氷の洞窟
文字数 2,784文字
「シュレイユさま、良かったですね! あの毒消し薬でソウテン湖の毒草は枯れたし、きっとこれでダイシンリンをむしばんでいた水の中の毒も消えていきますね」
オウカは満面笑顔になって、シュレイユとディーヤの顔をみた。
「これで終わり、でしょうか」
ディーヤもほっと一息ついた様子だ。
しかし、シュレイユは厳しい顔で枯れた水草が覆うソウテン湖を凝視した。
「オウカ、ディーヤ。まだ気は抜かないで」
シュレイユは小さな声で、自分の傍にいたオウカとディーヤに呟いた。
「なぜですか? 毒草は枯れたのに……?」
ディーヤはふしぎに思って聞き返し、オウカも不安になった。
「本当にこれで終わりとは、私には思えない。せめて、満月になるまで様子をみよう」
先ほどニアが言っていた『毒が強くなっている』という事実も、満月へ向かって毒が強くなっているような気がしてならない。
「月の様子をみると、今夜にでもおそらく満月になるだろう。オウカは私と一緒にきてほしい。ディーヤはここに残って、何か変化があったら教えて欲しい」
「どうやって連絡をとればいいですか」
ディーヤが問うと、シュレイユはオウカの肩からケサランパサランのランを手に取り、ディーヤの方に移す。
「オウカ、ランをディーヤに移す」
「わかりました。ランちゃん、いままでありがとう」
オウカはランに挨拶すると、ランは少しさみしげにきゅるるる~と鳴いた。
しかし、ディーヤの肩に乗ると、今度は彼の頬にすりすりと白い毛玉の体を押し付ける。
それがケサランパサランの挨拶なのだろう。
「きゅるるる~」
「よろしくって言ってるわ」
オウカは、ランが何を言いたいのか、ディーヤに伝えた。
「……いつもシュレイユさまの肩に乗っていて、見知っていましたが、可愛いものですね」
ディーヤの頬も、すこしだけ赤く染まっている。
「ソウテン湖で何か異変があったらすぐにこのランに話しかけて。そうすれば私の方のサラが気が付いて声が届くから」
シュレイユの肩にいるもう一つのケサランパサランが、肩の上でぽんと跳ねた。
それを見たディーヤは、納得して頷く。
「分かりました。ここは任せて下さい」
「鬼族にさきほどの毒消しを飲ませてあげてほしい。それで、体の毒は消えるだろう。では、私たちは行くところがある。ディーヤも十分に気を付けて」
「……はい」
「じゃあ、オウカ、私についてきて」
シュレイユはその言葉と同時に、水色の氷を思わせる羽を出して、空にとびたった。
精霊では珍しい八枚羽は、とても早く長く飛べる羽だ。
オウカも慌ててシュレイユのあとに続き、桃色の四枚ばねを出して飛び立つ。
それを見送ったディーヤは、またもや、少し胸の奥が痛んだ。
オウカは真面目で堅実。少し直情的だが、素直でいい子だ。けれど、ディーヤは事務的で冷たい態度をとってしまう。
それは、単純にオウカへの嫉妬だった。
ディーヤ自身も分かっている。
自分の方が精霊王の傍にいるのに、精霊王の信頼を一番に受けているのは、オウカだ。
だから、嫉妬してしまう。シュレイユのオウカへの気持ちは、恋愛感情も含んでいるけれど、それを差し引いてもディーヤの気持ちはモヤモヤとする。
そう、こんな大事な局面で同行を許されなかったことも。
己の能力、力をかんがみて、オウカに及ばない自分に、はがみする。
ディーヤは眉間を寄せて、空に飛び立った二人を見送った。
もう夕方になっている、橙に色づくダイシンリンの空を、氷のような色と、桃色のすじがかけ抜ける。
「シュレイユさま、どこへ行くんですか!」
オウカが大きな声でシュレイユに聞くと、彼はまっすぐ前を見ながら、腕をあげて前方の山を指さした。
「あの山にある洞窟に、月氷花がある。蜜を採取しに行こう」
「……私も一緒に行っていいんですか?」
「いいから来てもらっているんだ」
山がだんだん近づいてくると、周りの気温が一段下がった気がした。
「ここだ」
シュレイユが羽の動きを緩ませて着地した。彼の隣に、オウカもおりた。
そこは、山の裾近くにある洞窟の前だった。その洞窟の奥から、冷たい風が吹いて、オウカの頬を冷たくなでる。周りは上も下も一面に氷が張っていて、暗くて寒かった。
「この奥に、月氷花がある」
「名前の通りに、寒い場所にあるんですね」
シュレイユが前を歩きだすと、オウカもそれについていく。
しばらく歩くと、洞窟内に大きな広場があって、天井は空へ大きく抜けていた。
広場の中央に、天を突くように大きな花が一株植わっていた。
その花は、二重 の大きな花弁があり、中央からのびるしべがが黄色く光っていた。
そして、透き通る氷のように美しい。
オウカはこの花がシュレイユの元体 だということに、とても納得する。
涼し気な様子が、シュレイユと重なる。
オウカは月氷花を見上げて、目を細める。暗い洞窟を通ってきたから、天井からの夕日がまぶしかった。
「大きい……。これが月氷花なんですね」
夕日の色をうつす空に、うっすらと満月に近い月が二つみえた。
シュレイユは天井の穴をみあげて、二つの月をああおぎみる。
「ここから三つの満月が見えたら、蜜が採取できる」
「……どうして、満月のときしか蜜が取れないのでしょうか」
「さあ、ね。私にも分からない」
シュレイユは、困り顔でオウカへ笑いかける。
そして、月氷花の根本へと座り込んだ。
「おそらく、今日が満月だ。月がのぼるまでここで待機しよう」
「はい……」
二人はそこに腰を下ろして、3つの月が満ちるのを待った。
すると、くすりとシュレイユが笑った。
「こうして何かを待っていると、むかしのことを思い出すよ。何かを待つっていうのは久しぶりだ」
「むかしのこと……って何ですか? 面白いこと?」
「いや、面白いというよりも、うれしいことかな」
「うれしいこと?」
不思議に思ってそう聞くと、シュレイユは幸せそうな顔でうなずいた。
「シュレイユさまは、その出来事がとても嬉しかったんですね。今でも顔が嬉しそうです」
オウカは、自分にまで幸せな気持ちが伝わってくるのが分かった。
「聞きたい?」
少し意地が悪い質問だったかな、と思いつつシュレイユはオウカの様子を見る。
「聞きたいですよ。どんなことなんですか?」
桃色の瞳をくりくりと動かして自分を見るオウカを見て、シュレイユは昔を思い出す。くすぐったい感じがすると同時にあの日を振り返る。
「私はね、ずっと待ってたんだ。私と関わりの深い、あの大樹に精霊が宿るのをね。それはどんな精霊だろう? って」
「あの大樹って……」
「月氷花と混ぜると強力な毒消しになる、オウカの木……私は君が生まれる前から、君がどんな精霊なのか気になっていたし、あの木から精霊が生まれてくればいいのにって願っていたんだ」
オウカは目をひらいてシュレイユをみた。
オウカは満面笑顔になって、シュレイユとディーヤの顔をみた。
「これで終わり、でしょうか」
ディーヤもほっと一息ついた様子だ。
しかし、シュレイユは厳しい顔で枯れた水草が覆うソウテン湖を凝視した。
「オウカ、ディーヤ。まだ気は抜かないで」
シュレイユは小さな声で、自分の傍にいたオウカとディーヤに呟いた。
「なぜですか? 毒草は枯れたのに……?」
ディーヤはふしぎに思って聞き返し、オウカも不安になった。
「本当にこれで終わりとは、私には思えない。せめて、満月になるまで様子をみよう」
先ほどニアが言っていた『毒が強くなっている』という事実も、満月へ向かって毒が強くなっているような気がしてならない。
「月の様子をみると、今夜にでもおそらく満月になるだろう。オウカは私と一緒にきてほしい。ディーヤはここに残って、何か変化があったら教えて欲しい」
「どうやって連絡をとればいいですか」
ディーヤが問うと、シュレイユはオウカの肩からケサランパサランのランを手に取り、ディーヤの方に移す。
「オウカ、ランをディーヤに移す」
「わかりました。ランちゃん、いままでありがとう」
オウカはランに挨拶すると、ランは少しさみしげにきゅるるる~と鳴いた。
しかし、ディーヤの肩に乗ると、今度は彼の頬にすりすりと白い毛玉の体を押し付ける。
それがケサランパサランの挨拶なのだろう。
「きゅるるる~」
「よろしくって言ってるわ」
オウカは、ランが何を言いたいのか、ディーヤに伝えた。
「……いつもシュレイユさまの肩に乗っていて、見知っていましたが、可愛いものですね」
ディーヤの頬も、すこしだけ赤く染まっている。
「ソウテン湖で何か異変があったらすぐにこのランに話しかけて。そうすれば私の方のサラが気が付いて声が届くから」
シュレイユの肩にいるもう一つのケサランパサランが、肩の上でぽんと跳ねた。
それを見たディーヤは、納得して頷く。
「分かりました。ここは任せて下さい」
「鬼族にさきほどの毒消しを飲ませてあげてほしい。それで、体の毒は消えるだろう。では、私たちは行くところがある。ディーヤも十分に気を付けて」
「……はい」
「じゃあ、オウカ、私についてきて」
シュレイユはその言葉と同時に、水色の氷を思わせる羽を出して、空にとびたった。
精霊では珍しい八枚羽は、とても早く長く飛べる羽だ。
オウカも慌ててシュレイユのあとに続き、桃色の四枚ばねを出して飛び立つ。
それを見送ったディーヤは、またもや、少し胸の奥が痛んだ。
オウカは真面目で堅実。少し直情的だが、素直でいい子だ。けれど、ディーヤは事務的で冷たい態度をとってしまう。
それは、単純にオウカへの嫉妬だった。
ディーヤ自身も分かっている。
自分の方が精霊王の傍にいるのに、精霊王の信頼を一番に受けているのは、オウカだ。
だから、嫉妬してしまう。シュレイユのオウカへの気持ちは、恋愛感情も含んでいるけれど、それを差し引いてもディーヤの気持ちはモヤモヤとする。
そう、こんな大事な局面で同行を許されなかったことも。
己の能力、力をかんがみて、オウカに及ばない自分に、はがみする。
ディーヤは眉間を寄せて、空に飛び立った二人を見送った。
もう夕方になっている、橙に色づくダイシンリンの空を、氷のような色と、桃色のすじがかけ抜ける。
「シュレイユさま、どこへ行くんですか!」
オウカが大きな声でシュレイユに聞くと、彼はまっすぐ前を見ながら、腕をあげて前方の山を指さした。
「あの山にある洞窟に、月氷花がある。蜜を採取しに行こう」
「……私も一緒に行っていいんですか?」
「いいから来てもらっているんだ」
山がだんだん近づいてくると、周りの気温が一段下がった気がした。
「ここだ」
シュレイユが羽の動きを緩ませて着地した。彼の隣に、オウカもおりた。
そこは、山の裾近くにある洞窟の前だった。その洞窟の奥から、冷たい風が吹いて、オウカの頬を冷たくなでる。周りは上も下も一面に氷が張っていて、暗くて寒かった。
「この奥に、月氷花がある」
「名前の通りに、寒い場所にあるんですね」
シュレイユが前を歩きだすと、オウカもそれについていく。
しばらく歩くと、洞窟内に大きな広場があって、天井は空へ大きく抜けていた。
広場の中央に、天を突くように大きな花が一株植わっていた。
その花は、
そして、透き通る氷のように美しい。
オウカはこの花がシュレイユの
涼し気な様子が、シュレイユと重なる。
オウカは月氷花を見上げて、目を細める。暗い洞窟を通ってきたから、天井からの夕日がまぶしかった。
「大きい……。これが月氷花なんですね」
夕日の色をうつす空に、うっすらと満月に近い月が二つみえた。
シュレイユは天井の穴をみあげて、二つの月をああおぎみる。
「ここから三つの満月が見えたら、蜜が採取できる」
「……どうして、満月のときしか蜜が取れないのでしょうか」
「さあ、ね。私にも分からない」
シュレイユは、困り顔でオウカへ笑いかける。
そして、月氷花の根本へと座り込んだ。
「おそらく、今日が満月だ。月がのぼるまでここで待機しよう」
「はい……」
二人はそこに腰を下ろして、3つの月が満ちるのを待った。
すると、くすりとシュレイユが笑った。
「こうして何かを待っていると、むかしのことを思い出すよ。何かを待つっていうのは久しぶりだ」
「むかしのこと……って何ですか? 面白いこと?」
「いや、面白いというよりも、うれしいことかな」
「うれしいこと?」
不思議に思ってそう聞くと、シュレイユは幸せそうな顔でうなずいた。
「シュレイユさまは、その出来事がとても嬉しかったんですね。今でも顔が嬉しそうです」
オウカは、自分にまで幸せな気持ちが伝わってくるのが分かった。
「聞きたい?」
少し意地が悪い質問だったかな、と思いつつシュレイユはオウカの様子を見る。
「聞きたいですよ。どんなことなんですか?」
桃色の瞳をくりくりと動かして自分を見るオウカを見て、シュレイユは昔を思い出す。くすぐったい感じがすると同時にあの日を振り返る。
「私はね、ずっと待ってたんだ。私と関わりの深い、あの大樹に精霊が宿るのをね。それはどんな精霊だろう? って」
「あの大樹って……」
「月氷花と混ぜると強力な毒消しになる、オウカの木……私は君が生まれる前から、君がどんな精霊なのか気になっていたし、あの木から精霊が生まれてくればいいのにって願っていたんだ」
オウカは目をひらいてシュレイユをみた。