月水花

文字数 2,638文字

 金色の紗をまとったソウテン湖を眺めながら、ディーヤはオウカとシュレイユの姿と、そして先ほどのシュレイユの言葉を噛みしめていた。

 『ディーヤ、良く教えてくれた!』

 シュレイユの言葉にディーヤは嬉しさで、胸が高鳴った。
 役に立てたならばよかった、と思う。こころの底から。
 精霊王の一番の部下でありながら、ことごとくオウカに手柄をもっていかれたように思っていたディーヤは、この一番大事な局面で、精霊王の力になれた。それが、とても嬉しかった。

 しかし、シュレイユはオウカの元へと飛んで行ってしまった。それでも、ディーヤはもう、オウカに嫉妬はしなかった。二人が想い合っているのは知っている。シュレイユの気持ちもオウカの気持ちも。二人で幸せになってほしいとも思う。

 ディーヤは、精霊王一番の部下としての、自分の責務が果たせたように思った。

 




 数日たった、サイハナ城の精霊王執務室では。
 日当たりのいい椅子に座って、オウカが羽の様子をシュレイユにみてもらっているところだった。

「うん、三日前よりもだいぶ良くなっているね」

 オウカの桃色の羽を手に取って、丁寧に霧状の薬を吹き付ける。

「もう痛みもぜんぜんないんですよ」
「驚異的な回復力だ」

 シュレイユは薬を箱にしまいながら感心した。

「きっと、月氷花の蜜を飲んだのが良かったんだろう。月水花の毒にはあたらなかったから。だから、熱で少し痛んだ程度ですんだんだ」
「シュレイユさまも、ですね。あのとき、暑いなか助けてくださってありがとうございました。暑いの苦手なのに」

 オウカが頭を下げると、シュレイユは苦笑する。

「礼なんていいよ」
「えっ。でも……」
 
 オウカは口ごもったが、その先は言わないでおいた。
 頬がぽっと赤くなるのが自分でわかる。
 そんなオウカをみてシュレイユは可愛いなとおもい、自然に心が凪いだ。
 そして、思案顔で今回の毒の水草騒動のことを口にした。

「それにしても……あの月水花は、けっきょくどこから来たのか……。私なりに考えてみたんだ」
「……私も考えていました。それで、少し気になったことを鬼族から聞いたんです。そうそう、鬼族といえば……あれから毒消し薬を飲んでみんな回復したそうですよ」
「そうか、それは良かった」

 シュレイユは鬼族の毒にあたっていたものたちが回復して心底安心した。

「それで気になったこと、とは?」

 オウカはカグラから聞いたことをシュレイユに伝えた。

 『翼のあるものが、月水花のはびこる前にソウテン湖に何かを落とした』と。

「何かを落とした? 月水花の球根……か?」
「私もそう思います」
「有翼種族のだれかがってことか?」
「シャンヨークの森には、人間の商人が出入りしていました。森にない植物でも、ダイシンリンの外から入ってきたのかも」
「……その商人に話が聞ければいいのだが」
「シャンヨークの森に来ていた商人ですし、いつ来るかも分からないし、ちょっと難しいですね……」

 そう話をしていると、ディーヤがやってきた。

「シュレイユさま。謁見を申し込んできたものがいるのですが、どうしますか。相手は人間のようですが」

 オウカとシュレイユは顔を見合わせる。

「なんなんですか、二人で顔を見合わせて。本当に仲がいいですね」

 苦笑気味にディーヤは二人を見た。
 オウカはすぐにその人間にピンときた。
 シャンヨークの森に来ていた商人のカルケスは、近々サイハナの森にも行くと言っていた。
 そして、このサイハナ城に人間が入ってくることは、めったにないことなのだ。
 人間が謁見したいというなら、相手は彼しかいない。

「ディーヤ、カルケスという商人ですか?」
「お察しの通りです。どうして分かったんですか?」

 オウカが聞くと、不思議そうにディーヤは首をかしげた。また二人は顔を見合わせる。

「すぐに会う。聞きたい話があるんだ」



 謁見の間で待っていたカルケスは、緊張した面持ちで精霊王を待っていた。
 シュレイユが現れ椅子に座ると、カルケスは頭をさげる。オウカはカルケスの斜め前で立って話を聞くことにした。

「あ、オウカさん。久しぶりだね。またビスカスの蜜をもってきたよ。そのほかにもたくさんの花の蜜もね」

「久しぶり、カルケス。ビスカスの蜜、美味しかったわ。あれからサイハナ城でみんなにビスカスの蜜を分けて飲んだのよ」
「みんななんて言ってた? 美味しかったって?」
「うん」

 オウカの言葉を聞くと、カルケスは喜んだ。
 シュレイユが口をひらく。

「話はオウカから聞いている。シャンヨークの森に出入りしているカルケスという商人だね」
「はい。オウカさんにも言ったんですが、ぜひ、サイハナの森でも商売をさせて頂きたいと思ってまいりました」

 そう言うと、カルケスは後ろに背負っていた商品が入っているだろう物入れから、いくつかの瓶を出した。それは、琥珀色や、飴色をした純度のたかい、花の蜜だった。

「これは、おれたち人間が作ったはちみつの中でも、いいはちみつです。精霊族は蜜しか飲まないと聞いて、いいものをそろえてきたんですよ。少し味見しますか?」

 商魂たくましいカルケスに苦笑しつつ、シュレイユは彼に単刀直入にきいた。

「それはあとで考えるとして、カルケス、聞きたいことがある」
「なんでしょうか」

 カルケスは笑顔で答えた。

「君はシャンヨークの森で商売をしているとき、花の種や球根などを売ったことはないか?」
「ありますよ」

 あっさりとカルケスは答えた。
 シュレイユとオウカはとっさにまた顔をみあわせる。アタリだろうかと。

「どんな花の種を売ったんだ」
「ここには無い、薬草になる草の種とか、珍しい花の球根などです」
「それをくわしく教えてくれないか」

 意識してこころを落ち着かせてシュレイユはきいた。

「はい。薬草は、熱さましとか、頭痛とか、あとは滋養強壮とかの草の種です。お花は、珍しい花が咲く球根を。たしか、月水花(つきみばな)っていったかな。仕入れた先の商人からは、すごく珍しい花が咲くから、売る相手がこの花を知っている人ならけっこう高く売れるって。だから仕入れたんです。月のように美しい花が咲くんだと聞きました」

 つきみばな。

 カルケスは、月水花(げっすいか)を『つきみばな』という植物だと思ってシャンヨークの森で売ったのだ。

「だれに売ったんだ」

 シュレイユは目を細めて静かに聞いた。

「はい。いつもご贔屓にしてくれている、パオシュさまです」

 驚愕にオウカは目をおおきく見開いた。
 ざっと顔から血の気が引いた。


 
 



 
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