろう。
――私に何かを隠している?
オウカは直感的にそう思った。
そういえは、シュレイユから預かった種、むささきぽぽという花も、毒消しの薬効のある花だ。
何か嫌な予感がした。
ディーヤに渡された紙片を懐にしまうと、オウカは有翼種族が開いている店へ、市場を歩き出す。
すると。
がしゃん、と大きな音がした。
音の方へ顔を向けると、湖の水際にたつ出店で商売をしていた鬼族の青年が、有翼種族の少年を殴って地に伏せさせていた。
何事かとみんなが遠巻きに二人を眺める。
すると、少年の方が大きな声をあげた。
「臭いもんは臭いんだよ! お前らがやったんだろう!」
「何が臭いだ! 変な言いがかりつけんなよ!」
けんかになり、殴られた少年は数歩相手から距離をとると、白い翼を大きく羽ばたかせて周囲に暴風をまきちらした。この辺一帯の店のテントが風で飛ばされそうになり、商品は台から落ちていく。
鬼族の青年は牙をむいて少年にまたもや飛びかかった。
すると、凛とした声がこだました。
「まちなさい。そこの男。なぜ取っ組み合いのけんかになるの。話し合いで解決できないの」
青年と同じ鬼族であろう、小さな二本の角が頭からはえた女性が二人の間に入った。
短い髪と少し吊り上がった目が活発そうな、若い女性だ。
周りのものがはっとするも、間髪入れず次の声がする。
「そこの小僧もだ。手が早いのは将来、苦労ばかり背負うぞ」
今度は有翼種族の、中年に入る体格のいい男が出てきた。
落ち着いた雰囲気の聡明そうな男で、供 の者を数人連れている、身分の高そうな者だった。
この二人の登場で、喧嘩をしていた二人はさっと大人しくなる。
有翼種族の少年は、鬼の青年をふりきって、立ち上がる。
その身分の高そうな男を見て、青ざめて呟いた。
「メルフィオルさま」
「タクス。俺は喧嘩をするためにここにやってきたんじゃない。鬼族に何をしたんだ」
「……臭いから、お前たちのせいじゃないかって、問い詰めたんです。ここ、ソウテン市場は鬼族のものがしきっているから」
くさい? 周りでみていたオウカは鼻をくんくんとさせて匂いを確かめたが、有翼種族の嗅覚には敵わない。何も匂いはしなかった。
それにしても、この少年――タクスは、有翼種族の男を「メルフィオル」と呼んだ。
それは、有翼種族の王の名だ。
メルフィオルは鬼族の女性を前にして、言葉を放った。
「我が不肖の部下が市場を荒らし、失礼をした。俺の顔に免じて、許してやってほしい」
「ええ。何がなんだか……。あなたたち有翼種族の鼻はとてもよく効くようだけど、何かあったの?」
「それも含めて、俺がいまここにいる理由も話をさせてくれまいか、ソウテン湖の主、ニア殿」
有翼種族の王メルフィオルは、喧嘩の仲裁をした鬼族の女性でありソウテン湖の主、ニアの顔をひたと見つめた。
そのころには、すでに精霊王の命によって川や井戸の水が飲めない状態になっているところだった。
しかし、すでにオウカが出発したあとのことで、そのことを知るのは、サイハナ城に帰って来てからだった。
西へのソウテン湖へいたる、透き通るような黄緑色に色づいた新緑の木々の道を、ひたすら歩いて三とき。このダイシンリンの中央に存在する、賑やかなソウテン湖へついたオウカは、切り株の椅子にこしかけて蜜水をのんで一息入れた。
ここは多くの生きものが集う場所。
そしてたくさんの品物の物々交換の交渉がされる場所だ。
ざわざわと生きものたちの言葉が飛び交い、大きな声がこだまする。
ソウテン湖には青い空が映り込み、森に囲まれたこの場所を明るくする。
湖の周りには、木漏れ日の下で木々の瑞々しい香りのなか、多種多様の出店を、各種族たちが出していた。
体の小さなオウカは、雑多な色々な生き物たちの流れに飲まれてしまいそうになる。
「いらっしゃい、お姉さん。このコップはどうだい、きれいな細工だろう」
「いまはいらない。またね」
「やあ、そこの美人さん。上等の燻製肉はどうだね」
「また今度ね」
あたりさわりなくやり過ごしながら、店を渡り歩いていく。
自身の買い物をすますと、シュレイユから頼まれた虫を調達しに行くことにした。
虫の種類の書かれた紙をもう一度見る。
クサコオギやキイロホタなど、シャンヨークの森で手に入りやすい虫だ。
しかし、書かれている虫は、ぜんぶ毒消し薬の材料になる虫だった。
「? なんで、こんなにたくさんの種類の毒消し薬が必要なのかしら」
オウカは少し首をひねったが、このダイシンリンは深い森なのだ。
毒をもつ生物は山ほどいるし、精霊が毒に侵されることもしばしばあることだった。
さらに、ダイシンリン全体でみても、毒消しは必要な薬なので、高く売れるし需要も多い。
シュレイユは急を要しているようだった。
そして、すぐにソウテン湖へ行けるオウカへと解毒作用のある虫を頼んだのだ。
オウカは植物研究所の研究員であり、シュレイユの近しい部下にあたる。
だから、精霊王は信頼のおける部下であるオウカへこの買い物を頼んだのだろう。
――私に何かを隠している?
オウカは直感的にそう思った。
そういえは、シュレイユから預かった種、むささきぽぽという花も、毒消しの薬効のある花だ。
何か嫌な予感がした。
ディーヤに渡された紙片を懐にしまうと、オウカは有翼種族が開いている店へ、市場を歩き出す。
すると。
がしゃん、と大きな音がした。
音の方へ顔を向けると、湖の水際にたつ出店で商売をしていた鬼族の青年が、有翼種族の少年を殴って地に伏せさせていた。
何事かとみんなが遠巻きに二人を眺める。
すると、少年の方が大きな声をあげた。
「臭いもんは臭いんだよ! お前らがやったんだろう!」
「何が臭いだ! 変な言いがかりつけんなよ!」
けんかになり、殴られた少年は数歩相手から距離をとると、白い翼を大きく羽ばたかせて周囲に暴風をまきちらした。この辺一帯の店のテントが風で飛ばされそうになり、商品は台から落ちていく。
鬼族の青年は牙をむいて少年にまたもや飛びかかった。
すると、凛とした声がこだました。
「まちなさい。そこの男。なぜ取っ組み合いのけんかになるの。話し合いで解決できないの」
青年と同じ鬼族であろう、小さな二本の角が頭からはえた女性が二人の間に入った。
短い髪と少し吊り上がった目が活発そうな、若い女性だ。
周りのものがはっとするも、間髪入れず次の声がする。
「そこの小僧もだ。手が早いのは将来、苦労ばかり背負うぞ」
今度は有翼種族の、中年に入る体格のいい男が出てきた。
落ち着いた雰囲気の聡明そうな男で、
この二人の登場で、喧嘩をしていた二人はさっと大人しくなる。
有翼種族の少年は、鬼の青年をふりきって、立ち上がる。
その身分の高そうな男を見て、青ざめて呟いた。
「メルフィオルさま」
「タクス。俺は喧嘩をするためにここにやってきたんじゃない。鬼族に何をしたんだ」
「……臭いから、お前たちのせいじゃないかって、問い詰めたんです。ここ、ソウテン市場は鬼族のものがしきっているから」
くさい? 周りでみていたオウカは鼻をくんくんとさせて匂いを確かめたが、有翼種族の嗅覚には敵わない。何も匂いはしなかった。
それにしても、この少年――タクスは、有翼種族の男を「メルフィオル」と呼んだ。
それは、有翼種族の王の名だ。
メルフィオルは鬼族の女性を前にして、言葉を放った。
「我が不肖の部下が市場を荒らし、失礼をした。俺の顔に免じて、許してやってほしい」
「ええ。何がなんだか……。あなたたち有翼種族の鼻はとてもよく効くようだけど、何かあったの?」
「それも含めて、俺がいまここにいる理由も話をさせてくれまいか、ソウテン湖の主、ニア殿」
有翼種族の王メルフィオルは、喧嘩の仲裁をした鬼族の女性でありソウテン湖の主、ニアの顔をひたと見つめた。